誤字報告・高評価・感想・お気に入り登録、誠にありがとうございます。
ーーーーー
翌朝、モモンガは早速森の異変の調査へと出掛ける事にした。昨晩の『淫夢魔の呪印』の件は気にはなったが、特に今のところ大きな変化は起きていない。少なくとも害になるものでは無いだろうと捉え、後日ゆっくり調べることにした。
出迎えには村の半数近くが集まって来てくれて、その中にはエンリもいた。昨晩の出来事以降、彼女は向けてくる笑顔が増えた気がした。コッチは逆に小恥ずかしい気持ちで少し顔を合わせ辛い。
森の中腹まで進み腰を下ろす。
勿論休憩目的では無い。
「
瞬時に控えていたデスシーフ計10体その場に片膝を地面に付けた状態で現れた。実はモモンガは元々いた2体に加え早朝に8体も召喚していたのだ。
「うむ。我々はこれよりこの森林地帯で起きている異変の調査を行う。最近、モンスターの動きが活発化していて普段現れない様な場所にも出現し、人々を苦しめているそうだ。具体的にはそうだな……行動的なモンスターが何処からやって来たのかを調べて欲しい。先ずはそこからだな、うん。」
モモンガの指示にデスシーフ達は恭しく頭を下げると一斉に散開した。その様子を手を振って見送ると、モモンガは待ってる間に昨日村長夫妻から聞いたこの世界の知識の整理を進める。
モモンガは地図を広げた。
まず、この森は『トブの大森林』という名前で非常に広大な面積を持っている。森に入って直ぐであれば多少人の手入れがされていたりと、そこまで酷くはないのだが、一直線に約150mほども進めば雰囲気は一変。不気味で薄暗く、鬱蒼と木々や草木が生い茂り、更にはモンスターも頻繁に現れる恐ろしい森と化す(そうかな?)。
(聞くと、そのトブの大森林を本格的に調査した国はまだ存在しないらしい。つまり、未知の世界に於ける更に未知の世界というわけか。)
次にカルネ村は『リ・エスティーゼ王国』という国の一部であることが分かった。つまり今モモンガがいる場所は王国と言うことになる。
建国したのは200年前と比較的新しい国家だが、肥沃な土地に恵まれいる。ここだけ聞けば悪くない国家ではあるのだがその中身はかなり悲惨。
謂わゆる『腐敗した封建国家』だ。
非情で過剰な税収、権力を振り翳す横暴な貴族、貧富の格差、更には都市部では巨大な犯罪組織が蔓延っているという話も聞くと言う。
悲痛な顔で話す村長を見ていると、この王国に対する嫌悪感が増してくる。
モモンガがいたリアルの世界でも、弱者は搾取される存在で、力の有る権力者はそれを容赦なく行う存在だった。
現在、王国はある国と慢性的な戦争状態が続いており、その度にカルネ村の働き手である男性達の殆どが徴兵されてしまっている。それも戦争時期は決まって収穫期か種まきの時期に行うことが多く、十分な収穫が行えない状況も続いている。加えて横暴な貴族がその僅かな収穫さえ根こそぎ奪って行く為、自分たちの分は殆ど残らない。
(この国の王様は全くコントロールが出来てないなぁ。多分、派閥争いとかもあるんじゃないのか?)
あとでコッソリ覗いてみるのもいいかも知れない。しかし、本当に聞けば聞くほど魅力が無い国だ。こんな国では誰も国の為に尽くそう、頑張ろうとは思えなくなる。モモンガは地図に『リ・エスティーゼ王国』と記載する。
次にモモンガは地図の東側に『バハルス帝国』と記載した。
王国と慢性的な戦争状態にある国がこの『バハルス帝国』である。この国も王国と同様建国からまだ200年程と新しい。帝国と王国の間にある東西南のトブの大森林の内、東側は帝国側…つまりモモンガの拠点は帝国領内という事になる。
「う〜ん、流石に領内で勝手に拠点作ってたら不味いかなぁ。一度皇帝の所へ行って許可を貰う必要はあるかもしれない。」
これは後で考えよう。バレたらバレたで「すみませんでした」と謝れば許して貰えるかな?
帝国の皇帝は国家改革の為、多くの王族貴族を大粛清したという経緯から『鮮血帝』の異名で内外から恐れられている。だが、その粛清対象となった者達は国家を堕落させる無能連中ばかりだったと聞く。故に帝国は王国と違って有能な政務官や貴族が多い。ここだけ聞けば恐ろしい皇帝だが、有能な者は身分を問わず取り立てているなど、社畜だったモモンガからすれば非常に好印象だ。
その結果、帝国は『中央集権国家』となった。
そうした腐敗分子を取り除いた事で帝国はみるみる発展・繁栄が進み。今では文明・技術・軍事力共に王国を圧倒、凌駕している。
「帝国には一度行ってみたいかな。純粋に観光を楽しむ程度なら問題無いだろうし。唯一警戒するとしたら…」
帝国にはフールーダと呼ばれる宮廷魔法詠唱者が存在するらしい。村長自身、あまり良く知らないとの事だが、近隣諸国最強にして最高の魔法詠唱者らしい。
「フールーダ…コイツは要警戒だな。近隣諸国最強…下手したら『ワールド・ディザスター』に匹敵する存在かもしれない。」
モモンガは頭の中の要注意リストにフールーダの名前を入れた。
他にも複数の国家の名前を聞いたが村長が分かるのは名前だけらしく詳しい事はあまりよく知らないとの事だった。申し訳なさそうに頭を下げてきたのだが、モモンガとしては非常に満足のいく内容だった。
「えーっと…『竜王国』に『都市国家連合』、『ローブル聖王国』、『アーグランド評議国』、そして『スレイン法国』か。これは人化の指輪は益々手放せなくなるなぁ。」
その国の名前を教えてもらった大体の場所に記載していると、デスシーフ達が戻ってきた。
「「デスシーフ一同、御身の前に」」
「あ、おかえり。」
早速、モモンガは広げた地図を見ながら彼らからの報告を照らし合わせる。すると、ある事実が判明した。
「え?コレって…」
「ハイ。異様ニ活動的なモンスターは東西南の森カら出現、ニンゲンの領域に手を出しつツありまス。しカし、そのモンスター共ノ出所は全テ…」
「ひ、東の森…俺が拠点にしている森じゃないか!?」
モモンガは思わず空を仰いだ。まさかの原因が自分の拠点側の森にあるとは思いもしなかった。まさに灯台下暗しである。しかし、ならば簡単だ。早速拠点へ戻り、その原因究明に乗り出すしかない。
(そこに何か原因があるんだな。むぅ、全くもって許せないな!)
自然の摂理ならばしょうがないと諦められるが、明らかな人為的工作があるとするならば容赦はしない。キッチリお灸を据える必要がある。
(だが、意外とデスシーフ達は使えるなぁ。これは今後の諜報作業には欠かせなくなるぞ。)
地図を見ながらモモンガがデスシーフ達を高く評価していると、ある事に気付いた。
「ん?これは…」
それは行動的なモンスター達の大まかな移動ルート。デスシーフ達の報告を聞きながら描いた線を見ていくと、南側のある部分だけ避けて通っているのが見て取れた。恐らく、カルネ村が今まで他の村と違いモンスターの襲撃が無かったのもコレが射線内にあったからだろう。
ではそこには何があると言うのか?
モモンガはデスシーフの1体から確認を取った。
「ハッ。ソの箇所には洞窟ガ1つございマした。」
「洞窟?…中はどうなっているか分かるか?」
「申し訳ございマせン。中マデは確認してオリません。シカし、恐らクではありますガ、ワレらに匹敵スル実力者がいるでアろう気配は感ジトレました。」
その話を聞きモモンガのレア物センサーが反応した。恐らく、南の地の支配者はその洞窟にいる。デスシーフ達と同等と考えるならば少なくとも『グ』と同じくらいだろう。これはやる事がまた一つ増えたとモモンガはウキウキした気持ちになる。
「そうか!でかしたぞ、デスシーフよ!」
「は、ハッ!勿体なき御言葉!」
これはかなりの功績だ。
少なくとも探す手間がだいぶ省けたのだ。何か褒美を与える必要がある。
「よし、その功績を踏まえ…お前をデスシーフ部隊の隊長に任命する!」
「こ、この卑小なる身二何と言ウ素晴らしイお役目ヲ…!今後モより一層御身に尽くしタク存じマス!!」
隊長に任命されたデスシーフは感激に打ち震えながら頭を下げた。その様子を同列していた他のデスシーフ達が嫉妬の篭った目つきで隊長を睨む。無論、創造主たるモモンガの決定に逆らうつもりは毛頭ない。そもそも隊長は死体を元に造られた永続する存在に対し、もう1体を除く8体は時間制限で消滅する。これは仕方のない事ではあるが、その時間制限までに何か別の成果を上げれば主人に認められると考えた。
「しかし、明らかに異変が生じてるのに南側の支配者…『森の賢王』は何をしているんだ?案外怠け者なのか?」
支配者と名乗るならキチンと森の管理ぐらいはして貰いたいものだ。与えられた仕事を満足にこなせない上に怠けるなど社会人(?)としてあるまじき行為である。場合によってはその森の賢王にもお灸を据える必要があるだろう。
「だが先ずは、森の異変調査だな。」
モモンガが早速《
《どうした?》
《お忙シイ中、申し訳ござイまセン。拠点に侵入ヲ図ろうトしタ不届き者ヲ捕縛イタシました。》
《え?マジ?》
《マジでごザイマス》
その報告を聞いて少しだけ焦った。帝国の者が自分の拠点を見つけて強制捜査にでも来たのかと思ったのだ。殺さなかったのは良かったがアンデッド達の存在は間違いなくバレた。
(最悪、
どうしようかと悩むが、取り敢えず誰が来たのかは確認せねばならない。モモンガは恐る恐る尋ねた。
《因みに…誰だった?》
《ハッ。『西の魔蛇』と名乗ッテおります。》
《西の魔蛇?》
《その者ハこの大森林の西側ヲ支配していルと申しテおりまシタ。》
モモンガの頭の中であの
(アイツか〜〜、え?ソイツが何で?)
(なるほど…そうか、そう言うことかッ!!)
モモンガは頭の中で1つの結論が出た。
(あの時…あのナーガは配下に指示を出していた。あの時は特に怪しくは思っていなかったが…間違いない。あのナーガ…東の森を侵略しに来たんだ!!)
そう考えれば全ての辻褄が合う…気がする。
東側のモンスター達が四方八方へ逃げて行ったのはナーガ達西側のモンスター達が攻めて来たからだ。確かに支配者の中では比較的弱い部類に入るのかも知れないが、それでも多くのモンスター達からすれば十分な強者だ。恐らく『グ』を倒す算段でも付いたのだろう。そして、南側の支配者である森の賢王も動かない事を理解した上で…
「この森全体を支配下に…フフフ、そう言う事か。」
ならばやる事はもっと単純。
森の異変…その元凶たるナーガ達を倒せば再び森に平穏が訪れる。自然の摂理ではない、明らかな他者の意思があればそれを叩き潰せば良いだけのこと。
「よし、そうと分かれば行動開始だ!」
モモンガはやる気満々で《転移門》を開き、その暗黒の楕円形の中を配下共々進んで行った。
ーーーーーー
《転移門》を抜けた先はモモンガの家の中だった。そこには3体のエルダーリッチ達が跪いた状態で待機していた。「え?そういう仕様?」と思いながらも口には出さず一先ず労いの言葉を掛ける。
「ご苦労。すまない、手間をかけさせた。」
「滅相もごザいまセん!」
「そうデす。モモンガ様ハ何もお気ニナさる必要はございマせん!」
「御足労いたダキ誠に感謝に堪エまセン!」
オーバー過ぎじゃないかと思いつつも、素直に彼らの忠誠心を受け取ることにした。実はこのやり取り自体初めてではない。最初こそ動揺してしまい、グにローリング・ソバットをお見舞いするに至ったがその辺に関しては割愛する。
「例の不届き者は外だな?」
モモンガの問いに3体は同時に頷いた。
「ハッ、今は
「我らニ被害ハございマセン。」
「宝物庫モ無事でござイマす。」
その答えにモモンガは満足げに頷いた。
何も被害が無いのが一番嬉しい報告だ。確かに彼らは召喚された存在で何時でも代わりは造れる。だがそんな問題では無い。モモンガは彼ら一人一人にも個性があると捉えている。同じ存在は2度と造れない。
「よし…案内せよ」
「「ハッ!」」
外に出る前に人化の指輪を外し、本来の
「うん、やっぱりコッチの方がしっくり来るな。馴染みがある。」
姿鏡を見ながら身嗜みを整えながらそう思う自分に対しモモンガは心の中で苦笑いを浮かべる。この姿を見てしっくり来るあたり自分の人間としての感性がズレてきてると思った。だがそれも、ある意味変化に対応して来ていると捉え深く考えない事にした。
エルダーリッチの1体が先にドアを開けて、残りの2体と不可視したデスシーフ達を引き連れて外へ出る。
「ほぅ、これはこれは。」
外ではデスナイト達とグに囲まれながら蔓で縛られているナーガとオーガやゴブリン達が座り込んでいた。既に生きた心地をしていない彼らだったが、目の前の建物から『死』を具現化した圧倒的存在が現れた事でより一層顔面が蒼白、冷汗もダラダラと滝の様に流れ落ちる。
モモンガの赤く光る眼光は真っ直ぐナーガへ向けられた。
(さて…今回の異変の首謀者にはどんな罰をー)
「あ、貴方様がグに代わる新たな東の地の支配者でございますか!?」
突然、ナーガが話し始めた。
一瞬ビックリしたモモンガだったが、許しも得ずに発言したこのナーガの行動を無礼と捉えたデスナイトがフランベルジェを僅かに動かした。ナーガと彼の配下達が小さく悲鳴を上げる。
それに気付いたモモンガは軽く手をあげてそれを静止させた。
ナーガも今の発言の仕方は不味かったと理解したのか、それ以上の事を話さず此方の機嫌と様子を恐る恐る伺っている。
ひとつ咳払いをし、今度はモモンガが口を開く。
「ゴホン…良いかな?さて、私は別に東の地を支配しようなどと考えてはいない。まぁちょっとした行き違いもあって、元々の支配者には我が配下となって貰ったがな。」
ナーガは横目で元支配者を見る。その元支配者である
その姿を見たナーガはゾクリと背中に悪寒が走った。
(まさかとは思っていたが……やはりアンデッドにされていたのか、グよ!!)
ナーガの視線は再び死の支配者へ向けられる。
「私は元々、遠い所から来た余所者でね。彼の住処を再利用し、今は私の拠点にしている。それでは本題に入ろうか?……よくもこの森に混乱を招き入れてくれたな、卑しい侵略者ども。」
「な、何ですと…?」
ナーガはモモンガの言葉に唖然としている。どうやら図星だったらしい。ここは一気に畳み掛けるべきだとモモンガは話を続けた。
「貴様の魂胆は分かっている。前々からこのトブの大森林の支配を目論み、その算段が付いたお前は多数の部下を連れて行動を開始した。最初に選んだのはこの東の地で、南の支配者である森の賢王は活動的ではないと判断し最後にゆっくりと仕留めるつもりだったのだろう?」
「い、いやワシはー」
「とぼけなくともよい。全て分かっている事だ…全く舐めたマネをしてくれる。貴様のせいでこの東の地は混乱し、この地にいたモンスターの多くが四方八方へ散らばり、人間の領域や他のモンスター達の領域にも危害を加えている。このモモンガには…全てお見通しだ!!」
ズバッと人差し指を向けながら高らかに宣言するモモンガに周りの使役アンデッド達は「流石モモンガ様!!」と言わんばかりの拍手が巻き起こる。
少し照れ臭そうに場の喝采を抑えると、ナーガが静かに口を開いた。
「あ、あのぅ…発言のお許しを頂いてもよろしいでしょう…か?」
「うむ、許そう。お前の最期の言い訳を聞かせてみよ。」
既に勝利を確信したモモンガは支配者然とした態度で鷹揚に頷く。
「お、恐れながら申し上げます!わ、ワシらはトブの大森林の全てを治めようなどとは考えても、企んでもおりませぬ!」
「やれやれ。ここに来てまだ嘘を……そういえばお前の名はあるのか?」
「こここここ、これは申し遅れました!ワシ…いや、
縛られているが額を地面に付けて土下座に近い状態で、ナーガ…リュラリュースは自己紹介をした。
(へー西の魔蛇ねぇ。なかなかカッコいいけど、その正体がナーガってのは…うーん、かなり微妙。そうなると…グにも何か異名が?)
気になったモモンガはリュラリュースに訪ねた。
「お前が西の魔蛇と呼ばれているのなら、アイツ…グにも何かあるのか?」
「ははぁ!グには『東の巨人』と言う異名があるとお聞きしました!」
「東の巨人だと?」
モモンガは無い眉を顰めた。ハッキリ言って異名負けしてる。この世界の人間はグみたいな種族やナーガを見たことがないのだろうか。
「まぁ良い。さて、リュラリュースよ、お前のやったことは森の平穏を脅かす行為だ。」
「お、お待ち下さいモモンガ様!本当に私は侵略など考えておりません!私自身、己の力量は弁えております!例え幾ら兵を集めたところで、グや『南の大魔獣』に敵わぬのは目に見えておりますゆえ!そ、それに、私ごときの裁量と力では森全ての統治など出来るはずがありませぬ!」
必死な形相で話すリュラリュースを見ると、どうにも彼が嘘を付いている様に見えなくなる。本当の事を言っているのか、またはそういう
(いや、ナーガは確かに狡猾な種族(テキスト情報)だがそんなスキルは無い。うーん…いや待てよ、そもそもコイツらは何の用で此処に来た?)
モモンガは人差し指を向けて魔法を発動させる。
「《
「も、勿論で御座います!!」
「では聞く…お前達は此処へ何しに来たのだ?侵略が目的ではないのか?」
リュラリュースは未だ地に額を付けた状態で質問に答えた。
「ち、違います!私は貴方様と同様、このトブの大森林全体で起きている異変を調査する為に参りました!」
「……はぁ?」
「貴方様が仰った通り、東の地にいた者どもが一斉に東西南の境界を無視して雪崩れ込んで来ました!突然の出来事に私が支配している西の地にも大きな混乱が起きてしまいました!そこで、その東の地からやって来たというグの配下のトロールから詳しい話を聞いたところ、恐ろしく強大な力を持ったアンデッドに住処を奪われたという話を聞きました!!」
《支配》された者は嘘をつく事は出来ない。
モモンガの背中に流れない筈の冷汗が流れた気がした。
(こ、これって…)
「そこで私はこの森全体で起きている異変はそのアンデッドに関係していると考え、自身の配下とグの配下を連れて調べに来ていたのです!」
モモンガの頭の中である答えが急速に形を整え…現れ始める。
(もしかして……)
「訪れた結果、堅固な柵に囲われた一帯を目撃し近づこうとした瞬間、突然悍しい力で満ち溢れた漆黒の霧に覆われるや否や意識を失い…こうして捕縛されるに至りました!そして、現に…森の異変、均衡を大きく崩す程の力を持つアンデッ…い、いや…!貴方様に出会いましたのでございます!!」
はいもう完全に分かりました。
このトブの大森林で起きている異変、その元凶となる存在はー
「俺じゃん……」
予想が大きく外れたばかりか大森林周辺の町村で発生しているモンスターによる被害の元凶がまさかのモモンガ自身であった。
その結果に大きなショックを受けたモモンガは、精神強制抑制が連続で発生。周りには見えない緑色の発光でキラキラと光りながら両手で顔を覆いその場にしゃがみ込んでしまう。
その後、アンデッド達が自分たちの創造主を傷付けたと容赦無い殺意をナーガ達に一斉に向けてきた。そのあまりの恐怖によりナーガ達は耐え切れず失神、そのまま殺されそうになるがギリギリで落ち着きを取り戻したモモンガにより制止されて事なきを得た。
それでもショックを隠しきれないモモンガは宝物庫の最奥にて体育座りをしながら小一時間引き籠った。
その間、
ーーーーーー
何とか気持ちをリセットしたモモンガは自身の家の中へ戻っていた。家の中には西の地の支配者であるナーガのリュラリュースも招いている。
勿論、謝罪の意味を含めてだ。
テーブルの上には2人分の用意されたお茶が湯気を立てている。
「本当に申し訳なかった…いや、ありませんでした。」
「えぇッ!?イヤイヤイヤ!そ、その様な事はなさらないで下さい!!!!」
ガンッとテーブルに頭をぶつける形で謝罪するモモンガにリュラリュースは慌てて「お顔をお上げ下さい!」と
リュラリュースとしては畏怖する程の強大な力を持つ存在に頭を下げられる事自体恐れ多い。それと同じくらいにモモンガが頭を下げた途端、家の外から囲う様に突き刺さる強烈な殺気を感じたのもあった。
何とか頭を上げてくれた事で四方八方からの殺気が嘘の様に消えてホッとする。
(しかし、何と恐ろしい御方じゃ……己の力があまりにも他と隔絶し過ぎているが故に気付かず、周囲に与える影響すら一切考慮をしない。)
まさに圧倒的強者のみに赦された余裕…傲慢と我儘であるとも言えるだろう。リュラリュースはテーブルに置かれたお茶を手に取り口元へ運ぶ。
「本当に恐ろしいですな…貴方様にとって我々など地を這う虫も同然。そのような存在が何をしていようとも、興味がないとばかりに我が道を進む…いや、そもそも気付く事など無いほどの絶対強者。…恐れ入りまする。」
リュラリュースは頭を下げながらそう呟くが、肝心のモモンガはテーブルに埋めた様に塞ぎ込んでいる。明らかにショックが抜け切れていない。
「いや〜…それは考えすぎじゃないですか?今でこそこんなナリしてますけど、元はただの人間ですし。」
「に、人げ…?いや、うむ……さ、左様ですか。」
リュラリュースは一瞬驚いたが直ぐに納得した。あのエルダーリッチやスケルトンでさえ、元を辿れば人間だ。この御仁もそういう意味で言っているのだろう。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…どうしよう。ねぇ?どうしたらいいと思います?」
モモンガの質問にリュラリュースはもう一口お茶を飲んだ後、答えた。
「そうですな。西側から雪崩れ込んでくる連中程度なら私が追い返すなり何なりして対処は可能です。」
「そうしてもらえると助かります。コッチは…そうだな、取り敢えず外へ通じる森の境界線辺りに使役アンデッドを見張りに付けて追い返すなりすればいいか。あと、今も残ってる連中が居て逃げようと考えてるなら、危害は加えない事を伝えて森からあまり出ないよう伝えるしかないか。」
「それにつきましては私も協力させて頂きたく思います。私の管理する森にいる東側の者達にもその旨を説明した後に東側へ返そうかと。」
「あ、それいいですね。お願いします。」
モモンガは森の異変の解決策が見えた事で徐々に立ち直り始めた。
「それから南側はどうしますか?」
「あの大魔獣のいる森でしょうか?そうですなぁ…」
「あの…一つ気になった事があるんですけど、その『大魔獣』って『森の賢王』の事でしょうか?」
「ふむ…恐らくそれは人間どもが勝手に付けた呼び名ですな。私も最初聞いた時は分かりませんでした。」
モモンガは顎に手を当て空を仰ぐ。人間達が呼称する存在はハッキリ言って当てにならない可能性が高い。東の巨人はトロール、西の魔蛇はナーガ…あながち間違いではないのだが、看板に少々偽りありと言った印象だ。
(こりゃあ、森の賢王もあまり期待出来ないかもなぁ…でも、レア物なら全然良いだろうし、そもそも南側の管理が……ん?待てよ。)
そもそも森の賢王は南側の管理をしているのだろうか?強者というだけでただ居座るだけならある意味支配者とも取れなくもない。恐らく、住処と思われる場所から動かないのはそれもあるだろう。
(え、ちょっと待て……じゃあ実質まともに森を管理してるのって…!)
モモンガが勢いよく顔をリュラリュースへ向く。それに気付いたリュラリュースはドキッとしながらタラリと冷汗をかいた。
「な、何か…?」
「苦労…したんですね。」
「は、はい?」
「いや、貴方がまともな支配者で良かったと思って。」
「はぁ…ど、どうも。」
思い返せば人間以外でまともにコミュニケーションが取れたのはリュラリュースが初めてだ。しかも西側の森をキチンと統治していて、トラブルが起きれば上司である彼が率先して行動し、結構博識と来た。加えて、理不尽な言い掛かりを付けられても冷静に判断するその応用力。
人間社会を基準にしても結構ハイスペックな奴であることに気付いた。
モモンガは開いた右手を差し出した。
「俺のことは気軽に『モモンガ』と呼んで下さい。勿論、砕けた口調でも全然構いません。俺は東側の支配者になるつもりはありませんが…まぁ、同じ森に住む者同士、宜しくお願いします。」
リュラリュースは思わず手に持っていた湯飲みを落としそうなくらい驚いた。今目の前にいる圧倒的強者が、自分如きを何故か評価し対等の関係を望もうとしている事に。
(本来なら圧倒的強者という者は弱者には微塵も興味を抱かないのが世の常。まさにドラゴンがそれにあたる。生まれ持っての強者であるドラゴンにとってワシらのような者など存在せぬに等しい。それこそ、道端に落ちている石ころを見てもなんとも思わぬ様に。)
だが今目の前にいる御方は違う。興味が有る無い程度の違いでしか無いかもしれないが認知はしてくれている。
思い返せば変なところはあった。
この森の異変も自らの支配地に混乱を招く事を危惧するのが普通だと言うのに人間どもの心配をしていた。リュラリュース自身、積極的に人間と関わろうとはしないがそもそも興味が無い。故に人間どもがどうなろうと知った事では無かった。
(本当に不思議な方じゃ…)
リュラリュースは差し出された手に応えるよう、自らも右手を差し出した。そして、互いに握手を交わす。
「改めて、ワシはリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンじゃ。長き名前ゆえ、好きに呼んで構わん。そちらは…モモンガ殿で構わんか?」
「あぁ、構わない。宜しく頼む、リュラリュース。」
モモンガ、異世界にて最初の友と出会う。
「そういえば、グは俺の名前を聞いた時、爆笑してたが何でだ?」
「あぁ、アヤツらトロール種は長き名前は臆病者の証と捉えておるでな。ワシも名を明かした時は『酷く臆病な名だ』と笑われたものよ。」
「うへぇ…。」
2人は冷めた目で窓から見えるグに視線を向ける。グは舌を出して照れている。いや「てへ♡」じゃねーよ。
先ずは森の安定化のため南の大魔獣こと森の賢王の協力が望ましい。2人は森の賢王の住処である洞窟を目指した。
やったね、モモンガさん。
仲間が出来たね。