「私にその原因の調査を依頼する、と言うのは如何でしょう?」
まさかの提案に村長夫妻は驚いた。
見ず知らずの旅人が縁もゆかりもないこの村の為に動こうなど考えてもみなかった。ハッキリ言って両手離しで喜びお願いしたいところだが、エンリの恩人である彼に危険な仕事を「ハイお願いします」と軽々しく頼むわけにはいかない。そもそもトブの大森林はモンスターの巣窟でまさに未知の世界でどんな危険が待っているかわかったものではない。この方が並々ならぬ実力を有しているのは理解しているが、それでも危険過ぎる。
勇気と無謀は全くの別物だ。
そもそもそんな危険な依頼をして貰うに値する報酬を用意する余裕はこの村にはない。各家から出せるギリギリの金額を集めても銀貨10枚分程が良いとこだろう。コレっぽっちではあまりにも不釣り合いだ。
「し、しかしそれはー」
「大丈夫です。彼女…エンリさんを送って行く際に森の地形も把握しています、ホラ。」
そう言って彼が出したのはこの村を含めたトブの大森林の地図だった。それだけでも驚愕なのに、その地図ときたらかなり精密に出来ていると来た。ハッキリ言って国家機密級の物を今の自分は見ているかもしれない。そう考えると冷汗が出て来る。
「た、確かに地形は把握しているでしょうが……」
「勿論、腕にも自信がありますよ。」
エンリの話が本当ならば確かに凄まじい実力を持っている事だろう。危険ではあるが、あの森を抜けて来るのだからそれは証明されたと言っても良い。
「ですが……見ず知らずの旅人にそのような事を頼むなど…それに…お恥ずかしい話、この村にその依頼に見合った報酬が…ありません。」
「いえ、そんな事はありませんよ。」
「は、はい?」
村長は我が耳を疑った。
果たして彼に見合う物があっただろうか?
「『情報提供』です。それが今回の依頼に対する報酬とさせて貰います。」
「情報…ですか?」
「彼女から話は聞いていると思いますが、私は遙か遠方の国から来た旅人です。この辺りの世情にかなり疎く、常識も大きく違っていました。ハッキリ言ってほとほと困っていたのです。そこで私が今回の異変の調査を調べる、又は解決する事の報酬として世情や一般常識などを教えて頂こうかと。あ、勿論答えられる範囲で構いません。」
村長は正直悩んだ。
彼の報酬に対してと言うより、そんな物で釣り合うとは到底思えなかったからだ。普通に考えればモモンガの方が損をしている。ここは辺鄙な村で世間から少し離れていると言っても過言ではない。そんな村から貰える情報などたかが知れている。
だが彼はそれでも構わないと言った。
まるで彼の善意につけ込んでいる様だが、このまま何も出来ずに放っておけば、モンスターによる被害が遠からずに起きてしまう。
心苦しいがここは彼に任せようと思った。
「分かりました。大した情報をお教え出来る自信はありませんが…モモンガ様にお任せしたいと思います。何卒、この村をお助け下さい。」
頭を下げる村長夫妻にモモンガは頷いた。
「此方こそ、宜しくお願い致します。それから私の事は気軽に『モモンガ』とお呼び下さい。」
モモンガとしてはただの善意で森の異変を調査するつもりはなかった。
現地住民と友好的関係を築き、この世界での足掛かりを得る事を主目的としている。副次目的はこの世界の情報や一般的な常識を知ること。そして、『森の賢王』なる南の地の支配者を発見もしくは捕獲する事としている。
カルネ村は村の異変を解決してくれればいつもの穏やかな日々を取り戻すことが出来るため、お互いWin-Winとなるわけだ。
(既に調査の方をデスシーフ達を始めとした隠密に長けたアンデッド達に任せてあるし、それを俺が解決すれば全て良し。)
問題はその異変がモモンガで解決出来るものなのか。そうでなくともその原因を突き止めれば依頼は一応達成した事になる。モモンガの目的は『調査』であって『解決』ではないのだ。
(まるで騙したみたいで少し罪悪感もあるが…嘘は言ってない訳だし……)
エンリが家族と再会し、村人達から矢継ぎ早に感謝の言葉を言われた光景を思い出した。
(……うん、やっぱり『解決』までやろう。頑張れよ、俺!)
モモンガは心の中で気合を入れる。利益云々ばかりで動くのはあのブラック企業だけで十分だ。これからはもっとシンプルに行動しても良いだろうと静かに思った。
ーーーーーーーー
気が付けば既に夕暮れ時。取り敢えず聞きたい情報でパッと頭に浮かぶものだけを聞いたが中々興味深い情報が多かった。
モモンガとしては一旦《
(あぁ〜なるなど。皆不安なんだ。)
要するに森が不安定な状況で対処出来るだろう実力者であるモモンガがこのまま何処かへ行くのではないかと心配していたのだ。この村にはゴブリン相手でも、まともに戦える者は存在しないに等しい。それに助かったとは言え村娘の1人が死にかけたのだから不安で仕方ない気持ちも分からなくもない。
あの脚に縋り付きかねない勢いだった村長夫妻の心情も何となくだが理解出来た…気がする。モモンガは皆の不安を払拭出来るよう口を開いた。
「すみませんが、今夜はここで御厄介になります。」
途端に皆の顔が安堵の表情へ変わった。やはり皆怖かったようで「あぁ…!本当に良かった」とホッと胸を撫で下ろしている。
さて、そうなるとモモンガが泊まる場所なのだが、広場の一角で焚き火をして夜を明かそうと思っていた。例え寝なくても
そう考えていた矢先、エモット家がモモンガの前へ出てくると「どうかウチに泊まって下さい」と申し出てきた。ハッキリ言ってモモンガはかなり迷った。申し出自体は嬉しいのだが、その日の暮らしだけでも大変だと言うのにそこへ余所者である自分を招くとなると更に大変なのではないかと心配していたからだ。
モモンガはやんわり断ろうとするがエモット家…エンリの両親は「それでは此方の気が済みません!」と悲痛に訴えてくる。流石にこれ以上遠慮するのは色々と不味いと思い、エモット家からの好意に甘える事にした。
2人は嬉々として自宅まで案内をしてくれた。その道中、エンリとさほど歳の変わらない村娘達が頬を赤らめながらモモンガを目で追っていた。
(そんなに黒髪が珍しいのかな?)
モモンガは未だに自分の容姿に慣れていないが為に気付かなかったが、人化状態のモモンガは容姿が無駄なく整っている。更に村娘の1人を脅威と化した森から助けた騎士ともならば、彼女達の目に映るモモンガは御伽話に出てくる英雄そのもの。
尊敬、憧れ、好意…そういった視線に彼が気付くにはまだ少し時間が掛かりそうだ。
村人達からの視線を集めながらエモット夫妻の案内のもと進んで行くと、一軒の木造家屋に到着した。ここがエモット家のようだ。
中へ入るとそこにはエンリとその妹のネムが出迎えて来てくれた。「あ!モモンガ様いらっしゃい!」と元気良く無邪気な笑顔を向けてくるネムにモモンガは優しく挨拶を返す。
「こんばんは、ネムちゃん。すまないが今夜はこの家に厄介になるよ。」
「そんなことありません!お姉ちゃんを助けてくれたモモンガ様が来てくれて凄く嬉しいです!」
「ハハ、ありがとう。」
「モモンガ様…!よ、ようこそ…!」
「あぁ。こんばんは、エンリさん。」
エンリもネムに続いて挨拶をしてくれたが、どこかぎこちなく緊張した様子だっだ。頬も赤い為やはり熱があるのではないかと心配になる。
「お体の方はどうですか?」
「は、はい!モモンガ様がポーションを使って下さったおかげで体はどこも何ともありません!」
「そ、そうですか?ですが、心無しか熱っぽいような…。」
モモンガが「失礼」と彼女の前髪を掻き分けて掌を当てる。その瞬間、ボフンッ!と彼女は顔中から湯気を上げて卒倒してしまう。床に倒れるよりも前にモモンガが受け止めた為、頭をぶつける事は無かった。
「ど、どうやら彼女はまだ本調子ではないようですね。このまま彼女を部屋まで運びますので、案内を頼みます。」
モモンガはネムの案内でエンリを寝室のベッドまで運び、そのまま彼女を寝かせる事にした。今日は色々あったからその疲れが出てきたのだろう。
エンリを介抱した後はモモンガが今日使う部屋に案内された。何年か前まで祖父母が使っていた部屋らしいが、既に2人とも他界しており今は使われていない。家具もそのままでキチンと手入れもしている。かなり質素な部屋だがモモンガは不満に思わなかった。寧ろ、この位が丁度良かった。
(まるでリアルにいた頃の部屋みたいだな〜。ハハ、懐かしさを感じるよ。)
鎧を外し、普通のズボンでインナーシャツというかなりシンプルでスッキリとした姿になった。魔法の鎧なので重くは無かったが心情的な解放感がある。
その後、ネムが夕飯の用意が出来たと聞き、手を繋ぎながら居間へと向かった。居間には意識を取り戻したエンリと彼女の両親がいた。テーブルには野菜のスープと干し肉、そして固めの黒パンが並べられている。
夫妻は申し訳無さそうに「恩人に対してこの様なものしか…」と話していたが、モモンガはそんな事は微塵も感じていなかった。逆に、なんて豪華なんだ!とすら思った。
(野菜だ!それに肉やパンもある…!)
よく思い返してみると、モモンガはこの世界に来てからマトモな食事を取ったことが無かった。オーバーロードの姿ならそんな事気にする必要など無かったし、人化状態でも常に維持する指輪を装備している。だから、このエモット家の夕飯が異世界に来て初めてのまともな食事だ。
「い、いただきます。」
木製のスプーンで暖かい野菜スープを掬い、自身の口へと運ぶ。スープの暖かさと野菜の旨味が五臓六腑に染み渡る。口へ含んだスープの中にあったきざまれた野菜を咀嚼する。大きさは無いが野菜本来の味を噛み締めながら…惜しむように嚥下する。
「美味しい…!」
次にモモンガは固い黒パンを齧った。見た目通りの固さだが特に気にするでもなくそのまま口へと含み咀嚼する。この確かな歯応えはリアルでは中々味わう事は出来ない。
ここの食卓の様にまともな食材を食べれる事が出来るのは富裕層のみで、モモンガ…鈴木悟の様な貧困層は栄養素が有るだけで味気が無ければ満足感もないチューブ食かカプセル食のみだった。
まだ固いパンが口内にある状態で今度は干し肉を食した。久しく忘れていた肉の味をじっくりと噛み締めながら、追加で野菜スープを一掬い。スープによって柔らかくなった口内のパンと肉が混ざり合い更なる味が口一杯に広がる。
「美味しいです…凄く…美味しいです。」
気が付けば涙が頬を伝っていた。
ーーーーーーー
エンリも、エンリの両親も自分たちの食事が恩人の口に合うかどうか分からず緊張していたが、心の底から美味しそうに食べる彼の姿を見て安堵した。
それにしても見ているこっちも食欲が唆る程、本当に美味しそうに食べている。
(モモンガさんは……あまり食事を摂ることが出来なかったのかな?)
涙を流しながら幸せそうに食べる彼を見ながらエンリは思った。彼ほどの力があれば国も放っては置かず、かの戦士長に次ぐ役職を得られるかもしれない。ポーションを惜しみも無く使うなら財にも特別困ってるわけではなさそうだった。
では何故、どこの田舎村でも出るような食事にここまで感動するのだろう?
もしかすれば彼が居た国は自分が思っているよりも遥かに過酷な環境だったのかも知れない。
(……彼を支えたい。)
気が付けばそんな事を考えている。
この時既にエンリは自分の心の変化に気付いていた。彼が自分を助けに現れた時から既に…。
エンリ・エモット齢16でーー恋を知る。
ーーーーーーー
すっかりご馳走になったモモンガはエモット家全員に御礼を述べた後、案内されていた部屋へと戻っていた。
「はぁーーー………」
ベッドの上で大の字で横になる。
モモンガの五体には満腹感とは違う、謎の満足感で満たされていた。美味しい食事を摂りながら、会話も楽しんだ。他愛無い平凡な会話だったが、非常に素晴らしいひと時だった。
これが家庭の『団欒』と言うものなのだろうか。
(母さん…)
モモンガは幼い頃の朧げな記憶を思い出す。
鈴木悟の母親。シングルマザーだった彼女は我が子を養う為、多忙の日々を過ごしていた。だがある日、突如として母親は亡くなった。
死因は過労死。
台所で倒れていた所を発見。その様子から悟の好物を作ろうとしていたらしい。
だから鈴木悟には家庭や家族の思い出というものをあまり覚えていない。当時まだ幼かった事もあるだろうが、やはり心の何処かでトラウマとなってしまっていたのかも知れない。
(やっぱり俺は…どこか心のネジが外れてるんだろうか?)
それからはただ社会のちっぽけな歯車の一つとしてこき使われる、中身の無い空虚な人生を送ってきた。この世の終焉の様な悪辣な世界に何の希望も見出せず、自分はこの世界でどうやって死ぬんだろうかとばかり考えていた。
そんな中で出会ったのが『
『ユグドラシル』こそがモモンガの『幸せ』だった。しかし、今思えば心の何処かで妙な虚しさも感じていたのかも知れない。
過疎化が進むにつれて仲間たちが去っていく。共に築き上げたAOGを簡単に割り切って捨て去った彼らに自分は怒りと憎しみを抱いていた。
鈴木悟には『ユグドラシル』しか無い。
だが他の仲間達には『リアル』がある。
普通に考えれば誰だって『リアル』を選ぶしかない。所詮はただの仮想世界であって、そこで得たモノも結局、偽りでしかない。その証拠にサービス最終日に誰も最期まで残ろうとはしなかったし、参加するメンバーも少なかった。はなから選択肢にすら入っていないのだ。それが普通なのだが鈴木悟は『ユグドラシル』を選んだ。
(俺が俺でいられる場所は『ユグドラシル』しかなかった。他のプレイヤーからしたら『娯楽』でしかないユグドラシルも、俺にとっては人生そのものだった。)
他にも色々な思いやしがらみもあるが、鈴木悟と言う人間はユグドラシルを捨てる事ができなかった。引退した仲間たちから新しいゲームの誘いはあったが、受け入れることは出来なかった。
既に
(まるで呪いだな…)
鈴木悟の全てはユグドラシルに縛られていた。
生き甲斐も、希望も、幸せも全てをユグドラシルに持っていかれた。
だから彼は離れられなかった。
だから彼は捨てられなかった。
でも今はー
「そうだ…今の俺は自由…自由だ!」
モモンガはベッドから起き上がり、簡素な窓から見える星空を見つめながら呟いた。
「もう……縛るモノは何もない。」
見つめる星空に流星が落ちた。
キラキラと輝くまるで宝石箱のような美しい世界。何もかもが未知と希望と幸せで満ちている。
「ありがとう、ユグドラシル。ありがとう、ナザリック。ありがとう、AOG…ありがとう…ありがとう。」
自然と涙が溢れてくる。
(育んでくれて…ありがとう。)
歪んだものでも、偽りだとしても、彼がユグドラシルで得た物は多い。今の自分を成してくれたモノと言っても過言ではない。
不思議と寂しさは無かった。
寧ろこれからの人生に大きな希望を改めて持ち始めている。
「さーーーて!…寝るか!!」
モモンガは持続する指輪を無限の背負袋へ仕舞い込むと布団に包まった。
月と星明かりだけが部屋を照らす空間でモモンガはエモット家で体験したあのひと時を思い出していた。
「家族団欒……あんなに暖かったんだ。」
久しく忘れていた。
あの暖かくも尊いひと時をモモンガは幸せそうに思い出しながら安らかに夢の世界へ向かった。
その夢の中ではあのひと時が続いていた。
ーーーーーー
カチャ……
真夜中の時刻、モモンガは偶々自分が泊まっている部屋のドアが開く音に気付いた。
初めは風かと思ったが、その後に聞こえて来た音で風のせいでは無いことに気付いた。
ギィ……ギィ……ギィ……
床が一定間隔で僅かに軋む音。
これは歩いている音だとすぐに気付いた。抜き足差し足で近付いてくる為、モモンガは一瞬だけ警戒した。エモット家の周囲に張っていたデスシーフがいつでも動ける体勢で身構える。
モモンガはデスシーフ達に「何者だ?」と心で問いかけると、意外な人物の名を答えた。
(…エンリ?)
それは昨日モンスターに襲われていたところを助けた村娘、エンリ・エモットだった。そもそもこの家は彼女が住んでいるエモット家なので彼女がいる事は当たり前の事である。しかし、こんな真夜中に会いに来た理由が分からない。
モモンガは取り敢えず狸寝入りをする事にした。
待っていれば何かしら彼女からのアクションがあると思い、その時まで待つことにしたのだ。
ギィ…ギィ………
足音はモモンガが寝てるベッドのすぐ近くで止まった。不可視化で天井に張り付いているデスシーフ達は腰に備えた歪な短剣を手に取り、モモンガの命令があれば何時でも首を掻っ切れるよう警戒する。
彼女は気付かれない様に掛け毛布の一部を掴み上げると、モモンガが包まっているその毛布の中へ入って来た。
(ん?…ん、んんッ!!??)
突然、出来事に困惑するモモンガだが声は出さなかった。天井のデスシーフ達が今にも飛び掛かろうとしたが、「ちょちょちょちょッ!!ちょっと待って!!」と心の中では思い切り動揺しながらもデスシーフ達を静止させる。
毛布の中に入って来たエンリが少し…また少しと体を擦り寄りに来る。今モモンガは彼女から背を向ける形で寝ているのだが、彼女が段々と近付いて来るのがハッキリと分かる。
そして、エンリはモモンガの背中に寄り添う様に密着させた。
(な、何だってェェェェ!!!???)
モモンガは激しく混乱する。
彼女の行動の意味が不明過ぎて、どうしたら良いのか分からない。敵意があればそれなりに対処は出来るが、明らかに彼女にそんなモノはない。更に密着して来る彼女に益々混乱する。叫び声や飛び起きたりせずにそのまま狸寝入りを続ける事が出来た自分を褒めてやりたい。
背中に圧し当たる2つの柔らかいモノの感触がハッキリと伝わる。あ、結構デカい。
(ッじゃなくて!ど、どうすれば良い!?)
やはりここは起きて「どうしたのか?」と声を掛けるべきなのか?いや、それは無神経過ぎるかもしれない。全く正解が分からない。
そもそも人化のモモンガに対してコレはあまりにも危険過ぎる。
確かにエンリは美人だ。
魅力的かそうじゃないかで言えば間違いなく前者である。
だが、よく考えろ鈴木悟よ。もし彼女に想いを寄せる男性がいたらどうするつもりだ?手を出すのはあまりにも不味いだろう。もしそんな相手が居たのに彼女と一線を越えるなんて事が起きた暁には、彼を深く傷付ける事になる。
だが今のモモンガなら問題は無い。
何故なら今の彼には『淫夢魔の呪印』と呼ばれる指輪を装備しているからだ。これは性能としての効果よりもアイテムテキストの効果で装備している。その結果、タブラさんのこん畜生によって作られた『ヤリ◯ン』設定も
そのおかげもあって、エンリと出会っても、抱き抱えても、そして今の状況でも性的興奮・発情をする事は全く無くなっている。ハッキリ言って人化時にはもう手放せないアイテムだ。
(さてさて、どうしたものか……ん?)
未だ背中に寄り添っているエンリから何なら声が聞こえて来る。いや、声と言うよりー
(……泣いてる?)
そうだ…これは嗚咽だ。
この声を押し殺し、詰まらせる様な声…彼女は泣いているのだ。
(あー…そうだよなぁ。あんなに怖い思いをしたんだ。力無い人からしたら間違い無くトラウマだろうなぁ。)
だから彼女はその不安と怖さを紛らわす為に、この部屋へ来たのだ。両親ではなく俺の所へ来たのは、俺が彼女を助けたからだろう。
(本来ならここで優しく抱き締める…って流れなのかも知れないけど。)
ここは声を掛けず、背中を貸すだけにしておこう。何となくだが、今はそれが良いと…そんな気がしたモモンガだった。
それから10分くらい経っただろうか。漸く嗚咽が治ったエンリは身を起こした。「そろそろ自分の部屋に戻るのかな?」と思っていると、彼女の顔が段々と近づいて来るのがわかった。
(え?え??え???)
混乱するモモンガだが今ここで狸寝入りをやめる訳にはいかない。彼女の吐息がすぐ近くでまでやって来る。
今気付いたが良い匂いがした。
何をされるのか分からずドキドキしていると彼女の顔が更に近づくと、モモンガの頬に彼女の柔らかい唇が当たるのが分かった。
(ッーーーーーーーー!?!?)
心の中で激しく動揺するモモンガ。
エンリの唇が頬から離れると耳元で呟いた。
「(ありがとうございました……モモンガさん……私…貴方が大好きです。)」
そう言い残すと彼女はベッドから離れ、そして静かに部屋から出て行った。
残されたモモンガは暫く放心状態だった。
自分は今何をされた?頬にキスを?…いや、それよりもー
「今…好きって…?」
モモンガはキスされた頬に軽く手を当てる。あの時の感触…とても柔らかくて、愛おしく思えた。
(いや、彼女はまだあの出来事のトラウマに苦しんでいただけだ。それらを払拭する相手に俺は過ぎない。)
モモンガはそれらの考えを直ぐに振り払うよう首を振った。時が経てばいずれはそのトラウマを乗り越える事が出来るはず。
そう考えながらモモンガは指に嵌めていた『淫夢魔の呪印』を見つめた。
「本当にコレ様様だ……ん?」
モモンガは指輪に違和感を感じた。
見た目はシンプルで木目のような紋様がついてるだけの指輪だったが、その木目に沿って妖しい紫色の光が現れていた。
「何だこれ?…《
指輪を囲う様に彫られている木目の2/3ほどまで広がっていたその妖しい光に《上位道具鑑定》を発動させるもこの光の効果は現れなかった。
何となく嫌な予感がしなくも無い。
モモンガは必死に考えようとするが、持続する指輪を外していたが為に睡魔に勝てず、そのまま寝落ちしてしまった。
誤字報告・高評価・お気に入り登録、本当にありがとうございます。
途中話にR-18付けるのはアリですか?