東京が育んだ「BABYMETAL文化」は世界征服の夢を成し得るのか
2020年3月22日
ライフ世界的人気を誇るメタルダンスユニット「BABYMETAL」。世代を超えた幅広い支持を得ている彼女たちの夢「世界征服」の可能性について、ジェイ・エム・アール生活総合研究所代表取締役社長の松田久一さんが解説します。
BABYMETALを育んだ江戸御三家邸跡
BABYMETALの「魔力」と「呪術性」は、このライブにあります。これを国内で完成させたのが、2014年の日本武道館(千代田区北の丸公園)、2016年の東京ドーム(文京区後楽)の単独コンサートです。このコンサートの成功が新たな飛躍への一里塚となりました。
日本武道館は江戸後期、徳川御三家・御三卿の田安家邸跡で、現在でも皇居には「田安門」の名称が残っていますが、明治維新で新政府によって没収されました。その上に、日本武道館が建設されています。
東京ドームは御三家の水戸藩の小石川藩邸跡で、同じように維新によって没収され、砲兵工廠(こうしょう)が建てられ、後に現在の東京ドームの前身である後楽園球場が建てられました。
日本武道館と東京ドームはメジャーになったミュージシャンが歩む道ですが、BABYMETALには格別の地に見えます。
それは両会場ともに、明治維新の敗者たちの跡ということです。東京は勝者の街に見えますが、視点を変えれば敗者たちの歴史を幾重にも織り込んだ都市です。BABYMETALはこの敗者たちを包み込み、敗者たちから力を得て世界に向かっているのです。
江戸と東京の敗者たち
さてBABYMETALが生まれ、育まれた東京はどんな敗者の歴史を持っているのでしょうか。概略を振り返ってみましょう。
東京は江戸以前、「坂東太郎」と呼ばれる利根川が氾濫する「日本の辺境」でした。現在でも、荒川周辺は大雨で浸水する危険をはらんでいます。
最初に歴史を刻むのは、京都の朝廷・朱雀天皇に対抗した平将門です。将門は、陰謀によって朝廷の敵となり、討伐されました。その首塚が大手町の高層ビルの合間にあります。将門は東京の最初の敗者でした。
やがて太田道灌が利根川の灌漑(かんがい)の先鞭(せんべん)をつけ、秀吉によって移封(いほう。江戸時代に行われた大名の配置替え)された徳川家康が、受け継いで大規模かんがいを行いました。
そして徳川時代に、独自の江戸文化を生み出します。家康も秀吉に「左遷」させられた「安土桃山時代」の敗者ですが、およそ100万人を擁する江戸へ発展させました。
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