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【るろうに剣心・神谷薫と神谷活心流】
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神谷薫は90年代の理想像
明治時代の女性像と比較して、薫はどうなのか?
リアルな明治初期女性は、おとなしいどころか気性が激しく、なかなか思い切ったことをする女性もおります。
ファッション面も、新島八重という和洋折衷オシャレ女王がいたりするので、興味がある方は調べてみてください。
やはり神谷薫は、連載当時の平成が理想としていたヒロインそのものなのです。
そんな薫がモチーフとしたキャラクター像は、和月先生本人がきっちり明かしています。
・司馬遼太郎『龍馬がゆく』が描いた千葉さな子像
和月先生の作品は、史実の人物像ではなく、司馬フィルタ経由であることには注意が必要です。
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・SNK格闘ゲームのヒロイン
『サムライスピリッツ』ではなく、むしろ『龍虎の拳』のユリあたりですかね。「SNKっぽい」と言われれば、連載当時は納得できた、曖昧な表現です。
『龍虎の拳』のユリについて、少し説明させてください。
ユリは一作目では誘拐される『スーパーマリオブラザース』のピーチ姫役でした。それが続編では、プレイヤーキャラクターとして参戦を果たします。
元気いっぱい! そんなヒロイン像です。
2020年代現在ですと、なんだかよくわからないヒロイン像かもしれませんが、当時は王道ど真ん中といったところでした。
ユリは薫だけでなく、巻町操あたりにも影響を感じます。
どうしたってSNKの波動が『るろうに剣心』には及んでしまうものですね。
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そんな薫の剣術の腕前ですが、幕末期には「道場剣術そのものが実践的ではない」と見なされていたほどです。
スポーツ剣術ですので、むしろ殺傷できるほうがおかしい。薫が実戦でそこまで強くなくとも、おかしなことではありません。
彼女の料理のメシマズネタは連載当時の悪弊の反映ですね。明神弥彦が薫をブス呼ばわりすることも同様。
恵は「狐」、操は「イタチ」、薫は「狸」。
この手の表現そのものが時代性を感じさせますが、弥彦は明治初期、士族の子ということを踏まえると、なかなか問題のある設定です。
薫が指に怪我をしながら、剣心のために料理をしたり。
斎藤一にタヌキ呼ばわりされたり。弥彦にブス呼ばわりされて怒ったり。
連載当時ならば、こうした表現が「かわいい~」と受け取られたかもしれませんが、2020年代ともなればどうしたってモヤモヤが残ります。
・容姿をけなされて怒ることが普通?
武家出身の女性ともなれば、次のようなカウンター技がありました。
「あなたは武士でありながら、女の容色ばかりをお気になさるのですか?」
武士の理想には、女性を美貌ではなく、心構えや道徳心によって評価することがあったのです。
近藤勇が敢えて醜い妻を迎えたこと。
美人でもない「豚姫」を愛した西郷隆盛の逸話は有名です。
容姿ジャッジをしてきた相手にこう返せば、相手は「むむむ……」と黙るしかなくなります。
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・薫のメシマズ
薫の家庭環境によるので断定はできませんが、武家の女性であれば家事は一通り身につけていたと考えた方が妥当です。
薫より一回りほど年上で、会津戦争で狙撃手として戦った新島八重を考えてみますと……。
かなり性格が激しく、負けず嫌いで、銃の狙撃を学んでいた。ただし、武家女性であるからには家事に関してはしっかりと身につけており、かなりの腕前であったとも伝わります。
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元気な女性はガサツで料理も作れないというのは、かなり時代が降ってからのイメージ。
薫の場合、一人暮らしを始めて年数が経過しており、家事スキルくらい、身についていなければ不自然です。
連載当時の90年代は、ヒロインが女性としての魅力がないことに悩み、それが読者の「萌え〜」となる。そんな時代でした。
要はコンプレックスですね。
胸の大きさが小さくて悩むとか。メガネをかけていて成績がよいことが嫌だとか。メガネは萌えアイテムとなっていたという反論は想像できます。
しかし、現実問題として2020年前後まで、日本の一部の職場では「女性のメガネ着用は禁止する」なんてルールがあった程です。
◆女性社員は「メガネ禁止」、冷たい印象だから? 日本で物議(→link)
神谷薫はしっかりもので、明治初期にしては先進的に思えるかもしれません。
けれども、こうして見ていくと「平成」という鎖に縛られていたヒロインだと思えます。
そんなガチガチの鎖をブチ切った――先進的なヒロイン像も見たい。
そんな思いが和月先生にもあったのか。
笑顔より殺気を募らせた顔と、顔面の傷が印象的で、ともかく強い! そんなヒロインも登場します。
『武装錬金』の津村斗貴子です。
もっと評価されて欲しいヒロイン像であります。
90年代のヤンチャ坊主! 明神弥彦
薫のメシがマズい。
そう言い切るキャラとして明神弥彦がおります。
薫と同じく、服飾面でもかなりアレンジされていて、髪が長すぎます。当時は坊主でよいのではないかと思います。
江戸時代は月代があるからよろしくない――それが本作の明治設定の背景として説明されますが、実は明治の服飾や髪型設定を忠実に再現すると、見た目がなかなか厳しくなってしまいます。
話を弥彦のメシマズ描写に戻しまして……。
そこに決定的な違和感があること見ておきたいと思います。
・武士は食わねど高楊枝
武士といっても、いろいろな人がいます。
戦国時代には細川藤孝(細川幽斎)のように、グルメの達人もおりました。
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しかし、弥彦のような東京府士族の誇りは、三河武士が基本。彼らには「粗食でも耐えられる」という“ストイックな誇り”がありました。
そこを踏まえると「メシマズだ!」といっている時点でかなりおかしくなってしまいます。
「いや、でも明治といっても子どもだよ」
なんて思われるかもしれませんが、明治初期の士族少年は、そんなに甘いもんではありません。
例えば会津藩の郡長正(こおり ながまさ)に注目してみますと……彼は、明治4年(1871年)に自刃しています。
理由は?
母親に『食事がまずい』と書いた手紙を落として同級生に読まれてしまい、恥辱のあまり自殺したとされています。
この食事事情説は後世の創作とされており、自刃の正確な動機は不明です。
しかし、士族がこうした食料事情を嘆き、そのことが周囲に露見することが恥辱とされていたのは重要でしょう。
同じく会津藩出身の士族・柴五郎も、食料事情について語り残しています。
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これも潤色がある回想ではありますが、武士ならばメシがマズいなんて言わず、何がなんでも食べるべきだという精神が伝わってくるのです。
地域差や価値観の差があるとはいえ、メシマズと大っぴらに口にしてしまう弥彦。
明治初期士族にしては、ありのままに生き過ぎかなぁと。
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・薫に文句を言う弥彦はありなのか?
薫に対して「ブス!」だの「メシマズ!」と言った時点で弥彦は、武士としては失格ということになります。
なぜ、まっとうな嗜みを身につけられなかったのか? もっと厳しい教育環境で指導すべきでは? なんなら寺に入れても良い――そんな余計なことまで考えてしまうほど彼にはおかしなところがあります。
当時は儒教規範が士族の嗜みです。
男尊女卑が強くとも、歳上であったり、保護する立場であれば、敬意を表することが常識でした。
鬼の副長・土方歳三も、幼いころに自分の面倒を見た姉には、全く反論できなかったそうです。年長女性をさす「刀自」という敬称もよく使われておりました。
そういうことをふまえますと、自分の衣食住を面倒見て、武芸の師匠にもあたる薫を「ブス!」呼ばわりする弥彦は、明治初期の規範からすれば非常識で比例、鉄拳制裁レベルのクソガキということになります。
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結局、彼も90年代の少年なんですね。
連載当時の世相では「ババア」だの「ブス」だの、女性をカジュアルにからかい、それに対して相手が怒ることがギャグとして定着していました。
こんな価値観は、もうなくなって当然ですし、そんなギャグを懐かしむのもどうかと思います。
21世紀に生きる子どもたちには必要ないものでは?
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