巷で知られた、超スピードでプログラムを組みやがる有名人、小野和俊さんが本を出したというので読んでみたんですが、読むだけなら一瞬で読み終わるんですよ。読み慣れた人なら40分ぐらいで終わりますかねえ。


『その仕事、全部やめてみよう』(小野和俊・著、ダイヤモンド社・刊)Amazonリンク

 ただですね、この人、凄く合理的なんですよ。この著書にもその合理性が表れていて、冒頭から、木の根元がドンとあり、そこから太い幹が出て、さらに遠くまで葉を茂らせるための大きな枝があって、その先にはっぱをたくさんくっつけた細い枝がある。

 章立てはわずか5章、厚手の紙で、222ページ。しかし読み通してみると「あ、あれはあそこで語られていたことと対比になっておるのかな」と読み直しして「お、そういうことか」と得心するような本の出来。面倒くせえけど面白い。たぶん、こういうことを書こうという話を整理して、時間をかけて5章という太い枝のところに言いたいことを全部詰め込んでいく作業をやった結果、比喩から参考例のような葉っぱのところまで著者らしく無駄のないクッソ合理的な本に仕上がったんじゃないかとすら思うんですよ。

 これは、凝り性の人が途方もない(人生や仕事での)考えをたくさん詰め込んで書いた本だ。そう思うのです。読むだけならさらっと読めるけど、何かを得ようとするならば、その的確な比喩や分かりやすく短い文章の奥にある、きっとこれが言いたいに違いないという合理的な想像を読者に強いるタイプの。

 例えば、著者は「ラストマン戦略で自分を磨け」と煽る。読者が素直に「なるほどそうか」と思えばそれでいいんでしょうが、でも実際には第一章で書かれた欠点を潰そうとするマネージャーや、ユーザー発信を金科玉条にするコンサルのような失敗談、また第二章で新しい武器を手に入れてしまって嬉しくて使いたくなる技術者特有の傾向に言及したことと対になっています。ひょっとして、いま読んでいる章の次に、新たに相関する内容が言及されて読み直されなければならないタイプの本なのか。

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 結局、5章ある本を順に読んでいけば「ああ面白かった」では終わらず、実際に本の構成は五芒星のようになっていて、他の頂点と結びつく考察を別途読者が紐づけていかなければおそらく著者が考えているであろう究極の合理性(と、それへの理解)には辿り着かないという酒を飲んだ清水亮なみの面倒くささが発揮されている優れた本であります。

 なので、おそらくは何度も読み返しながら「あ、小野和俊は、きっとこういうことを言いたいのだな」と指さし確認して時間をかけて読んでいかなければなりません。通常、この手の著書は何度も似たような話を繰り返して本が訴えたい「テーマ性」を補強することが往々にしてありますが、本書は容赦がありません。一度出たエッセンスは二度と本書に出てきてくれないのです。すべてはおのおの独立した枝であり、その先についた葉っぱなのですが、木全体を見るには読み直さなければなりません。

 こういう面倒くさい本を書く人なので、最後の山田先生の逸話は「やっぱり面倒くさい人なのだな」と理解させるには十分な、木のてっぺんです。大完結。納得のあとがき。まあ、よくもこんな面倒くさい高い木を作ったもんだなと思いますし、これに付き合ったダイヤモンド社の編集者さんは発狂したんじゃないかと予想します。

 そのぐらい、モノづくり精神に溢れたプロダクトマネージャー兼プログラマーの化け物のような小野和俊さんですが、金融を扱う私の側からの視点で言いますと、あまり「価値」とか「意味」には本書には言及がありません。散らかるようなエッセンスはことごとく省かれており、非常に機能的で、合理的です。たぶん、著者にはそういう方面に興味がないというか、そういう発想がないのでしょう。

 プロダクトをプログラマ目線でいかに最適かつ合理的に作り上げるのかという点では本書はバイブルであり、モノづくりやプロジェクトにかかわる人たちであれば「ああ、言われてみれば」とか「自分はこの考え方が足りなかったな」とか「俺は正しかったかもしれない、もっと突き詰めよう」などと膝打ちすると思います。技術屋大絶賛。しかしながら、本書は驚くほどカネの匂いがしない内容です。

 コストとかリスクとかダメージコントロールとかオーバーヘッドとかお金に換算したくなる話が出ず、すべては人とテクノロジーとプロジェクト方針に関わる合理性や生産性、それに従事する人とそのスキル、そういう人が集まるチームという題材に完全にフォーカスされていて、良い意味でも悪い意味でもこじんまりしている部分はあります。いわば、柵の中に草を最大限生やしいかに乳牛を効率よく飼育して素晴らしい牛乳を出荷するかが良く分かる一方、柵を広げたり馬を連れてきたり他の農場を買収したりという話には一ミリも繋がっていかないあたりが著者のワールドを示していてすがすがしい。

 たぶん、著者はそういう方面は興味がないんでしょう。そこがいいなあと思いながら、行ったり来たりして面白く拝読できた、良い本でした。プログラマとかプロジェクトをマネジメントする人、あるいは技術者を多数率いる必要のある人には刺激がたくさん詰まっているのではないかと思います。



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山本一郎既刊!『ズレずに生き抜く』(文藝春秋・刊)


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