桶田知道 インタビュー #2
『陸の孤島』では、田舎のイメージを牧歌的なものではなく、田舎の住人としてリアルなものを表現したかった(桶田)
──『丁酉目録』は“歌詞のアルバム”というふうに伺いました。
桶田:そうですね。そうなりましたね。
──アルバム全曲のデモを貰う前に、『Philia』『鉄の森のパッセージ』『有給九夏』『陸の孤島』だけ聴かせてもらってたんですけど、その時の印象は”暗いな”と。
桶田:ハハハ。暗かったですか。
──聴いている人のイメージとしたら、ウワノソラの1st『ウワノソラ』、’67の『Portrait in Rock ’n’ Roll』ときて、次も大筋はそういう路線かなっていうところだと思うんですよね。それを思うと暗いなと。加えて1曲目が『Philia』で、一番キツい歌詞じゃないですか。
桶田:確かにそうですね。歌詞での曲順はあんまり考えてなくて、曲調的に選んだんですけど。
──『丁酉目録』を買ってきて、1番最初にこれを聴くわけじゃないですか。色んな意味でびっくりするポイントがあると思うんです。サウンド的にも歌詞の面でも、これまでのウワノソラの流れとはぜんぜん違う。それに『Philia』はかなり性的な歌詞ですよね。
桶田:そうですね。
──だからなおさら1曲目かと思ったんです。
桶田:『philia』は後から歌詞を付けたんですよ。Aメロの動きがその頃丁度聴いていたムーンライダーズの3rd(『Istanbul mambo』)の1曲目の『ジェラシー』のイントロの上がり方というか、そことちょっと似てるんです。それで1曲目っぽいかなと思って1曲目に選んだというだけなんですね。だから、アルバム前半中盤後半の歌詞の流れとか、1曲目っぽい歌詞とか、そういうのはあまり考えてないんです。もともとアルバム自体にコンセプト的なものはなくて、ただただ作品集のつもりなので。
──歌詞を書く時の着想の仕方というのはどういう感じなんですか。
桶田:『philia』の歌詞については、例えば友達の誰々が浮気したとか、そういう話を聴いて、それを物凄くドロドロの方向に脚色していったという感じですね。アルバムの曲全体に言えますけど、何らかのモチーフがもともとあって、そこから広げていったというものが多いです。
──そのモチーフというのは、自分の体験にあるものはもちろんですけど、何かネタを仕入れるというか、そういう作業はしましたか。
桶田:5曲目の『鉄の森のパッセージ』とかは完全に実体験じゃないので、時事ネタというか、社会主義の国のイメージからですよね。でも、題材が題材なのでそれをそのまま書いてもアカンなというのはありました。そもそも最初は『鉄の森のパッセージ』という言葉の並びが先に出て、そこから歌詞を考えようと思ったんです。
──割と時事ネタとか、そういうものは使いたい方ですか。
桶田:単に冷やかしのようなものですね。6曲目の『チャンネルNo.1』も捉え方によってはすごく不謹慎な曲ですし。
──桶田くんはずっと奈良の、それも南のいわゆる田舎と言われるような所にお住まいですが、2曲目の『陸の孤島』は住んでいるところ何か関係がありますか。
桶田:ありますね。住んでいる町というわけではないですが、近くに下市町という町があるんです。そこは隣町と橋一本でつながっていて、それがライフラインになっているんです。高校生の頃に下市町に住んでいる人と「橋(ライフライン)を落とされたら終わりやな」って話をしていて、その中の誰かが『陸の孤島やな』って言ったんですよ。それで『陸の孤島』って面白いなって思うようになって、そこから歌詞の中の過疎地、島、海、というイメージになったんです。
──高校の頃から思いついていたネタだったんですね。
桶田:自虐ですけどね。どうしても言葉の並びが綺麗というか好きで、何かで使いたいなって思っていたんです。
──それは自虐という感覚なんですか。
桶田:都会の人の田舎のイメージ、それこそ田園風景のような良いものを思い浮かべる人もいると思いますが、そういう牧歌的なものではなく、すごくリアルなものを田舎の住人として作りたかったんです。そういう歌詞の曲はあまりないので、面白いかなと思ったんですよね。
──歌詞の中にもありますが、“田舎に来ても遊びは盆踊りしかないぞ”と。
桶田:極論そうなんですよね。一行目の「子供達が描く故郷はベタ塗りのグリーン」はまさに見え方が違うというか、都会の人から見たら山々の緑ってすごい美しいものに見えるんだけど、そこに生まれ育った者からするとただの緑一色、何の感動もない。車で走っているときにそれを思いついて、そこからはパッと全部、曲と歌詞がつながってできあがりましたね。
──僕は桶田くんがアルバムを作り始めたって聴いた時に、こういう歌詞のものが出たらいいなあと思っていた歌詞のイメージと『陸の孤島』がぴったりだったので嬉しかったです。
桶田:良かったですね。 笑
──8曲目の『有給九夏』の「見知らぬ街へ書き置きを残し 自分の存在を明らかにした」という説明を見ると、さっきおっしゃっていたウワノソラ内での知名度がないとか、そういうところの存在証明をしたいという思いが歌詞にあるのかなと感じました。
桶田:ハハハ。そういうことではなく、歌詞の中での流れの文章ですね。曲の中のレッテルごとのメッセージよりは、1曲通しての起承転結、整合性をつけたかったんですよ。とは言え、ドラマを完結させるということでもなく、例えば『有給九夏』の詞の流れは、夜中に飛び出して朝方どこか海っぽいところに着いて、そこから折り返して帰るというものなんですけど、じゃあ海で何をさせようかな、という思考の流れですね。
──これまで角谷くんがよく使っていた“海”というワードが出てきたのにも驚きました。
桶田:24号線(京都から奈良を通って和歌山まで続く国道)をずっと走ってると和歌山、海に着く。ただただその印象だけです。
──海は好きですか。
桶田:あんまり好きじゃないですね。奈良県民なので馴染みがないだけなのかもしれませんが。この曲は最初『心頭滅却』というタイトルだったんです。
──心頭滅却?
桶田:“心頭滅却すれば火もまた涼し”ってあるじゃないですか。サビの歌詞がこのイメージでなんですよね。それは最初から思っていたんです。
──アルバムの最後に、年明けのイメージの『歳晩』を持ってきたのは、ついにアルバムが出来たぞ、やっと出せた、長い闇がようやく明けたという気持ちの表れなのかなと思ったりしたのですが。
桶田:年末の歌なので一番最後かなあって。笑 それだけですね。『歳晩』はもともとアルバムに入れるつもりはなかったんですよ。さっき言ったように『歳晩』みたいなアプローチで一枚のアルバムをと考えていたので、曲が揃って、入れる必要性がなければ入れなかったんですけど、曲順を考える時に一番最後に入れたら『有給九夏』との流れが良い感じかなって思ったんですよね。あとはフェードアウトで終わらないというのもあるし。これを入れるなら一番最後って決めていました。
──フェードアウトでは終わりたくない。
桶田:なんとなくの印象ですけど、今回のアルバムにおいて最後の曲をフェードアウトにするっていうのはあまり効果的ではないと思ったんですね。