岩田太郎(在米ジャーナリスト)
【まとめ】
・中傷は論外だが、背景に解明されぬ「親子の関係性」への疑問。
・「親子関係の不自然さや疑念」は事件解明に重要な情報。
・有罪要件の不足や親への中傷を理由に排除されるべきでない。
許されない脅迫行為
千葉県警は8月5日、山梨県道志村のキャンプ場で昨年9月に行方不明になった千葉県成田市の小倉美咲ちゃん(当時小学1年生の7歳)の母親とも子さん(37)を脅迫したとして、静岡県函南町の自称とび職、才津勝二容疑者(31)を逮捕したと発表した。
才津容疑者は昨年10月22日〜11月16日に、自身のスマートフォンからとも子さんのフェイスブックアカウントに、「お前が犯人だろ。早く自首しろ。殺すぞお前」「娘以上に怖い思いさせてやる!殺される残りのわずかな時間楽しめ」などとメッセージを約10回送り、脅迫した疑い。
同容疑者は、「SNSでのコメントなどを見て母親が犯人だと思い込み、娘を持つ父親として感情的になった。実際に殺すつもりはなかった。反省している」と犯行を認めている。
美咲ちゃんの失踪は、警察・消防・自衛隊や全国から集まったボランティアの父親たちなどによる大掛かりな捜索にもかかわらず、居場所の特定に至れなかった、まさに神隠しのケースだ。
現時点で警察がとも子さんを容疑者扱いしているとの発表はなく、ジャーナリストの水谷竹秀氏も彼女の近隣宅や美咲ちゃんの通う小学校の取材を通して、とも子さんの話の整合性を確認している(週刊女性2020年7月21日号)。
証拠なしに脅迫を行った才津容疑者の行為は、言語道断で許されるものではない。きちんと罪を償うべきだろう。
「親子の関係性」に対する疑念
その上で、水谷氏が「娘を捜し続けている被害者」だとするとも子さんが、なぜ才津容疑者をはじめ、ネット上で疑われることになったかという疑問に対する納得の反証を警察や水谷氏が挙げられていないことも確かである。
一言でいえば、多くの人が感じる違和感や疑念の根源はとも子さんによる時系列の出来事の証言に関する整合性というよりは、彼女の娘に対する「他人事」のような関係性の特異さにある。
具体的には、美咲ちゃんの失踪直後、とも子さんがSNSのインスタグラムで、珍しい白馬に乗って捜索してくれるボランティアが現れた写真を撮影し、アップロードしたことが「なぜあの時、あの状況で」と不審がられている。
また、とも子さんはビラを作って娘の発見を呼び掛けたのだが、それが2006年4月に自分の娘の彩香ちゃん(享年9)とその友人の米山豪憲君(享年7)を殺め、何食わぬ顔でビラを作って娘の発見を呼び掛けた「秋田児童連続殺害事件」の畠山鈴香受刑囚(犯行当時33、現在47)との共通性を感じさせるとして、《畠山鈴香似》《疑惑の人物》などと囁かれるようになったと、水谷氏は指摘する。
ビラ配布が、「娘発見」のためではなく「やるべきことをしているアリバイ作り」「当初から一貫性のある疑惑そらし」として見られているのだ。
親子の関係性に対する疑念を感じさせる別の事件がある。大阪市東住吉区で1995年7月、入浴中に焼死した小学6年の青木めぐみちゃん(享年11)の保険金殺人容疑を巡る母親の惠子氏(56)および当時の内縁の夫であった朴龍皓氏(54)の再審で、大阪地裁は2016年に殺人罪などで無期懲役が確定し服役中の両人の無罪を言い渡した。
このケースでは、青木氏と朴氏がめぐみちゃんに1500万円もの災害死亡保険をかけて事件後に請求していた不自然な事実、両人がマンション購入資金調達に困っていた「動機」、連れ子のめぐみちゃんに朴氏が小学3年生のころから日常的に性的虐待を行っていたという、一連の家族関係に関する疑念が存在した。
しかし、「東住吉冤罪事件弁護団」の斎藤ともよ主任弁護士(FAS淀屋橋総合法律事務所)や乘井弥生弁護士(女性共同法律事務所)らによって勝ち取られたこの無罪判決は、「当時、風呂場の横に駐車してあった軽ワゴン車のホンダ『アクティストリート』は、燃料タンク圧力が上がりやすい構造上の欠陥があり、そこから漏れたガソリンが気化して風呂釜の種火に引火した自然発火の可能性が合理的だ」とした。欠陥車が起こした火災事故だったというのである。
これを、弁護側が条件制御した再現実験で「証明」してみせている。放火者が危険にさらされるガソリン散布よりも、「合理的」な説明に見える。また、放火に使ったとされるライターや手動ポンプが現場から発見されていないし、自白強要スレスレの取り調べにも問題があった。
だが弁護側は、検察が組み立てた特定の筋書きを技術的な面で突き崩しただけで、弁護側によって再現された状況が《あの時》《あの場所》で起こったことだという物的証拠はない。なぜなら、「アクティストリート」の該当モデルでは燃料タンク付近のゴムホースに欠陥があった場合にのみガソリン漏れが起こるのだが、ゴムホースは火災で焼失しており、弁護側が「出火原因」だと主張する部品の物証がないからだ。
クロに限りなく近いグレーだが、「疑わしきは被告人の利益に」という原則が働いた。この2人は、2017年にそれぞれ9190万円の刑事補償金を「冤罪による服役」の償いとして受け取っている。惠子氏とめぐみちゃんの親子関係に関する根源的な疑問は、永遠にぼやかされてしまった。裁判の争点が、「めぐみちゃんを巡る親の問題」から「親の法的権利」にすり替わったからである。
子供が何らかの事件に巻き込まれた場合、家族関係に関する不自然さや疑念は、事件の全容究明や背景の理解において極めて重要な情報であり、法的有罪要件の不足やネット上の親に対する中傷誹謗を理由に排除されるべきではない。警察や司法や政治家が「子供ファースト」「子の最善の利益」のお題目を念仏のように唱えているのであれば、なおさらだ。
(下に続く)