残骸ヒロイン
ジェイルさん、お疲れ様です。
「どういうことよ!」
折角収集した情報を書き起こしたというのに、それを投げつけられた。
部屋中に紙が散らばる。その一枚一枚が価値ある情報であるというのに、彼女は理解できていない。
何度いってもすぐに忘れるし、妄想としょっちゅう混同するレナリア。
仕方ないので、余り形では残したくないのに報告書にした。だが、その内容が気に食わなかったらしく怒りをあらわに部下に八つ当たりしている。
「アルベルティーナが王族!? しかも王太女って……王太子はルーカスでしょ!?
なんであの悪女がそんなエラそうな立場にいるのよ! こんなの知らないわ! ゲームではこんなの無かった!」
また妄言が始まった。
ベッドからそのきんきんと耳障りな声を聞かされたジェイルは、くすんだ赤茶の髪を無造作にかき混ぜる。
レナリアとかいう女は見目の良い男とみると見境なく閨に誘う。随分と奔放な自称聖女様である。あれが本物の聖女なら、場末の娼婦すら女神だろう。
重罪人として指名手配されているレナリアは、社交界どころか町中にすら出られない。
美しいドレスも宝石も手に入れられず、羨望を受けて持て囃されることがない。その苛立ちをぶつけるように、暇さあれば男を漁っている。
ルーカスの寵愛を一身に受けていた時の栄華が忘れられないのだろう。
学園という狭い世界であったが、それでも彼女は一度はヒエラルキーの最高層に君臨していたのだ。
(あー……そういや、あの愛の妙薬ってサカるんだよな。やっぱ野郎の効果が出やすいけど、女でも影響出るしな……アイツ、グレアムで遊ぶ時ときワザと自分で食ってたし。
まさか自分には影響ないと思ってんのか?)
迂闊にレナリアに近づくと、相手をしろとしつこい。
昨日は仕方なく相手をしたが、あの節操のない女のことである。いつ病気が出るか分からない。適当に見目のいい部下を暫く宛がっておこうとため息をつく。
できるだけ無能で、見てくれだけが取り柄は誰だったかと思考を巡らす。
あの女は、自分が主導権を握りたがる。何人も薬で廃人にしているのだ。
レナリアは愛の妙薬が麻薬のようなものだと知らないはずがない。それを知って、恐れるどころか中毒症状になってレナリアに犬の様に縋って薬を請う姿を笑いながら楽しんでいる。
(つーか、ルーカスって王子サマは王太子じゃないし、今じゃ廃嫡寸前だろ? どっかの誰かさんのせいで)
レナリア曰く『悪役令嬢アルベルティーナ』とやらは、空前絶後の悪女らしい。
だが、少なくともジェイルの元にはその手の情報は入っていない。
話題の悲劇の王女様の情報は高く売れる。国内だけではなく、国外からも情報を欲するものがいるのだ。
個人的な人柄を知る情報としては人見知りであるとか、花や読書好きであるとか、愛用はローズブランドだとかいうもの。
ヴァユの離宮とういう王族の女性でも特に高貴な女性しか使用できない場所で過ごしているという。そこで静かに実父を失い悲しみに暮れているという。
男関係に派手どころか、使用人や護衛の騎士以外の若い異性は義弟、幼馴染の伯爵くらいしか出入りをしていないと聞く。最近、分家が頻繁に周囲をうろついている情報もあった。
(調べろって言われちゃいるが、あの女の情報はだんだんハズレが増えてきている。
『クロウリー』って暗殺者を連れて来いって言われているが、そんなのウチにはいねえ。一番の暗殺者って意味なら、ダンテだが特徴が合わん……それに、あいつはプライドが高い……)
レナリアが望むクロウリーとやらは月狼族という少数民族の特徴を持った青年とのことだ。
白髪で肌の色黒の肌と金の目をした背の高い男。だが、二十代前半から十代後半程だと聞いた。実を言うと、ジェイルも月狼族の血を引いている。肌が褐色だし瞳も金だ。だが、純血ではない。混血か、おそらく先祖返りの一種だ。
クロウリーも月狼族の可能性が高い。
月狼族は生まれついての戦闘民族。
夜に溶けるような肌に、満月のような瞳、猛獣のような身体能力。
同族ですら、弱ければ追放する。血の覚醒が無ければ、弱者として切り捨てられるのだ。そして、同族と名乗ることすら許さない。
能力主義、そして秘密主義で個人主義。
たまに奴隷市で商品として並ぶ。どこかで拾われた月狼族は高く買取される。
大抵が年端もいかない子供か赤子、もしくは戦いを求めた戦闘狂だ。前者なら色々と仕込みやすいし、後者であれば暗殺者でも戦奴でも暴れられる場所を与えれば喜んで行く。
基本身体能力がずば抜けている為、高級奴隷として扱われる。
(仕事とはいえ、あの金食い虫をいつまでとっときゃいいんだ?)
また金切り声でヒステリーを始めたレナリア。
レナリアはジェイルの好みではない。良く言えば清楚で華奢、悪く言えば凡庸で貧相のレナリア。ジェイルはもっと女性的で出るところが出て、締まるところが締まった妖艶な美女が好きだ。
顔立ちも整った彼は当然、色々な女性の元を渡り歩いてきた。ジェイルにしてみれば、レナリアは盛りのついたチンクシャ娘なのだ。
駆け引きも楽しまず、安直にいつも自分の享楽だけを求めてきて面白みのない相手だ。
本人の前で言えば、間違いなく怒り散らすだろう。
(そういや、いたな。この手のことを丸め込むのが得意なの……ダメだ、あいつは使える奴だし、滅茶苦茶面食いだし旨味のないチンクシャの相手をしろとか言ったら俺がぶっ殺される)
そのあとも二、三人ほど候補が出たけれどレナリアにくれてやるには惜しい者ばかり。
ばたばたと足音が聞こえてきたと思ったら、レナリアがノックすることもなくドアを開け放った。
「ジェイル、あんたアルベルティーナを殺してきてよ。凄腕なんでしょう?」
「お前、その依頼料払えるのかよ? 言っとくが、王族のお姫様だぞ? 喪中でほぼ離宮に籠り切り。厳重警戒の要人だ。その辺の貴族とは比べ物にならないからな」
つい最近、レナリアが愛の妙薬を手に入れるためにかなりの金銭を手放したのを知っている。
その愛の妙薬で男を誑し込んでは金を吸いつくしてはいるが、浪費癖の激しいレナリアは常に自転車操業だ。懐に余裕などないのはジェイルも良く知っている。
押し黙ったのを確認しジェイルは話題を変える。
「レナリア」
「何よ!?」
「新しい男が欲しいか?」
「詰まんないのだったらすぐ殺すわよ」
レナリアの理想はグレイルだった。
いくら与えてもグレイルと常に比較し、グレイルのほうが美形だった、声が良かった、頭がよさそうだった、金持ちそうだったとあげつらって八つ当たりをするのだ。
手に入らなかった分、執着が激しい。
先ほどまでレナリアに怒鳴り散らされていた男に金貨入りの袋を投げる。
「ザーヘランの一座がくる。案内してやれ」
「はっ」
「ざーへらん? なによ、それ。聞いたことないわ」
それだけ言ってサンダルを足に引っ掛けて、半裸のままジェイルは外に出る。これ以上あの癇癪には付き合い切れない。
ザーヘランは闇商人だ。非合法のオークションを開催する。麻薬や武器、そして奴隷。中には眉唾物もあるが、掘り出し物もある。
これ以上、組織の人間を斡旋してやる義理はない。奴隷を購入させて、暫くそれで暇をつぶさせればいい。醜悪な奴隷より美麗な奴隷のほうが当然値も張る。
その闇オークションには、サンディスの国内外の富豪や王侯貴族が参加する。態々、お忍びでいらっしゃるやんごとない身分の方々。需要があるから、無くならない。
一応は薄暗い場所で、偽名を名乗り仮面を付けてはいる。それでも、知り合いであれば声で気づかれる可能性は十分ある。だが、同じ穴の狢同士だ。暗黙の了解である。
数日後、オークションを楽しんだらしいレナリアはことあるごとにまた行きたいと駄々をこねた。
楽しみたかったら金を集めておけといえば「それもそうね」と頷いた。買った奴隷のあとに、もっといいものが出て悔しい思いをしたらしい。
最近はくすぶって不貞腐れていたことが多かったレナリアだが、味をしめたのか後ろ暗い夜会に精力的に出るようになった。
時折朝帰りまでするようになった。その分、自分や部下の拘束時間の余計な労働は減った。レナリアには、こちらの情報は大して握らせてはいない。
相変らず例の仮面の男とは、後ろ暗い場所でよく出会うらしい。
「すごく素敵なのよ。仮面をつけていても、すっごい美形なの」
夢見るような表情でレナリアがいった。うっとりと、恋する乙女のようだ。
ついていかせた部下に聞けば、ずっとあの調子らしい。また面倒なことにならなければいいが。
レナリアの価値は情報だ。
レナリア曰く、彼女は『ヒロイン』で『世界に選ばれた存在』らしい。
そして彼女はそれを疑っていないし、世界の真実だと言わんばかりだ。まるで狂信者の様に信じて疑わず、自分の正統性を主張する。レナリアにとって、なにをしようと正義は自分にだけある。
いかれている。異常者にしか思えない。
ジェイルは組織に属すものであるし、それ以上にあの方のために、この異分子を見極めなければならないのだ。
近くにいればいるほど、それほどの価値があるとは思ない。
だが、プロフェッショナルとして任務は完遂する。それがジェイルの自分に課した掟だった。
読んでいただきありがとうございましたー!
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