駒選び7
ラウゼス陛下はアルベルティーナより。
存在感薄そうに見えて、割といろいろしてくれている人です。
以前の襲撃などなかったように整えられた謁見の間。
破壊された入り口の扉は新調され、白亜の壁は新たに誂られた。印象的な古代遺跡から発掘されたという、色鮮やかなガラスは陽の光を取り込みながら、一段高い玉座の荘厳さを引き立てている。入り口から玉座まで、真紅の毛足のない絨毯がまっすぐ敷かれている。良く磨かれた大理石の白床とのコントラストが眩しい。
あの襲撃から王妃の席は空いていることが多い。だが、ラウゼス国王は謁見の間が治ってから、一日も欠かさずに居る。メザーリン王妃は襲撃時の恐怖もあるだろうが、王子や王女、側妃も押しのけて国王すら差し置いて、自分を逃がすために通せと騒いだ醜態から身を隠したいのだろう。
だが、その影で自分の利となる人間に接近することに自重はない。
(メザーリンの生家は伯爵家であれ、二十年以上王妃としているというのに……)
王籍すらなかったまだ『ラティッチェ公爵令嬢』であった王太女アルベルティーナが、血涙が流れる寸前まで結界魔法を使い周りを守ろうとしたこともあり余計に風当たりは冷たかった。
目的は戦闘をしていた父親たちの為かもしれないが、その尽力を見ていた者は多かった。
様々な噂のあったアルベルティーナだが、あの一件で他の王族とは違うと期待した者は多かった。特に、騎士やメイドといった使用人階級などの期待は高い。
はっきり言ってしまえば、現在の王家の人気はアルベルティーナという姫君一人に集中している。
(そういえば、王太女として支給されている費用で、なにか事業をする動きがあると聞いたな……あの子は柔和で聡明であるし、周りは信頼のおけるものを置いた。問題は起きないだろう)
レナリアに篭絡される前のルーカスやレオルドはそれなり支持があった。それに伴い、メザーリンとオフィールの勢力も強かったが、かなり今は落ちている。
それ故に対立を繰り返していた正妃と側妃たちは、それぞれの王子達の争わせ方を変えた。今までの様に息子を王太子にするのは限りなく不可能になった――その代わり、王配にするチャンスが来たのだ。アルベルティーナにそれぞれの息子を送り出そうとしたのだが、現在それは失敗している。
先日の茶会でメザーリンの娘であるエルメディアが暴れまくったからだ。そして、その責任の一端はオフィールにもある。
メザーリンだけが招待されたはずの個人的なお茶会に、強引にエルメディアを介入させることによりオフィールは自分の席を取ろうとした。それが見事に失敗した。
今まで領地にこもりきりで、人見知りが激しいか弱い――はっきり言ってしまえば薄弱ではないかといわれるアルベルティーナに、長年王族としていたという立場でマウントを取ろうとしたのだが、それどころではなくなってしまったのだ。
ただでさえ遺恨のある二人の王子の売り込みは、売り込む前からケチがついた。
共にとっかかりの段階で破綻してしまったのだ。
社交慣れしていないアルベルティーナだけなら誤魔化せたかもしれないが、その場にはフォルトゥナの狂犬といわれるパトリシアがいた。
(エルメディアの教育係を変えたはいいが、ずっと拗ねて燻っている。声をかけたが、聞く耳も持たぬ……メザーリンは自分の娘であるのに腫れもののように扱っている。
アルベルティーナに触発され、王女としての自覚を持つと期待したが芽生えたのは敵愾心か……一度、パトリシア夫人に鍛えられた方が、危機感を持つか?)
あの小柄でぽっちゃりと愛らしい雰囲気に騙されてはいけない。
外見小型犬、中身はケルベロス。
フォルトゥナの女主人であるそのケルベロスはアルベルティーナが大層お気に入りだ。
王族になることに抵抗感を拭えない様子はあったものの、そこまでの道があまりに急激であったのを考えれば致し方あるまい。それでも、最近はかなり前向きに王家について学ぼうという姿勢があると聞く。
そしてパトリシアは亡き親友にして義妹の面影を偲ばずにいられない義理の姪っ子のために、張り切っている。今のところ、王妃たちは次の手を打つこともできずコテンパンにやられている状態だ。
そして、ラウゼスはそのすべてを静観している。
メザーリン達を取り成そうとはしない。王妃たちは薄情だと騒いでいるが、学園の事件を考えればレオルド、ましてやルーカスを宛がおうなどとは厚顔無恥にも程があるというものだ。
それが潰し合いに発展しようとも、それは王妃たちがその程度だということだ。
最も優先すべきは王太女。婿についてはルーカスやレオルドに限らなくていいのだ。
現在、アルベルティーナの婚約者候補選びは難航している。
あまりにも競争が熾烈で、至る所で攻防が繰り返されている。四大公爵家、王族、元老会、そのほかの貴族がその選定に水面下で争っている。
中には先走った婚約破棄、それどころか離婚騒ぎまで起きているのだから頭が痛い。
現在十七歳であるアルベルティーナ。来年の喪が明けてすぐに婚約から結婚と考えても十八~十九歳である。どうしても婚約期間に最低半年は置かなくてはならない。結婚相手となるのは、十代半ばから二十代後半ほどが理想だろう。
できれば婚姻歴がなく、婚約者がいない伯爵家以上が望ましい。格式を示す『フォン』の称号があればさらにいいだろう。
王配となるのだからある程度人脈があるのが望ましいし、政治や経済や国際情勢などにも最低限の知識は有してほしい。そうなると、当主かそのスペアであるくらいの教養は必須。
そう考えると、二十代半ばを超える目ぼしい家柄はほぼ消える。高貴な家柄程、幼少期には婚約者が付き適齢期になれば婚姻をするのが普通だ。
最悪、婚約という状態であれば白紙にするほかない。破棄では遺恨が多く残るだろう。この年齢であると、相手の女性も適齢期近い状態であるので違約金が発生する可能性も十分ある。
そして、三男、四男となると実力が伴わないものが殆ど。
アルベルティーナの持つ影響力を考えると、並みの男では振り回されて踊らされるだけだ。
(……家柄、能力、人脈ともに申し分ない。経歴に瑕疵もなく、アルベルティーナとの相性も問題ない相手)
ちょうど、まさにそれに該当する青年が目の前にいる。
鮮やかな真紅の長い髪に、漆黒の鎧が良く映える。良く鍛えられた均等の取れた肉体は、鎧越しでも分かる。片膝をつき、頭を垂れている姿にさえ気品があり、育ちや教養を感じさせられる。
つい先日、国境沿い紛争から戻ってきたドミトリアス伯爵。
ミカエリス・フォン・ドミトリアス。その容姿の華やかさから薔薇騎士、紅の伯爵と呼ばれる美青年だ。
ドミトリアスの領主でもある彼は、僅かにきな臭いと見回りに行った砦。そこにはゴユランから逃げ出した奴隷や賊が、武装勢力となって襲い掛かっていたのだ。
近年のゴユランの治世の悪さは、隣国であるサンディスにも影響が出ている。国境沿いなどでは密入国が起こっているし、僻地の町村などは襲撃されて乗っ取られ、その集落ごと財も人も略奪されてしまったという報告がここ最近増えている。
大きな人身売買の摘発は成功したがすべて消えたわけではない。
もし砦が、そういった者たちの手に落ちていれば非常に厄介なことになっていただろう。
ミカエリスは迅速にして的確な指示を飛ばした。怯むことなく自らが先頭に立ち剣を揮った。そこから、密売組織のアジトを引っ張り上げて少なくない数の賊や奴隷商やそれに関連する犯罪者を捕らえた。
それらの規模は大きく、決して侮ることはできない。全体を見ればかなりの勢力だった。
その功績を称え、彼は勲章と褒賞を与えられることとなったのだ。
もともと、ドミトリアス伯爵家は彼の代になって一気に勢力を増したこともあり、陞爵の内定も決まっていた。
「此度、其方の指揮により我が国は多大な損害を退けることができた。
よって、ドミトリアス伯爵に褒賞として、勲章と陞爵の権利を与えるとする。
他に報奨金、もしく新たな領地を与えるとしよう。候補地は後に通達する」
ざわりと周囲が騒ぐ。
彼の功績は既に噂が駆け巡っていたが、改めてラウゼスの口から出ると一段と重みが増した。
ドミトリアス領はもとより狭くない。肥沃な大地から齎される恵みは多く、ヴィンツなどはワインの名産地である。また、一線を画したブランド力を持っているため、他の土地よりも作物が高値で取引される。かの有名なローズ商会も、ドミトリアスにある農場などでは専属契約を結んでいるところも少なくない。多岐に亘り品質と信頼が高いのだ。
「一人の貴族として、臣民として当然の責務を果たしたまでです。
恐れ多くも、有難く存じます。ラウゼス国王陛下。その御心に報いりますよう、一層の精進をさせて頂きます」
ラウゼスの言葉に、浮かれる様子もなく滔々と口上を述べるミカエリス。その声は、深みがあり耳に心地よく響く。
中には大きく出過ぎて傲慢な要求をしてくる者だっている。非常にできた青年だ。
ラウゼスはふと思い出す。
アルベルティーナは、もうあのサンディスライトを誰かに渡しただろうか。
今のところ、それらしき噂はない。
分家のマクシミリアン侯爵家が強引に取り入っているらしいが、何か事情がありそうな気配がする。
ラウゼスも信頼できる私兵はいるため、その筋から集めているのだ。
恙なく勲章の授与は終わり、皆の羨望と期待、そして嫉妬を一身に浴びながらミカエリスは下がっていった。
ミカエリスの陞爵は辺境伯か侯爵になるか、彼に選べるようにした。あとで返事を待つことにしよう。
ラウゼスが一方的に命ずることもできるが、できれば望むものを与えてやりたい。
辺境伯であれば特別な武器の下賜、名馬や馬具、武器や防具等軍備の増強など、領地をより治めやすいよう取り計らうようにした。侯爵であれば貴族としての箔付けとして一等地に大きな庭付きの屋敷と宝石を下賜し、王室御用達の名店に口利きを取り計らうようにした。
不自然にない程度に色を付けたのは、エルメディアの一件もある。
婚約者はいないが、明らかにミカエリスには愛する女性がいた。
そして、ミカエリスほどの器量をもってしても迎え入れるのが至難の業といえる立場の女性。だが、その思慕を持っていてもそばにいることが黙認される程度には認められている程度には許されていた。
ミカエリス・フォン・ドミトリアスは四大公爵家でも、王家の分家でもないが婚約者候補に挙がっている男性の一人だ。ミカエリスの父、ガイアスも健在である。妹として同腹のジブリールもいる。もし王家に婿へと取られても最低限の保険はある。資金も潤沢であるし、事業も好調。家柄もしっかりとしており、歴史もある古い貴族の血筋だ。後ろ盾として問題ないと言えよう。
元老会たちは問題視していないようだが、ラウゼスにとっては一番の問題といえる、アルベルティーナの拒絶のない数少ない異性だ。
王配の座を巡る争いは熾烈だが、彼はかなり優遇された位置にいる。
ラウゼスの長年の勘が、アルベルティーナの意思を尊重しなくてはならないと囁いている。それは親類としての情もある。
(あの子は次代が育つまで、間違いなくサンディスの守護役としていなくてはならなくなる。
王位を継がなくとも、あれほどの結界魔法の使い手などいない。
間違いなく歴代の王族中でも、私と比べるべくもなく一流の魔法使いだ……だが、あの子はサンディス王家を、この国を厭う可能性は十分ありうる)
老い衰えた古い王などより、余程価値は高い。
現在、国境間には緊迫した空気が流れている。ゴユラン国からきな臭い噂が絶えない。
戦争になり、各国の秘術や魔法や魔道具が行使されたら、それを防げるのは王家伝来の魔法と魔法具くらいだ。
万が一の話ではあるが、無い話ではない。
危機感が薄いというべきか、今まで危険な部分を全てグレイルが排除しつくしていた。グレイルはそれができる男だった。自分一人いれば、すべてを成せる視野と能力を持っていた。
それがいなくなり、国内外の抑えが効いていない。
新たなる王族に喜んでいるとは聞こえがいいが、浮ついているようにしか見えないのだ。何か、重要なものを見落としている気がしてならない。
フォルトゥナ公爵をはじめ、勤勉なものたちは目を光らせている。だが、最も目端の利く勘の鋭いグレイルがいない不安はぬぐい切れない。
注意深く観察はしているが、ラウゼスは嫌な予感がしてならなかった。
読んでいただきありがとうございましたー!