核兵器は絶対的な悪です。その利用もまた同様です

左派は戦後史において反核運動を展開してきました。運動の根源にあるのが、アジア太平洋戦争の末期に落とされた、2発の原子爆弾なのは言うまでもありません

だからといって、ヒロシマ・ナガサキを後世に伝えようとする者すべてが左翼なわけではありません。ここらへん勘違いしている人も多いのですが、一部のウヨもまた、原爆の被害を声高に訴えることがあるのです

今回はその一例として、TOSSの授業を取り上げます

前編である今日は、その前段階として、TOSS及びそれを率いる向山洋一さんがどのような存在か書いていきます


TOSSとはなにか?


TOSSホームページ

TOSS(Teachers' Organization of Skill Sharing)は、教師によるものとしては日本最大級の研究団体です

その名のとおり、全国の教師たちの「名人芸」とされる授業のスキルをシェアして水平展開するため活動しています

ようするに教師のためのハウツーをまとめ、共有している団体ですね

TOSSの前身は、東京都の小学校教員である向山洋一さんが、1983年に立ち上げた「教育技術の法則化運動」でした

向山洋一さんは教育出版社である明治図書の雑誌で、全国の教職員に対し「名人芸」とされる授業の具体例を募集し、それらを厳選しまとめ上げて次々と出版したのです
(ちなみに明治図書は、藤岡信勝さんを担ぎ上げて「自由主義史観研究会」をつくった会社です。「自由主義史観研究会」を土台として「新しい歴史教科書をつくる会」が生まれました)

“教育技術の法則化運動は、地方にいて全国的レベルでの発表の機会が少ない野心的な若手の教員たちを惹きつけていった。法則化論文をまとめた教育技術の書籍が続々と発行され、各地に法則化サークルができた”
(左巻健男『学校に入り込むニセ科学』)

というわけで「教育技術の法則化運動」はまたたくまに成長。2001年にTOSSへと発展的解散を経て、会員二千人・関係者一万人を誇る研究団体となったわけです
(会員数は杉原里美『掃除で心は磨けるのか』に準拠。書き手によっては会員数一万人とするものもあります)

その影響力の大きさは、TOSSを率いる向山洋一さんの造語「学級崩壊」「モンスターペアレント」が、すっかり一般的な用語として定着していることからも推し測れるでしょう

昨今では学校の多忙化もあって、教科研究が足りなくてもお手軽に「名人芸」とされる授業のできるTOSSのハウツーに頼る教職員も少なくないのだとか

TOSSの「名人芸」とされる授業の数々は、今では「TOSSランド」というサイトに集約され、会員外にも公開されています

TOSSランドのホームページ

……ここまでの記述で「TOSSはなかなか良さそうじゃないか」と思ったそこのあなた

騙されてはいけません

TOSSは数多くの批判に晒されてきた団体でもあるのですから


TOSSへの批判


TOSSへの批判として主なものは、次の3つがあげられます

第一に【オカルティズム】
第二に【トップダウン式の画一性】
第三に【右翼的な思想】


オカルティズム


“向山氏のやり方の本質を表現するのに、多くの言葉は必要ないと思った。わずか一言で事足りる”
愚民教育
(斎藤貴男『カルト資本主義 増補版』)

愚民教育。ジャーナリストの斎藤貴男さんをしてそう言わしめたのは、「トンデモ」として名高いEM菌を、向山洋一さんが教育の現場で教えていたことからきています

※EM菌について詳細は明治大学コミュニケーション研究所の「疑似科学を科学的に考える」をご覧下さい

そして向山洋一さんがTOSSを通じて全国の学校に広めようとしたのは、EM菌だけではないのです

“向山氏がEM関連本を出版したり、その中でトンデモ波動(オカルト波動)の考えに賛同したり、「水伝」授業は、誰でも追試可能な(真似ができる)指導案としてTOSSランドに掲載されていた。 またTOSSは、向山氏が信じたEMで環境問題はなくなるという指導案や「エネルギー問題解決には原子力発電推進しかない、原子力発電万歳!」という教育をしてきた。さらには、「ゲーム脳」のようなニセ脳科学教育もある。歴史修正主義の歴史教育もある”
(左巻健男『学校に入り込むニセ科学』)

オカルト波動、「水からの伝言」(「水伝」)、ゲーム脳……なんというか、もうわざとやってるんじゃないかと疑いを抱きそうなほど有名どころの疑似科学をひととおり押さえている感じですね

なかでも有名なのが、「水伝」こと「水からの伝言」です

これは著書『水からの伝言』シリーズで知られる故・江本勝さんが提唱されていた、嘘のような嘘の話

水を結晶化させ、それを顕微鏡で眺めれば、氷の形から水の気持ちがわかるーーというものです

江本勝さんの説によると、たとえば水に「ありがとう」と声をかければ綺麗な結晶ができ、逆に「馬鹿」と声をかければ醜い結晶になるそうです。もちろん江本勝さんのデタラメですが

※「水からの伝言」について詳しくは、明治大学コミュニケーション研究所の「疑似科学を科学的に考える」をご覧下さい

「水からの伝言」シリーズは世に聞こえた大ベストセラーであり、なかでもサンマーク出版から刊行された『水は答えを知っている』は、日本はもちろんのこと、海外でも”アメリカではシリーズ47万部、その後、中国で140万部、韓国で26万部などと膨らみ、35カ国・地域で累計300万部のヒット”という記録を打ち立てました

「水からの伝言」がブームとなったのは1990年代後半から2000年代の前半です

この当時、まだ「特別の教科」でなかったころの道徳の授業で、「水からの伝言」を使って授業をしていた教師たちがいました

水は人間の言葉によって綺麗な結晶にも汚い結晶にもなる
人間の体の大部分は水で構成されている
だから友達にも悪口を言っちゃいけないよ。イジメなんてもってのほかさ!

という理屈ですね(いや、どういう理屈だよ)

どんな教師たちが「水からの伝言」で道徳を教えていたのかと言うと……もちろん向山洋一さん率いるTOSSでした

“『水からの伝言』授業は、誰でも追試可能(真似ができる)な指導案としてサイト(TOSSランド)に載りました。もちろん、サイト掲載は向山氏らの目を通っています。そうして、全国の教員に広がったのです。“TOSSの指導案によりかかっているTOSS教の信者教員”にとっては、その授業は、批判的に検討すべきものでない、すぐれた授業だったのです”
(左巻健男『水はなんにも知らないよ』)

そして、特筆すべきは、「水からの伝言」と日本の「スピリチュアル系」な右翼との相性の良さです

「スピリチュアル系」で右翼とくれば、そう、安倍昭恵さんですね

“とりわけ大きな影響を彼女(安倍昭恵)に与えたのは、「水の波動研究者」「スピリチュアルマスター」と自称した故・江本勝(二〇一四年死去)と思われる”
“この江本を通じて、昭恵は様々な人物を紹介され、また感化されていったようだ”
(石井妙子『安倍昭恵「家庭内野党」の真実』)

というわけで、安倍昭恵さんの巻き起こしたアレやコレやの騒動の元凶は、向山洋一さん及びTOSSが支持した「水からの伝言」の江本勝さんだったわけですねー

そして、話はこれだけでは終わりません

“この江本と関係が深かったのは、昭恵ではなく、むしろ安倍家だったようだ。付き合いは晋太郎の代にさかのぼる。晋太郎は江本に自分の「波動」を見てもらっていたと、昭恵は自身のブログで明かしている”
(石井妙子『安倍昭恵「家庭内野党」の真実』)

ということは安倍晋三さんも……?

参考:安倍昭恵さんのブログ↓

“江本先生とのご縁は遡ること20年ほど前。
安倍の父が波動を調べて頂いたことがありました。
最近になってなぜか気になり、ご連絡を取ってお会いすることに・・・。”


トップダウン式の画一性


先ほど左巻健男さんの言葉に“TOSSの指導案によりかかっているTOSS教の信者教員”とありましたが、TOSS内部のこうした関係性もまた批判の対象となっています

『問題だらけの小学校教育』で知られる元教員の東和誠さんは、TOSSに参加した数ヶ月の経験をこう語ります

宗教的だなあと感じることが多々ありました。例えば、多くの会員がTOSS主宰者の向山先生をはじめ著名な先生方を尊師の如く崇めていて、内容を精査せず、“その先生たちが言っている指導法=正しい”みたいな場面が多く見受けられました”

また、TOSSの雑誌『教育ツーウェイ』を次のように論評する小学校教員もいます

“同誌は確かに全国の教師からの投稿記事が主です。
しかし、その中に「向山」の名前が出てくるものが過半数。
そのいずれも、「向山型授業」のすばらしさを賞賛し、「法則化の教育理論」の有益性を説明するものばかりです。
つまり、いつの間にやら、法則化運動は、知識の共有を目指す運動から、「向山型授業普及運動」に変質してしまったのです”

TOSSは、向山洋一さん及び極めて少数のカリスマ教師が「名人芸」と考える教育技術・思想を、盲目的にただただコピペするための団体に過ぎないのですね

“カリスマ向山洋一が支配する”学校QC”である法則化運動は(中略)教師が思索する機会を奪ってしまう
(斎藤貴男『カルト資本主義 増補版』)

だからTOSSの教師たちは、カリスマである向山洋一さんが良いと認めるものは、EM菌だろうが「水からの伝言」だろうが、TOSSの指導案に従って教えるわけです

その弊害はオカルト関連だけにとどまりません

“小学3年生の娘の、算数の宿題をみていたら筆算の線を定規で引きはじめました”
“筆算の線を引くのに定規を使うことは、何年も前から学校として統一したうえで指導しているといい、教育現場では「一般的」という”
向山さんに聞くと、「定規を使う指導をしている人はそれまでにもたくさんいたと思うが、(本などで)広めたのは私かもしれない」という

筆算の線を定規でひくことにより計算間違いが減る(字の大きさと場所が揃っていないと計算間違えしやすい)、とのことですが……

たしかに効果のある子どももいるのでしょうが、定規を使わないと計算のやり直しをさせたり、テストでバツにしてしまう学校や教師もあるようでして……(^q^)

そこには【カリスマの手法に対する過剰な忖度】があるように思えます。あるいは【カリスマへの隷従→末端分子の過激化】と表現したほうがわかりやすいかもしれません

カリスマ自身がそこまでやれと命じていないにも関わらず、末端分子が過激化してしまう様は、まさしくファシズムですね(カリスマに罪がないとは言ってないです、念のため)

“定規を使わずにかなり正確に計算できる子が、定規を使っていないことを理由にやり直しをさせられるのであれば、不満を感じたりやる気をなくしたり、ということは十分あるのではないでしょうか。それは目的と手段が混同されている状態かも”

トップダウン式に画一的で表面的なハウツーを普及する団体にとって、【目的と手段の混合】は、起こるべくして起こったことなのかもしれません

※当たり前のことですが、「水からの伝言」にしろ筆算の定規にしろ、TOSSの教師だけが広めたわけではないはずです。おそらく【TOSS教師の間で広まる→一般的な教師にも広がる】という流れがあったのでしょう


右翼的な思想


“(向山氏は)自分の考え方について、「家庭教育の重視など、教育に関する主張は自民党に近い」と語る。教育基本法な改正に際しては、家庭教育の充実にかかわる条文を盛り込むよう、自民党に求めたという。参加人数が多いサマーセミナーや合宿には、安倍晋三首相や下村博文・元文科相などから「応援メッセージ」が寄せられる
杉原里美『掃除で心を磨けるのか』

上の杉原里美さんの話からも察せられるでしょうが、向山洋一さんの政治傾向は極めて右寄りです

事実、育鵬社教科書を推進する日本教育再生機構(日本会議関連団体。現在存続しているかは不明)では代表委員をつとめてもいます

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※日本教育再生機構については、「つくる会」の教科書検定不合格を素直に喜べない理由(中編)を参照してください

向山洋一さんの極右っぷりは、『月刊私塾界』のインタビューによくあらわれています

“現在の教育の問題点として私が考えているのが、伝統的家庭教育が失われているということです”
“そこで私が必要だと思っているのが、「伝統的価値観に基づいた子育て」を取り戻すことです。つまり、親が教育について学ぶ「親学」というものを推進していくことが必要だと思っています。私は超党派の議員によって構成されている「親学推進議員連盟」の事務局として、その立ち上げに関与してきました
“今後は家庭教育支援法の制定など、さまざまな取り組みをおこないながら、明治時代のようなやさしい家庭教育を取り戻していきたいと考えています”

親学は元「生長の家学生会全国総連合」委員長で、現在は日本会議政策委員をつとめる高橋史朗さんが提唱した概念・運動です

細かい説明は避けますが、「親学」には右派の復古的な子育て観・家族観が存分にあらわれています

なにより恐ろしいのは、【国家権力が家庭に介入する】ことを是認する態度です

「今の日本の親たちはダラシナイ、なので国家権力によって親の在り方・家庭の在り方を指導しようぜ!」というのが親学の基本的スタンスなんですね

そして、彼らの理想とする親像・家庭像が実現していけば、戦前の「家制度」のようなものが自然と復活してしまうようになっているのです(向山洋一さんが”明治時代のような”と言っていることにご注目下さい)

また、国家が求める親像や家庭像を示し、それに違反した者に罰則を与えようという「家庭教育支援法」も、親学と共通の問題点(国家の個人領域への介入、戦前の社会の復活)を抱えています

家庭教育支援法は法律としてはまだ制定されていませんが、すでに同法の主旨を盛り込んだ条例ーー家庭教育支援条例や最近話題になった香川県のゲーム条例などーーが多数の自治体で成立しています

……ちなみに日本会議の実働部隊である日本青年協議会の基本戦略は「地方から中央へ」です

親学と家庭教育支援法制定運動は連動しており、このインタビューで並んで語られているのは、すごく象徴的だな、と思いますね

そして、向山洋一さんはこのインタビューで、さらにこんなことも語っています

"日本の教育が抱える問題点の3つ目が、日本の本当の姿カタチを教えなくなったという点です。(中略)古事記、日本書紀をはじめ、日本の歴史もきちんと教える必要があります。そうして、日本に誇りを持てる子どもを育てることが重要だと思います"

まさにウヨの主張、といった感じですね(というか神話は歴史ではないよね……)

皆さんもご存知のとおり、かつて大日本帝国は、神話を国民統合の手段として存分に活用していました

日本に住む人々が「日本」を意識しはじめてまだ間もないこともあり、また、戦争に突き進む国家づくりのためにも、「日本国民」や「日本民族」なるものが一丸となる必要があったのです

そのための精神的支柱が天皇であり、天皇の権威を支えるものが日本神話でした

……だからといって、僕は、日本神話や神話教育そのものを全否定はしません。わりと面白いですし

ただし「明治のような教育」を望んでいる人や、大日本帝国を肯定的にとらえている人が神話教育を推進するなら、反対せざるをえません

どうしても神話教育をしたいのであれば、教育や政治の場からウヨウヨを一掃してもらわないと……と、思います(少なくとも神話と歴史をごっちゃにする人間が日本にいる間はやめてほしいッス)


さて、ここまで向山洋一さんの極右的な部分を見てきました。では、TOSSはいったいどんな政治傾向をもっているのでしょうか?

……まあ、これは考えるまでもありませんね

向山洋一さんが言うことなら常識外れのオカルトでさえ普及してしまうTOSSも、全体的に極右寄りであると見るべきでしょう

実際、TOSSのホームページには「日本のただしいすがたを教える」というページがありますして

そこには日本青年会議所(JC)と組んで領土・領海の授業をしたり、「日本スゴイ」を体現した世界地図を制作したり、靖国神社について「きちんとした知識」を与える授業をしたりする姿が写し出されているのです

特にご注目頂きたいのは、日本青年会議所との結びつきです

日本青年会議所といえば……そう、「宇予くん騒動」で有名な団体ですね

※日本青年会議所や「宇予くん」に関連して、当ブログでは以下の記事があります

TOSSと日本青年会議所は、この数年、連携を強めているようです。両者とも親学や、親学から派生した「親守詩」を推進していることは言うまでもなく、前述した領土・領海についての授業や、親学から派生したと思われる「ともいく!」、さらには「メディアリテラシー確立委員会」などで協力関係にあるようです

※領土・領海の授業での協力関係↓

※「ともいく!」での協力関係↓

※「メディアリテラシー確立委員会」(日本青年会議所がTwitterと提携してやろうとしたアレですよ、アレ)での協力関係

……なかなかにイヤーな感じのする協力関係ですね

さらにTOSSの極右性について言及すれば、TOSSランドで「戦争」というキーワードで検索してみても、「大東亜戦争」や「特攻隊」、「本当に侵略戦争だったのか」といったウヨウヨしく歴史修正主義者的な文字列の授業例がわんさか出てきます

「戦争」検索結果

ついでに「南京」検索結果

さらに「沖縄戦」検索結果


……ねっ、極右でしょ?

前述した東和誠さんはこう語ります

“(TOSSによる)草の根の勉強会でも、自虐史観に基づかない歴史の授業や戦後70年安倍談話を肯定する授業を行ったりしていました”


前編のおわり


今日のお話で向山洋一さんやTOSSが非常に危険な存在であることがわかってもらえたかと思います

次回後編では、TOSSのような極右団体が原爆投下という歴史的事件をどのように教えているのか見ていきます