緊急事態宣言解除後にますます重要であるべきPCR検査の誤用が目に余る

2020/05/26
森井大一(大阪大学感染制御学)

 5月25日に緊急事態宣言が全て解除となった。これからは社会経済活動のレベルを本格的に上げていくことになる。とはいえ、世界ではいまだ数万人の感染者が毎日出続けており、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が収まる気配はまだない。当初中国で始まった感染は、その後、ヨーロッパそしてアメリカへとその中心点を移動させ、今は南米を飲み込もうとしている。今後は恐らくアフリカでの感染がより大きな問題となるだろう。グローバル化した社会の中で世界中にウイルスがばらまかれてしまった状況を考えれば、たとえ日本で一時感染が終息したように見えても、火の粉は絶えず飛んでくる。我々の社会は、常に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の脅威にさらされ続けることになる。

 誰もが分かっていることだが、緊急事態宣言が解除されたからと言って、SARS-CoV-2が消えてなくなった訳ではない。しかし一方で、4月・5月のような疑似ロックダウンをし続ける訳にはいかない。感染者がある程度減った状況で、社会経済活動を再開させていくことになる。そして、また患者が増えそうな兆候を見た際には、再度強力な手段で経済的・社会的ダメージを負ってでも対策を講じなければならない。前回のコラムでも書いたように、これからは平時と有事が目まぐるしく入れ替わる日常を覚悟するしか、社会を存続させる方法はないのだ。

著者プロフィール

森井大一(もりい・だいいち)●大阪大学大学院医学系研究科博士課程。2005年3月大阪大学医学部卒業、同年4月国立病院機構呉医療センター、2010年大阪大学医学部附属病院感染制御部、2011年米Emory大学Rollins School of Public Health、2013年7月厚生労働省大臣官房国際課課長補佐、2014年4月厚生労働省医政局指導課・地域医療計画課課長補佐、2015年4月公立昭和病院感染症科を経て今に至る。2018年から阪大病院の感染制御部医員も兼務。

連載の紹介

森井大一の「医療と経済と行政の交差点」
救急医として医師のキャリアをスタートさせた後、感染制御に越境し、公衆衛生を学んだ上で、厚生官僚を経験。現在はノーベル賞受賞で話題の行動経済学を医療に応用すべく研究を進める筆者に、 医療と経済と行政が交わる地点に立って思いの丈を語っていただきます。

この記事へのコメント(11件)

コメントを書く
  • 筆者(2020/06/08 20:26)

    東大の先生方の出された陽性率は0.65%ではないです。失礼しました。1000人検査して7人陽性なので0.7%です。いくつかシュミレーションした手元のメモを見誤ってしまいました。結論は変わりませんが。

  • 筆者(2020/06/08 09:43)

    東大先端科学技術研究センターの児玉龍彦先生のグループが5月初旬と下旬の2回に分けて、東京都内の一般医療機関で計1000人の抗体検査を実施した調査の結果を公表されました。 https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20200515.html これによると、5月前半の500人の調査では3例、後半の500人の調査では4例の抗体陽性があったとのことです。 5月中旬(例えば15日)の東京での累積の確認患者数は5082人でした。仮にこの時点で東京の0.65%が感染しているとすれば、真の感染者は9万人(1398万人×0.65%)ですので、確認されている患者の18倍の患者が潜在的にいるという計算です。 ただし、この調査は医療機関を訪れた患者を対象(LSIメディエンスの残余検体を使ったとのことです)にしているようですので、一般的な人口よりも感染リスクは高いと考えられます。ざっくり見積もって、発表されているよりも10~15倍程度を想定すれば潜在的患者数の見積もりとしては大きくは間違えないというところだろうと思います。 大阪(人口880万)は、昨日1人(過去2週間では4人目)が確認されましたから10~15人ぐらいが府下にいるだろうという話になります。この内無症状なのは半分ですから8人程度でしょうか。術前スクリーニングをがんばるということは、この8人が何らかの手術や処置をたまたま受けることになるという可能性を重くとらえて、それを感度(よくて)7割の検査法で捕まえようとするものです。これを公費でやるというんですから、ずいぶんと財政に余裕があるんでしょう。 このような無駄は、一つを認めてしまうと、あっちもこっちもと言う話になって、結局全部を認めることになります。実際に、夜の街で働く方々やスポーツ選手への定期検査という壮大な無駄が(ギャグではなく)大真面目に語られ始めました。「無駄は無駄だけど、みんながやる訳じゃないからいいじゃないか」という無責任なことをいう人がいるのでこのようなことが起こります。医療を公共的に支えるという事の本質を無視して、将来世代へのつけ回しになんの倫理的問題意識も持たないような似非専門家(特に年長者)の責任は重いと思っています。

  • 竹下和良(2020/06/04 21:45)

    森井先生、度々のコメントありがとうございます。離島だから怖くないなどと、私は一言も申し上げておりません。離島だから特別対応ということではなく、今は、with COVID-19の時代です。すべての処置や外科治療をfull-PPEの完全防御で出来るはずもなく、現実は処置内容のリスクに応じたstandard precautionsで対応することになるのではないでしょうか。わざわざ例に挙げていただいた気管切開(気切に限らず気管内挿管を行う際も)ですが、エアロゾルの発生が多くマスク着用に加えてガウンとフェースマスクを用いるのは当然です。これが標準予防策ですから。蛇足ながら申し添えますが、サージカルマスクとN95マスクの感染防御については有意差がないとの報告もあります。患者の入院やリスクを伴う処置に際してPCR検査を行って、スクリーニングを行うことは無意味ではなく、検査前確率が低ければ際限なくコストが増大するような記述をされていますが、実際には入院する患者と一定の処置を受ける患者に限られており、コストは有限です。森井先生、疫学と医療経済の専門家としてのご意見はよく分かりました。多くの現場の臨床医が何を考え、何を悩んでいるかを、私はお伝えしたつもりでおります。お忙しい森井先生にこれ以上のご負担をおかけしたくありませんので、この記事へのコメントの遣り取りをこれで終えさせて戴ければと存じます。ありがとうございました。

  • 筆者(2020/06/04 19:32)

    検査前確率が0.8%という状況と言うのは、潜在的感染者が100万人もいるという(現在の日本の状況からみれば)かなり現実離れした状況です。このような状況では、PCR検査の結果如何に伴わず、N95で臨むのが正解です。例えば、耳鼻科の先生に、そのような状況でこれまで通りのサージカルマスクで気管切開するかどうか聞いてみてください。検査陰性を真に受けてサージカルにするなど怖くてできないはずです。離島だから0.6%が怖くないとはならないはずです。離島は全く関係がありません。

  • 竹下和良(2020/06/04 12:38)

    森井先生、ご回答ありがとうございます。私のように離島で医療をしておりますと、滅多に先生のような専門家に直接お話を伺いすることが出来ませんので大変感謝しております。さて、検査後確率0.8%が0.6%に下がったら対応を変えるのかということですが、多くの現場ではそのような対応を取らざるを得ないのではないでしょうか。つまり0.2%の陽性と判定された患者さんの治療にはN95マスク(在庫があればですが)を用いて、それ以外は標準予防をとることになると思います。COVID-19が出現するまでは、多くの医療現場で標準予防さえ取られていなかったのではと思っております(少なくとも私の施設では十分ではなかったと反省しています)。最近では、救急搬入される患者さんには、発熱が見られれば肺炎を確認するためにCT検査を行うようにして、森井先生が問題視されているところの無症候であってもPCR検査を実施することもしばしばあります。すべての国民に公費を使ってPCR検査をやってくださいなどというつもりは毛頭ありませんが、すべての患者にCOVID-19と同等の感染予防対応で診療を行うことは非現実的です。ですから入院患者さんに対しては、一般的な感染症検査を行うのと同様にPCR検査を実施すべきではないかと考えています。少ない確率で非効率であっても、確認されたSARS-Cov-2感染者に対しては標準以上の厳重な管理を行うことに繋がりますし、現状では他にスクリーニングする手段がありません。ひとたび院内感染を発生させれば医療崩壊につながり(離島に一つしかないような病院であれば確実に医療崩壊します)、そのコストが高いと判断するのか、あるいは必要であり妥当と判断するのかということかと思います。検査前確率が0.8%なら500人検査して約1人を検出できますからコストは13,000円x500で650万円、これだけコストをかけても残り3人もの感染者が見逃されてしまうことになります。これはPCR感度を30%と仮定していますから、感度が70%、90%と上がれば効率も上がります。森井先生が引用された論文でも明確に感度が30%だからという結論ではありませんし、入院患者や手術前の検査としてPCR検査を認めていただければ、PCR検査の感度などの特性がもう少しはっきり分かってくると思します(もう少し高いかもしれません)。そして、PCR検査で見逃された無症状のSARS-Cov-2感染者には、発病しない限り(無症候である限り)は、今のところ標準予防策により手術や処置などの診療にあたるしか手段はないのではないでしょうか。とくに私の施設のような医療資源の乏しいところでは、そのように感じております。

  • 筆者(2020/06/03 19:55)

    竹下先生、再度のコメントありがとうございます。まず、有病率の考え方に誤解があるようですので指摘させていただきます。当職が有病率を出したのは、検査前確率の議論の文脈ですので、先生の示された計算(感染者=累積患者数-回復者数-死者数)はここでの議論には不適当な数字です。ですのでアメリカの0.41%やイタリアの0.06%を0.008%と比較することは全くナンセンスです。 その上で、先生の問題意識に沿って考えてみます。例えばもっと多くの潜在的感染者がいる場合を考えてみます。結論からいうと、仮に日本に未捕捉の感染者が100万人いると仮定しても無症状者へのPCR検査が無意味であることには変わりありません(100万が非現実的な数字であることにはさすがにご同意いただけると思います)。100万人の未捕捉感染者が潜んでいるときの有病率は0.8%です(100万÷1億2000万人)。この時に、本コラムと同様に計算を進めると、PCR検査で陰性を確認した場合の検査後確率は、0.6%弱程度です。先生にお聞きしたいのですが、目の前の患者が感染者である確率が0.8%である場合と、0.6%である場合で、例えばサージカルマスクではなくてN95にしよう、と言うような感染対策上の変化がありますか?

  • 竹下和良(2020/06/03 11:57)

    森井先生、私のコメントに対して詳細にご回答いただきありがとうございます。さて、先生もご承知の通り、米国ではCOVID-19の感染拡大が未だコントロールできていません。最近(5月31日)のデータでは感染者数(累積になりますが)1,860,237人、回復414,442人、死者107,267人ですので、この時点での有病率は約0.41%になるかと思います。医療崩壊を来したイタリアの最近のデータでは、感染者数(累積)233,515人、回復160,092人、死者33,530人ですので、この時点での有病率は0.06%になりますね。感染爆発が落ち着いてきたと思われるイタリアでの有病率でさえ0.008%より一桁大きい数字となっています。しかも感染者数はPCR検査で陽性が確認された数ですので実数は更に多いと思われます。私が申し上げたいのは、現在は日本でのCOVID-19に対するコントロールは上手くいっていますが、今後もこの落ち着いた状態が続く保証がないので、有病率0.008%と想定して議論を進めるのは危ないのではないかということです。また、日本のK大学病院で実施された無症候者67人に対するPCR検査で4人(5.97%)に陽性が確認されたとの報告は、日本で有症状者に対して行ったPCR検査陽性率と比較しても高い値であり評価が難しいところではありますが、全く無視することもできないのではないでしょうか。

  • 筆者(2020/06/02 11:29)

    竹下先生、コメントいただきありがとうございます。検査前確率が重要であるというご指摘はごもっともです。たしかに0.008%という数字に科学的な根拠はありません。それは、現時点で1万人の感染者が、日本のどこかに見つからずに潜んでいるとしたときの数字です。1万人は、日本の医療制度を考えた時に十分に多く設定したつもりでしたし、今でもそう思っていますが、先生はさらに多くの方が見つからずに市中で生活されていると考えておられるのですね。 このことの答えはもうすぐ出ます。1万人の抗体検査が昨日から始まりました。ひとりの陽性者がいれば0.01%です。これまで確認されている国内の感染者の総数は、1万7千人程度で、これは全人口の0.014%に相当します。ざっくりいうと、今回の抗体検査で陽性となる人数の数をnとしたときに、(n/1.4)×1万7000人の患者が潜在的にいたのだろうという話になります。6月1日の新規感染者数は37人でした。現時点というスナップショットで1万人の潜在的患者数を想定するということは、実際には確認されているよりも270倍の感染者がいるという想定です。これに1.4をかけると378人となります。何人の陽性者が抗体検査で見つかるかは分かりませんが、今回の抗体検査では378人も見つからないだろうと思っています。仮に378人見つかったとしても、この抗体検査は、東京、大阪という国内で最も多く流行した地域でサンプルを取っていますから、日本全体での推定値はさらに少なくなることになります。一部の病院の科学的な意味がよく分からない偏った数字に振り回されるのではなく、きちんとした抗体検査の結果を待ってみませんか。もうすぐ出ますので。

  • 竹下和良(2020/06/01 19:53)

    無症状者に対するPCR検査が効果的ではない理由について、日本のCOVID-19有病率自体が正確に把握されていない状況であるにも関わらず、0.008%とかなり低い有病率を設定し、しかもこの仮定を「あり得ないほど高い有病率」と断じて議論していることを問題点として指摘させていただきます。COVID-19感染初期のPCR検査の陰性結果については、検査感度が十分ではないことを示してはいますが、有病率(予測値)が高くなれば、結果の印象は大きく変わります。また、COVID-19以外の疾患で入院した患者に実施したPCR検査で数パーセントに陽性結果が出たとの報告を根拠にすれば、もちろん予測値が極めて低い中では偽陽性の問題が避けられませんが、PCR検査が全く無意味であるかのように結論づけるのは些か乱暴ではないかと考えます。

  • 筆者(2020/05/31 13:31)

    白川洋一先生、当職のような若輩者の駄文をお読みいただき光栄です。阪大内でも言っていますが、無理が当れば道理が引っ込むという状況です。今回のコロナ騒動で、医師の多くが基本的な科学リテラシーを欠いていることが明らかになりました。一人の患者を見つけるために5億円以上の公費を投入することになる以上、国民的な議論が必要です。本日の毎日新聞の東京版1面に発症前のPCR検査の感度が3割程度であるとの記事が出ましたが、このような知識を地道に広めていくしかありません。 「安心のために検査は必要」というのも、これほど現場の医療者を馬鹿にした言いようはありません。「難しいことを言ってもどうせわからないから、陰性と言うおふだを貼っておけばいいんだ」とでもいうのでしょうか。必要な感染対策をまじめに考えている人間を侮辱する言い方、考え方だと思います。

  • 白川洋一(2020/05/30 10:35)

    まったく同感です。PCR検査陰性であっても事後確率がほんの少し下がるだけで実務的な意味がないということは、おそらく大学病院の幹部級(=年配者)に理解されていないと思います。単に、肝炎検査や梅毒検査の術前検査と同じように情緒的な安心感を得たいという声に押されただけでしょう。まずは隗より始めよ、森井先生は阪大病院と関連病院に検査中止を提言してください。

この記事を読んでいる人におすすめ