メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

外国から誤解され続けているスウェーデンのコロナ対策

国民からは高い支持を得ている、「短距離走」でも「集団免疫」でもない方針

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 欧州の中で、唯一「緩い」規制を貫徹したスウェーデンの新型コロナ流行もようやく 小康レベルとなり、4カ月半ぶりにデンマークが国境を完全に解放した(毎週の新規感染者が1万人あたり2人以下という条件)。もっとも、他の北欧諸国より大きく遅れ、犠牲者も一桁多い。

 だが、それでもグラフの示すようにスウェーデン国民の7割が公衆衛生局を信頼し、国民の6割が対策を「経済と健康のバランスが取れている」と評価して、もっと感染対策を優先すべしという意見を大きく上回っている。この数字は過去4カ月変わっていない。

拡大図1 Kantar社の世論調査SIFOの結果
Kantar社

 この事実を意外に思う方も多いのではあるまいか? その意外感の原因は、恐らくスウェーデンの方針に関する誤解に起因すると思われる。スウェーデンという対象は、好感を持つ人と嫌悪する人がかなりはっきり分かれ、それぞれ勝手な(=誤解まじりの)賛同・批判をしがちだからだ。

 そこで、本稿では住んでいる者の立場から、スウェーデンで支持されているコロナ戦略を改めて説明したい。その基本は「論座」の『「日常をできるだけ維持する」スウェーデンのコロナ対策』でも書いたように、科学的根拠を優先して、外国の動向や目先の悲劇に惑われないドライなものだ。

「同じ規制レベルを年単位で続ける」長期戦の構え

 新型コロナウイルスは、3月初めには撲滅不可能な規模で欧州に広がった。その段階で予想されていたのは、最適のワクチンと治療法の確立には経験的に10年単位の時間がかかることだ。少しの効き目しかないワクチンですら、必要な数だけ得られるのに通常2年、最低で1年以上かかる。その前提で打ち出されたのが、医療崩壊が起こらないレベルに流行を抑え「続ける」という長期・耐久戦略だ。

 もちろん、医療崩壊ギリギリの場合、外出禁止等「短期決戦型」の対処が必要かもしれないが、その事態に陥ったのはイタリア北部やマドリッド、パリ、ロンドンなど一部の都市・地域だけだ。他の地域なら長期間維持できる対策を模索できたはずだ。しかし、これを欧州で実践・貫徹したのはスウェーデンだけだった。

拡大図2 規制をかけるとき、体の健康と経済・心の健康のどちらを優先させるかの模式図。大幅に揺れる「日本型」、なるべく一定の制限にする「スウェーデン型」、その中間の「フランス型」に大別できる。

 強力すぎる制限はどこかで解除し、長期型対策にシフトしなければならない。この軟着陸に世界の多くの国々が苦労し、感染の再流行の気配すら濃厚になっている。それは再度の規制を意味する。この様子を模式的に示したのが図2の赤線や黒線だ。対策の変動の度に人々の生活が振り回される。

 対するスウェーデンは、「少なくとも夏まで続けられる」「ほぼ確実に12月まで延長となる」規制を始めから模索した。これは図の青線に相当する。だからこそ飲食店すら休まなかった。代わりに「1.5mの距離をとれる座席配置にする」という条件を12月まで続ける方針を早々と出した。集会の上限もずっと50人のままだ。

集団免疫策ではなく耐久「遅延」策

拡大図3 スウェーデンの対策の考え方
 ピーク時の患者数が医療システムで扱える範囲でなければならない以上、図3に示すように集団免疫という考えとは相容れない。だが、スウェーデンの「耐久」戦略は「集団免疫を目指している」と誤解され続けた。日本循環器学会が企画した7月上旬の西浦博北大教授・山中伸弥京大教授対談の際ですら、その誤解が解けていなかった。誤解が生まれた理由の一つに、図の青線の説明の不完全さがあったと思う。

 どんな感染症流行であれ、検査・防護・治療体制が次第に整うにつれて実効再生産係数Rt(1人の患者が最終的に感染させる人数)は下がる。だから、流行初期にRtが1を超えていても、遠からずRtは1以下となって緩やかな遅延ピークと減少を迎える。その推移の全ての時期で医療リソース以内で済むのなら、収束に時間がかかろうとも、日常・経済活動の制限を最小限にできるメリットが大きい。これがスウェーデンの方針だ。

 この頭打ちに集団免疫は関係ないが、 自然なピークという見かけ(実際には検査・医療体制の充実による人為ピーク)から集団免疫と勘違いされやすい。また、抗体持ちが多くなるほどRtが下がるから、その部分だけを切り出したら集団免疫を期待しているように見える。もちろん公衆衛生局は、抗体以外で1以下を目指した。というのも抗体は時間とともに消えるからだ。

「スウェーデンは間違いを認めた」わけではない

 上記の遅延策の最大の困難は、最適のRtと、そのRtを達成しうるギリギリの「行動制限」を決める点にある。公衆衛生局が「これでRt<1を達成できる」という対策を見いだしたのは4月第2週だ。それを1カ月はやく実現できていれば、スウェーデンの感染ははるかに少なかっただろう。

 その意味で「もう一度やり直せるなら、異なる対応になっていた」と6月初めに公衆衛生局がコメントしたが、これがどういうわけか「スウェーデンは間違いを認めた」という風に世界中に報道されてしまった。翌日に改めて「真意」の記者会見をせざるを得なくなったほどだ。実際には、4月第2週までに決めた方針を未だに続け、12月まで継続する。

 もちろん微調整はある。高校・大学は再開するし、旅行自粛の勧告も緩めた一方で、交通機関の混雑解消に向けた新たな勧告もある。公衆衛生局の要望のもと、スウェーデン鉄道(JRのようなもの)は予約座席占有率を65%(3席並びのうち2席だけ使える)に落とした。

全ジャンルパックなら15492本の記事が読み放題。


筆者

山内正敏

山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。1983年京都大学理学部卒、アラスカ大学地球物理研究所に留学、博士号取得。地球や惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)が専門。2001年にギランバレー症候群を発病し1年間入院。03年から仕事に復帰、現在もリハビリを続けながら9割程度の勤務をこなしている。キルナ市在住。

山内正敏の記事

もっと見る