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 科学的な裏付けが十分でない段階での政策発信は、勇み足とのそしりを免れない。

 新型コロナウイルスには、殺ウイルス効果があるポビドンヨードを含むうがい薬が有効なようだ――。大阪府吉村洋文知事がそんな研究成果を披露し、発熱した人がいる家庭など、府民にうがい薬の使用を呼びかけたことが波紋を呼んでいる。

 新型コロナ禍への対応で注目度を高めた知事の発言だけに、直後から各地の店舗で当該製品の売り切れが続出。ネットでは高額での転売も見られた。会見の翌日、知事は「誤解がある。うがい薬は予防薬や治療薬にはならない」と再び説明したが、「現時点では証拠が不足している」(日本医師会)といった指摘が相次いだ。

 研究では、新型コロナに感染した府内の軽症・無症状者を二つのグループに分け、一方はうがい薬を使って1日4回うがいし、もう一方は何もしなかった。4日目に唾液(だえき)のPCR検査をしたところ、陽性率はうがいをしたグループの方が顕著に低かったという。

 うがい薬を使えば、飛沫(ひまつ)を通じた感染や、ウイルスを含む唾液が肺に入ることによる重症化を防げる可能性がある。知事らはそう説明するが、本当にそうなのか、疑問は少なくない。

 まず、研究の対象が41人と少ないことだ。研究にあたった医師自身も、飛沫感染の防止効果の検証は「数十例とか数百例では無理」と認めており、重症化防止効果とともに2千人規模で研究を続けると表明している。

 そして吉村知事の説明ぶりである。最初の会見では「うそのような本当の話」「コロナに打ち勝てるのではないか」との発言があった。知事らが繰り返し口にした「可能性」段階での前のめりな姿勢が、「誤解」を招く一因となったのではないか。

 研究は水道水などでうがいをした場合と比べていない。なじみのある市販薬とはいえ、妊婦や甲状腺障害のある人は使用に慎重を期す必要がある。唾液中のウイルスが減っても体内で減るわけではなく、感染者の「偽陰性」につながりかねない。他の研究者からはこうした指摘も出ている。

 吉村氏は「政策を決めるのは我々で、府民への呼びかけも我々の責任」と述べ、政治の責任を強調する。ただ、そのタイミングと方法、内容にも責任が伴うことは論をまたない。

 新型コロナウイルスは未解明な点が多く、不確かな情報が拡散しやすい状況が続く。無用の混乱を避けるためにも、科学的な知見に基づく政策を展開することが欠かせない。政治のリーダーは肝に銘じるべきだ。

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