<エニグマ解読からNSAの電話情報収集まで──その機会があればいつだって熱心に他国の通信情報を盗み取ってきた国家の歴史を教訓とするならば、中国政府がファーウェイを悪用しないはずがない>
国内で整備する第5世代(5G)移動通信システムから中国の通信機器大手の華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)を排除する──イギリス政府は7月半ばに、そう発表した。アメリカ政府の科す制裁措置を考慮するとファーウェイ製の通信機器は使用できないと、英国家サイバーセキュリティーセンター(NCSC)が結論を下したとされている。【カルダー・ウォルトン(ハーバード大学ケネディ政治学大学院研究員)】



表向きの理屈はさておき、本当にファーウェイの機器が安全保障上の脅威をもたらすのか否かは真剣に検討する必要がある。なにしろNCSCも最近までは、5Gネットワークの「周辺」部分に同社製品を使っても「中核」部分に使わない限り問題ないと主張していたからだ。 NCSCを管轄する英政府通信本部(GCHQ)は、ファーウェイがインターネットの高速通信網に参入した当初から、そのリスクをひそかに調べていた。そして幸か不幸か、現在に至るまで中国政府がファーウェイ製品を悪用してサイバー攻撃を仕掛けた証拠はない。 だが証拠の不在は、必ずしも不正行為の不在の証明とはならない。国益や安全保障を理由に、国家が自国の民間企業を動かして通信の秘密を侵し、機密情報を収集しようとするのは今に始まったことではない。どこの国も、そうした行為の加害者であり被害者でもある。

その事実は長く秘められてきた。しかし近年における情報公開の法制化とその厳格な施行により、昔の、とんでもない秘密の数々が明るみに出てきた。イギリスもアメリカもひそかに通信会社と契約を結び、国益のためと称し、通信機器に暗号解読機能を忍び込ませていたらしい。 これが歴史の教訓であれば、結論は明白だ。ファーウェイ製品で構築した5Gネットワークを使って中国政府が他国の情報を収集することなどあり得ないと考えるのは幼過ぎるし、あまりにも甘い。 ずっと昔から、権力者は敵の通信を傍受して利用することに熱心だった。昔は封筒に湯気を当て、そっと開封していた。今はインターネット上の膨大な交信データを、人工知能で解析している。 <海底ケーブルの切断作戦>

時代を画したのは、1902年のグリエルモ・マルコーニだ。イタリア人の彼はこの年、初めて大西洋横断の無線通信を成功させた。同じ年、イギリスの著名作家ラドヤード・キプリングが「無線」と題する短編を発表した。モールス信号による通信が傍受されるという話で、当時はSF的な夢物語に思えたが、数年後には現実になっていた。 12年後、第1次大戦が始まるとイギリスは緊急事態法制として国土防衛法を制定し、郵便と電報の大掛かりな傍受を許した。

1914年8月の開戦時には、ドイツが敷設した海底ケーブルをひそかに切断した。海底ケーブルは当時の先端技術で、大英帝国はその広大な範図を長い海底ケーブルで結んでいた。そして、他国が同じことをするのをひそかに妨害した。 「戦時検閲」と称し、ドイツがイギリスの海底ケーブルを通じて流した情報を全て傍受し、解読できるようにもした。あの大戦中、英国本土には180人の検閲官がいて毎日5万件の通信に目を通していた。海外120カ所の拠点にも400人の検閲官がいた。 大西洋を横断して英米両国を結ぶ海底ケーブルも傍受の対象だった。その起点は、イングランド南西部のコーンウォール。そこにはGCHQの施設がある。100年後にエドワード・スノーデンが盗んだのも、そこに集められていた情報だ。 当時のイギリスは、アメリカを含む中立国の通信も傍受していた。1917年には海軍省の暗号解読部門「40号室」が、いわゆる「ツィンメルマン電報」を解読した。ドイツ帝国のアルトゥール・ツィンメルマン外相がメキシコに言い寄り、反米同盟を結ぼうとしていることを示す通信だった。 その電報は、あえてアメリカの通信網を介して送信されたが、イギリスはそれも傍受し、解読した。そしてアメリカ政府に伝えたのだが、通信傍受の事実は伏せ、スパイが命懸けで入手した情報を装った。 ツィンメルマン電報は1917年3月に公表され、アメリカが第1次大戦に英仏側の同盟国として参戦するきっかけとなった。一通の電報の傍受と暗号解読がアメリカ政府を動かし、参戦を決断させた。通信傍受の歴史に残る大きな成果だった。 第1次大戦後、アメリカ政府も暗号解読部門「ブラックチェンバー」を創設した。責任者を務めたハーバート・ヤードリーは外国との間で交わされる電報の複写を入手するため、ウェスタンユニオンをはじめとする米通信各社と秘密裏かつ非合法の契約を結んだ。毎朝、首都ワシントンにある電信会社の事務所に職員が出向き、電報文の写しをブラックチェンバーに持ち帰り、夕方までに返却する約束だった。ブラックチェンバーは「全てを見る。全てを聞く。感度は抜群で、どんな小さな声も聞き漏らさない」。ヤードリーは後に、そう述べている。 だが、そうはいかなかった。アメリカ政府が心変わりしたからだ。盗聴は卑劣な行為で、膨大な労力を費やす価値はないと考えるようになり、盗聴への関心を失ってしまった。 1929年に大統領になったハーバート・フーバーは、ヘンリー・スティムソンを国務長官に起用した。スティムソンは、公務に対して高い道徳的基準を要求することで知られており、ブラックチェンバーとは対立する運命にあった。 ブラックチェンバーの活動を知ったスティムソンは、すぐに部門を閉鎖し、紳士は他人の手紙を読むものではないと言い放った。 この決定の結果、アメリカは1930年代に暗号化された通信を傍受できず、戦術的かつ戦略的な脅威に直面した。一方、アメリカと敵対する外国政府は、アメリカ人の通信を傍受することにそのような紳士的な自制心を発揮しなかった。
もしスティムソンがブラックチェンバーに紳士的ではない仕事を続けることを許していたら、通信会社と密約を交わし、ケーブルを通る通信をことごとく盗聴できたはずだ。そして当時の世界に潜む戦略的脅威について、もっと情報を得ることができただろう。 スティムソン自身はその後、フランクリン・ルーズベルト政権の陸軍長官となり、皮肉なことに、アメリカの暗号解読部隊によって得られた日本軍の暗号通信文を第2次大戦で大いに利用することになった。 <エニグマ解読の大きな成果> あの大戦でイギリスがドイツの通信を大量に収集し、それが連合軍の勝利に貢献したことは、今ではよく知られている。ドイツはエニグマという暗号機を開発した。キーボードとスクランブラーと呼ばれる装置で構成されるエニグマは、何十億種類もの暗号を生成できた。だから当時の技術では、事実上解読不能だった。 だがマシンの弱点を調べ、ドイツの捕虜が持っていたコードブックを利用することで、ロンドン郊外のブレッチリーパークに集まった暗号解読チームは、エニグマ暗号を解読するマシンを作り上げた。こうして通信の解読は一大産業となり、1943年には毎月3000~4000件の暗号を解読していた。 ブレッチリーパークの戦争中の業績は今やよく知られているが、戦後の歴史はあまり知られていない。イギリスの諜報機関が戦後になってブレッチリーパークの業績をなるべく秘密にしようとした主な理由は、当時の植民地政府がエニグマを通信に利用していたからだ。 実際、戦争末期にイギリス側はドイツから何千台ものエニグマを押収し、通信の秘密に不可欠と説いて各地の植民地政府に渡していた。 エニグマ機を使用したこれらの植民地の通信は、戦後ブレッチリーパークに代わって暗号解読基地となったGCHQの格好のカモだった。 イギリス政府はまた、独立後の元植民地の政府を説得して、GCHQが作った暗号を採用させた。1957年にサハラ以南のアフリカで初めて独立した英領ゴールドコースト(後のガーナ)もGCHQが渡した暗号を使っていた。公表された記録では事実関係は不明だが、ガーナ政府の通信はイギリスに筒抜けだったと考えるのが妥当だろう。 冷戦の時期に通信を大量収集できたことは、イギリスの国益に貢献した。当時の英米両政府にとって、独立を求めるアフリカなどの植民地国家がソ連に同調するかどうかは死活的に重要な問題だった。 元植民地におけるソ連の、そして共産主義の脅威について、イギリスは高度な情報評価能力を持ち、政策立案者の不安を緩和できた。 戦後、冷戦が始まると、イギリスのGCHQとアメリカの国家安全保障局(NSA)は改めて大手通信会社と秘密裏かつ非合法の契約を結び、それを通じて大規模な通信傍受プロジェクトを続けた。 <米政府の大量通信傍受作戦> GCHQの支援を受けた米軍の諜報機関(NSAの前身)はコードネーム「シャムロック」という作戦で、ウェスタンユニオンをはじめとするアメリカの大手通信会社3社と秘密契約を結び、ケーブルを通じてアメリカに送受信される全ての通信のコピーを毎日入手した。 企業は「愛国的な理由」から協力し、アメリカの国家安全保障を支援していると考えていた。

<通信会社は違法でも情報当局に進んで協力>

シャムロックがアメリカの安全保障や政治に実際に与えた影響について、公の情報ではほとんど知られていない。NSAで長年副部長を務めたルイス・トルデラは、シャムロックは第2次大戦の初期から「誰からも大きな注意を払われずに」活動を続けたが、実際には「あまり価値を生み出さなかった」としている。だが、そうだとすれば、なぜ活動が続いたのかという疑問が湧く。 1975年に政府情報機関の非合法活動の調査のために設立された上院の情報活動調査特別委員会、通称「チャーチ委員会」はシャムロックの活動を暴き、「おそらくこれまでで最大の政府による通信傍受プログラム」と結論付けた。このことは、アメリカ国民の通信の傍受を規制する1978年の外国情報監視法(FISA)につながった。 だがシャムロックで確立された原則は生きていた。通信会社は違法と思われる場合でも、アメリカの情報当局に自ら進んで協力した。 現代のデジタル革命は、政府による情報収集の本質、範囲や規模を根本的に変え、それによって諜報の本質そのものも変わってきた。 だが情報収集のために通信会社を利用するという基本原理は、インターネット時代になった今も変わらない。情報通信という干し草の山の中にわずかに含まれる重要な情報を見つけ出すためには、国がその干し草の山を所有する必要があるからだ。 今では通信会社と秘密の合意を結ばなくても、政府の情報収集活動を支える法的な枠組みがある。NSAによる電話のメタデータ(通信記録)の一括収集プログラムは、米愛国法第215条を通じて行われた。GCHQはスノーデンに暴露されるまで、時代遅れの曖昧な法律の下で大量の情報収集を行っていた。 こうした情報収集は継続的な監視を行う「監視社会」だと批判されるが、実際にはそうでもなかった。スノーデンによる暴露後に作成された米諜報活動の透明性報告書によれば、NSAは通話やテキストメッセージに関する大量の情報を収集したものの、それが特定の人物(またはそれらしき人物)に関する具体的調査につながった例はごく一部だ。 しかし彼らの情報収集プログラムは国の安全保障には貢献してきたようだ。イギリスの独立調査では、情報収集プログラムがスパイ対策やテロ対策、麻薬対策や人身売買対策に役立ったことが明らかになった。ロシアのハッカー集団「ファンシーベア」による2015年の英総選挙介入の試みをGCHQが突き止めた(そして阻止した)きっかけも、この情報収集だったようだ。 <数十億の「秘密の裏口」> 国家が新たな通信プラットフォームを使ってスパイ活動を展開しているのではないかという疑惑は、中国やファーウェイに限った話ではない。 例えばカスペルスキー社のウイルス対策ソフトは、ロシアの諜報機関と関連があると考えられている。アラブ首長国連邦のメッセージアプリ「ToTok」は、同国政府の諜報活動に使われているといわれている。中国政府は、大人気の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を悪用していると疑われる。

<パンデミック前の脅威も忘れてはいけない>

一党独裁国家の中国には、真の独立組織などない。米英の諜報機関がかつて通信会社を利用したように、中国政府がその気になれば、ファーウェイの通信機器を悪用しないはずがない。実際、2017年に制定された中国国家情報法は各企業に対して、必要とあれば国の諜報活動に協力するよう求めている。 イギリスの専門家たちは以前、5G網の「周辺」と「中核」部分を区別して、中国スパイが「中核」に触れられないようにすることは可能だと示唆していた。だが5Gの「仮想化」された通信網の中では、両者の区別が曖昧で、たとえ末端部分でもアクセスされれば脅威が増すという主張もある。 それに、「周辺」部分しか悪用できないとしても、中国政府が得る情報面での利益(そしてイギリスの国家安全保障の弱体化)は相当なものになるかもしれない。 中国が経済スパイ活動を展開して、イギリスの知的財産を盗み出す可能性もある。英国民に関する一見無害なデータが盗まれ、そこから英政府が秘密にしておきたい類いの(国防や安全保障に関わる)活動が明かされる可能性もある。中国がイギリスの5G網に片足を踏み込んでいる状態の中、イギリスの安全保障や諜報にまつわる情報が中国政府に渡る可能性は十分にある。 サイバー攻撃による破壊工作が行われる可能性もゼロではない。中国政府がファーウェイの通信機器を使って、国際的な危機のさなかに、あるいはサイバー攻撃の一環として、イギリスの電気通信網を破壊することもあり得る。 5G網にファーウェイの通信機器を導入するとどれほどの脅威がもたらされるのか、想像してみてほしい。それらの通信機器は、家庭やオフィス、通信インフラに内蔵される何十億台もの通信機器につながっている。それらの機器の多くはまともなセキュリティー対策を施されておらず、所有者はそれが通信網につながっていることさえ知らないかもしれない。イギリス社会に侵入するための「秘密の裏口」が何十億個もできることになるのだ。 アメリカもイギリスも、かつては通信会社との秘密契約を通じて通信機器に細工を施し、大々的な情報収集を行ってきた。その価値は十分に承知している。中国がファーウェイの技術に、それと同様の価値を見いださないはずはない。 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の中、私たちはテレビ会議アプリのズーム(Zoom)を使う仮想化された生活に浸り、超高速の5G網はこれまで以上に魅力的なものとなっている。だがコンピューターの世界に「移住」しつつある私たちにとって、パンデミック前の脅威を忘れないこともまた、これまで以上に重要だ。 もしもファーウェイが中国ではなくロシアの企業だったら、イギリスはそもそも、自国の高速通信網への参入を認めていただろうか。 その答えは間違いなく「ノー」である。 From Foreign Policy Magazine <2020年8月11日/18日号掲載>