モモンガ冒険譚!!   作:ブンブーン

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モチベが上がります。


第6話 モモンガ、カルネ村へ

ーーーーー

まさかの拠点に出入り口無かった事件から数時間後、急ピッチで作られた門は簡易的だが、しっかりとした作りであった。更にモモンガの家から門までの道もついでに作ってしまった為、少しばかり時間を食ってしまった。

 

 

「ふぅ、何とか完せ…あっ!」

 

 

モモンガは思い出した様に大慌てで余った木材で、使役アンデッド達にある物を作るよう指示を出した。

 

十数分で作り出したのは『看板』だ。

その看板をモモンガは門の隅へ立てた。拠点へ入って来る者達からハッキリと見えやすい位置である。

 

因みに看板に書かれた言葉はー

 

 

ーー セールスお断り ーー

 

 

これにはモモンガも一安心である。

 

 

 

ーーーーーー

出発して1時間。

 

取り敢えずモモンガの最初の目的は大森林の南側の調査である。東と西に支配者が居て南には居ないなんて事はありえないだろう。何より、ナーガ の配下達は、森の東側や南側には入ろうとしなかった事から、やはり其々の明確なテリトリーがある事になる。

 

 

「滅多に姿を現さないモンスターなのか?もしくは特定条件を満たさなければ現れないタイプなのか?…フフフ、どちらにせよレア物だ。」

 

 

モモンガのコレクター魂に火が着く。

例え先の2体よりも弱い存在だとしても希少種ならば何としても手に入れたい。

 

ワクワク気分で鬱蒼と生茂る森の道無き道を進んで行く。

 

 

「さてと、今はどの辺かなぁ〜?」

 

 

モモンガは探索系アンデッドを使って作成していた大森林とその周辺の地図を広げる。剥き出しとなった大きな木の根の上に座って足をプラプラ揺らしながら呑気に地図を眺めていた。

 

その時、モモンガの感知魔法にいつもと違う反応があった。

 

 

「ん?これは…」

 

 

大雑把な反応しか感知出来ないが少なくとも集団で個体を追いかけ回しているのは分かった。本来なら偵察のアンデッドを召喚して様子を見に行ってもらうのがベストなのだが…

 

 

「あまり悠長に考えている暇は無さそうだな。」

 

 

気が付けば個体が集団に囲まれている。

もしその個体が探していたレア物…南の地の支配者であればちょっと不味い。

 

 

(レア物をみすみす失う様な事はしたくないし…!)

 

 

モモンガは取り敢えず死の盗賊(デス・シーフ)を2体召喚した。隠密に長けたデスシーカーが先行すると2体から何も脅威無しとの報告が入ると、モモンガは全力で目的地まで駆けて行った。

 

草木を避けて進むとそこにはモンスターに囲まれている人間の娘がいた。這う様に地面に倒れていて怪我もしている。そんな彼女にオーガがその手に持つ棍棒を振り下ろそうとしていた。

 

 

(…レア物じゃなさそうだな。)

 

 

その光景を見たモモンガは一瞬だけそう思った。

 

モモンガは人化の指輪の効果により15レベル分人間種になっているが、残りの85レベルは未だ異形種(オーバーロード )である。これが100レベルのオーバーロードのままであったのなら、あの娘がどうなろうと知ったことではないだろう。

 

怪我をしたイモムシに無数のアリが群がろうとしている程度にしか感じず、何かするわけではないが助ける事もしない。

 

ただ単に興味がないだけ。

しかしー

 

 

(『レア物じゃない』?…それがどうした!?だからと言って黙って見ていい事にはならないだろう!?『鈴木悟』!!!!)

 

 

モモンガは背中に備えていたグレートソードの柄を手に取った。今の彼は確かに8割以上が異形の中途半端な人間。だが、彼の脳裏にはかつて弱者だった自分を助けてくれた白銀の騎士の姿とその言葉がよぎっていた。

 

あの娘はかつての彼自身。

そして、今の彼はー

 

 

(困ってる人がいたら!!)

 

 

グレートソードを引き抜き、大きく振り上げる。

 

 

(助けるのがッ!!!)

 

 

彼女とオーガの間に割って入るように降り立つと同時にモモンガはグレートソードをオーガ目掛けて袈裟懸けに振り下ろした。

 

 

「当たり前ェェェェ!!!!」

 

 

オーガは右肩から左脇に掛けて一刀両断。盛大な血飛沫を上げながら地面へと倒れた。

 

突然、目の前に居たオーガが漆黒の騎士に斬り倒されたのを見た他のモンスター達はあまりの出来事に困惑する。モモンガは容赦なく他のモンスター達も斬り伏せた。

 

 

「もういないな。」

 

 

驚異となり得る存在がいなくなったのを確認すると、グレートソードを背中へと戻し襲われていた娘へ振り向いた。かなり驚いた様子だったが少なくとも怯えていはいないようだ。その事にホッとしつつも彼女の元へ歩み寄り、怪我をしている彼女に視線を合わせるよう片膝を地面へ付けてしゃがみ込む。

 

 

「あ、え、えっと!?そのぉ…!」

 

 

彼女は何とか喋ろうとしていたが、困惑と混乱からか上手く喋れる様子ではなった。

 

 

(顔が見えない相手って言うのもあるのかな?そうなると兜は取った方がいいな。)

 

 

モモンガは少しでも彼女を安心させようと兜を外し、その素顔を露わにした。出来るだけ優しく微笑みを向けるよう努力しながら声を掛ける。

 

 

「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」

 

 

正直何を話せば良いのかさっぱり思い付かず、ありきたりな言葉しか出なかった。何より異世界人とのファーストコンタクトと言うこともあって、かなり緊張している。モモンガは自分の声が震えていない事に感謝しながら静かに彼女の返答を待った。

 

 

「は、ハイ……大丈夫…れす。ありがとう…ござい…ました。」

 

 

娘は突然、沸騰したように顔を真っ赤に染めると意識を失い倒れ込んだ。モモンガは咄嗟に彼女を抱き留めた。

 

 

(無理もないよなぁ。かなり怖い思いをしたんだし。でも…)

 

 

気絶している彼女の顔を見て首を傾げた。

 

 

「何で顔が赤いんだ?まさか熱でもあるのか?」

 

 

このまま彼女を村まで送り届けてあげたいが、何処の村の娘かも分からない為、それは出来ず何より彼女は今気を失っている。無理やり目を覚まさせるのも有りだが流石に可哀想だ。

 

見たところ身体中が傷だらけ、怖い思いも沢山したのだ。今は少しばかり休ませてあげるのが優しさだろう。

 

 

(少しはあの人みたいになれたかな?)

 

 

モモンガは白銀の騎士の背中を思う浮かべながら彼女をお姫様抱っこの形で抱き上げた。このまま何処か安心して休める場所まで移動を始めようとする。先ずはデスシーフ達に何処か近くに休めそうな場所がないか探索を任せる。

 

 

(多分、5分も掛からないな。それにしても召喚したアンデッド達って、俺が命令すると妙にやる気に満ちてるというか、生き生きしてるというか…。)

 

 

そんな事を考えながら、モンスターの死体だらけの場所からは取り敢えず移動しようと彼女を抱き抱えながら行こうとした。その時、手に妙な違和感を感じた。

 

 

(ん?…水?)

 

 

下半身を抱えている左腕あたりから妙な違和感…これは濡れている様な感覚だ。「はて?地面は乾いてた筈だし、水に手を突っ込んだ覚えもない」と考えながら一度彼女を地面へと優しく下ろした。

 

 

(おっかしいなぁ〜。魔法の装備だから魔物の血を浴びたりしても濡れたり汚れたりはしない筈なのに……あれ?)

 

 

彼女を地面へと下ろした時、モモンガは彼女のスカートが濡れている事に気付いた。逃げる際、水に入ったとしても濡れている部分が妙に上側にある為、下部分が濡れていないのはおかしい。

 

 

「これって……あ。」

 

 

モモンガは漸く気付いた。

水で濡れたわけではなく、単に彼女が失禁していたのだ。彼女が目を覚ます前に何とかしなければ彼女は赤っ恥をかくことになる。それは幾ら何でも可哀想過ぎる。彼女だって好きで漏らしたわけでないのだ。

 

 

「魔法詠唱者で良かった…《清掃(クリーン)》」

 

 

彼女に魔法を掛けると失禁で濡れたスカート含め身体中の汚れが綺麗になった。その後、モモンガは無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァサック)から赤い液体の入った小瓶、『下位治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)』を1つ取り出した。

 

 

(あ、気を失ってるからなぁ……身体にかければいいのかな?)

 

 

モモンガはドキドキしながらも彼女の身体にポーションを掛けた。みるみる彼女の身体中に付いていた傷が消えていく。

 

 

(この世界でもポーションは有効…つまりより上位の治療薬や霊薬(エーテル)の類があれば俺に取ってはダメージになり得る、か。ん?ダメージ?)

 

 

ふと思いついたモモンガは治療薬系で1番上の最上位治療薬(エクス・ヒーリング・ポーション)を取り出した。蓋を開けてそれを自身の腕に掛けた。

 

 

「何ともない…!」

 

 

結果はダメージ無し。人化による恩恵がここにも現れている事を素直に喜んだ。

 

その後、デスシーフ達が戻って来た。近辺に敵は存在せず、また森が少し開けた場所がこの近くにある事が分かった。モモンガは早速彼女を抱き抱えながらデスシーフ達の案内のもと移動を始めた。

 

 

 

ーーーーーーー

「ん…うーん……ハッ!」

 

 

目が覚めたエンリは弾けた様に飛び起きた。確か自分はモンスターに襲われていた、そして…

 

徐々に思い出していると、何処からか聞いた事のある、優しい声が聞こえてきた。

 

 

「目が覚めましたか?」

 

 

ハッとなって声が聞こえた方へ慌てて顔を向ける。そこには漆黒の騎士が焚火の前に座っていた。

 

 

「え、えっと…!」

 

「慌てなくて結構ですよ。大分疲れてましたから、今はお休みください。」

 

 

この心が落ち着く優しい声。彼女…エンリは漸く全てを思い出した。自分がモンスターに襲われる直前、颯爽と現れた漆黒の騎士に助けられたのだ。そして、その素顔も…

 

エンリは再び顔が赤くなると、それを隠すように自身に掛けられていた真紅のマントで顔を覆う。その時、漸く気づいた。この真紅のマントは彼の物であり、自分が気絶している間身体が冷えない様に態々掛けてくれていたのだ。よく見ると自分の下には乾いた藁が敷かれていた。彼は手間をかけて即席の草の寝床を作ってくれのだ。

 

 

「こ、ここまでしていただいて…!本当に!ほ、本当にありがとうございました!!」

 

 

エンリは深々と頭を下げる。

身体中にあった痛みもない事から彼が非常に高価であるポーションを自分などの為に使ったのは明白。一介の村娘でしかない自分では到底買うことなど出来ない高価なモノ…それでも命を助けてくれた恩人の為であれば、それ以上の額を要求されても一生掛かけて払う覚悟をしていた。

 

 

「この御恩は一生忘れません!す、直ぐには出来ませんが、お金はいつか…いつか必ず払います!なので、ど、どうかー」

 

「あ、別にお金とかいりません。ご無事で何よりです。」

 

「……え?」

 

 

エンリは自分の耳を疑った。

 

 

「い、いやでも……ポーション使ったん…ですよ、ね?」

 

「えぇ、使いました。結構傷もあったので。えっと、それが何か?」

 

「え?お、お高いんですよ、ね?」

 

「いえ、全然。」

 

「で、でも…何か代わりにー」

 

「大丈夫ですから、お気になさらないで下さい。『困ってる人がいたら、助けるのが当たり前』ですから。」

 

「は、はい…。」

 

 

そんな事を言われたらエンリはもうこれ以上食い下がる事は出来なかった。「今はとにかく眠る様に」と促され素直に横になった。エンリは頭までマントに包まりながら、彼が自分の危機に颯爽と現れた瞬間を思い出していた。

 

その度に胸の鼓動が高まり、身体中が火照り顔が真っ赤になるのが分かる。

 

 

(うぅ〜〜!私どうしちゃったんだろう!?)

 

 

彼が直ぐそばにいると考えると益々動悸が強くなる。彼女はマントの隙間からソッと彼を覗き見た。すると丁度彼は兜を取ろうとしていたところだった。そして、露になった顔は自分が気絶する前に見たものと同じだった。

 

 

(やっぱり彼なんだ…いや、そりゃあそうなんだろうけど。)

 

 

エンリはさっきの言葉を思い出した。

 

 

(『困ってる人がいたら、助けるのが当たり前』…か。)

 

 

とても素晴らしい言葉だと思った。

言っている事はシンプルだがそれを実現することは非常に難しいのが現実。弱肉強食はその常だ。モンスターや獣に限った話ではない。人間だって同じだ。その日その日の暮らしで精一杯でも国からは容赦なく税を持っていかれる。その税徴収すら本当に全て国庫に入るのかすら怪しい。もちろん、これだけではない。容赦ない自然災害に病、森と隣接する事が多い村では森から現れるモンスターに襲われる事だって多い。

 

毎日が命懸けなのだ。

見知らぬ誰かの安否を気遣う余裕など無い。

 

でも彼はそれを実現している。

あの無双ぶりを見ればそれだけの実力があるのは何となくだが分かる。

 

もし彼が冒険者にでもなった暁には…

 

 

(きっと…大英雄になるのかな?)

 

 

いや、絶対になる。冒険者稼業には疎い彼女だがそう思える謎の自信があった。

 

 

(それにしても…)

 

 

彼は何者なのだろうか?

少なくともカルネ村は勿論、近くの村の人間でもない。そもそも黒目で黒髪の人間は珍しい。もしかしたら遥か遠方の国から来たのではないだろうか。

 

そんな事を考えている内に、段々と睡魔に襲われると彼女はそのまま眠り付いた。

 

 

 

ーーーーーーー

翌朝、モモンガは彼女を送り届ける為、話を聞いていた。

 

 

「なるほど。では君……エモットさんはカルネ村と言う村からここまで迷い込んでしまったんだね?」

 

「は、ハイ…無我夢中で逃げ回っていたので、ここが何処なのかすら…。」

 

「ふむ…っとなると。」

 

 

モモンガは懐から地図を取り出し、それを彼女に見せた。そして、今自分たちがいる場所を指差す。

 

 

「ココが今私達がいる所だ。南と東の境界線付近よりもやや南寄りと言ったところだな。」

 

「わ、私こんなところまで……え、えっと、私の住むカルネ村は……え?」

 

「え?」

 

 

驚いたエンリはモモンガを思わず見てしまい、その行動に驚いたモモンガも彼女を見てしまう。顔が少し蒼褪めている為、まだ体の調子が悪いのではないかと考えたがどうやら違うようだ。

 

 

「も、モモンガさん…この地図…ど、何処で?」

 

「む?一応私が作ったものだが?」

 

「つ、作っ…!?」

 

「え?ま、不味かったですか?」

 

「い、いえいえ!…え、えーっとカルネ村はー」

 

 

エンリはあまり深く考えないようにした。

彼女はただの村娘でしかないが、地図という物はかなり希少だという認識はあった。そんなモノを彼は手拭いでも取り出すかのように簡単に出したのだ。

 

地図を見てみるとかなり分かりやすく描かれている。所々に書いてある文字らしきモノは見た事のないものばかりでーーそもそも王国文字すらあまり読めないーー全く読めない。けれど場所は分かった。

 

 

「あ!此処です!」

 

 

エンリが指差した場所をみるとモモンガは「あ〜。」と何度も頷いた。その反応を見ると彼はカルネ村を訪れた事があるのだろうか?

 

 

(モモンガさんは遠方の国の人間で世界を見て周る旅をしにここまで渡って来たとは聞いたけど…。)

 

 

英雄みたいな強さと優しさ、そして、高価であるポーションすら惜しみ無く他者に使うあたり、やはりただ者ではないのだろう。

 

 

(もしかしたら…お、王族…!?)

 

 

だとしたら今の自分の振る舞いは無礼そのもの。礼儀作法に疎い自分でも分かる。だとすると非常に不味いが、彼がその事を気にする様子は微塵も見られない。

 

気が付けば彼の顔……兜で覆われているがスリット越しに見える僅かな眼を追っていた。何故だか分からないが彼を見ていると頭がポーッとする。

 

 

「ーーでは、早速……ん?どうかなさいましたか?」

 

「い、いえ!何でもありません。」

 

 

慌てて視線を逸らす。

自分は何をやっているのだろうか。助けてくれただけでなく村まで送り届けてくれようとしている恩人に対してあまりにも失礼だ。今は彼の善意に協力する事が大事だ。

 

 

「この辺りは兎も角、村の直ぐ近くにある森は『森の賢王』の支配地なんです。どうにか街道の所まで移動出来ればー」

 

「森の賢王…ですか?」

 

「はい。ご存じありませんか?」

 

「えぇ、さっきも説明しましたけど、私はかなり遠方の国から来た者でして、その森の賢王なる存在がいるとは。因みにどんな見た目か分かりますか?」

 

「も、申し訳ありません。私も森の賢王を見た事は……。」

 

「そうですか…。」

 

 

見た事ないと聞けば普通ならそんな危険な存在は空想上の存在だとして安堵するものだが、彼の場合だと何処かガッカリしている様子が見て取れる。

 

荷物を片付けたらいよいよ村に向けて出発だ。迷惑ではないかと彼に恐る恐る伺うが、彼は全く気にも留めて無い様子で「問題ありません」と答えた。寧ろ、色んな場所へ行ける良い機会ですと言わんばかりにキラキラしている。

 

そんな彼がとても可愛いいと思えてしまう。

 

 

「取り敢えず、陽が出ている内に村へ戻りましょう。あまり遅くなるとご家族が心配するでしょうし、陽が落ちる前に何とか村まで着くように急ぎますか。」

 

「え?で、でも此処からだと…。」

 

 

丸一日近く距離が離れている。モンスター達を警戒しつつ移動するのならばもっと時間が掛かるだろう。流石にそのことを彼が考慮していない筈はないと考え、何か策があるのかなと思っていると、エンリの側まで近づいて来た。

 

 

「失礼。」

 

「え?…きゃあ!?」

 

 

何をするのかと思えば徐に彼女をお姫様抱っこの要領で抱き抱え始めた。突然の出来事に顔面紅潮で混乱するエンリに、彼は顔を近づけて呟いた。

 

 

「しっかりと掴まってて下さい。」

 

「きゃあッ!?」

 

 

次の瞬間、彼はエンリを抱えて猛スピードで森の中を駆けて行った。全身鎧を纏い、ましてやエンリを抱えた状態であるにも関わらず明らかに常人の域を超えた速度で森の中を走り抜ける。

 

エンリは必死にモモンガの首に両腕をまわして掴まっていた。

 

 

(ほ、本当にこの人は何者なの!?)

 

 

益々彼への謎が深まるが不思議と恐怖は感じなかった。見ず知らずの自分を助け、高価なポーションも惜しみ無く使い、そして、村まで送り届けてくれる彼がただの悪人だとは到底思えなかったのだ。もしかしたら騙されてるだけかも知れない。けれど、無償で助けてくれた彼の優しさと…

 

 

(何だろう…この感じ。)

 

 

この彼に対して抱いているこの気持ちが彼を信じようとしていた。そして、彼に今抱かれているこの状況がずっと続けばいいと考えてしまい、彼の首にまわしている腕に力が入る。

 

 

(あ、そうか…コレー)

 

「もう直ぐで着きますよ。少しスピードを上げます。」

 

「え!?」

 

 

モモンガに抱えられてから1時間もしない内に2人はカルネ村へ辿り着いた。

 

 

 

ーーーーー

森へ薬草取りに出掛けた村娘のエンリが行方不明になってから既に2日以上が経過していた。あの森……トブの大森林の奥深くまで入ってしまったら最期、ただの村人程度では1日たりとて生き残ることは出来ない。

 

エンリの家族は毎日悲しみに暮れていた。

 

そんな家族を村人達はただ慰める事しか出来なかった。

 

ここ最近、村の周辺にモンスターの目撃情報が頻回に報告されている。幸いにも村へやって来るモンスターはいなかったが、それでもここへ現れるのも時間の問題だった。それでも村人達は生活する為に必要な収入を得る必要があり、森の薬草は村にとって欠かせない貴重な収入源の一つとなっている。

 

村人たちがいつも薬草を取っている場所には、まだモンスターの目撃情報が無かった事もあって、比較的安心して薬草取りの作業が行えていた。しかし、その場所へ薬草取りに出掛けたエンリは日暮れになっても帰って来る事は無かった。

 

探しに行こうにも今まで碌にモンスターと戦った経験のある者は村には存在せず、森でオーガなどに出会してしまえば文字通り『最期』なのだ。

 

今日も心の中で彼女の無事を祈りながらいつもの畑仕事に勤しむしかなかった。エモット家も初めのうちは長女の無事を信じていたが、時間が経つにつれてその希望も消え掛けていた。

 

 

「……。」

 

 

何時もなら汗水垂らしながら家族で農作業に勤しむが、今は誰もが暗い表情でただただ静かに作業をしているだけだった。

 

次女のネムに至っては作業の手伝い中に時折、森の方向へ顔を向けて立ち尽くす事も多い。大好きな姉がいなくなった事を未だ信じられずにいるのだろう。両親とてその気持ちは痛いほど分かるが、悲劇を…事実を受け止めるしか無い。まだ齢10のネムも時が経てば理解してくれると信じて。

 

その日も作業の途中で手を止めて森を見つめるネムに両親はただ悲しく見守るしかなかった。「無事を信じよう」と軽々しく言えない…この世がどれだけ理不尽で残酷かを知っているから。「もうやめなさい!」と怒鳴る事などもっと出来ない。両親も心の奥底ではまだ信じたいのだから。

 

 

「……ネム。」

 

 

だが現実、作業を止めるわけにはいかない。言い方は悪いが働き手が減ったのだから今まで以上に作業に励む必要がある。手を止められるとその分、停滞してしまう。可哀想だがここは注意しなければならない。

 

父親はネムの元へ歩み寄る。

 

 

「ネム、手を止めるんじゃない…もう3日分も仕事が遅れてるんだ。」

 

「……」

 

 

ネムは答えない。

おかしい…確かに森を見つめる事はあっても声を掛ければ返事はしてくれる筈だ。今度は肩に手を乗せて声を掛けた。

 

 

「なぁ、ネム。頼むから仕事に……」

 

 

徐に父親もネムと同じ森へ顔を向けた。

そこに映るのは村を守り、尚且つ我が子を奪った鬱蒼と生茂る森がある筈だった。

 

だが、その森から信じられない光景が映った。

気が付けば妻もその方向へ体ごと向けており、作業の手もすっかり止めている。

 

 

「エンリ……?」

 

 

そこに居たのは漆黒の騎士に抱き抱えられながら運ばれている我が娘…エンリの姿があった。夢か幻かと思ったが、農作業で慢性的な痛みと化した腰痛を感じているという事は現実なのだろう。

 

皆の目から涙が溺れ落ちる。

それはエンリも同じだった。

 

 

「さぁ、着いたぞ。む?アレは…もしかして君の?」

 

 

モモンガは彼女に問い掛けるが返答はない。しかし、その頬を伝う涙が物語っていた。それを察したモモンガは彼女を腕から静かに下ろす。

 

彼女は地面に降り立った瞬間、目の前にいた3人のもとへ駆け寄ると、向こうも同様にエンリに向かって走り出した。そして、互いに大声で泣きながら抱き締め合った。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

「あぁ!エンリ…!エンリ…!よく…よく無事で!」

 

「良かった…!本当に、本当に良かったぁ…!」

 

「うぇぇぇん!!姉ちゃーん!!」

 

 

騒ぎを聞きつけた村人達が集まり始める。村人達も目の前に映る信じられない光景に驚いていた。

 

 

(うんうん!家族と無事再会出来て良かったじゃないか!)

 

 

モモンガは腕を組んで満足気に頷いた。

ただの偽善か気まぐれの様に思うかも知れないが、やはり良いことをすると気持ちが良い。

 

 

(大切な人と再会…。)

 

 

もし自分もかつての仲間達と再会出来たらこうなるのだろうか。互いに喜びを分かち合えるのだろうか。もしそうなれば本当に嬉しく思う。もしそうなればー

 

 

「いや…余計な希望だな。」

 

 

モモンガは静かに呟くと小さく首を横に振る。

 

ユグドラシルが過疎化して、皆が引退して、それでも信じて仲間を待ち続けた結果どうなった?誰も最後まで残ってくれなかったじゃないか。それはつまり誰もがあのユグドラシルでの思い出を…絆を…軽んじていたという事じゃないのか?

 

本物の絆だと信じていたのは…

 

 

「俺だけか…」

 

 

心の奥底からドス黒い感情が湧き上がる。

 

これは仲間達に対する『怒り』と『憎しみ』だ。

 

大事な仲間だと思っていた…思っていたからこそ湧き上がるこの感情は何度払拭しようとしても無くならない。

 

 

(みんなにはリアルがあって、仮想世界を選べる訳がない。其々の生活がある…それは分かっているのに『怒り』や『憎しみ』を向けるなんて。ハァ〜、俺ってこんなに我儘だったか?やれやれ…)

 

 

自らの理不尽さに呆れて溜息が出てしまう。

だが、冷静に自身の気持ちを分析すればするほど仲間達に対する燻る様な怒りが込み上がる。

 

 

(万が一、仲間達と出会っても……)

 

 

自分は敵対する事なく受け入れられるだろうか?

正直「敵対しない」「受け入れられる」と答える事が出来ない。

 

 

(昔のドラマみたく顔面を1発殴るべきか?)

 

 

だとすればガチ戦闘向けのギルメンには一切通じないかもしれないな、と考えているウチに、エンリから今回の経緯の説明を聞いていた村人達が、モモンガの元へと駆け寄る。

 

 

「モモンガ様!エンリを…村人を助けて下さり本当にありがとうございます!我々カルネ村一同貴方様に感謝申し上げます!」

 

 

村長らしき男性の言葉の後に村人達は一斉に頭を下げた。特にエンリと彼女の家族が一番深く頭を下げている。

 

 

「モモンガさん…!いいえ、モモンガ様!本当にありがとうございました!」

 

 

エンリも涙を流しながらお礼の言葉を口にする。モモンガは小恥ずかしそうに兜の上からカリカリと指で頭を掻いた。

 

 

「いえ、偶々見つけることが出来ただけで…それに、困ってる人を見たら助けるのが当たり前ですし。」

 

 

モモンガがそう答えると村人達が驚いたように頭を上げた。「え?変なこと言った?」と内心焦るがその瞳の色が尊敬の眼差しに変わっていくのに気付いた。

 

 

「おぉ、何と素晴らしい御言葉…!」

 

 

次々と称賛の声が上がってくる。確かに良い言葉であるとは思うがそこまで感動するほどかと思ってしまう。そもそもこれはたっち・みーの言葉をそのまま言ってるだけであって、称賛を送るならば彼に向けるのがベストだろう。

 

その後、モモンガは村長夫妻の家へ訪れていた。改めて礼がしたいとの事だ。 

 

 

「改めまして…本当にありがとうございました。」

 

 

村長が深々と頭を下げる。

社畜時代でも人が頭を下げる下げられるのを何度も見てきた鈴木悟だが、感謝されて頭を下げられるのは結構新鮮な気持ちと申し訳ない気持ちになる。人柄の良さそうな村長相手なら尚更だ。

 

 

「さっきも言いましたが、偶々です。どうかお顔をあげて下さい。」

 

 

村長がゆっくりと頭を上げる。漸く目線が戻った事でモモンガ自身も少しホッとした。

 

 

「それでもあの森…トブの大森林の奥地から生きて帰って来られるなど奇跡以外の何物でもありません。本当に感謝いたします。なにせここ最近、物騒な話ばかりでしたから。」

 

「物騒な?……差し支えなければお話をお聞かせ頂いても?」

 

 

村長夫妻は顔を見合わせた後、静かに語り始めた。

 

 

「恩人であり遠国の旅人である貴方様にこのような事を言っていいか…少しばかり迷いますが…分かりました。」

 

 

モモンガは村長の話を黙々と聞いた。途中、村長夫人から出された白湯を礼を述べた後に兜を外し、口へと運ぶ。その時の2人の顔は驚いた様に自分の顔を見ていた。話の腰を折るようだったがどうしたのかと聞くと、どうやら黒目黒髪はかなり珍しく、近隣諸国でも殆どいないとの事だそうだ。

 

確かに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)でも黒目黒髪の人間は殆ど…いや、全く見かけなかった。

 

話が少し脱線したので続きを聞くことにする。

 

 

「……なるほど。つまりここ最近、今まで森の賢王の影響によってモンスターの脅威から守られていたこの村の近辺でもモンスターの出現、更に近隣農村の農作物を荒らされ、人的被害も増えつつあるっと。」

 

「は、はい…先も述べた通りこの村は森の賢王の影響下にあります。故に今まで目立ったモンスターの目撃や被害もなく他の村々と比較してもかなり平穏に過ごすことが出来ていました。それもあってこの村には自警団と言う村の防衛を担う者が存在しておりません。冒険者を雇うにしても、お金が…。」

 

 

モモンガは顎に手を当て考える。

 

 

(なるほど。今まで特に気にする必要の無かった事だったのにコレじゃあ…稼ぐこともままならないな。)

 

 

今まで何事もなく平穏無事に過ごすことが出来たというのにこの突然の変化。間違いなく何か原因が有るはずだとモモンガは睨んでいた。その中でも最も可能性があるのが…

 

 

(南の地の支配者である森の賢王の弱体化もしくは…死んだか。)

 

 

まるで自然の法則そのものだ。

ブルー・プラネットも言っていたが、そう言った野生の領域には必ず群れを纏め上げるリーダー的存在がいる。そのリーダーの座を常に狙うモノもいるが、群の治安は上に立つモノがいるからこそ保たれるもの。その存在がリーダーの座を奪われる、受け継がれるよりも前に何らかの形でいなくなると再びリーダーの座を狙った争いが生まれる。

 

今回の件もそれに該当するだろう。

 

 

(全くもって迷惑な話だよなぁ。生態系に大混乱を招いていると言ってもいい。)

 

 

ここでモモンガはある考えを浮かべた。

 

 

「ひとつ提案があるのですが…私にその原因の調査を依頼すると言うのはどうでしょう?」

 

 




デス・◯◯って職業によって種類が豊富ではないかと予想。
モモンガさんって仲間の事になると自分の欲求を無自覚で蓋をするタイプの人っぽいので、仲間達を想う気持ちと同じくらい実は本人もあまり気付かないウチに恨みも抱いてたっていう。

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