JTBグループは2018年4月、分社化されていた旅行系事業会社15社の統合を始めとする大胆な経営改革を始動させた。
そしてこの改革は、単に分社化戦略の方向転換に留まらない、本質的なビジネスモデル、収益モデルの変革を目指すものでもある。
ここでは、代表取締役 社長執行役員/髙橋広行に、経営改革の背景にある問題意識や、改革を牽引していく人財に求めるものについて、話を聞いた。
すべての仕事の基盤となる確かな人間関係の構築
社長は1979年のご入社ですが、資料を拝見するとこの年に「ルックJTB(※注)」の参加者が100万人を突破しています。ご入社の頃は、日本において海外旅行が本格的な普及期に入っていくような時代状況だったのでしょうか?
- 髙橋:
- 70年代はじめに世界の主要エアラインがジャンボジェットを導入しましたが、私がJTB(当時の社名は(株)日本交通公社)に入社した頃は、おっしゃるように海外旅行そのものが右肩上がりにどんどん拡大していく、そんな時代でした。私も学生時代に一生懸命アルバイトをしてお金をため、友達と海外旅行にでかけたことがありますが、当時は学生の中にも海外への強烈な憧れがありました。ですから私のJTBへの志望動機も、旅そのものへの興味というより、海外への憧れ、海外とつながる仕事をしたい、ということが根っこにあったと思います。
※注……1968年に販売がスタートした、JTBグループを代表する海外ツアー商品ブランド。国内ツアー商品ブランドとしては「エースJTB」等がある。
経歴を拝見すると社長は、中国・四国エリアの法人営業から、社会人としてのキャリアをスタートされたわけですね。
- 髙橋:
- 最初は香川県の高松、その後、広島、大阪、東京と、法人営業畑を歩いてきました。当時は団体旅行華やかなりし頃で、会社があれば必ず慰安旅行・職場旅行等があったと言っていいくらいでしたし、その他にもさまざまな団体旅行がありました。ですから、営業的には非常に恵まれた環境だったと言えます。500人、1000人くらいの規模の中堅企業さんでも、それこそ全員で行くことに意義があるという感じで、バスを何十台も連ねて一斉に旅行に出かける……私の若い頃はそうした仕事をずいぶん手掛けました。現在はまったく様変わりして、職場旅行・慰安旅行そのものをやらない企業さんも増えていますし、やったとしても現地集合とか、個人の好みに応じてコース別に動くといった形が増えていますね。旅行業というのは、法人分野においても個人分野においても、時代の流れの中で大きく変質してきていることは間違いないでしょう。
そうした若き日の現場体験の中で社長が掴み取ったものというか、現在に至るまで、仕事、ビジネスに対する姿勢、価値観の基盤になっているようなものがあれば、お聞かせいただきたいのですが?
- 髙橋:
- やはり、お客様との人間関係を何よりも大切にしなければならないということですね。仕事を通じて本当に数多くの出会いがありましたが、こうした多種多様な方々との間に確かな人間関係を築くことができたことは、私にとってかけがえのない財産になっています。私のように法人営業を担当していると、添乗でお客様に同行し寝食を共にすることが多いわけですが、これは人間関係を構築するうえではまたとない機会だったと思います。先ほどお話したように、新人の頃は高松で仕事をしていましたが、20数年後に支店長として久々に高松に帰ると、久しくJTBから離れていたお客様から「髙橋が帰ってきたのならまたJTBと一緒にやろうか」と言っていただいたこともありました。これは本当に嬉しかったですね。こうした、本質的な意味での人間関係をお客様との間に構築していくことこそが、JTBグループの仕事においては何よりも大切だと考えています。
お客様が旅に託した“本当の目的”を実現するために
JTBグループは2018年4月から、分社化されていた旅行系事業会社15社の統合を始めとする大胆な経営改革をスタートさせましたが、その中核的なテーマについて社長は「(旅が)単に良かった、楽しかったということではなく、お客様が旅に託した本当の目的が叶えられたのかどうかに徹底的にこだわっていく」というように述べておられます。ここには、先にお話しいただいた、社長の体験を踏まえた仕事に対する考え方が色濃く反映されているように思えるのですが、いかがでしょうか?
- 髙橋:
- おっしゃる通りですね。この間の事業展開において我々が最も反省すべきは、お客様との間にギャップ、ズレが生じている状況を放置してきてしまったこと、つまり、お客様が“本当に実現したいこと”は何かということを顧みず、こちらが用意した商品を押しつけてしまうような営業姿勢に陥ってしまっていたのではないか、ということです。ですから現在取り組んでいる経営改革で実現しようとしているのは、もう一度原点に立ち返って、お客様に寄り添い、お客様のことを深く理解したうえで、商品、サービスを提案していくということに尽きるわけです。ビジョンとして掲げた「Beyond Imagination〜デジタルとヒューマンタッチが融合したソリューションにより、お客様の期待を超える価値を生み出し、お客様にとっての成果をお約束する。」というのは、単に宿が良かった、フライトが快適だったということではなく、提案した商品・サービスを通じて、お客様が旅に求めている本当の目的が達成できたのかということにまで踏み込んで、提案・ソリューションのレベルを高めていかなければならないということを意味しているわけです。法人、個人を問わず、一人ひとりの社員がお客様と真摯に向き合い、人間対人間の親密な関係を築くことで、“マイカスタマー”と呼べるようなお客様を何人持てるか……そうした姿勢をすべての社員が身に付けていかなければならないと私は考えています。
なるほど。現在取り組んでいる経営改革ではまた、“コミッション(手数料)からフィー(報酬)へ”という、ビジネスモデル、収益モデルのドラスティックな転換も提起されています。この点についても、併せてお聞きしたいのですが。
- 髙橋:
- JTBグループは、旅行代理店としての“代売モデル”から事業をスタートし、「ルック」や「エース」といったツアー商品を造成し大量販売する、“メーカーモデル”によって事業を飛躍的に拡大させてきたという歴史を持っています。しかし先にもお話ししたように、こうしたビジネスモデルに固執することが、時代の変化の中でお客様のニーズとの間にギャップを生み出してしまったことも否定できません。ですから、いま一度マーケット目線、お客様目線に立ち返り、お客様に本当に喜んでいただける、「JTB“ならではの価値”」とは何なのかを追求していく方向に舵を切る……それが即ち、“ソリューション型ビジネスモデル”への転換であり、“ソリューションへの対価としてフィーを得る”という収益モデルを目指すことの意味合いです。現在取り組んでいる経営改革を“第三の創業”と呼ぶのは、創業以来三度目の、ドラスティックなビジネスモデルの転換を目指すという決意表明でもあるのです。
また、現代におけるスマートフォンをはじめとするデジタルテクノロジーの進歩は目覚ましいものがあり、ツーリズム産業においてもOTA(Online Travel Agent)が飛躍的に台頭してきています。こうした状況は、特に個人分野におけるお客様の“旅の選択”の形を劇的に変えたと言っていいでしょう。我々JTBグループは、日本におけるツーリズム産業のリーダーとして、こうした環境変化にもしっかりと対応し、それを先導する存在にならなければなりません。しかし一方で、JTBグループが長い歴史を通じて培ってきた強み、アイデンティティである、個々のお客様に寄り添う姿勢、ホスピタリティは、今後も守り育てていかなければならないでしょう。ビジョンで言うところの「デジタルとヒューマンタッチの融合」とはつまり、グローバルに事業展開するOTA等に拮抗するデジタルテクノロジーの先端を確実にフォローしながら、JTBグループのアイデンティティであるホスピタリティ、ヒューマンタッチの力を最大限に発揮していく事業を実現するということに他なりません。
この「第三の創業」が実現されることによって、JTBグループが新しい時代状況の中でも、本当にお客様に愛され、選ばれる、「正の成長サイクル」に入っていくこと……それが、今我々が推進する改革が目指すものであると言えるでしょう。
変革を牽引する人財とは?
こうした本質的な改革を実現していくうえでは、人財の力が非常に重要になってくると思います。これからのJTBグループを牽引していく人財に求められるのはどのようなものなのか、そして、若い人財に期待するものについて、最後にお話を聞かせていただければと思います。
- 髙橋:
- 経営改革に当たって、役職を問わずすべての社員一人ひとりの行動指針として、「OPEN」「CHALLENGE」「FUN!」という3つの“アクションポリシー”も提示していますが、これはまさに、JTBグループの社員に私が期待するものを示したものでもあります。先ず「OPEN~外に目を向けよう。異能と共創しよう」は、常に社外に目を向け、外部のものさしで判断し、行動すること。そして、自前主義から脱却し、外部の多様な価値観・能力を持った人財・企業等と協働することで、新たな価値創造を目指してほしいというメッセージです。次に「CHALLENGE~一歩踏み出そう。失敗を糧にしよう」。新たな事業開発においても、日々の業務改善において、先ず一歩踏み出すこと、昨日とは異なる新しい行動を自発的に起こすことが何よりも大切です。もしそれで失敗したとしても、その失敗は間違いなく、明日の成長の糧になる。逆に言えば、チャレンジしない者は成長を掴み取ることはできないのです。そして三つ目が「FUN!~楽しもう。楽しませよう」は、言葉の通り、お客様に楽しんでいただくために、先ず自分が楽しむ、楽しんで仕事をするということ。JTBグループは「楽しいこと」を実現するのが仕事であり、社員一人ひとりもそのことに憧れを感じて入社しているはずです。その原点に、もう一度立ち返ろうということですね。このアクションポリシーが社員の心に根付き、JTBグループの企業文化の一部となっていくことが、現在取り組んでいる経営改革、“第三の創業”を実現していくうえでは極めて重要だと私は考えています。
また、若い人財に期待するものという意味では、JTBグループの仕事はやはり、お客様との間に確かな人間関係を築いていくことが土台になりますから、人と接することが好きで、人のために尽くすことを厭わない姿勢……ホスピタリティのマインド……を持っていて欲しいと思います。経営改革において“ソリューション型のビジネスモデル”を目指していくことは先にもお話しましたが、ソリューションの前提になるのはお客様に信頼されることであり、信頼を勝ち得ていくために求められるのはホスピタリティに他なりません。加えて、JTBグループのビジネスフィールドは今や世界中に拡がっており、グループ企業180社(※注)のうちの半分以上が海外で事業を展開しているという現状がありますから、グローバルな視点、世界の中で活躍したいという気概を持った方にも、どんどんJTBグループの門を叩いていただきたいと考えています。
さまざまな可能性を持った人財が仕事の現場で成長し、未来の価値創造にチャレンジしていく……それが、JTBグループの変革を実現する力となり、社員にとっても、自身の能力、人間力を高めるかけがえのない機会となっていく。そうした、会社の発展と個人の成長が重なり合うところにこそ、JTBグループの未来があるのだと私は考えています。
※注……2018年9月末時点