ライブ400本中止の非常事態にどう挑む コロナに立ち向かう音楽都市・福岡【裏方編】
音楽都市・福岡を象徴する「ミュージックシティ天神」(2019年/主催者撮影)
コロナ禍の出口が見えない中で、まだ“凍結”状態にある業種のひとつが、音楽産業だろう。楽曲の配信はできても「密」になりがちなライブは開催しにくい。ミュージシャンや関連事業者にとって、最大の収入源であるライブが開催できないのは致命的だ。とくに東京在住の有名ミュージシャンの足が遠のいて久しい地方都市は、壊滅的と言っていい。その行く先に光は見えるのか。1970年代から多くのミュージシャンを輩出し、「音楽産業都市」を掲げてきた福岡市の現状を取材した。
3倍増から一気に消えたライブ
「僕らはどうしようもないですよ」
会うなり苦笑いを浮かべたのは、ライブやコンサートの企画運営を行う「BEA」(ビッグイヤーアンツ、福岡市)の副社長、舟津洋輔さん(59)。BEAは、キョードー西日本とともに九州の業界を牽引してきた二大プロモーターの一つである。
「3月以降、開催できたライブはゼロ。秋に再開できるかどうか」
今年予定されていたライブは約950本あったが、すでに400本以上が中止または延期となった。まさに非常事態である。
この20年でCD売り上げが半減した音楽業界では、グッズ収入が見込めるライブに活路を求めて本数が増加。BEAの場合も10年前の3倍になり、会場不足に頭を悩ませていたほどだ。それが、この5カ月間は霧消してしまったのである。
BEAが加盟する一般社団法人コンサートプロモーターズ協会(ACPC、会員69社)の調査によると、1999年から2018年の20年間で、全国のライブ開催数は9500本から3万1482本に、入場者数は1610万人から4862万人となり、いずれも3倍増。年間売上額は814億円から3448億円に伸び、4倍となっていた。
アーティスト生命にもかかわる事態
「地方都市で興行として成立するアーティストは、東京在住がほとんど。呼びたいけど、そもそもアーティスト自身が後ろ向きだから」
政府は7月10日から屋内で5千人以下の興行(収容定員の50%)を認めたが、音楽業界には苦い教訓がある。2月中旬に大阪のライブハウスでクラスター(集団感染)が発生。その直後の2月末、椎名林檎が率いる「東京事変」が東京でのライブを敢行したものの、批判の声が渦巻き、その後のツアーは中止せざるを得なかった。
「関係者は対応に追われて大変だったと聞いています。いくら安全に配慮していても批判される。それに感染者が出たらアウト。それは我々もですが、アーティスト生命にもかかわる」
そうした事情もよくわかるだけに「ライブやりましょうよ」と持ちかけることもはばかられる状態が続いてきたという。会場で使う検温器も大量に購入していたが、机の上で眠ったままだ。
国の支援を得られても「トントン」
状況が好転する兆しもある。6月末に加藤登紀子が大物の先陣を切って東京で公演。プロ野球やJリーグも観客を入れ始めた。BEAにも九州出身の大物ミュージシャンから、ライブ開催に前向きな話が伝わってきている。
ただ、興行としては「まともに損得だけを考えたらできない」という。会場の収容人数が2千人だとしても、客席は半分の千人にしなければならない。5千円のチケットが完売したとして、販売収入は500万円。この規模だと、東京から来るアーティストやスタッフの移動費、ライブ機材の運搬費などで800万~1千万円の経費がかかる。つまり、赤字である。
そこで舟津さんが望みをかけるのが、経済産業省のコロナ支援策。公演の映像配信をすることを条件に経費の50%(最大5千万円)を補助する枠組みだ。ACPCとしても、この枠組みに取り組もうとしているという。
認められれば「何とかトントン」になる。ただ、申請はなかなか認められないという話もある。それでも舟津さんは「何もしないでいるわけにもいかない」と覚悟を決めている。というのも、このままライブゼロが続けば会社の存続にかかわるからだ。
3月以降もチケットの前売りは続け、公演中止になれば払い戻してきた。つまりは収入の「先食い」である。これまではそれで何とか資金は回転してきたが、9月、10月になってもライブが開けない状態が続けば、資金はショートする可能性が高い。8月には取引銀行などに融資を申し込む予定だ。
「融資を受けても返済に10年以上はかかるでしょうけど、やらなきゃね」
チケットの払い戻し作業のために出社している女性社員2人だけがいるフロアで、舟津さんはそう言って真顔になった。
なぜ? スタジオレコーディングは減らず
プロ、アマチュアを問わず、ミュージシャンが本番の前に練習するのがスタジオである。レコーディングできる本格的なスタジオを含め、福岡市内には30カ所ほどあるが、中にはコロナ禍で閉店したところもある。
福岡市中央区今泉にある「HEACON(ヒーコン)」は創業31年の老舗。4月は休業し、緊急事態宣言明けの5月中旬から再開した。マスク着用や検温はもちろん、3部屋ある練習スタジオ(広さ12~16畳)には飛沫防止のシートや扇風機も用意し、1時間ごとに換気するなど万全の対策を取っている。
「お客さんは戻りつつありましたが、最近はまた減っていますね」
社長の石橋三喜彦さん(61)によると、7月末からの感染者増で、特にシニア層が警戒してキャンセルする場合が多いという。
一方、不思議なことに「レコーディングしたい」というミュージシャンは減らなかった。
「ライブはできないが、今のうちに音源を作っておきたい」
「新曲をYouTubeで配信したい」
そんな声を多く聞いたという。仕事がなくて浮いた時間を創作活動に充てようというわけだ。レコーディングスタジオは練習スタジオとは別になっていて、1人ずつ録音できるため「密」にはならない。
「アニメーターとコラボして動画を作るとか、配信で収益を得る仕組みをどう作ろうかとか、みんな次のことを考えている。知恵の出しどころですよ」
バンドブームの絶頂期にスタジオを始め、音楽業界を長年見続けてきた石橋さんにとっても、今は最大の危機には違いない。ただ、この世から音楽がなくならない限り、音楽を生み出すスタジオという存在は必要とされ続けると確信している。
「私も配信を研究中です。しゃれたものをやりたいですね」
音楽の力を信じる石橋さんの目は、輝きを失っていなかった。