「変な空気になったらどうしよう」「今これを言って大丈夫かな?」なんて思ってしまって言いたいことが言えない。そんな人は少なくないはず。でも……、

「時にはあえて空気を読まないことも大事ですよ」

そう教えてくれたのは、お笑い芸人・コメンテーターで、東京工業大学でコミュニケーションの講義も行っている、パックンことパトリック・ハーランさん。新著『「日本バイアス」を外せ!世界一幸せな国になるための緊急提案15』では、日本人が気づかぬうちに抱えているバイアス(思い込みや偏見)について、鋭い指摘をしている。

日本では「空気を読む」ことが大事と思われているけれど、もしかしたらそれ自体、日本人特有のバイアス――つまり、思い込みなのかもしれない。

パックンに、過剰に空気を読んで自分を殺すことなく、うまく周囲とコミュニケーションを取るためのお作法を聞いてきた。

「No」と言わずに「No」を伝える日本人

パトリック・ハーラン
パトリック・ハーラン(パックン)。お笑い芸人「パックンマックン」として活動しながら、コメンテーターや東京工業大学の非常勤講師も務め、著書も多数出版。

──日本に来て「空気を読む」風習を目の当たりにした時、どう感じましたか。

パックン:会議で何もしゃべらない人がいることに、まず驚きましたね。僕からしたら、意見を言わないで黙っているほうが辛いことなので、ずっと黙っているのはすごい精神力だな、日本人はなんて我慢強いんだ?! と思いましたよ。あと、正反対の意見が出た時に、両方にウンウンとうなずいていること。どっちの意見に賛成なの? と戸惑いました。

──はっきり意見を言わない人は多いですね。

パックン:「Noと言わない日本人」とよく言いますが、僕も最初は、日本人は本当に誰も「No」と言わないんだな、と思っていました。でも、日本人と長く付き合っているうちに、「あ、この表現ってNoなんだ」と徐々に気づいていったんです。

──どんな表現ですか?

パックン:たとえば、「それはちょっと」という言い方。他にも、「難しいかもしれない」「前向きに検討します」「持ち帰らせていただきます」とか。飲みに誘った時の「ぜひ」も、断りの意味で使われることは多いですよね。

──それが失礼のない断り方だと思って自然に使ってました。

パックン:こういうあいまいな表現は、以前はあまり好きではありませんでしたが、最近は僕もよく使っています。苦手な人が参加するパーティーに誘われた時にも、「あの人が嫌いだから……」と言わなくても、「その日は難しいですね」だけですませることができる。

──パックンも使ってるんですね。

パックン:相手が空気を読んでくれて、それ以上は聞かれないので、失礼なことを言わずにすむのはありがたいなと思います。

──たしかに「難しい」と言われたら、それ以上突っ込みにくいです。

パックン:そうですよね。ただ、ビジネスシーンにおいては、空気を読んで深く理由を聞かないことで、改善点や課題が見えてこない、という面もあると思います。

──改善点や課題が見えないとは?

パックン:たとえば、マネージャーが「パックンを起用してくれませんか?」と営業に行った時に、「検討しておきます」と言われたら、それは遠回しに「No」と言われているということ。どこがダメなのか、はっきり聞いたほうがいい。具体的に聞いてみて、「もうちょっと日本語がうまくならないと」と言われたら、じゃあ日本語を勉強する必要があるな、とやるべきことが見えてきます。

──なるほど、遠回しの「No」の中にも課題がある、と。

パックン:そう。会社員であっても同じことだと思います。営業先で「難しい」と言われた時に「具体的にどこが難しいでしょうか? 僕が何とかします」と突っ込んで聞いてみたり、「ダメな理由があるなら、傷つかないので教えてください」と言ってみるのもいい。

──そう言えたら次につながりますね。

パックン:空気を読めるのは素晴らしいことですが、一歩踏み込んで改善点を探る力も必要だと思いますよ。

「あえて空気を読まない」ことで、自分を守る

パトリック・ハーラン
「空気を読んで深く理由を聞かないと、課題が見えてこないでしょ?」。パックンの指摘は鋭かった。

──日本で仕事をしていて、空気を読めずに失敗したことはありますか。

パックン:初めて出たお笑いライブで、控え室の椅子が足りなくて、くりぃむしちゅーさんや爆笑問題さん、バナナマンさんとか、先輩の芸人さんたちが椅子に座って、新人は立って待つ、というのが暗黙のルールだったんです。

──そういう暗黙のルール、ありますね。

パックン:僕はソファーが空いていたので、座ってしまったんですね。司会の渡辺リーダー(渡辺正行さん)が入ってきた時にも、「コントやるの?」なんてタメ口で話しかけてしまったりして。今思い出すとヒヤヒヤしますね。

──周りのスタッフさんやマネージャーさんもヒヤヒヤしたでしょうね……。

パックン:日本で長く芸能活動ができているのは、空気が読めるようになったからです。でも、あえて空気を読まないことで、やりたくないことから自分を守るのも大事だと思います。

──あえて空気を読まない、というのは?

パックン:たとえば、相手の身体的な特徴を取り上げてバカにして笑いを取るのは、僕の倫理に反することなので、台本にあっても言いません。もし空気を読んで言ってしまったら、自分のことが嫌いになってしまうし、そうしたら日本で仕事を続けたくないと思うようになってしまうかもしれない。

──たしかに、空気を読んでやりたくないことをやってしまったら後悔します。

パックン:仕事関係の飲み会でも、僕は早く帰りたい時は「付き合いが悪いから途中で帰るよ、ごめんね」と先に言っておくんです。それを聞いて「自分も本当は早く帰りたいけど言えない」という人はけっこういます。そういう時は、「◯◯君、たしか明日朝すごく早いって言ってたよね?」と言って帰りやすい雰囲気を作って、一緒に帰ることもあります。

──私も途中で帰るのが苦手なタイプなので、そういう人がいてくれるとありがたいですね。

パックン:自分がそういう人になればいいんです。貸しも作れるし、いいですよ! 僕は外国人だから「空気を読む」ことを身につけたけど、日本人は空気を読む習慣があるから、「あえて空気を読まない」というのができるようになったらいいんじゃないかな。

「相談」をうまく使えば言いにくいことも言える

パトリック・ハーラン
考えているパックン。「ちょっと難しい」と日本人的な反応を示す編集部へのアドバイスに悩んでいるのか……。

──パックンの場合は、外国人だから「あえて空気を読まない」も許されている面もあるのかな、と。自分もやってみたいとは思いますが、ちょっと難しいです。

パックン:「ちょっと難しい」つまり「できない」ということですね?

──あ、無意識に使ってました……そうです、できないですね。

パックン:たしかに僕の場合、アメリカ人だからしかたない、と許されている部分はあると思います。日本人で、空気を読みすぎて悩んでいる人がいきなり「あえて空気を読まない」のはハードルが高いと思うので、そういう時は「相談」を使うといいと思いますよ。

──「相談」ですか?

パックン:たとえば、会議で発言したいけどなかなかできない場合は、「部長、ちょっと相談があります。会議でもっと発言したいんですが、うまくタイミングがつかめません。話すタイミングを作ってもらいたいので、話を振ってもらえませんか」と、事前に聞いてみるとか。

──なるほど。相談という形で要望を伝えるんですね。

パックン:「相談したい」と言われて嫌がる人はほとんどいないと思います。特に先輩や上司など目上の相手であれば、教えていただきたい、アドバイスをいただきたいと言うと、相手を立てることにもなりますから。上下関係を大事にしている人にこそ、「相談」はウケがいいと思います。

──いいですね! 上司も頼られて悪い気はしないですもんね。

パックン:ポイントは、みんなの前じゃなくて、2人で話すこと。人前では厳しい人でも、2人きりだと案外頭が柔らかくなって、意見を聞き入れてくれたりもしますから。事前にコミュニケーションを取っておけば、スムーズにいくと思います。

パトリック・ハーラン
真剣な表情で悩みを聞いてアドバイスしてくれた。今日から早速、上司に相談します!

──相談する時のコツはありますか?

パックン:まずは、相手の考えを理解すること。そもそも、空気を過剰に読んで、言いたいことが言えないのは、相手がどう思うかわからないからでしょ? つまり、相手の考えを理解できていない状態なんです。

──たしかにそうですね!

パックン:だから、話すよりも相手の話を聞くことを、まず意識したほうがいい。きちんと相手の性格やニーズなどを把握していれば、どのように接していけばいいのかが見えてくると思います。

──相手のことを理解した上で相談するのが大事なんですね。

パックン:あとは、「失礼かもしれませんが、意見を言わせていただいてもいいですか?」というように、本題の前にエクスキューズを置くものいいと思います。そう言われて話を聞かない人はほとんどいませんし、「どうぞ」と言われたら、自分も話しやすくなります。

無理はしなくていい。でも「出る杭は報われる」と思ってみたら?

──「空気が読めない」と思われるのが怖い人でも、前置きすることで気が楽になりそうですね。

パックン:自分は空気が読めてないんじゃないかと気にする人も多いけど、周りの人はそこまで気にしてないですから、心配しなくていいと思いますよ。「失礼かもしれないけど言わせてもらってもいいですか?」と前置きした後に、「あなた生きる価値ないね!」なんて言うのはやめておいたほうがいいけど。

──さすがにそんなことは言いません……。

パックン:だったら大丈夫。空気を読んで、やりたいことを我慢ばかりしていると、結局会社や上司のことが嫌になってしまう。ビジネスパーソンとして、仕事に精一杯取り組めなくなると思うんです。それでは会社のためにも、自分のためにもならない。

──本当にそうですね。

パックン:日本は出る杭が打たれる社会ですし、みんなに合わせたほうがしっくりくる、という人もいると思うので、無理はしなくてもいい。でも違和感をもっているなら、「出る杭は報われる」と思って、少し出てみようか、と一歩を踏み出してもらえたらいいんじゃないかな。

パトリック・ハーラン(パックン)

1970年生まれ。アメリカ コロラド州出身。ハーバード大学比較宗教学部卒業後、来日。お笑い芸人「パックンマックン」として活動しながら、コメンテーターや東京工業大学の非常勤講師も務め、著書も多数出版。新著『「日本バイアス」を外せ!世界一幸せな国になるための緊急提案15』(小学館)が発売中。

パックンマックンTwitter:@packunmackun

取材・文/中村英里(@2erire7
撮影/黒澤宏昭