中央の治安介入 米国の連邦制を損なう
2020年8月5日 07時19分
人種差別抗議デモ鎮圧のため、トランプ米大統領が地元との合意なしに連邦機関の治安要員を投入した。中央の一方的介入は憲法の柱の連邦制を損ねる。国のありようまで変えてしまいかねない。
不気味な光景である。「警察」とだけ記された迷彩服姿の二人組が、所属や理由を明らかにしないまま市民を拘束して車で連れ去った。
「あなたたちは何者なのか」と周囲から問い掛けられても、二人組は終始無言だった。西部オレゴン州ポートランド市での出来事だ。
トランプ政権は連邦施設の警護を理由に、国土安全保障省の治安要員を派遣したと認め、身元を伏せたのは要員の安全確保のためだと説明した。
国土安全保障省は米中枢同時テロを契機に設けられた。テロ対策を主眼に国境警備や沿岸警備、移民、税関部局などを統合した巨大組織である。
そこから派遣された治安要員は連邦施設から離れた遠い場所でも実力行使に及び、オレゴン州は公民権侵害だとして国土安全保障省を提訴した。
治安要員はオレゴン州からは撤収したものの、トランプ氏はポートランドと同じく民主党市長のシカゴ市(中西部イリノイ州)などにも派遣すると表明している。
連邦国家の米国は州の権限が極めて強い。憲法は連邦政府の権限を明示することで厳しく限定し、州政府との権力分立を図っている。連邦政府が地方の同意もなしに治安介入すれば、建国以来の両者の関係を壊す。
トランプ氏はデモ隊鎮圧に連邦軍を投入しようとして世論の猛反発を招き断念した経緯がある。治安要員はその代わりなのだろう。
軍であれ治安当局であれ、為政者が政治利用してはならないのは言うまでもない。逆に軍も治安当局も政治とは距離を置くべきだ。政治的中立を守ってこそ市民の信頼を得られる。
投入された治安要員を指してポートランド市長がトランプ氏の「私兵」と呼んだ。その批判が不適切だとは思えない。
法の支配を歪(ゆが)める振る舞いを続けるトランプ氏が、抗議デモをめぐっては「法と秩序」を唱える。再選へ「強い指導者」を演出したい思惑が透けて見える。
トランプ氏の暴走を止めないと、憲法の精神はないがしろにされ、民主主義は著しく劣化する。米国民は危機感を持ってほしい。
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