おぉばぁろぉど?   作:はんでぃかむ

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日没~

 初めて歩く森の中、青臭い土の匂いと葉の腐ったような臭いが交じり、どことなく不安を感じる。

 視界は暗闇の中であっても真昼のように見渡せる。昼との違いは陽の反射があるかどうか位だろう。

 頭上は鬱蒼と生い茂る樹冠が続き、厚く重なった葉の隙間からでも今が夜で、空が晴れ渡っていることはわかる。隙間から漏れる月の光では、森にかかる暗闇の一部をもはらうことはできていない。

 

 アンデッドになり精神的に不安など感じることは無いはずなのに、人間の頃の残滓がそうさせているのか、森の切れ目が見えてくると少し足早になってしまう。この場所からだと森を抜けた先の道は見えず、遠くに月明かりと夜空のみが目に入る。

 森の切れ目までつくとそこは小高い丘のようになっていた。

 頭を動かしあたりを見渡すと、ナザリックより出てくる前に確認してあった通りの小さな村が見える。小さく質素な村らしくもう全員寝静まってしまったのか村には明かりは見えず、人の姿は確認できない。

 

 嘘だ。人がいるどころか、家屋が燃え果ててできた残骸と、死臭が漂う一帯と化している。

 

 遠隔視の鏡により村を発見した時点で、村は騎士に襲われていた。セバスにどうするかを聞かれたが、横にはアルベドもいたためナザリックの安全もわからない状況で村を助けに行くべきではないと判断した。その結果、村は消滅した。

 

 森に沿って廃村へと近づく。しもべに偵察させ、村に誰もいないのは確認済みだ。

 もしかしたらこの村を確認しに来た者を監視するために、何かしら仕掛けや人を置いていった可能性も考慮したのだが。モモンガが訪れる前に入念に、村の外に至るまで調べさせた結果、そのような形跡は見つけられなかった。

 

 村の中に思わしくない反応があるせいもあって、モモンガ達は村を迂回するように移動していく。丁度村の端と森が接する位置で、二つの死体が抱き合ったまま転がっているのを見つけた。

 

 モモンガは抱き合っている死体をゆっくり引き剥がし、観察する。

 

 おそらく姉妹であろう。姉と思われる大きい方の少女の胸元には、剣で貫いた後に無理やり引き抜いたような大きな傷口があり、血が溢れ出した様が見て取れる。剣を抜くために足で抑えたのだろうか、肩には土が付着している。

 

 小さい方の少女は、抱き合ったまま貫かれたのだろう。姉の胸から剣が飛び出てきたのならこうなると、モモンガはすでに生前の面影の見えない少女の顔を見ながら納得していた。そこに少女に対する哀れみの情はない。

 

(やはり、人ではなくなってしまったのか……)

 

 無残に殺されている姉妹への悲哀を感じず、理解による納得が先に来る自分の精神の変化に戸惑いながらも、この状況ではそれでよかったと思ってしまう。

 

 モモンガは少女らの死体から目を離し、村の中央へと視線を向ける。

 

〈中位アンデッド創造・デスナイト〉

 

 モモンガは念のため、この世界のモンスターや人間の強さがわからないゆえに無駄になるかもしれないが、盾となるモンスターを召喚する。黒い霧の中からどろりと粘体の闇が溢れだし少女の死体へと吸い込まれるようにまとわりつくと、一体のデスナイトが生み出される。その異様な光景に目を奪われ、何が起こったのかを確認しようとデスナイトの足元に目を移すと、二つあったはずの死体が一つになっていた。

 

「僭越ながらモモンガ様、盾なら私がいるので問題ないかと思われますが?」

 

 モモンガの護衛のためについてきた黒い鎧を着た悪魔、アルベドだ。

 

「アルベド、敵の強さがまだ未知である段階で、お前が盾になって防ぎきれるかもわからんのだ。最初の接敵はデスナイトにいかせる、いいな?」

「はっ、申し訳ございません。出過ぎたことを申しました」

 

 深く頭を下げ、許しを請うように詫びの言葉を紡ぐ。

 

「デスナイトよ、村の中心のアンデッドを滅ぼせ」

 

 アルベドの言を聞き入れるだけで、返しはしない。アルベドは自分が盾となって死してでも逃げてもらう、などと思っていることが透けて見える。

 それがたまらなく不快でありモモンガを苛立たせた。設定を書き換えてしまったアルベドだけでなくナザリックにいる者達から向けられる、狂信的とも言えるような献身は受け入れ辛い。モモンガ自身がこの子たちに特別何かしたわけでもなく、その理由が自身の中に無いからということが大きな要因ではあるだろう。

 支配者を演じてしまうのも、しもべのためだけではなく自分のためといったところもあるかもしれない。

 

 デスナイトは、命令に従い廃墟の村の中心へと駆けていく。村が滅びたせいか、人の死体が多くあるせいかは分からないが、村の中心にアンデッドの反応がある。

 

 盾として召喚したはずのモンスターが一人で走っていく光景に僅かにあっけにとられるが、かえって都合がいいのでそのまま見送る。

 召喚物とのつながりや、命令権などの細かいやり取りについても、スキルを使用した段階で頭に浮かんでくる。召喚したモンスターとはどれだけ離れても平気そうに思えた。

 

「さて、村の調査の方はどうなっているかな」

 

 隠密に長けたしもべに村周辺の索敵をさせた後、そのまま村の調査へと移ってもらっている。この時点で村の中心にいるアンデッドモンスターは、しもべを感知できない程度の者であることはわかっていたのだが、戦闘能力に特化したモンスターである可能性も考え、デスナイトを向かわせている。

 

 デスナイトが中心部のモンスターとの戦闘を終えるまで、モモンガは村の端の方の焼け落ちた小屋や家を捜索することにした。

 

 倒れた家の壁を片手で持ち上げ脇へとずらす。一家族ほどが楽に暮らせそうな広さがあると思われる家、壁がないのでやや広さの把握に正確さがかける。

 燃え尽きずに形の残っている六人ほどで囲めそうな大きめのテーブルと鍋の乗ったキッチンのような場所、寝室があったことがわかる。この様子ではこの世界の本などがあったとしても燃え尽きてしまっているだろう。

 足で回りの炭化した木材をどかしながら、燃え残っているなかでこの世界について分かりそうな物を探す。

 

「これは硬貨かな? 硬貨にしてはやけにいびつな気もするが」

「似たような紋様が描かれたものが何枚か固まっておいてあるのでおそらくはそうかと思われます」

「金貨ではないのだな」

 

 煤けたコインを軽くこすり、色を確かめてみると銅の黒ずんだ鈍い赤茶色が見える。使い込んだせいかすでに元の色は分からないが、ところどころゆがんで折れ曲がっていたりするものすらある。

 紋様には見覚えはなく、このあたりの国のものだろうと予想する。

 

 デスナイトよりモンスターを排除した意思が伝わる。やはり、攻撃力は高くないデスナイトですら容易に倒せる程度のモンスターのようだ。

 

「大したものはなさそうだな」

 

 調査を中断し、モモンガも村の中心部へと向かう。

 村の中心部には山積みにされた、村人と思しき死体。村の者は皆殺しにされたのだろう。中心部へ来る途中にも抵抗したと思われる村人の死体が何体か転がっていた。

 デスナイトが倒したモンスターの死体も転がっているが、見た目はユグドラシルにもいたゾンビと同じもの。生きていれば明らかに行動不能であっただろう深い傷がある。デスナイトはゾンビの首をはね落として一撃で破壊したようなので、この体の傷は襲われた時につけられたようだ。

 ゾンビの残骸はすでに灰になりかけている。ゲームのように跡形もなく消えるのだろうか、それとも残骸として残るのだろうか。

 焼け焦げた臭いと死臭のなか、積み重ねられた村人の死体を興味なさげに一瞥し、モモンガはそのまま村の外、入ってきた側とは逆方向、遠隔視の鏡で確認してあった戦場跡へと向かう。

 

「こっちも死体だらけか。鎧を着ているようだがあまり位の高い兵ではなさそうだな」

「防具と呼ぶにはあまりにも粗末なもののように思えます。武器にも防具にも弱い魔法すらかかっておりません」

「そのようだな、鎧に付いている紋章は硬貨のものと同じか? あっちのは削れててよくわからなかったが同じもののように見えるが、まずはどうにかして周辺の状況を知るべきだろうな」

 

 戦場跡を一通り眺めると、一つ他の死体とは扱いの差が見える首のない、執拗に焼かれた死体を発見する。

 

 なぜこの死体だけ? 装備を見る限りでは周りのものとの違いは不明。しかし、もはや死体と呼べるようなものではなく、モモンガが近づくだけでその体は崩れ落ちてゆく。

 そのまま完全に灰になった死体を蹴り崩してみると、手のあった部分にここまで焼かれていても輝きを失っていない淡く輝く指輪が目につく。

 

「マジックアイテムか? 〈道具上位鑑定〉」

 

 指輪を拾い上げ、アイテム鑑定の魔法を掛ける。この世界にきて初めて発見した現地の脅威が測れるかもしれないアイテムだ。

 

「……ありえない、これがこの世界のマジックアイテムだとしたら……。少なくともユグドラシルではこんなものは作れない。ワールドアイテムほどではないにしても、これはいったい」

 

 100レベルの戦士が装備すれば、幾つかの装備を他の効果に回してもお釣りが来るほどの破格の性能の指輪。あくまで例えであるが、ユグドラシルの装備が効果を加算していくものと考えれば、この指輪は効果を乗算してくれるようなものだ。

 ユグドラシルでは再現不可能な効果、このマジックアイテムがこの世界に一般的に流通しているものなら、このような効果の装備品で整えられているとしたら。同程度の存在がいた時点で、いや、多少レベルが劣っている存在だったとしてもそれを覆されてしまう程度には強力なものだ。

 時間制限はあるようだが、それでも指輪の枠1つで済むとしたら十分に強力だ。

 早急にでもこの世界にいる存在の強さと、マジックアイテムを調べなければならない。いや、前提として自分らの使っている魔法とはまた別な魔法がこの世界の魔法なのではないか? 自分の魔法やスキルは問題なくこの世界でも使えてはいるが、この指輪があったように、他の魔法、知らない魔法、違う作成技術があったとしてもおかしくはない。

 魔法すらかかっていない鎧を着たものが持っている程度のマジックアイテムでこれならば、もっと上等なものもあるはずだ。

 

 モモンガは指輪を手に、急激に膨らむ恐怖と不安を孕んだ思考の渦に巻き込まれていく。いくら考えても危惧の念は募るばかりだ。

 

「モモンガ様!」

「っ!」

 

 完全に思考に染まっていたモモンガは、アルベドの呼びかけに対し肩を萎縮させてしまう。

 

「どうかされましたか?」

「あ、う、何でもな……、いや問題が発生した」

「一体何が」

「この指輪だ。ユグドラシルで言えば強力なアーティファクトといったところだろうか」

「モモンガ様をして強力と言わしめるほどのアイテムがこんな村に」

「見る限りでは村の物というよりも、村を救いに来たものがもっていたようだがな。こんなみすぼらしい兵士ですら持っているものだ。もしこれがこの世界の基本的なものであった場合、まぁ、危険ではあるが収集してみるのもいいかもしれないな」

 

 警戒段階は上がるが、このように自分たちでもこのアイテムを集められるならばナザリックの強化にも繋がる。厄介事などに巻き込まれないよう慎重に行動すれば、今すぐ誰かと敵対するということもないかもしれない。

 この世界の生物の強さは未知なものではあるが、もし素体としては同程度で、差はアイテムによるものだけだった場合なども考え、こちらもそれなりの準備はしておくべきだろう。

 しばらくは文明のある生物へのアプローチは最低限度に止め、あまりに込みいった調査は避けておくべきだろうか。大きな街ならば多少風変わりなものがいても目立つこと無く侵入できるかもしれない。

 

「モンスターの強さ、未知のマジックアイテム、硬貨などこの村でわかりそうなものはそのくらいか。アルベド、ナザリックへと戻るぞ、村の物品を回収させているしもべにも指示をだしておけ」

「畏まりました」

 

 戦場跡から村のほうを見る、ここからでは村は地形によって隠れてしまって見ることはできないが、もし助けに入っていればどうなっただろうかなんてことを思ってしまう。とても豊かとはいえない村を、みすぼらしい兵士が守ろうとしたのだろうか? それとも、兵士が来た時にはすでに村は滅びていて、確認に来た兵士と、侵略していた騎士がたまたま居合わせてしまったのだろうか。

 時を止めることはできても、戻すことはできない。

 

(私は、たっちさんのようにはなれませんよ……)

 

 殺された村人や兵士達への感傷は一切湧いてこないが、ナザリックを守りたいという気持ちと、かつての仲間たちのことを思う気持ちがモモンガの考えを鈍らせていた。

 今できることをやろう。そう思うので精一杯だ。知らぬ誰かを助けに入るなんて大胆さはを自分の中には持ち合わせていない。

 

 アルベドが自らの護衛についていたしもべに指示を出し終えると、モモンガはその場であたりを見渡し、一応の安全確認し〈転移門〉を開く。

 

 モモンガとアルベドは縦に長い楕円の闇へと沈んでいく。

 

 

 

×××

 

 

 

「前も話したがもう一度確認しておこう。村の調査の結果、この世界の人間が未知のマジックアイテム、それもかなり強力なものを持っていることが判明した。デスナイトが消えないなどの細々とした報告は飛ばすとして、我々はこの世界について未だ無知であると言える。よって、出来る限り人間との関わりは避けるようナザリック周辺の森林にいるモンスターや、生態系の方から調べてもらっている。かといってこういったアイテムを見つけるには、やはり人間の街にも入らねばならない。私を含め何名か街への侵入をしてもらうが、出来る限り事件や事故に巻き込まれぬよう、また起こさぬよう用心深く行動して欲しい」

 

 9階層にあるアインズの自室、今は執務室として使っている。すでに何名かにはナザリックの外、人間の領域ではない場所、で働いてもらっているが、自身が人間の街に出るにあたってこれからの行動の最終確認のために、各守護者達やセバス、プレアデスの面々を呼びつけてある。

 

「畏まりました、アインズ様。それで今回発見した街への侵入はシャルティアとともにいかれるということですが、その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 廃墟となった村から帰還し回収してきたものの調査の報告を周知した後、再び遠隔視の鏡でさらに広範囲に渡って捜索を続けた結果、複数の廃墟になった村と高い城壁に囲まれた大きな街を発見した。森林の方は、俯瞰だと木があることくらいしかわからなかったので、基本的に遠隔視の鏡では草原の方を中心に映している。それでも、目的地も無く辺りを探すには、どうにも遠隔視の鏡は不向きなようである。

 

「魔法詠唱者の伴としては戦士であり神官であるシャルティアが適任であること、アンデッドの気配を隠せば人に紛れることもできること、それと子連れのほうがあまり警戒されないだろうという考えからだ」

「たしかに私は神官の役目は果たせませんが、アインズ様に万が一にも危害が及ぶようなことがあれば盾となれる私こそが適任かと思われます! 羽と角は鎧を着れば隠すこともできますし、魔法詠唱者と盾ならば伴としては十分かと! ぜひお考え直し下さいませ」 

「アルベド、私がナザリックより離れている間の管理を任せられるのはお前しかいないのだ。デミウルゴスに何を言われたのかは知らないが、あの時は納得したではないか」

「で、ですが」

 

「アウラはナザリック周辺から広範囲に渡っての地形や生物の調査、デミウルゴスは魔法を込めるための羊皮紙の代替品などの消耗品の補充に使えそうなものの調査、マーレとセバスはアウラと連携し意思疎通のできる者の確認、コキュートスはナザリックの警備、そしてアルベドはナザリックの管理、シャルティアは私と街での調査。そう決めただろう」

 

「はい……。私はナザリックの管理及び外に出た者の補助にプレアデスをまわす任務でございます」

「そうだ。まぁなにかいいものがあれば街で土産でも買ってくるから、この非常時だ、アルベドには期待しているのだ」

 

 村で回収した硬貨は銀貨と銅貨しかなかったが、戦場跡の戦士の持ち物の中には何本かの青色のポーションと金貨が含まれていた。実際にその金貨がこの付近で流通しているものかの確認と、腐るポーションの製法などを調べる必要もあるだろう。

 

「く、くふぅ、畏まりました……」

 

 羽はぴこぴこと小さく跳ねているが、その表情からは完全には納得していないことが伝わってくる。完全に納得させるにはアルベドも連れて行くしかなさそうだが、先に言ったとおりアルベドまでナザリックから離す訳にはいかない。それに、任務で外に出ているにもかかわらず、最終確認のためにだけに守護者達を呼んでいる状態で、これ以上この話で時間を潰すこともしたくはない。

 

「守護者達、それにセバス、プレアデス達よ各自任務に励むよう、良い報告を期待している。もし何か見つけたとしても何の情報もない状態での接触は禁止だ、必ず報告をアルベドに入れることいいな。それでは行動に移れ」

 

 NPCたちは礼をすると、シャルティアとアルベドを残しアインズの自室より出て行く。

 

「シャルティア、今回は目立たぬよう装備を地味なものに変えていく。それと、街では私のことはモモンと呼ぶこと、それでお前はルティだ。ある目的のために旅をしている二人組という設定だ」

「はい、二人であの街にあるマジックアイテムや武具、ポーションなどどのようなものが売っているのか調べるために街を散策するデートでございます!」

「アインズ様、やはりこの任務の重要性を理解できない脳の腐った吸血鬼などよりも、私を伴としたほうがよろしいかと思われます」

「ああ゛? アインズ様のおっしゃっていることにだらだらと文句を垂れ流すなんて、守護者統括としてどうかと思いんすがぁ?」

 

 語気は荒いが、口元にはいやらしい勝者の笑みのようなものが浮かんでいる。脳が腐っていると言われたことなど、どこ吹く風といった調子で受け流すだけの余裕が見える。

 

「くっ……、覚えてなさいシャルティア。これくらいで勝った気にならないことね」

「ふっふーん」

 

 腰に手を当て、大きく膨らませた胸をそらし相手を見下げるような格好をとる。

 

「シャルティア、すまないがその胸は目立つので、出発する前にとっておいてくれるか」

 

 あひぃ、と胸を抑え一瞬にして落ち込んだ表情になるシャルティアと、組んだ腕で胸を持ち上げ、満面の笑みを浮かべるアルベド。

 

「今回は子連れという設定、その胸も取り外せるなら取るべきよねぇ。まぁ私のは天然ものですから取り外しできなくて残念だわぁ」

「おんどりゃー!」

 

 アインズが止めるまでじゃれあっていたが、命令を出した手前自分だけがなかなか行動を開始しないのもどうかと思い、すぐに出立の準備をさせた。

 

 

 

×××

 

 

 

 無事に街まではたどり着いた。

 

 廃墟の村から帰還して、今いる大きな街に出発するまでの三日間。

 森林には野生動物や、昆虫型や獣型のモンスターなどが多く、人語を話せるモンスターはゴブリンとオーガくらいとしか接触していない。

 ナザリック周辺で発見した大きめのゴブリンの巣には、村の兵士が着ていたものより幾分かましな装備と、人骨やら獣の骨やらが転がっていた。

 ゴブリンやオーガなどは言葉を発してはいたが知能というものはかなり低いように見受けられた。しかし、その中にも少数だがはっきりと会話のできる個体もいたので、幾つか実験に付き合ってもらったのだ。

 

 人間にも勝てると豪語するゴブリンの集落はあっけなく滅び、意思疎通のできるホブゴブリンはうわ言のように意味不明な言葉を発するだけになってしまったので殺したが、この世界の常識の一部は得られたと思う、人間の常識では無いだろうと言うのが不安の種ではあるのだが。滅ぼしたゴブリンたちの死体はアンデッドの素体になってもらったり、魔法のスクロール用の素材にできるかの実験も行った。

 

 そんな常識の一部から、仮面の下にはアンデッドの顔を隠すように幻影をつくり、薄汚いように見えるローブを身にまとい、膨れた背負袋、中身は必要ないが旅仕度が詰まっている、を背負うことでいかにも長旅をしてきました風の格好で、ちゃんと検問を抜けて街へとやってきた。

 シャルティアの顔は人間のままなので平気かと思われたが、綺麗に整いすぎて検問所の兵に、どこかの国の姫の亡命かと疑われそうになったが、シャルティアがうまいこと誘導して事なきを得た。アインズの方は仮面を外すように言われ幻影の顔を見せたところ、それだけで何か納得したようにそのまま通された。

 

「この街はエ・ランテルと言うようだなルティ」

「はい、高い城壁ですが余り頑丈そうではありんせん」

 

 右肩に背負袋を、左手にはシャルティアの手が握られている。検問所や城壁に掲げられている旗に描かれた紋章が、村の戦士達の鎧についていたものと同じであることを確認し、あの村がこの国の所属であることはわかった。

 街を囲む城壁は、高く街へ入るものを威圧するように、中にいるものを守るようそびえ立つ。日は低い位置にあり街の中は薄暗いだろうと予想がつく。

 

「大きな建物も先に見えるが、いかんせん文字が読めんな。眼鏡はつけたままで良さそうだな」

 

 検問所に幾つかこの辺りの文字で描かれた羊皮紙やら看板があったが、どれも見たことがないものでただ眺めるだけだった。

 街の三重の壁を通り抜ける間に、懐から暗号を解読するための魔法が掛けられた眼鏡を取り出し仮面の下に装着する。

 

「言葉は通じるのに文字は読めないとはホント不思議でありんす」

「とりあえず、ここからでも見えるあの大きな建物の並ぶ方へ向かうとしよう」

 

 陽の光はまだ城壁に遮られ、街の中は薄暗い。

 町並みはお世辞にも綺麗とはいえない程度であったが、早朝にもかかわらず太い道には露天もならんでおり、食べ物やら小さいアクセサリーのようなものを売っているところもあった。

 服の絵の看板や、フラスコの容器の絵が書いてある看板、筆の絵が書いてある看板などを見つけながら街の奥へと進んでいくと、五階建てほどのこの街に入ってから見かけたものの中では大きめな建物の全体像が見えてきた。

 

「絵はあるのだが文字は書いてないな、入り口まで行けばわかるか?」

「剣と盾の絵でありんすね」

 

 建物の中に入っていくものもいるようだが、どれも戦闘用の装備を身に着けている。建物の前には馬車がとまっており、出発の準備のために荷物を運び込んでいるものの姿も見える。

 入り口の近くまで来ると、大きめの扉の脇に冒険者ギルドと翻訳される文字が書いてある看板がある。

 

「冒険者ギルドか、興味は惹かれるが……」

 

 冒険者という響きから探索や発見といった言葉が浮かぶが、今回の目的は街で流通しているものについてだ。建物から出てくるものに話を聞くのも良さそうだが、誰もがせわしなく動いているためそれもはばかられる。

 

「せっかくここまで来たが混雑している様子だし後回しにするか、ポーションの店がさっきの通りにあったようだし、そこまで戻ろう」

「はいでありんす、モモン様と一緒ならばどこへでもいつまでも散策していたいと思いんす!」

 

 様付けはどうするかと考えたが、別に自身の子だという設定ではなかったし、そのままでも特に注意すべき事ではないと結論付ける。

 

 元来た道を戻り、この辺では立地が良いところにあるフラスコの絵が描かれた建物に到着した。大通りに面した建物は店舗になっており、後ろにある建物は工房だろうか、一本奥の道からでないと入れないようになっている。

 入り口にかかっている看板に薬品・薬草・水薬と書いてあるのを確認し店へと入る。

 

「いらっしゃい」

 

 カウンターには一人の中年の男が作業用の前掛けをして、商品を並べている。店の中は薬草の臭いだろうか、青臭さや刺激臭が混じっている。

 

「こんにちは、ここはポーションの店であっていますよね?」

「そうだが、なんだい、この店のことを知らずに来たのかい」

 

 商品を並べていた男は、店に入ってきたアインズ達を見て一瞬驚いたように見える。しかし背負袋とローブのおかげか、すぐに気を取り直して背筋を伸ばすように反った。

 

「ええ、先ほどこの街に着いたばかりの旅人でして、少しポーションを見せてもらおうかと」

「ひと波過ぎたあとだから、今あるのは店に並んでいるだけだよ」

 

 勝手に見ておくれという風な態度で、ポーションの陳列作業に戻る。

 棚には、兵士が持っていたのと同じ青いポーションや黄色いポーションが並んでいる。値段や効能が書かれた板もあり、店の中を見渡すように一周して眺める。筋力増強のポーションやら解毒のポーション、敏捷性を高めるポーションなど効果自体はユグドラシルでも同じようなものはあった。だが、どのポーションも沈殿物や濁りが見える。ポーションの他には買い取りしている薬草の値段なども書いてある。

 治癒系のポーションは総じて青かった。

 

「ここのポーションは薬草から作っているのですか?」

「ん? そりゃポーションは薬草でつくるもんもあるだろ、お前さんが来たところにはなかったのかい」

「ええ、ほとんど魔法と錬金溶液で作ったものでしたね」

「ああ、ちゃんと魔法のポーションもあるよ。こっちの棚の澄んでいるやつがそうさ。だいぶ値は張るがね、旅人ならそうか、薬草のポーションは足が速いからね」

 

 そう言うとカウンターの後ろの棚から一本のポーションを取り出す。青い、魔法と錬金溶液と言ったことに対しての疑問がなかったことから、カウンターの裏の棚にあるポーションの素材も同じようなもので作られているのだろう、しかし赤では無く、青色。薬草のポーションは兵士が持っていたものがあるのでそれを調べさせているが、魔法のポーションも必要だろう。兵士が魔法のポーションを持っていなかったのはすでに使ってしまった後だったからだろうか。

 

「それはおいくら位になりますか?」

「金貨2枚と銀貨10枚だね」

「それより品質が良いのは?」

「あるにはあるが依頼があってからつくるものさ、店に並べてもなかなか売れないからね、効能がなくなっちまう。依頼をするなら金貨8枚からつくってるよ、もっともこの街で手に入る最高品質のものがほしいってんなら、バレアレさんのとこにいかなきゃダメだな。ここの店は街の出口にもギルドにも近いから、よく冒険者が利用してくれるおかげで量だけは揃えてあるんだがな」

 

 残念ながら、村から回収した金貨は8枚もなかった。手持ちのユグドラシルの金貨なら山ほどあるが、ここでは出せない。

 

「ふむ、金貨8枚ですか……、それでバレアレさんというのは?」

「ああ、この街に来たばっかだったな。エ・ランテルで一番有名な薬師のとこさ。お孫さんも有名でね、何でもどんなマジックアイテムであろうと使うことができるなんていう生まれながらの異能(タレント)を持ってるんでエ・ランテル全体で見てもかなりの有名人さ。でも先日、どこかの野党だかに襲われた村に幼なじみの娘がいたらしくってなぁ、気落ちして今は寝こんじまってるって話だ」

「それはお気の毒に……、私達も気をつけないといけませんね。それではそっちの棚にある方を1本もらえますか」

「あいよ、確かに」

 

 カウンターにおいた金貨2枚と銀貨を10枚を確かめると、ポーションをアインズの前に丁寧においてくれる。接客態度はさばさばしていても商品の扱いについては、プロのそれであった。

 アインズはポーションを目線の高さまで持ち上げ軽く振る、こちらには沈殿物や濁りはない。ユグドラシルのものと色違いといった感じだ。

 

「それと、この先にあった冒険者ギルドというのは何か聞いてもいいですか?」

「は? あんたら一体どっから来たんだい」

 

 常識知らずを見るような訝しげな視線を向けてくる。

 

「だいぶ遠いところからですが、やっと大きい街にたどり着きましてね」

「変な仮面をしているし、格好も旅人のようだしこの辺りの人間ではないのは分かったが、まぁ大きな街まで出てこなければ冒険者ギルドもないだろうしな。モンスター退治や、薬草採集の護衛を受け持ってくれるところさ。法の枠から出なきゃいろんな依頼を受けてくれるよ、ランクの高いものを雇えばそれなりに金もかかるがね」

「ほう、探しものなんかでもいいのでしょうか」

「平気だと思うが……危険なところにいかせるならランクの高い冒険者を雇うしかないよ」

「ありがとうございます、助かります」

「ポーションのおまけだと思っといてくれ」

 

 ポーションを背負袋に仕舞い、店から出るとまだ通っていない道に向けて歩き出す。

 

「モモン様、どんなマジックアイテムでも使うことができる人間は危険かと思われます」

 

 似非廓言葉の消えた口調で、シャルティアが警告の言葉を投げかける。

 

「ああ、わかっている。タレントだったな、マジックアイテムといいタレントといい、本当にわけがわからん」

 

 正直に言えば、あの場でタレントについても質問したいところではあったが、その後にタレントを持った子が幼なじみを失って寝込んでいるなんて話を聞かされてしまったら、流石に気後れしてしまう。

 遠隔視の鏡で見つけた廃墟の村のどれかだろうか、はたまた見捨てた村にいたのだろうか。自分には関係のないことだが、余計なところで絡んできたものだ。

 

 ポーションを買うときに放してしまったアインズの左手を、シャルティアが握るか握るまいかで手を上げ下げしているところを掴み、散策を再開する。

 

 しばらく町中をうろつきまわってみたが、完全に商店の並ぶ区画からは外れて怪しげな店の並ぶ場所まで来てしまっていた。周りには閉店中の看板こそかかっていないが、道の雰囲気からそういった通りであることがわかるくらいには、窓が付いていない部屋のある建物が並んでいるのが見受けられる。

 そんな通りで小さい子を連れて歩くというのは目を引くのか、シャルティアを見た後で、こちらにも目が向けられるのが分かる程度には視線を受けている気がする。通り過ぎた後で茶化すように口笛を吹いてくるものすらいた。

 

「モモン様、このあたりのお店に入りませんか?」

 

 わかって言っているであろうシャルティアを努めて無視しながら歩く。日もだいぶ上がってきた。

 

「土地勘のないところで闇雲に歩きまわっても埒が明かないな、とりあえずは冒険者ギルドに行ってこの街について聞くとしようか。依頼やらを受けてくれるのであればいろいろ教えてくれるかもしれんしな」

 

 細かい位置までは分からないが、入ってきた門と大通りの方向はなんとなく把握している。冒険者ギルドのあった場所は非常にわかりやすい位置であったし、大体の方向があっていればすぐに見つけられるだろう。

 入って来た側からはだいぶ離れている所まで来ていたが、道に迷うことなく冒険者ギルドの建物の前まで到着する。

 

 扉をあけ中に入ると、入って手前側のカウンターの受付嬢が何かを確認した後、声をかけてきたので促されるままに、カウンターの席につく。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「依頼、というほどではないのですが。先ほどこの街についたばかりでして、しばらく滞在するかもしれないのでこの周辺の店の種類と位置やいい宿屋を教えてほしいのですが」

「街の案内ということですね。それでしたら銅プレートの冒険者への依頼となりますので銀貨1枚で請け負うことができますね」

「そうですか。それと冒険者について少し教えてもらってもよろしいでしょうか? 私のいたところには冒険者ギルドがなかったのでよく知らないのです」

「はい、それはこちらでご案内しますね」

 

 そのままカウンターで受付嬢から、何度も説明して慣れているであろう冒険者についての説明と注意点を静かに聞いていた。朝方、賑わっていた冒険者ギルドの前の広場は今、入ってくる荷馬車などが待機している。

 ただシャルティアは話を聞いているというより、何かをずっと見つめていた。

 

「あ、あの私の胸に何かついていますでしょうか」

 

 フードを取り、美しい顔の赤い瞳の少女から見られているとは思えない程の気持ち悪い視線が、受付嬢の胸を凝視している。シャルティアの瞳にはアンデッドを思わせる不安を煽るような薄暗い輝きはなく、熟れたばかりのみずみずしいりんごのような赤い輝きの瞳だ。だがアンデッドであることを隠せていても、その情欲にまみれたような色は隠せていなかった。

 

「もし、おんしが死んだったぅ」

 

 何を言おうとしているかを理解したアインズは、シャルティアの頭頂に手刀を下ろす。

 

「バカ、お前は何を言っているんだ」

「も、申し訳ござったぅ」

 

 再び手刀が落ちる。

 

「ご、ごめんなさい」

「本当にすみません、続けてもらえますか」

 

 はい、と少したじろいでから話の続けるが、視線を警戒してか綺麗な姿勢から少し肩が丸まってしまっている。

 

 先ほどのアインズとシャルティアのやり取りをじっと見つめていたものはいないだろうが、いや、じっと見つめていても気づいたかどうかはわからない。フードを外したシャルティアの顔を横からでも覗いてしまったものならば見ていたかもしれない。

 アインズが膝に置いていた手は手刀になって一瞬でシャルティアの頭へ振り下ろされており、シャルティアはその手刀を見てから当てやすい高さに頭を移動していたのだが、目の前にいる受付嬢ですらその視線以外はのほほんとしたやり取りであるようにしか見えなかっただろう。

 

 冒険者ギルドのドアベルが、大きな音を立てて鳴り響く。

 

「失礼、ごめんなさいね。ギルド長はいるかしら」

 

 流れるような青の神官服に、鎧をつけたような装備の女騎士とでも言うのだろうか、突然冒険者ギルドに入ってきた女性はそのまま受付の横の階段を登っていく。

 急ぎの用だろう、少し小走りになりながら音を立てて更に階上へと行く様からは、先ほどの言葉は社交辞令的な意味合いしか無く、自分には急ぐだけの理由があるという雰囲気が見て取れる。

 

「彼女は?」

「王国の最上位の冒険者チームの一つである蒼の薔薇のリーダーですね。最上位の冒険者というのは先ほど説明したアダマンタイトのプレートを託された、各国でも1,2チームいれば多いくらいの冒険者達のことですね」

「ほう、この国ではかなり強い人なのですね」

「ええ、英雄と呼ばれることだってありますよ」

 

 隣に視線を向けると、シャルティアは小さく横に首を振る。

 純粋な戦士ではないシャルティアでも、ある程度の強さは計ることができるらしい。首を横に振るということは、強者と呼ぶにはふさわしくないと判断したのだろう。

 

「この国には彼女と同じくらい強い人も結構いるのですか?」 

 

「結構というほどではないですが、同じくアダマンタイト級のチームが一つと、王国戦士長が英雄と呼ばれる域にいますね」

 

 先ほどの女性はかなりレアな人物のようだ、こんな場所で見ることができたのは幸運だろう。

 それにこの国の強者についての情報も得られた。アダマンタイト級の冒険者、王国戦士長、これからの調査にあたって警戒すべきだろう。ただ、シャルティアは強者ではないと言っていた。みすぼらしい兵士ですら持っていた未知のマジックアイテムのこともある、強者ではなくても反則じみたマジックアイテムで身を固めている可能性だって残っている。

 

「それは心強いですね。魔法詠唱者では目立つ方はいないのですか? 旅でつかうマジックアイテムなんかを買いに行く時なんかの参考にしたいのですが」

「そうですねー先ほどの蒼の薔薇のメンバーで5位階の魔法まで使いこなす方がいるらしいですが、私は見たことがないんです。この街の冒険者でしたら魔法の習熟にかかる時間が半分になるなんていうタレントを持った方がいますが、まだお若いのでこれからが楽しみな人ではありますね」

 

 またタレントか、魔法の習熟の方法を知らないせいで、かかる時間が半分になると言われてもどれくらいすごいのかピンとこないが、アダマンタイト級の冒険者で5位階という情報はかなり役に立ちそうだ。というよりも5位階までしか使えなくても英雄のチームということは、この世界の人間自体が強くはないのは確定かもしれない。もちろん、この世界の人間が使う魔法が自身の使うものと同じであればだが。後はマジックアイテムのことさえわかれば……。

 受付嬢は中断された冒険者の説明を続けているが、モンスターの難度に対して依頼を受ける冒険者がどの程度になるか、またその依頼にかかる金額などの説明をしている。

 

「冒険者についての説明は以上になります。もし冒険者になるときはまた別の講習などもありますが、そちらは依頼を受ける時の規則などになりますので今回は割愛させていただきますね」

「ありがとうございます、街の案内の依頼は今からでも平気でしょうか」

「はい、この時間にいる冒険者さんなら今日はもう外に向かわれないと思うのですぐに手配できるはずです、少々おまちください」

 

 階段を上がっていった神官服の女性は冒険者の説明の続きを聞いている最中に、一人の中年の男を連れて急いで出て行ってしまっていた。

 

 実のところ、あの女性を見るのは2度目だ、それも今日の内に見ている。深夜に村を調査に現れた5人、今ならわかるが冒険者だ。村を一通り回った後、灰になった人型がつけていたであろう装備を回収して戻っていった。アインズが村で火事場泥棒した日の朝、死体になった兵士と同じ格好をしたもの達がきたせいで確認は終わったものだと思い、村人の死体を少しばかり回収してしまったのはバレただろうか。不自然にならない程度には村人の死体と兵士の死体は残したが……。

 

 それからしばらく待つと、銀色のプレートをつけた女性の冒険者が街の案内をしてくれることになった。普通はプレートの色に応じて値段も上がるのだが、暇だし街の案内でご飯代がもらえるならラッキー位の気分らしく、銅プレートの冒険者と同じ依頼料で受けてくれたそうだ。

 

 女性はなかなか男勝りな対応で、街の案内をしながら気軽に色々なことを話してくれた。あまり女性らしくない振る舞いなのは、冒険者という職故にだろうか。

 

 この辺では6位階魔法を使えるものが帝国にいて、それが最高位の魔法詠唱者だとか、ナザリックの周囲の森はトブの大森林といって森の賢者とかいう人語を解するモンスターがいること、最近は傭兵くずれの野党がエ・ランテルから王都へ向かう途中に出没すること、塩や香辛料は魔法で作ること、この前初めて魔法のポーション使うことような状況に陥ったこと、チームのメンバーを増やしたいがなかなか気の合う冒険者が見つからないことなど色々だ。

 

 依頼である街の案内の方も、しっかりとしたものだった。

 知りたかったマジックアイテムの店というよりも魔法ギルドの場所や、ランクに応じての武器屋と防具屋、市場、服屋、宝石屋、装飾品屋、雑貨屋、病気になった時の神殿、街で人気の料理屋、旅客向けの宿をいくつか案内してもらった。

 

 昼前から冒険者に連れられて街を回っていたが、もうすでに日は一番高かった位置と城壁の高さの中間くらいまできている。大きな街なのはわかっていたが、あまり整えられていない区画のせいもあってか、かなり時間を取られてしまった。今日は一番大きな目的であるマジックアイテムの店、魔法ギルドへ行き他は明日へと回そう。

 

「それにしてもお昼ご飯の時以外は歩きっぱなしだったのにルティちゃんは体力あるなー、かなり遠いところから旅してきたって言ってたし当然かな? 歩き方もすんごい綺麗だしどこかのお姫様か凄腕の戦士かと思っちゃったよ、もしかして私より強かったりしてね!」

 

 そう言って、シャルティアの頭を撫でようと手を伸ばすが、シャルティアはアインズの後ろに隠れるように避けてしまう。

 

「すみません、だいぶ人見知りなんです」

 

 ちなみにアインズの昼食は、旅での朝夜だけの食事パターンを崩さないようになどとでっち上げで躱し、シャルティアは食べられるので、この世界の料理の味見も兼ねて幾つか食べてもらった。

 

「そういえば、案内してる時もぜんぜん喋らなかったしね、ごめんね?」

 

 シャルティアが頭を二度ほど上下させてその通りだと頷くと、困ったような顔で小さく笑い頬を掻く。

 

「それじゃあ、依頼完了の手続きを冒険者ギルドでしてもらえれば終わりになります」

 

 依頼金は払ってあるので、ギルドで完了の手続きをし、案内をしてくれた女性冒険者は報酬金を受け取り解散となった。

 

 そのまま予定通り魔法ギルドへと向かう途中。

 

「そういえば、恐怖公に連絡すべきか」

 

 今回、街への侵入をした者はアインズ、シャルティア、恐怖公とその眷属、それと護衛のための隠密に長けたしもべ数名だ。当初は、何かあった際に逃げきれる可能性の高いシャルティアとアインズだけで行く予定ではあった。しかし恐怖公ならばなにかあっても案外しぶとく生き残ってくれるのではないかというのと、もし恐怖公が見つからない、もしくは無事に帰還できるならば今後の行動における一つの目安とも成るだろうということで連れてきた。もちろん恐怖公は不法侵入だ。

 

「〈伝言〉恐怖公、そちらの首尾はどうだ」

 

『これはアインズ様、こちらは順調で御座います。今はこの街で一番高級そうな館にある椅子の上で、眷属たちの報告をまとめているところです。私からのご報告としてはこの館の主と思われるものに、何やら神官らしき女性と中年ほどの男が訪ねてきたくらいで、眷属達の報告は、やはりこの世界の人間は野蛮かと思われるという予想通りのものです。眷属たちが家屋内で見つかった際には、執拗に追いかけてきて殺そうとしてくるとの報告が上がっています。ですが未だこちらの被害は無しとなっております』

 

「その神官たちの会話は覚えているか?」

『はい、ガゼフ・ストロノーフという王国戦士長が死亡したという話で、報告と王都へ急ぎで戻るための馬を借りに来たようです』

(王国戦士長が死亡? 英雄と呼ばれるものではなかったのか……? ただの箔付けのためだけに英雄ということにしておいたとかか?)

 

「場所についてはなにか言ってなかったか?」

『カルネ村という場所だとは思うのですが、正確な位置まではわかりませんでした』

「そうか、ご苦労。引き続きと言いたいところだが、予約してきた宿屋の位置と部屋を伝えるから一旦報告をまとめるために日が沈んだ頃に訪ねてくれ、そこでナザリックへと戻る」

『眷属達はどういたしましょう?』

「帰還させることはできないのか?」

『はい、どうも喚び出した眷属達は帰せなくなっているようです』

「……どれくらいの数になる?」

『街を網羅するには少ないのですが、5万ほどかと』

 

 〈伝言〉の魔法を使って話していても怪しまれないよう路地に入り、露天で買った食べ物をゆっくりと食べるよう指示してあるシャルティアに問いかける。

 

「ルティ、黒棺に恐怖公の眷属5万匹は入るか?」

 

 シャルティアは顔を引きつらせ、食べていた果物を地面に落としてしまう。

 

「は、はいりんせんはずです、いえ絶対に入らないので置いていきんしょう」

「そ、そうか。すまない恐怖公、眷属たちにはそのままこの街の調査をさせておいてくれ。あと眷属の召喚はそこまでにしてくれ」

『畏まりました、では私のみその宿屋に行けばよろしいのですね』

「そういうことだ」

 

 恐怖公に宿屋の位置を伝えた後、しゃがんでいたシャルティアの手を引いて立たせると、落ちた果物に見覚えのある虫が数匹群がっていた。

 

 日はまだ城壁に隠れるまで時間はある。

 

 二度目となる魔法ギルド前へとつくと、扉の左右に掛けられた魔法の光が見える。昼なので分かりづらかったが一日中付いているのだろう。

 

 中には、仕切りで区切られた商談のためのスペースや、カタログのようなものが並んでいるところ、物品の受け渡しをするカウンターのような場所がある。

 

 カタログがあるのは好都合だった。カウンターにいる男に軽く頭のみでの挨拶をすると、分厚い本を1冊手に取る。

 魔法のスクロールのカタログのようだ。王都での取り扱いのみと書いてある物のほうが多いが、効果や値段が書いてある。一通り目を通してみるが見知った魔法の中に見知らぬものが混じっているのを発見した。今の手持ちでは買えて2位階魔法相当のものがぎりぎりだろう。カタログにあるのは3位階の魔法までで4位階のものは見つからない。

 知らない魔法のスクロールは欲しいところではあるが、その数は少なくない上に王都での取り扱いのみと書かれているものばかりだった。今は諦め、何かしらの手段でこちらの世界の通貨を得る必要があると、今後の予定に付け加える。

 

 その後ほかのカタログにも目を通すが、結局、目当てのマジックアイテムは見つからなかった。〈永続光〉が掛けられたランタンなど生活にも使えそうなマジックアイテムや、知っている魔法が掛けられているような指輪、ネックレス、アームリングなどはあったがどれも程度が低く特殊なものでもない。

 

 少なくとも、村で拾った指輪は一般的なものではない可能性のほうが高くなった。

 

「モモン様、あの指輪は王国戦士長なる者だから持っていたのは? そうであれば希少品を持たされていても不思議じゃありんせん」

「かもしれないが、それにしては装備がひどかったようにも思える。あのような指輪をもたせているなら、装備ももっといいものが用意されていてもおかしくはない。国から支給されたものではなく、また別の手段で手に入れたという可能性もある」

 

 宿に向かいながら、あの指輪の出処を考えてみるがやはり今持っている情報だけではさっぱりわからない。この世界の人間の強さや魔法の強さ、モンスターの強さは、街の調査である程度知ることができたが、表立っているものだけだ。それでもある程度の安全確認は済んだだろう、次はもう少し大掛かりに調べ始めてもいいはずだ。

 

 

 日没前、約束の宿屋で恐怖公と合流した。日は完全に城壁に隠れ街は薄暗く、空は赤く染まっている。

 

「アルベドへの土産も買ったし、恐怖公とナザリックへ帰還する。お前はここで待機だ、何かあった時にはすぐに連絡をするように」

「畏まりました、モモン様」

 

 アインズと恐怖公は〈転移門〉の闇へと沈んでいく。

 

 主がいなくなったシャルティアは自らの右手へと視線を向ける。

 至高なる御方の気配はアイテムによって隠されているとはいえ、その本人と一日隣で伴をした、直接触れ合いながらとなればその気持の昂ぶりをここまで抑えたことは、賞賛に値するだろうと思う。

 一人きりになり、気の昂りはこれ以上抑えられそうになかった。

 

「ああ、9時間36分11秒もアインズ様の御手に触れていたでありんす」

 

 右手の指先をくわえ、ちゅるりと吸うようにして濡らすと、そのまま少女の下腹部を覆う布の中へと差し込まれる。シャルティアの夜は始まったばかりだ。

 

 

 

×××

 

 

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ率いる戦士団、国王の直属でありながら、王国では歓迎されない傾向に有る平民から選出された者を含むのは、戦士長の出自が無関係ではないだろう。

 

 帝国兵の鎧を着た者達によってエ・ランテルよりも国境側にある村々が焼き討ちにあっている。王命の元、国民を一人でも救うため――ガゼフ自身は強くそう思っていたはずだ――王国を荒らす不埒者共を一刻も早く国内から排除しなければならない。

 

 数名の村人が生き残っていた。幾つかの村を回り発見した生存者をエ・ランテルまで護送するために馬の後ろに村人をのせ、出来る限り急ぎで走らせる。必ず任務を達成し祝杯を上げる約束をして、次の村へ向かう戦士長達と別れた。

 

 しかしその夜、戦士長は帰ってこなかった。

 

 次の日、早馬を借りて朝日の登る前に戦士長が向かったであろうカルネ村まで行くが、村に着く手前で絶望に包まれることになる。

 

 地面に転がる仲間の兵士たちの死体、その中でも一体目立つものがある。人であった痕跡など一片も残さないように崩された灰の塊。そこに転がる装備を見ればそれが戦士長であることは一目瞭然であった。装備は全員同じものだ、だが、そこに刻まれた傷は違う。最後まで抵抗したあとが見える。鉄プレートの冒険者ですら揃えられそうな鎧には、無数の傷があり、凹みは己の体にも食い込んでいただろう。それでも、鎧すらうまく使いこなす戦士長ならば、性能以上に働いていたはずだ。

 戦士長をよく知るものならば、この鎧を着ていた者こそが王国戦士長ガゼフ・ストロノーフであったと断言できるだろう。

 

 自分が悪いわけでもないのに自責の念に駆られる。戦士長を見捨てたと。どうしようもなかったのだ、戦士長ならきっと帰ってくると信じるしか無かった。もしも、自分がそこにいたとして、戦士長すら殺しうるやつらとの戦いに少しでも違う結果が出ただろうか。戦士長だけにでもまともな装備を付けさせることができなかった国王が悪いのではないか。口に出せば不敬と罪に着せられ死罪も免れないだろうことすら考えてしまう。

 

 都市長が王都へむけた報告が、冒険者『蒼の薔薇』の5人とともに帰ってきた。

 

 彼女らはエ・ランテルに寄らず先にカルネ村を見に行ったという。

 蒼の薔薇のリーダーは復活の魔法が使える。唯一王国が帝国に魔法で勝ることができる面であり、戦士長も復活するのではないかという期待を抱いていた。復活した戦士長とともに帰ってくるのではないかと。

 

 

 

 エ・ランテルの一角、昼には客で賑わうだろう店はまだ空席が多いが、4人の女性が座っているところもあった。

 

「おとといの朝からちゃんと寝てねぇな……、寝るかってところで急に呼び出されたかと思ったらこれだもんな」

「30分寝たから大丈夫、暗さ……忍者だから平気」

「平気、でも太陽の光が痛い、殺されちゃう」

 

 赤と青の双子が平気だと言いながらも、テラスの机に突っ伏している。昼も夜も無く馬で移動していたため、その疲労は相当なはずだ。それがまだ折り返しだと思うと気が重い上に、ポーションやラキュースの魔法の反動がどう出るかを考えるだけでも恐ろしい。

 そんな恐怖とは無関係なメンバーの一人が、仲間に向けるとしては冷たい言葉を発する。

 

「お前はここで寝てから帰ればよかろう、どうせ報告にはラキュースがいれば、というよりもラキュースでなければいけないだろうしな」

「俺だけ置いていくなんて寂しいこと言うなよ、そういえばイビルアイは俺らが寝てる時はなにしてるんだ?」

「夜の街をこの姿でうろついたら怪しいからな、宿屋で横になってる」

「は? 寝れないんじゃないのか?」

 

 昼間でも仮面を付けて頭まで被ったローブ姿というのは、怪しいことこの上ないのだが、それは無視して同僚の生態についての疑問を口にする。

 

「ああ、横になっているだけだ。本を読んだりしていれば朝にはなる」

「なんというか真面目なこった……、んでそこの兄ちゃんなんの用だい?」

 

 報告のために都市長の元へいったリーダーを除き待機していた蒼の薔薇のメンバーに、戦士長は復活できるのかを待ちきれず聞きにきてしまっていた。

 

「すまねぇが、無理みたいだ。死体の欠片でもあればいけたかもしれないらしいが、ありゃ完全に灰になってた」

 

 そのことを単なる兵士の一人に教えた蒼の薔薇の戦士は同僚にこっぴどく怒られていた。

 

 この件に全く関係のない兵士に伝えていたのなら問題になっただろうが、目のついた赤い鎧を着た女戦士は、その兵士が来ている鎧を見て質問に答えてくれたのだろう。

 

 その後、残った戦士団は都市長の命令により王都へと帰還することになった。


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