結局、デス・ナイト騒動により、この日の悟とジルクニフの会談は中止となってしまった。さすがに事態の収集をつける必要があったからだ。
ジルクニフは、自ら頭を下げ悟とラナーに謝る。
「ラナー王女、モモン。隣国の貴人たるあなた方をこのような騒動に巻き込んでしまい大変申し訳ない。今後二度と起こらないように対策を練るつもりだ。話が途中になってしまったが、この続きは後日あらためて歓待の席を設けさせていただく·····」
「いえ。陛下がご無事で何よりでした。皆様もご無事だとよいのですが。ジルクニフ、今日の我々は予定通りご挨拶に伺っただけです。後日ゆっくりと·····そう予定通りにまたお話できたら幸いです」
この騒動については、警備厳重な皇城内で起きたことであり、本来はあってはいけない有り得ないことであり、国としては大失態だ。ましてや来賓に救われるなど論外中の論外である。
この点だけでも、悟達は優位に交渉を進めることもできるが、悟はあえて予定通りという言葉を二度使った。
これは、騒動があったからではなく、予定通りの行動だと告げることで、不問とし悟達には人に漏らすような意思はないという意味だ。
「感謝する」
意図を即座に理解したジルクニフはそう小さく呟き、悟は軽く頷くだけで、聞こえない風を装った。そう、公式には今日は何も起きなかったのである。多数の怪我人については特殊訓練の結果ということにされ、以後話題にすることを禁じらた。
なお、あれだけ暴れ回ったわりに建物にも人的被害もほとんどなかったのは不思議がられたが、その謎を解くことは無理だろう。ちなみに一番被害が出たのは、悟がデス・ナイトを蹴り飛ばして叩きつけた壁である。
そして、二番目はラナーが膝蹴りしたフールーダだったという笑い話のようで笑えない話があったらしい。
「仕方ないわ。私のサトルの危機でしたから。ね? サトル」
「危機だったのっ? 」
悟は気づいていなかったらしい。
そして、後日再度話し合いの場がセッティングされた。
悟の力を見せつけられたジルクニフは、当初渋った悟からの提案をほぼそのまま受け入れる。
(四騎士を超える戦闘力を持ち、あの爺·····フールーダが弟子入りを懇願するような常識外れの存在·····逸脱者を超えた
ジルクニフの王国併呑政策は事実上頓挫したといえるだろう。代わりに、敵に回すと恐ろしいが、味方であればこの上ない頼もしい人物を味方とすることに成功した。
(けっして敵に回してはいけないな·····)
ジルクニフは決意を固めると、真っ直ぐに悟の瞳を見据えながら右手を差し出した。
「モモン、末永くよろしく頼むよ」
「こちらこそ、ジルクニフ」
二人はガッチリと友好の握手を交わし、盟約を結ぶ事になる。
ちなみにこの二人の盟約は生涯破棄されることはなく、ジルクニフが他界した後もその後継者に引き継がれ、代々両家の蜜月は続くことになる。
「師匠、またお会い出来る日を楽しみにしております」
悟達の想定外だったのは、フールーダが弟子入りを懇願してきたこと。それをジルクニフも認め推して来たことで、結局断れなくなり、渋々受け入れざるをえなかった。
「とりあえずは通信教育だな」
などと悟は言ってみたが、魔法なんて教えられはしない。適当な本を解読せよと無理くりな指示を出してある。
王国まで着いてくることはラナーが激しく拒否したし、そもそも帝国から引き抜くような形になってしまうので、フールーダの名声による抑止効果などを考えると色々とよくないだろうと判断した結果だ。
「サトル、甘やかしてはだめですからね?」
「·····わかっているよ、ラナー」
自分以外には·····という意味を込めたラナーの可愛らしい釘刺しに悟は苦笑するしかなかった。
(別にあんな爺さんに嫉妬心を出さなくてもよいのに·····。まあフールーダに関しては放置でよいだろうし、たまに転移魔法で様子見に行けばよいか·····あんまり会いたくはないけどなっ!)
帝国での用をすませた二人はことさらゆっくりと寄り道をしながら陸路にて帰路につく。
「サトル。あっち行ってみましょう」
「行こうか、ラナー」
もはや予定も何もなく勝手きままな自由旅である。
「やれやれ、どれだけ、時間をかけるつもりなのか·····」
報告を受けたジルクニフは首を傾げた。
(まさか·····何かを待っているのか?)
ジルクニフはそんな事を思いついたが、すぐに頭から消したという。
悟達はエ・ランテルからやや離れた開拓村へ立ち寄る。これはラナーが見てみたいというのと、悟自身も領主として気になる部分があったからだった。