法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ベルリンファイル』

各国の諜報機関がいりみだれるドイツ首都ベルリンで、さまざまな活動をおこなう朝鮮人民共和国の工作員がいた。
大使館通訳という立場で動いている妻の疑惑を追い、韓国の諜報員と衝突しながら、工作員は陰謀に巻きこまれていく……


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ヨーロッパを舞台にアジア系キャラクターがメインをつとめるという、邦画『アマルフィ 女神の報酬』を連想させるスパイアクション大作だが、まったく滑らずに映画として成立していた。
彩度を落とした風景にアジア系の俳優がなじみ、アラブ系組織などもかかわってくる物語のため多様な人種に必然性がある。名所旧跡を出していないため、観光のような浮ついた雰囲気もない。


物語は、前半は各勢力の思惑がいりみだれすぎて展開を追うのが大変で、それでいて後半に明かされた真相は単純すぎるとは感じたが、荒涼とした世界観ともども娯楽として悪くない。
何より、貧しい国家の地味な工作員が、外国の片隅で隠れるように仕事をしているという状況設定がいい。先日に感想を書いた『誰よりも狙われた男*1とも違って、アクション大作ではありつつ、やはりハリウッド映画には出せない味わいがある。
もちろん冒頭や後半は現代韓国映画らしい肉弾戦や銃撃戦が展開されるが、工作員と妻の生活はつつましい。韓国の諜報員もふくめて、強国の意向に左右される分断国家の末端にすぎず、その衝突はコップの中の嵐にとどまる。それが落ちついた文芸映画のようなトーンを作りだし、不安定な立場におかれた家族のドラマに説得力をもたらしていた。


状況設定のため、活動している諜報員の数が少なくても自然で、適度に物語のスケールが小さくなり、映像リソースに不足を感じさせない。名所旧跡に見どころをたよって低予算で背伸びするような貧乏くささがない。緻密で濃厚なアクションが地味な舞台と対比的に映える。
カーチェイス等のアクションは期待にこたえる充分な質と量があるし、住宅街で展開される脱出劇はアイデアたっぷり。ややVFXは3DCG臭さが目立つものの*2、アクションゲーム的なシチュエーションに適合していて、奮闘する俳優の肉体性で実在感も確保されている。いうなれば『新感染 ファイナル・エクスプレス』でも感じた「ゲームの山」*3といったところで、問題を感じさせない。

*1:『誰よりも狙われた男』 - 法華狼の日記

*2:担当した4th Creative Partyは韓国トップクラスの会社で、近年は『隻眼の虎』『オクジャ』等の動物CGで注目されている。

*3:『新感染 ファイナル・エクスプレス』 - 法華狼の日記で説明した。『GOEMON』で紀里谷和明監督が目指した方向性に近い。『GOEMON』 - 法華狼の日記

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  • 導入が入り組んでいて初見ではわかり辛いって事や、ミョンスとが全部悪いっていう元も子もない真相、あと、「スパイが暗躍した東西冷戦中の分断されたベルリンのイメージ」から舞台をベルリンにしたと監督は語っているが、ロシア人武器商のアラブ系テロリストを相手にした密貿易にモサドやCIAが出張ってきて終いには銃撃戦すら起きてしまう大事が起きている割に連邦刑事庁や憲法擁護庁といった現地ドイツの司法・情報機関が一切出てこないのであくまで舞台の一部として扱われている程度にしか見えず、途中からロケーション先の過半を占めたラトビアに舞台を移してもストーリーの進行的に問題なく思えてくるのは何とも。(ついでに言わせてもらうなら、分かりやすさなんだろうけど「北韓」って言ってるのを字幕で「北朝鮮」に変えるなよ)

    とはいえ、中盤に真相が明らかになってからの加速する展開や、ヒゲを生やした田村淳みたいなミョンス(プロットではジョンソンとはジョンヒを巡る三角関係を設定されていたらしい)の悪党っぷりがキャラ立ちしている事、タクティカルロニピストルカービンキットというあんまり見ない小道具が使われていたりする銃撃戦(特に終盤の視界の悪い草むらでの戦いは秀逸)と、どこぞのゼロレンジコンバットを彷彿させる手刀主体の迫力ある格闘戦の見応え、そして組織内での主導権争いで、ようやく分かり合えたジョンヒと腹の子を喪い故国から追われる身になったジョンソンの悲哀は、ナチスに次ぐフリー素材の悪と化した朝鮮民主主義人民共和国に所属するスパイという背景を単純なキャラクターにしないものとして機能していたのが良かった。

  • id:hokke-ookami

    >連邦刑事庁や憲法擁護庁といった現地ドイツの司法・情報機関が一切出てこない

    あー、そこはちょっと残念感はありましたね。出張ってくるべき後半は無人地帯で戦うこともあって勢いで誤魔化せてはいますし、『誰よりも狙われた男』とあわせて見ると想像で補完(?)もできますが(笑)。

    >(ついでに言わせてもらうなら、分かりやすさなんだろうけど「北韓」って言ってるのを字幕で「北朝鮮」に変えるなよ)

    せっかくの北朝鮮視点の表現なんですけどね>北韓
    あとそれは北朝鮮側が望まない「北朝鮮」という略称が定着してしまっている日本社会の問題でもあるんでしょうね。「DPRK」という中立的な略称もあるのですが、あまり定着していないので可読性を損ねやすい。

    >ヒゲを生やした田村淳みたいなミョンス

    いかにも冷徹なサイコパスでも、強面の超人でもない、一見すると三枚目だからこそのギャップが良かったですね。普通に疑わしいのだけど、まさか全ての黒幕とは思わせない。

    >ようやく分かり合えたジョンヒと腹の子を喪い故国から追われる身になったジョンソンの悲哀

    その結末が、いかにも「俺たちの戦いはこれからだ」でありつつ、ちゃんとドラマとして完結している雰囲気はあり、ある種の反撃的な爽快感すらあったのも良かったですね。

    >ナチスに次ぐフリー素材の悪と化した朝鮮民主主義人民共和国

    そこはまあ現代韓国映画ですから、陰影を描くこと自体は意外ではないと思います。ただ同民族だから単純化しないというだけではなく、描写過剰ゆえに日帝すらも複雑な側面を描こうとする。

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