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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第4章

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バーナード視点②

 神器《鮮血の革命旗》。

 聖女アンヌが創り出した、恐らく史上最強の軍勢強化用の神具。

 かつて聖女アンヌが貴族に虐げられた民衆を率いて王都を落とした際には、農民が振るう鍬が兵士の鎧を貫き、麻の服が兵士の剣を防いだと伝えられている。

 なら、れっきとした兵士がその加護を受けたら? その答えが、今目の前にあった。


「っ、ぐぐ……っ!」


 私が聖杖公聖下より貸与された神器《聖剣シューブラムト》の切れ味は、そこらの神具の武器とは比べるべくもない。

 見たところ、目の前の男が握る剣は帝国の正騎士剣。つまり、一般的な強化が付与されただけの量産品だ。

 この程度の神具なら、本来一撃で圧し折れるはずが……今は逆に押されてしまっている。


「っ!」


 その時、目の前の男から神力の揺らぐ気配がした。


(しまった! この男も傀儡兵。この状況からでも神術を放てるのか!)


 今から詠唱していてはとても間に合わない。周囲の仲間も、敵の予想以上の手強さにまだ混乱状態。援護は望めない。


(ならば……っ!)


 私はフッと鋭く息を吐くと、グッと剣を押し込み、次の瞬間体ごと剣を引いた。

 2人の剣が離れ、すぐさま頭上に剣が降って来る。

 だが、問題ない。私はこの一瞬の間を作り出したかったのだ。


 神器《聖剣シューブラムト》に込められている神術は、その名を“明鏡(めいきょう)”という。

 その効果は、剣に加わった衝撃の一部を一定時間蓄積し、接触と同時に解放するというもの。

 先程の鍔迫り合いで、剣には十分衝撃が蓄積された。そして、一瞬剣が離れたことで、それを解放可能な状態に移行した。これなら……


「オオッ!!」


 のけ反った体勢からの斬撃。上からの、体重の乗った斬撃に対抗できる威力など出せるはずもない苦し紛れの一撃。だが……



 バギィ!! メギャッ!!



 私の剣は、先程は欠けさせるので精一杯だった相手の剣を容易く圧し折り、そのまま相手の鎧を大きくへしゃげさせた。


「ぐ、ごぶっ」


 衝撃で吹き飛び、膝をついて血を吐く男に、私は容赦なく次撃を叩き込んだ。

 今の強化された一撃の衝撃を再び蓄積した私の剣は、容易く男の命を刈り取る。

 そう、この聖剣に蓄積した衝撃は時間経過で徐々に霧散するものの、“明鏡”によって強化された斬撃の威力を再吸収することで、次の攻撃を更に強力なものとすることが出来る。つまり、一定時間内で連撃が続く限り、この聖剣は無制限に剣撃の威力が引き上がるのだ。


「一気に蹴散らす! 援護しろ!!」

「「はっ!!」」


 瞬く間に左右の敵を叩き切ると、救出した仲間に援護を頼む。

 ここからは、いかに連撃を途切れさせないかが肝だ。

 仲間には敵の足止めを任せ、動きが止まった敵を次々と斬り倒していく。

 少しずつ剣撃の威力が引き上がり、最初は剣を欠けさせるのみだった一撃は、やがて鎧を容易く切り裂けるようになり、遂には鎧ごと敵を両断できるようになった。


「はあっ、はあっ」


 だが、剣撃の強化は無制限でも、私の体力は有限だ。

 続けざまに15人も切り伏せた時には、もう息も絶え絶えになっていた。

 それでも、これで敵の先鋒は大体潰せ──


「ぬっ!?」

「隊長!?」


 突然、脇腹を思いっ切り殴りつけられたような衝撃が走り、私はよろめいた。

 なんだ? 神術による攻撃か? どこから──


「がっ!?」


 術者を探そうと視線を巡らせたところで、今度は頬に衝撃が走る。

 兜のおかげで大して痛くはないが、頭部への不意の攻撃に視界が揺れる。

 その隙に、敵兵の1人が切り掛かって来た。


(マズイ、視界が……っ!)


 萎えた腕を持ち上げてなんとか剣を構えるが、間合いが上手く掴めない。


「隊長!!」


 視界が大きな背中と盾で遮られ、その向こうでギャイィンという激しい金属音が響く。重装騎士の1人が助けに入ってくれたのだ。


「ぬ、ぐぐぅ……っ!!」


 盾の向こうで金属音が響く度に、騎士の体が押し込まれる。

 騎兵の突進すら一歩も引かずに受け止める重装騎士が。盾の表面に対物障壁を展開した上でなお。


 その時、敵の妨害を掻い潜って術師達の神術が発動した。

 敵の前衛の中央で電光が爆ぜ、周囲の敵兵に次々と感電していく。

 いい判断だ。電撃攻撃なら、失神させることは出来ずとも筋肉の痙攣で一時的に動きを鈍らせることが出来る。

 最前線にいる私にも余波が来たが、少しピリッとした程度だ。この程度なら戦闘に何の支障もない。


 私は電撃が収まると同時に重装騎士の背後から飛び出すと、盾に剣を叩きつけた体勢で固まっている敵兵の首に、真横から剣を突き込んだ。

 そして、剣を抜くや否やすぐさま次の敵へ──


「ぐふっ!?」


 向かおうとしたところで、またしても腹部に殴り付けられたような衝撃が走った。が……


(見えたぞ! そこか!)


 警戒していたこと、何より周囲の敵が一時的に止まっていたことで、術者が分かった。

 あそこだ。あの、片膝立ちでこちらをじっと見ている、ぎょろ目の男!


 気付くと同時に、私は腹部の痛みに歯を食いしばりながらも、見付けた男に左手の人差し指と中指を揃えて向けた。

 そして、重装騎士に守られながら密かに詠唱しておいた神術を発動させる。


 火属性下級神術“火矢”


 指先から放たれた二の腕ほどの長さの火線が、狙い違わず男の顔面に命中する。

 聞くに堪えない悲鳴を上げて身悶える男に止めを刺そうとするも、周囲の敵兵がそれを許さない。

 真横から飛んできた斬撃を大きく飛び退いて躱し、着地と同時に踏み込むと、正面からその首を刎ね飛ばす。

 そして、勢いそのままに半回転し、背後から迫っていた敵の剣を腕ごと斬り飛ばす。


「ぶはっ! はあっ! はあっ!」


 その敵に止めを刺したところで、ようやく止めていた息を吐き出す。

 同時に腹部の鈍痛が蘇るが、なるべく意識しないようにして周囲の様子を確認する。


 見たところ、先程の電撃で相手の動きが鈍っていることもあり、今は味方が優勢のようだ。

 相手が割と外連味けれんみのない単純な動きしかしないこともあって、上手く相手の剣を躱して少しずつ傷を負わせていっている。

 だが、状況はよくない。騎士達が持つ剣では、なかなか相手に致命傷を与えられていない。それほどまでに、《鮮血の革命旗》による強化が凄まじいのだ。

 これはマズい。所詮人間が技で埋められる身体能力差には限界がある。技術でその差をいくらでも埋められるなら、そもそも人類は神術などなくとも害獣を駆逐できていただろう。それだけ身体能力の差というものは大きい。


 一般的に、兵士同士が接近戦をする時、強化の等級が1つ違うだけでまず勝てないと言われている。

 こちらには騎士全員に下級、私含む一部の騎士には中級の身体強化が掛けられているが、向こうは恐らく全員に最上級……いや、伝承によれば、《鮮血の革命旗》は距離が近いほどより強力な強化が施されると聞いたことがある。もしかしたら旗の下にいるであろうゾレフとその護衛には、それ以上の強化が施されているかもしれない。

 この戦いは、そのゾレフを討ち取ることが唯一絶対の目標なのだ。こんなところで手古摺っているようでは、到底勝利は掴めない。


(かくなる上は……)


 私は数秒で決断を下すと、後退しながら大声で叫んだ。


「全体横列陣形!! 重装騎士は下がって術師団を守れ!! 術師団は赫の準備を!!」

「「「「「っ、応!!」」」」」


 これだけ両軍が密接した状態で、しかも背後にも敵がいて退くことも出来ない状態での最上級神術の発動準備。普通なら愚策もいいところだ。

 だが、近接戦なら蹴散らせるという目論見が外れた以上、これしかない。今こちらが敵に勝るところなど、行使できる神術の強さくらいしかないのだから。

 恐らくだが、傀儡兵は剣技と同様、神術もその身に染み付いた一部の神術しか使えない。現に、先程から敵の傀儡兵は合同詠唱による大規模神術は一切使っていない。全て、一人ひとりが個別に神術を発動させているのだ。


(ならば……結界が消えた今、多人数による大規模神術を防ぐ手段はないはず。問題は……)


 この強化された傀儡兵を相手に、術師の援護なしに最上級神術発動までの時間を稼げるか、だ。

 だが、やるしかない。


「騎士の中でも神術が得意な者は下がり、敵の神術の相殺に専念しろ! 残りの騎士は死ぬ気でこの場を守り切れ!!」


 そう叫ぶや、私は真っ先に最前線に躍り出た。

 未だ麻痺から回復し切れていない敵兵を、次々と斬り捨てていく。と……


「ぐあっ!?」


 3人斬ったところで、肩口に衝撃を感じた。これは……


(くそっ! 仕留めきれてなかったのか!?)


 反射的に振り向くと、先程“火矢”を撃ち込んだ男が、頭部に大火傷を負いながらもこちらに視線を向けていた。


(喉は焼け、目もほとんど見えていないだろうに……傀儡兵にとってはお構いなしか!)


 直後、またしても腹部に衝撃を感じた。

 息が詰まり、思わずよろめいてしまう。


「隊長!!」


 と、視界の外から飛来した剣が、こちらを見る男の首筋に突き立った。

 神器による強化のせいで貫通はしなかったものの、頸動脈には届いたらしく、男は首から夥しい血を吹き出しながら倒れる。


「すまない! 助かっ──」


 礼を言おうと、振り返ったその先で。


「ぐ、あぁぁっ!!」


 剣を失った部下が、傀儡兵に斬り倒された。


「っ! くそっ!!」


 悪態を吐き、反射的に仇を取ろうと踏み出すも、真横から新手が襲い掛かって来て咄嗟にそちらに対処する。


「くっ、オオッ!!」


 上段から振り下ろされた剣を、斜めに構えた剣の上を滑らせるように受け流し、そのまま真横に薙ぎ払い、首を刎ね飛ばす。


(集中しろ! 目の前の敵だけに! とにかく詠唱の時間を稼ぐんだ!!)


 自分を叱咤し、私は前方の敵にのみ意識を集中させた。

 周囲で聞こえる仲間の悲鳴も、撃ち落とし損なった敵の神術が自陣で炸裂する音も意識から外し、ただひたすらに襲い掛かってくる敵を斬り続ける。

 段々と腕は重く、息が苦しく心臓の音が異様に大きく聞こえるようになってくる。


「ぐぅっ!?」


 足がもつれ、避け損なった敵の斬撃が、私の左腕を深々と切り裂いた。


「アァッ!!」


 獣のような声を上げながら、もう刃筋など気にせず、右腕だけで半ば振り回すようにして剣を振るう。

 そんな雑な斬撃でも、“明鏡”によって強化された聖剣は容易く敵を両断した。


「オオオッ!!」


 もはや型などない。ただひたすらに襲い掛かってくる敵に剣を叩きつける。

 そんな乱暴極まる戦いを続ける私を止めたのは、副官の切羽詰まった叫び声だった。


「隊長!! 奴が、来ます!!」


 その声に弾かれるように振り返ると、そこには──血の海に沈む数十名の仲間を背後に、猛然とこちらに駆けて来る先帝の姿があった。


(くそっ! マズい、どうする? 術師団の詠唱は……間に合うか? いや)


 私は一瞬で決断すると、副官に叫んだ。


「私が行く!! 盾を!!」

「っ、はっ!!」


 そして、盾をこちらに構えた副官に向かって全力で駆けると、寸前のところで跳躍し、盾の上に足を掛ける。


「ハアアッ!!」


 すかさず副官が、後方に投げるようにして盾を跳ね上げる。

 その勢いを余さず利用し、私は一足飛びに自陣を飛び越えると、術師団の更に後方へと着地した。


 私1人で先帝に勝てるとは思わない。だが、あの神器と秘術の相手が出来るのは、同等の神器を持つ私だけだ。

 幸い術師団の詠唱はあと少しで完了する。そのわずかな残り時間くらいは、なんとか稼いでみせる!


「オオアアァッ!!」


 向かってくるのを待つ時間が惜しい。時間が経てば経つほど、聖剣に蓄積された威力が減衰する。

 私は怖気を振り払うように叫ぶと、自ら先帝に向かって駆け出した。

 怖い。私のことなど一撃で肉塊に変えられてしまうだろう圧倒的暴力を前に、生存本能がガンガンと警鐘を鳴らしている。だが、逃げる訳にはいかない。


(来るっ!!)


 お互いの間合いに入る直前、先帝がその手に握る大剣を斜めに振りかぶった。

 同時に、私は走りながら詠唱していた神術を発動し、右腕のみに全力の強化をした。


「オオッ!!」


 そして、頭上から降って来る大剣に全力で右腕を振り抜いた。

 互いの神器がぶつかり合った瞬間、凄まじい衝撃が右腕を駆け抜け、周囲の草花が余波で薙ぎ倒される。


「ぐ、おおっ!!」


 衝撃に耐え切れず、その場に膝を屈してしまう。それでもなんとか右腕だけは折れないよう全力で掲げ続ける。


「ぬ、ぐああぁぁーーー!!!」


 ひどく長く感じる数秒間。衝撃に耐えかねた右腕があちこちで裂け、血が滴るのが分かる。

 だが、次の瞬間、ふっと剣に掛かる重圧が緩んだ。


(耐え切った! いや、まだだ。今の威力を乗せた一撃で、すぐさま反撃する。この男を仕留められるとしたら、もうここしかない!!)


 “崩天撃”の威力を吸収した今の《聖剣シューブラムト》なら、先帝にも通用するはず。

 そう考え、反撃に転じようとしたその時。


 こちらを見下ろす先帝と、正面から目が合った。

 そして、視線の先でその口がゆっくりと動く。


「天を、崩せ」


 その言葉が、静かに戦場に響いた瞬間。

 右半身を衝撃が駆け抜け、私は血飛沫を撒き散らしながら宙を舞った。

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