バーナード視点①
私は2つの部隊を引き連れて、道中で散発的に襲い掛かって来る敵を蹴散らしながら内壁の南門に向かうと、素早く部下が連れていた愛馬に跨った。
馬に乗るのは、私含む一部の指揮官のみだ。騎士のみの電撃戦ならともかく、術師も連れた集団戦では、機動力があり過ぎると術師の援護が追い付かなくなる。
だから、今回に関しては馬は戦力ではなく、高所から戦場を見渡すための足場として使う。
「総員、傾聴!!」
兜を外して声を張り上げると、隊の注目を集める。
ここに来るまでの間に、作戦の確認は済ませてある。ここでやるのは、最後の意思確認。戦場に向かう覚悟の確認だ。
「これより我々は、聖地を汚す賊の掃討に向かう! ここから先は死地だ! この門を出たが最後、敵を全滅させるか、戦場に果てるかの2つに1つと心得よ!! 故に! 私はこの場で今一度諸君らの覚悟を問う!! 許す、覚悟無き者はこの場に残るがいい! 死を覚悟した者だけ付いてこい!!」
そうして馬首を翻すと、前だけ見て叫んだ。
「行くぞ!!」
私の言葉に、背後から頼もしい雄叫びが上がる。
背後を確認する無粋はしない。私は馬の腹に蹴りを入れると、振り返ることなく出撃した。
各々詠唱を行いながら門から出ると、騎士を前に、術師を後ろにして隊列を組む。
そして、速やかに隊列を組み終わると同時に神術を発動。最前列にて大盾を構える重装騎士が各種防御系神術を、後列の術師が前列の騎士に各種強化系神術を掛ける。
更には最後列の術師が発動した光属性神術が中空に眩い光球を生み出し、夜闇に閉ざされた戦場を明るく照らす。
人工の光によって照らし出された戦場。そこにいたのは、一塊になってこちらに進軍してくる300人超の集団だった。
こちらが打って出たのを見て、散発的に戦力を送り込んでも各個撃破に遭うだけだと悟ったのか、先行していたと思われる兵も続々と本隊の方へと引き返している。
が、わざわざ敵が合流するのを待つほど私はお人好しではない。
「全体前進!! 術師団は遠距離攻撃で突出した敵兵を撃破せよ!!」
整然と敵に向かって進軍しながら、各分隊長の指示の元、こちらに背を向けて撤退する敵兵に向けて光線が走った。
神力消費の激しい広範囲神術は避け、一部の狙撃を得意とする神術師による必要最低限の遠距離攻撃。
大半の者にとって対人の実戦はこれが初めてのはずだが、厳しい訓練を受けた術師達は正確に敵を撃ち抜き、確実に敵戦力を削っていく。
半数くらいは敵の結界内に逃げ込まれたが……それでもこれで、多少は人数差を埋められた。
向こうは見たところ300人と少し。こちらは術師が100の騎士が130。人数ではまだ負けているが、個々の練度はこちらの方が勝っているはず。
「全速前進!! 結界をぶつけて敵の結界を無力化する! 重装騎士と術師は結界の維持に集中せよ!!」
結界系の神術同士がぶつかった場合、基本的にはより強度の高い方が優先され、強度で劣る結界は無力化される。
なぜなら、ほとんどの結界は外部からの攻撃を遮断すると同時に、
一方からの攻撃を通す結界と、阻む結界。相反する力が衝突した結果、強度で劣る方が無力化されるのだ。
そして、寄せ集めの傀儡兵が発動する結界と神殿騎士並びに術師が発動する結界。どちらが勝っているかは言うまでもない。
気を付けるべきは破魂の呪術師ゾレフの精神系神術だが、結界を張って一定の距離を保ってさえいれば精神系神術はそこまで怖くはない。
(接近して結界を無効化し、中距離からの全力攻撃で一気に畳み掛ける!!)
部下に前進を指示しつつ、私も来るその時に備えて雷属性広範囲神術の詠唱に入った……その瞬間。まるで投石機で打ち出されたかのように、放物線を描きながらこちらに1つの人影が飛んできた。
(なんだ? あんな勢いで飛んで来たら……対物結界に衝突した衝撃で死ぬぞ? いや、相手は死をも恐れぬ傀儡兵。なんらかの自爆攻撃という可能性も……)
私と同じ危機感を抱いた者が、術師の中にも何名かいたらしい。
こちらに飛来する人影に向けて、後方から2発の炎弾と1発の電撃が放たれた。
人間1人を殺すには過剰な威力の攻撃が、空中で身動きの取れない人影に殺到。こちらの結界のすぐ外側で直撃した。
「見事」
高速で動く小さな的に、この一瞬で正確に照準を合わせた術師達の腕に思わず称賛が漏れる。が、その声は直後上空で響いた、空間そのものがひしゃげるような破砕音に掻き消された。
「なん──っ!?」
爆炎を背に、人が降って来る。
大柄な男だ。一目で分かる鍛え抜かれた肉体。そして、それが見せかけだけではないことが否応なく分かる、凄まじい密度と威圧感。
その身にはピタリと肌に張り付くような茶色の革鎧を身に着け、その手には身の丈を超えるような巨大な大剣が……
「避け──」
私が警告を発するよりも早く、男の向かう先にいた騎士達が動き始め。それよりも早く、男が大上段に振りかぶった大剣を隊列の真ん中に叩き込んだ。
轟音。破砕音。地鳴り。粉塵。
「ヒヒィーーン!」
「どう、どうどう!」
近くで起きたそれらに驚き、暴れる馬を落ち着かせようとしている間に、もうもうと舞い上がる粉塵を切り裂いて奔った凶悪な斬撃が、周囲にいた騎士数名をまとめて両断した。
「距離を取れ!! 重装騎士第2分隊! 一旦下がって襲撃者を囲め!! 術師第3分隊は奴に集中砲火!! 各分隊の両隣の分隊はその穴を埋めろ!!」
私の兜には、拡声と、着用者の言葉にわずかながら強制力を持たせる効果が付与されている。
そのおかげもあってか、この予想外の事態に対しても部下は素早く対応してくれた。
襲撃者を中心にざざっと人が引き、空いた隙間に最前列を離れた重装騎士10名がなだれ込み、襲撃者を包囲しようとする。
が、止まらない。
周囲の騎士が剣や神術で牽制し、距離が出来たところに重装騎士が体を割り込ませようとするのだが、そもそも騎士の牽制が意味をなしていない。
剣の群れも、土で出来た
男がまるで棒切れでも振るかのように大剣を振るう度、凄まじい衝撃音と破砕音を伴って人体が宙を舞う。剣も、鎧も、まとめて圧し折られ、叩き潰される。
まるでネズミの群れに飛び込んだ虎のようだ。ネズミがどれだけ足掻こうが、その蹂躙を止めることなど出来ない。
「隊長! こちらに近付いてきます! 如何いたしますか!?」
「くっ……」
完全に予想外だ。まさかこんな、たった1人で戦況を左右できるような英雄級の戦力が向こうに控えているとは。
と、その時、群れを成す味方の隙間から、こちらに向かってくる男の顔が一瞬はっきりと見えた。
「なっ! 馬鹿、な……っ!?」
「隊長?」
そんな、まさか……だが、あの顔は確かに……
「先代皇帝、フェイグン・リョホーセン……っ!!」
「なっ……」
そんな、ありえない、なぜ……
混乱の極みに達した私の脳内で、意味のない否定と自問があふれかえる。
その時、なんとか重装騎士の包囲が成功した。
男を遠巻きに囲むと同時に、全員で防御壁を展開。強固な五重の壁で男を隔離する。
この程度の壁でこの男を封じることなど出来ないのは重々承知。
現に、五重に張った壁の内2枚が、瞬く間に一撃で粉砕される。
だが、一瞬でも隔離が出来ればそれで十分。
「撃て!!」
分隊長の命令に合わせ、術師第3分隊の合同詠唱による上級神術が炸裂する。
雷属性上級神術“轟雷”。中空から降り注いだ雷撃が空を裂き、男に直撃する。
だが、私はその結果を見届ける前に新たな指示を飛ばしていた。
「神術による直接攻撃は効果が薄い!! 水や風で窒息を狙え!!」
その指示を出した直後、私の言葉を証明するように、またしても防御壁が砕ける音が響いた。
普通の人間なら消し炭になること確実な一撃をまともに受けて、ほとんど効いた様子がない。
「やはり“竜殻”……っ!」
皇帝家の秘術。高度な身体強化に加え、神術による攻撃を無効化する究極の白兵戦用神術。
間違いない。やはり、あの男は先代皇帝だ。しかも……
「《崩天剣》と《竜帝鎧》まであるのか!!」
神器《崩天牙戟》を模して造られた2つの神器の片割れである《崩天剣》と、皇帝即位の際に咬砕竜ゴルグ・ナグオンの外皮を用いて造られる、“竜殻”を補助、強化する皇帝専用装備《竜帝鎧》。
この2つが、ただでさえ強力な先帝の戦闘力を飛躍的に向上させている。その上傀儡化された影響か、“竜殻”を維持したまま無詠唱で“崩天撃”を連続行使出来るようだ。
「ギャアァァ!!」
「くそっ!」
術師が新たな神術を発動させる前に、重装騎士の包囲が破られた。
防御壁を砕かれ、包囲の一角を担っていた騎士に大剣が叩き込まれ、轟音と共に吹き飛ばされる。
神具の盾は両断寸前の状態まで変形し、鎧の胴体部分も大きく陥没している。あれはもう助からないだろう。
(くそっ! このままでは乱戦状態になる。それに……)
今こうしている間にも、敵の遠隔攻撃は続いている。
破られたのは対物結界だけなので、今のところ炎や雷、光といった属性攻撃は遮断出来ている。だが、結界の外から飛来する石の礫が地味に効いている。このままではじわじわと戦力を削られるだけだろう。
(やむを得ん!!)
私は数秒の思考の末に決断すると、新たな指令を叫んだ。
「重装騎士第2分隊、術師第3分隊、それに騎士第6分隊はその男を抑えよ!! 残りは楔形陣形で前進!! 敵本隊に突撃し、速やかに術者ゾレフを討ち取る!!」
非情な決断だ。3つの分隊からは、見捨てられたと言われても仕方がない。だが……
「「「「「はっ!!!」」」」」
各分隊は、私の命令に間髪入れず答えてくれた。その意志と覚悟に感謝しながら、素早く陣形を組み替える。
私含む騎兵と軽装騎士を前に、重装騎士は後方の術師を守るように布陣。
こうなったらもう時間との勝負だ。時間が経てば経つほど、前方の本隊と後方の先帝とに挟み撃ちされる可能性が高くなる。そして、そうなったら我々の勝ち目は限りなく薄くなるだろう。
それを避けるために一刻も早く接敵し、傀儡兵を操る敵首魁、ゾレフを討ち取る。
「行けぇぇぇーーー!!!」
「「「「「うおおおぉぉぉぉーーー!!!」」」」」
術師による強化や援護射撃を受けながら、敵本隊へ突進する。
その時、不意に愛馬の足並みが乱れた。
「っ! おい、どうした!?」
必死に手綱を操るが、どうにも様子がおかしい。
いや、私の愛馬だけではない。周囲の騎兵全員の馬が、一斉に暴れ出している。
それだけでなく、先頭の騎兵が足を止めたせいで、隊列全体が混乱してしまっていた。
「どう! どうど──」
「ヒヒィィーーーン!!」
「う、おっ!?」
遂には愛馬が棹立ちになり、私は馬上から振り落とされてしまう。
なんとか受け身を取るも危うく頭を踏み砕かれそうになり、背筋がヒヤッとした。
「ブルルルルーーブルッ!!」
「うわぁ!?」
「危ない!!」
「離れろ! 離れるんだ!!」
暴れる愛馬は、とうとう周囲の兵を見境なく攻撃し始めた。明らかに尋常な様子ではない。
(一体、どうしたんだ……まさか!?)
まだ遠くに見える敵本隊をバッと振り返る。
敵本隊は、その場から全く動く様子がない。陣形の中央に1本だけポツンと立つ旗がたなびく以外は、動きらしい動きがない。今は、それが却って不気味だった。
周囲で暴れ回る馬を注視する。すると、全ての馬に覚えのない神術の痕跡があることに気付いた。
直感的にその正体を察し、警告を発する。
「ゾレフの精神系神術だ!! 奴の神術はこの距離でも届く!!」
それは最悪の推測だった。
結界に守られ、尚且つこれだけの距離があってもなお術が届くなら、これ以上接近すれば確実に人間にも有効な精神系神術が飛んで来る。そして、それに抗う手段がこちらにはほとんどない。
「馬を斬れ!! 馬はもう奴の術中、手遅れだ!!」
叫ぶや否や、心の中で謝罪の言葉を述べながら、自らの愛馬の首を一撃で切り落とす。
周囲で同じように暴れ馬の処理が行われたのを確認してから、私は再び叫んだ。
「ここから先はもういつ奴に操られてもおかしくないと思え!! いいか、異状を感じたらすぐ周囲の者に伝えよ!! そして、周囲の者はすぐさまその者が仲間に危害を加えないよう処理せよ!!」
それは、いざとなったら隣にいる仲間に刃を振るえという命令。
今度の命令には、即座に返答が来なかった。
なので、私の覚悟を伝えることで仲間を鼓舞する。
「もし私に何かあれば、以降は各分隊長に従って動け! 目標はただ1つ、ゾレフの首だ!!」
「「「「「っ、応!!」」」」」
「行くぞ!!」
「「「「「オオオォォォォーーー!!!」」」」」
ゾレフの攻撃が飛んで来たのは、それからすぐだった。
「ぐ、おっ!?」
「隊長!?」
黒い光。
それを認識した直後、一瞬視界が飛んだ。
「ぐ、ううぁぁぁ!!」
唇を噛み切り、強引に意識を引き戻す。もつれそうになる足を叱咤し、なんとか前に進む。
「隊長! 大丈夫ですか!!」
「っ、ああ……なんとか耐えた。だが、今のを何度もやられたらマズいかもしれん。その時は……任せたぞ」
「っ、はい!」
鎧に付与された魔属性神術耐性に助けられた。だが、これ以上距離が縮まれば耐えられなくなるかもしれない。
(いや、まだ耐えられる。むしろ耐性がある私に攻撃が集中した方が──)
そう思った直後、左の方から苦しげな声が上がった。
「やら、れた。俺はもう駄目だ。頼む、誰か──」
それに続いて絶叫が響く。それは操られた者の悲鳴か、仲間を手に掛けた者の慟哭か。
周囲で次々と上がるそれらに胸が潰れそうな痛みを感じながら、それでも前だけを見て進む。
そして、遂に双方の結界がお互いの有効圏内に入った。
結界同士が反発し合い、一瞬の拮抗の後、双方の結界が同時に消滅する。
(相殺……結界の維持に割く分を攻撃に向けたせいか。いや、押し負けなかっただけ重畳。ここからは……)
双方、出し惜しみなしの全力勝負!!
直後、地面全体に神力が広がったと思ったら、地面が不吉な振動を始めた。
(土属性広範囲攻撃! やはり準備していたか!! だが……)
敵の神術が完全に効果を発揮する前に、それを上書きするように放たれた味方の神術が、力尽くで地面の振動を抑え込む。
続いて空気が急激に熱を帯び始めるが、それも仲間の神術がすぐに打ち消す。
(よし! 対応出来ている! あとは我々が──)
接近戦で切り崩す……と、思った瞬間。気付いたら目の前まで敵が迫っていた。
「なんっ──!?」
尋常な速さではない。一瞬で距離を詰められた。
驚きつつもすぐに剣を構え、敵の剣を迎撃する。
いくら身体能力が高くとも、私の神器《聖剣シューブラムト》ならば、敵の剣ごと両断できる……という予想は、次の瞬間あっさり裏切られた。
ギイィィィン!!
「な、に!?」
斬れない。いや、わずかに刃が欠けてはいる。だが、それだけだ。
「ぬ、ぐっ!」
そのまま鍔迫り合いに持ち込まれ、あまりの圧力に膝を屈してしまう。片膝立ちの状態になってなお押し込まれ、じりじりと剣が肩に近付いて来る。
その時、見上げた私の視界に、ふと敵の掲げる旗が映った。
「なっ!」
そして、そこでようやくその旗の正体に気付いた。
中心に金色の十字架が刺繍された、深紅の旗。
遠目には、真光教団の象徴である光の十字架を表したものだと思っていた。だが違う。あれ、あれは……
「《鮮血の革命旗》……!? なぜ、だ……っ!!」