聖地警備隊分隊長視点
「落ち着いて! 落ち着いてフルメニウス礼拝堂へと避難してください!」
「全員揃ってますか? では、出発します!!」
「行きますよ! 私達が守りますので、焦らずに進んでくださいね!」
部下達が、非戦闘員である孤児院の子供達やシスター、神父達を連れて移動を開始する。向かう先は、中央の大神殿を除けばこの聖地で一番の収容力と防衛力を持つフルメニウス礼拝堂。
この聖地に対する大規模な侵攻が行われるとしたら、それは大神殿が狙いである可能性が極めて高いという予測に基づいた避難場所だ。
非常事態における対処法を記した手引書に
(避難訓練など時間の無駄だと、内心馬鹿にしていたが……やっておくものだ)
第一種非常事態宣言など、実際には一生遭遇することはないと思っていたのだが。
そもそも、この非常事態手引書が適用されること自体が一体何十年ぶりのことなのか。少なくとも、私が知る限りでは初めてのことだ。
「分隊長! 向こうの通りから敵が2名来ます!」
「分かった! すぐ向かう! そこの3人、付いてこい!!」
「「「はっ!」」」
部下3人を連れ、非戦闘員を巻き込まないよう急いで迎撃に向かう。
移動を開始して間もなく、予想よりも早く接敵する。その移動速度からして、襲撃者は神術によって筋力を強化しているようだ。
(神術師か? いや、この2人は非神術師で、術者は別にいるという可能性も……いや、どちらにせよまずは!)
私は腰に付けた袋から煙玉を1個取り出すと、襲撃者との中間地点に向かって投げつけた。
地面に当たり、破けた煙玉から一気に煙が拡散し、通りの端まで埋め尽くす。
「訓練通りだ! 2人掛かりで確実に仕留めろ!!」
「「「はい!」」」
我々非神術師が、神術師を相手にする場合の鉄則。まず、敵の視界を潰して射線を取れないようにする。その間に詠唱できない距離まで接近し、接近戦で速攻を掛ける。
もちろん我々も敵の位置が掴みにくいが、普段から視覚に頼らずに戦う訓練は受けている。落ち着いて二手に分かれ、音を頼りに、2人の襲撃者を2人組で迎え撃つ。
「ふんっ!」
「っ!」
先手必勝、と私が正面から振り下ろした剣を、襲撃者の男もまた自らの剣で受けた。
その反応速度はなかなかだが、正面から馬鹿正直に受けたのは愚策だ。純粋な腕力勝負なら強化を受けていない私に勝ち目はないが、こちらは端から真っ向勝負などする気はない。
私が剣を押さえたところで、すかさず背後に回り込んだ部下が、煙を突き破って剣を振るう。が──
「ぐはっ!?」
「なに!?」
悲鳴を上げたのは、私の部下だった。
男がすっと部下の方を振り返った瞬間、突然部下が顔面を思いっ切り殴りつけられたかのようにのけ反ったのだ。
「う、ぐ……」
「何があ──っ!」
そして、男の視線が私の方を向いた瞬間。私は背筋に走った危機感に従って足を振り上げると同時に首を傾けた。
私の足先が男の脛を蹴りつけるのと、私の横っ面に不可視の衝撃が走ったのは同時だった。
「ぐっ!」
「んぐっ!?」
頬を殴りつけられたような衝撃に視界が揺れるが、歯を食い縛って必死に耐える。
そして、苦鳴を漏らして片膝をついた男に、全力で剣を振り下ろした。
「ぐ、ごぼっ!」
肩から胸にかけて深々と斬られた男が、血を吐きながら倒れる。
それを見届けてから、私はもう1人の敵の方に振り向くと、そちらでもちょうど戦闘音が収まったところだった。
そして、薄れ始めた煙の奥から2人の部下が姿を現す。そちらの2人に怪我がないことを確かめてから、吹き飛ばされた部下の方を振り返る。
「すみません、分隊長……」
「いや、大丈夫か?」
「イテテ……鼻が折れちまってるみたいですけど、まあなんとか」
「そっちは?」
「こっちも大丈夫です」
「問題ありません」
「そうか……」
部下3人の安否を確認してから、私は今倒した2人の襲撃者の姿を見る。
「……見覚えがない装備だな。質から見て傭兵のようには見えんが……」
2人の襲撃者は、揃った意匠の武器防具を身に着けていた。その様子からすると、寄せ集めの傭兵などではなく、どこかの組織に属する正規兵だと思われるのだが……肝心な、どの組織のものなのかが、その意匠からは全く分からなかった。
「分隊長……もしかしてですが、これは帝国騎士の装備じゃないですか?」
「なに?」
「確信はありませんが……以前、自分が見た帝国騎士が、似たような装備を身に着けていた気がします」
「なんだと……? だとすると、敵は帝国……いや、だが……」
いくら帝国でも、こんな思い切ったことをするだろうか?
首を傾げる私に、部下の1人がおずおずと告げる。
「分隊長……少し気になったんですが、こいつらなんか気配が妙じゃありませんでした? なんというか……」
「殺気がない」
「そう! そうです! 思いっ切りこちらを殺しに来てるくせに、なんか気迫が足りないというか……」
「ふむ……」
それは、確かにそうだった。それに、先程のあれは……
「分隊長……この男、神術を使いましたよね?」
「ああ……恐らく、間違いないだろう。だが気になるのは、この男は詠唱などは一切行っていなかったことだ」
「詠唱を行っていなかった!? つまり、この男は呪……失礼しました」
慌てて口を噤む部下に、私は苦笑を漏らす。
「たしかにその表現を用いるのには慎重になるべきだが……今は言葉を選んでいる場合でもないだろう。たしかに、実力主義の帝国であれば、呪術師でも騎士になることは可能だろうが……シッ!!」
その時、遠くの方から神術で拡声された聖杯公聖下のお声が聞こえた。
『聖地────、げ──────』
慌てて耳を澄ませるも、距離がある上に喧騒や爆音が邪魔でよく聞こえない。
すぐに開けた場所に移動しようとするが、残念ながらすぐに聖下のお声は聞こえなくなってしまった。
「分隊長……どうしますか?」
「やることは変わらん。非戦闘員の避難誘導を続けるぞ。避難場所に行けば、詳しいことも分かるだろう」
「「「はっ!!」」」
その後、急いで避難者の列に戻ると、襲撃に警戒しつつフルメニウス礼拝堂への移動を続けた。
幸いそれ以降は襲撃者と遭遇することもなく、無事礼拝堂に到着することが出来た。
非戦闘員を中へと誘導し、既に到着していた別の隊と共に礼拝堂の警護に回る。
すると、あちこちから続々と警備隊に率いられた非戦闘員が避難してきた。
何人か怪我人が出ているようだが、神父やシスターの中には、治癒系神術が使える者もいるので大丈夫だろう。
この調子ならなんとかなりそうだ。そう思ったその時、私は避難者の列から1人外れ、ふらふらと南の方へと歩き出すシスターを発見した。
「おい! アンタ何やってんだ!!」
慌てて駆け寄り、腕を掴み止めると、中年のシスターはぼんやりとした表情でこちらを振り返る。
その虚ろな瞳に怯んだところで、追い掛けてきた部下に「分隊長、その人は……」と囁かれ、女性の正体に気付く。そうか、この人は……
「ここは危ない。あそこに行こう」
言い聞かせるようにそう優しく語り掛けると、女性は虚ろな表情のままスッと南の方向を指差した。
そして、ゆっくりと口を開くと、抑揚のない声でぽつりと呟いた。
「キール」
「キール?」
「妹」
「妹? 妹がどうしたんだ?」
「キール、いる」
「? ……っ、まさか! 逃げ遅れたのか!?」
そうだとしたら危険だ。避難を開始する前にきちんと点呼を取らなかったのか?
責任者を探して周囲を見回すが、人が多過ぎてどの部隊がこの女性を誘導してきたのか分からない。
「……分かった。私が妹を探しに行こう。妹さんの容姿は?」
「……」
「妹さん……キールは、どんな姿をしてる? シスターなのか?」
「……シスターじゃ、ない」
「そうか。顔は? どんな顔をしてる?」
「……緑の、目」
女性がゆっくりと視線を巡らせながら、そう言った時だった。
「敵だ!! 西の通りから5名!!」
「こっちもだ!! 北東から3名!!」
続けざまに上がったその叫びに、警戒心を一気に引き上げると、女性を部下に押し付ける。
「その人を早く礼拝堂へ! いいか、キールは私が必ず連れて行く! だから大人しく待っているんだ!!」
私が女性に向かってそう叫んだ直後、礼拝堂付近で炸裂音と複数の悲鳴が上がった。
続いて今度は閃光が走り、またしても悲鳴が上がる。
「くそっ! 神術師か!?」
マズい。これだけ人が密集していては、向こうは適当に撃つだけで誰かに当たってしまう。
礼拝堂自体は神術で守られているが、警備隊員のほとんどは神術に対して無防備。手練れの神術師に距離を取って戦われたら分が悪い。
「おい! 大丈夫か!? っ!!」
礼拝堂の西側に向かうと、すぐさま通りの方から光線が飛んできたので、反射的に屈む。
見ると、5人の神術師がこちらに向かって手を掲げながら、次々と神術を発動させていた。
光線、衝撃波、炎弾。
それらが礼拝堂西側の広場に絶え間なく降り注ぐ。
「くそっ! こんなもの近付けんぞ!!」
この神術師達も、やはり詠唱を行っている様子がない。
それに、やっぱり殺気らしい殺気を感じない。
まるで、ただ言われた通りにやっているだけで、本人達には一切やる気がないかのような……
と、その時、5人の神術師が一斉に神術を中止し、背後を振り返った。
その数秒後、突如5人が一斉にその場に倒れた。
何事かと驚く私の視界に、襲撃者達の向こうからこちらに向かってくる一団が映る。
「神殿騎士団、それに神殿術師団も……来てくれたのか!!」
実に頼もしい援軍の登場に、周囲の者達も歓声を上げる。
瞬く間に礼拝堂に向かってきていた襲撃者を沈黙させた一団は、礼拝堂周辺に集まっていた警備隊を一カ所に呼び寄せた。
そして、整列した騎士団と術師団の中から、一際立派な装備を身に着けた中年の騎士が歩み出て来る。
「私は神殿騎士団第3部隊隊長! バーナードである! 先程聖杯公聖下のお言葉にもあったように、現在この聖地は破魂の呪術師ゾレフ率いる真光教団による襲撃を受けている! 敵の大半はゾレフが操る傀儡兵と思われ、この傀儡兵は詠唱を用いずに神術を発動することが可能だと判明している! よって! この状況を打開すべく、我々神殿騎士団第3部隊並びに神殿術師団第2部隊は、これよりゾレフがいると予想される南方の敵本隊を叩く!!」
そこで一拍を置くと、バーナード様は更に声を張った。
「なお! 聖杯公聖下はこの非常事態において、神罰“蒼き終焉”を行使することも辞さないと仰せだ!!」
その言葉に、その意味を理解できたものが一斉にざわつく。
だが、バーナード様はそのざわめきすらも圧するように叫んだ。
「よって! 諸君らには神殿騎士団第4部隊並びに神殿術師団第5部隊と協力し、この礼拝堂の警護と並行して、逃げ遅れた者達の捜索並びに避難誘導を行ってもらいたい!! 特に南方の区域を重点に、迅速に行うように! 以上だ!!」
そう宣言するや否や、バーナード様は部隊を率いて移動を開始した。恐らく、すぐさま南方の戦場に向かうのだろう。
その後、礼拝堂の警護に残った神殿騎士団第4部隊隊長に志願し、私は部下を率いて逃げ遅れた者の捜索を開始した。
数名の逃げ遅れを発見し、その都度部下に礼拝堂まで送らせる。だが、その後ギリギリまで粘ったものの、結局キールという女性を見付けることは出来ず、私は暗澹たる思いに襲われることとなった。