ボロム視点
すみません、ちょっと血迷って新連載の毎日更新なんてものをやっているせいで……今回、少し短いです。
なんだ、この男は。
「ふむ……本当に意外ですね。神殿騎士など、実戦経験のないお飾り部隊だとばかり思っていたのですが……まさか、ここまでやるとは」
当然だ。我々神殿騎士は、こと対人戦に関しては王国でも随一の実力者揃いだ。
この聖地では害獣が侵入する可能性は限りなく低いため、一部の部隊を除いて対獣戦ではなく対人戦に特化した戦闘訓練が行われている。それは神殿術師も同様。
特にこの大神殿に駐在する熟練の騎士と術師が手を組めば、余程格上の相手でもなければ、同数相手に負けることはまずないと自負していた。
だが、実際には騎士と術師が2人ずつの4人がかりで、たった1人を相手にいいように翻弄されてしまっている。
(くそっ、そこまで実力差があるのか!? こちらは上級の身体強化を掛けているんだぞ!)
恐らく、相手も神術による強化は受けているのだろう。だが、見たところその強度は中級程度。
体格でも、強化の度合いでも上回っているにも拘わらず、こちらの両手剣による斬撃を、この男はそれよりも遥かに薄く細い剣を片手で操り、いとも容易く捌いてしまう。
逸らし、いなし、躱す。完全にこちらの攻撃が先読みされている。
クレイと連携して絶え間なく攻撃を加えることで、相手に防御に徹させることが出来ているが、こちらが少しでも手を緩めれば途端に手痛い反撃が飛んでくることは容易に想像できた。
(なんなんだ、これは……相手は、神術師ですらないんだぞ!)
一撃。一撃入れば、それで終わる。
相手は胸甲以外は防具らしい防具も身に着けていない。私かクレイの斬撃が一撃でも入れば、それで勝負は決する。その確信がある、のに……その一撃が、あまりに遠い。
「ふんっ!!」
「はあっ!!」
クレイと息を合わせた、渾身の一撃。多少の小細工では逸らすことも避けることも不可能なはずのその一撃は、しかし2本の剣に緩く受け止められ、その勢いを利用して後方に飛び退くことで軽く躱される。
「貴様……名は?」
距離が開いた隙にそう問い掛けると、男は両手の剣を下ろし、軽く肩を竦める。
「ふむ……そんな見え見えの時間稼ぎに付き合う義理も、ここで名乗る意味も特にないのですがね……しかし、あなた方のような強者に名を問われて答えないのは、武士道に反しますか」
そして、特に誇るでもなく淡々と名乗りを上げる。
「私は真光教団幹部の1人、エンガイと申します」
エンガイ……聞いたことがない。真光教団の幹部となれば“破魂の呪術師”ゾレフや“
「武士道、だと?」
「ああ、そこが気になりましたか。気にするだけ無駄ですよ? 私の名前に聞き覚えがないでしょう? 理由は簡単です」
男──エンガイは、この期に及んでなお殺意も闘気もなく、淡々と告げる。
「私の名乗りを聞いて、それを他の誰かに伝えることが出来た者など、今まで1人もいないからですよ」
そして、予備動作らしいものもほとんど無しに、一瞬で距離を詰められた。
「くっ!」
今度は、こちらが押される番だった。
勘違いだった。防御に徹させることが出来ていたのは、私達の実力ではなかった。単純に、向こうがこちらの動きを見るためにあえて受けに徹していたのだ。
「ぐっ!」
「クレイ!」
するりと軌道を変えた奴の右手の剣が、それを受けようとしたクレイの右肘の内側へと滑り込んだ。
カッという軽い音と共に刃が通り抜け、鎧の関節部分から血が滴る。
「クレイ! 大丈夫か? まだ動けるか!?」
利き腕を負傷した相棒にそう問い掛けるが、返事はない。いや、返事をする余裕がないのか?
「っ!!」
いや、余裕がないのはこちらも一緒だ。少しでも気を抜けば、容赦なく鎧の脆弱部を狙い打たれる。
(くそっ! まだか、まだなのか!?)
この状況を打開しうる切り札の発動を待ちながら、この場を凌ぐことに全神経を集中させる。
と、その時、遂に待ち望んだ
背後から押し寄せる、心をざわつかせる神力の気配。
背後のルーモ殿が放つ、魔属性神術による遠隔精神攻撃だ。神術師でもないこの男に、これを防ぐ手段はない!
神術が男に命中し、その動きが止まる。
すかさず踏み込んだクレイと私が、同時に大振りの一撃を放つ。が、しかしそれは罠だった。
「ふむ、ゾレフに比べれば児戯ですね」
そう呟き、男がひゅんっと両手を振るう。同時に、右脇の下に焼けるような痛みが走った。
「ぐあっ!」
「う、ぐ……」
速過ぎる。なんであの状態から、こちらを遥かに上回る速度で斬撃を放てるんだ!
「ああっ!」
だが、まだ間合いの内側だ。相打ち上等。肉を切らせて骨を切ってやる!
「オオォッ!!」
雄叫びを上げ、渾身の一撃を放つ。
だが、これはあまりにも苦し紛れだった。
(っ! しまっ──!?)
つい焦りが出たのか、踏み込み過ぎた。力を込め過ぎた斬撃を絶妙にいなされ、その勢いを制御できなくなる。剣先が空を泳ぎ、咄嗟に引き戻せない。
(マズイ、避けられな──)
しかし、私が見せた隙に、隣のクレイと背後のノービル殿が素早く反応した。
「ふんっ!」
「お、っと」
大きく踏み込んだ強引な一撃。更に、私とクレイの間を通り抜けて飛来した3本の金属の針。
見事な連携だ。私の隙を突こうと奴が攻撃に転じていれば、どちらかは確実に入っていただろう。
だが、奴はそれすら読んでいたかのように軽く背後に跳躍しつつ、少し首を傾けるだけでその両方を回避してしまった。だが、それでいい。
(ルーモ殿!!)
私が声に出さずに叫びつつ、私とクレイは同時に左右に散る。直後、ルーモ殿の指先から電撃が放たれた。その電撃は、先にノービル殿が放った“被雷針”目掛けて、高速で宙を駆ける。
先程、ノービル殿が胴体ではなく頭部を狙ったのはこのため。相手に最小限の動作で避けさせ、この本命の一撃を確実に入れるためだ。奴の移動速度では、この攻撃は避けられない!
奴も一瞬でそう察したのか、左手の剣を顔の前に立てて防御する構えを見せた。
左腕を犠牲に、顔面への直撃を避けるつもりか。だが、片腕が少しでも麻痺したら私とクレイの攻撃は捌けない。その瞬間に決める!
「
気負いのない声。
その声が響くと同時に、奴が顔の前に構えた剣の刃が、ぼやっと輪郭をブレさせた。
直後、そこにルーモ殿の電撃が直撃。そして……あっさりと消滅した。剣を伝うことも、奴を感電させることもなく。
「な……」
「な、に!?」
予想外の事態に、一瞬体が硬直する。
その一瞬の隙を、奴は見逃さなかった。
ヒュッと振るわれた右手の剣が、私の手首を切り裂いた。その瞬間。
「ん、なっ!?」
突然、完全に平衡感覚が失われた。
まるで、とんでもない暴れ馬に乗った直後のように足元がおぼつかなく、立っていることすらままならない。
「ボロム!? この──」
「ま、待っ──」
堪え切れずに片膝をついてしまった私を庇うべく、クレイが素早く斬り込む。
だが、それよりも早く奴の左手が振るわれた。
「くっ!」
咄嗟に剣を立てて受けようとしたクレイだったが、なんと輪郭が曖昧なその刃はクレイの剣をすり抜け、その鎧すらも透過してしまった。
(なんだあれは!? まさか、実体がないのか? なら、斬られても──)
そう思った、その時だった。
「
その声が響いた途端、それまでボヤっとしていた刃が元の金属質な輝きを取り戻し──
ガカッ!
「あ──」
「クレイィィーーーーー!!!」
音自体は、意外なほど小さかった。
だが、その音と共に刃が振り抜かれた直後、胴体の中央から脇腹に掛けて一直線に切り裂かれたクレイの鎧から、夥しい量の血が噴出した。
「貴様ぁぁーーー!!」
叫び声を上げながら怒りに任せて斬りかかろうとするが、感覚が狂っていて立つことすら出来ない。
それでも構わず前に足を踏み出した結果、体勢を崩して無様に倒れ込んでしまう。
直後、再び脇腹にひやりとした感触が走り──バツンと、突如視界が真っ暗になった。
「く、お!? なんだ、これは!」
「ああ、ようやく視覚が当たりましたか」
その言葉の後、エンガイが背後のルーモ殿とノービル殿の方へと向かう気配がした。
「待っ──っ! ウオオッ!!」
聴覚と神力感知能力を頼りに振るった剣は、虚しく空を切った。
そして、そのまま再び無様に倒れる。そこに、またしてもひやりとした感触がして──音が、消えた。
「ルーモ殿! ノービル殿! 逃げろ!!」
自分が発しているはずの声が、聞こえない。
ただ、神力の気配からして、3人が接触し、2人がその場に倒れたことだけが辛うじて分かった。
「ルーモ殿! ノービル殿! 誰か、誰かいないのか!」
光と音のない暗闇の中、地面の感触だけを頼りに必死に這いずる。
しかし直後、首の後ろに衝撃を感じ、意識が急速に遠のくのを感じた。
(聖、下……申し、訳……)
その思考を最後に、私は意識を失った。