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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第4章

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ナキア・レーヴェン視点⑦

「まず、皆様にご挨拶をさせて頂きます。この度レーヴェン侯爵家当主の座を引き継ぎました、ナキア・レーヴェンでございます。まだ若輩の身ではありますが、何卒よろしくお願いいたしますわ」


 立ち上がると同時に、その場で室内の貴族に向かって優雅に一礼。そして、振り返って陛下に一礼。


「陛下、此度の一件、わたくしの口から説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「よい、許す」


 陛下の許しを得て、改めてメノニカ侯爵に向き直る。もっとも、このやり取りはあらかじめ陛下との間で決めておいたものなのですけれど。

 今回の会議で、姉のことが議題に上がるのは必然。なら、それにどのように対処するか事前に決めておくのは当然のことだ。


「メノニカ侯爵。貴殿の指摘にあった我が姉が出奔した経緯についてですが、少し訂正がございます」

「ほう、訂正とは?」

「まず、ハロルド王太子殿下との婚約破棄を王家が(・・・)行ったと言われましたが……それがそもそも間違いでしょう? 姉と王太子殿下の婚約破棄は、王家が主催した貴族会議で決定されたもの。その場には……」


 そこで、会場内の何人かの貴族にゆっくりと視線を移動させる。それらは全員、その会議に参加した貴族達だ。

 そして、そのことを察するだけの時間を十分に与えてから、再び視線をメノニカ侯爵へと戻す。


「……メノニカ侯爵。貴殿もいらっしゃったはずですが? そして、その場にいる貴族全員の合意を以て婚約破棄は決定されたと聞き及んでおります。それを、さも王家が独断で行ったかのように言うのは如何なものでしょう?」

「ほう……」


 メノニカ侯爵の狐のように細い目が、僅かに開く。神力の揺らぎから、メノニカ侯爵の驚きが伝わってくる。まさか、わたくしの口からこの指摘がなされるとは思っていなかったのでしょう。

 しかし実際、このことは王家の立場からは言い出し難いことだった。

 たとえそれが事実だったとしても、「お前達も同意しただろう」とはそう簡単には言えない。(王家)から(貴族)への責任のなすりつけほど、周囲への心証が悪いものはないからだ。


「ふむ、なるほどなるほど。しかし、その議題を持ち出されたのは他ならぬ陛下でしたからなぁ。忠実なる臣である我らとしても、特に反対する理由がなかったのでそのまま可決されてしまったという訳で……」

「あらあらまあまあ、よもやそのような会議の存在意義すら疑うような発言が飛び出すとは思いませんでしたわ。陛下の仰られたことに疑義を呈することも出来ない忠実な臣とは。それは忠実ではなく盲従というのではないでしょうか? そもそも、この場で王家の責を追及しておきながら忠実とは……」


 扇で口元を隠しながら、クスクスと嘲笑を漏らす。途端、メノニカ侯爵の眉がピクッと動き、議場に微かなざわめきが起きた。

 そのざわめきに隠れるように、背後からラルフの「ナキア様」という諫める声が聞こえた。


(いけないいけない。つい、敵意が露骨に出てしまいました)


 王国の害悪である神権派のトップと初めて直接相対したことで、自分でも思った以上に感情が荒立っていたらしい。あまりにもふざけたことを言うものだから、つい過剰に煽るような言い方をしてしまった。

 心の中でラルフに感謝しつつ、仕切り直すようにパチンと扇を閉じながら、ざわめきを圧するように声を張る。


「そもそも、議題を持ち出したのは我が父であるレーヴェン侯爵家前当主です。事の発端というならば、その責は我が父にあるというべきでしょう」


 その言葉に、ざわめきは一瞬にして静まった。

 そして、メノニカ侯爵がスゥッと目を細めて笑みを浮かべる。


「ほう……つまり、全ての責はレーヴェン侯爵家にあると?」

「その言い方は語弊がありますわね。先程申し上げたように、全ての責は前当主にあります。前当主は姉を疎んじ、家族や使用人にも姉のことを同じ侯爵家の一員としては扱わないよう命じておりました。それに……王太子殿下との婚約破棄に合わせて、姉を侯爵家から正式に廃嫡するよう手続きを進めておりましたから」


 わたくしがそう言うと、議場に再びざわめきが起きた。そこですかさず後押しする資料を出す。


「こちらは父が手続きを進めていたその証拠書類ですわ。実際にこの書類が王城に持ち込まれる前に姉が聖女として覚醒したので、この書類が外に出ることはございませんでしたが……姉には、あらかじめその旨が告げられていたのです。当家としては、姉が王都を出奔した直接的な原因はそれだと考えておりますわ」


 無論、そのような事実はない。

 書類は正式なものだし、実際に父のサインも入っている。だが、これは姉の出奔後に作られたもので、父が姉を廃嫡しようとしていた事実はない。もっとも、姉が聖女として目覚めなければ、遠からずそうなっていた可能性は高いが。


 従者の手を介して渡されたその書類にチラリと視線を落とし、メノニカ侯爵はすぐにこちらに視線を戻した。

 少し見れば、その書類がわたくしの言葉を支持するものではあっても、証明するものではないということは分かるだろう。

 外に出ていないということは、役人の手にも渡っていないということ。他人の目に触れていない作成日時も不確かな書類など、後からいくらでも偽造できる。だが、証拠がなければ偽書だと断ずることも出来ない。


「ふむ……つまり、レーヴェン侯は前当主に全責任を押し付けると?」

「押し付けるも何も、それが事実ですもの。現に、前当主もそれを認め、その責を取って自ら身を引きましたから」


 もっとも、父がそうするよう仕向けたのはわたくしですけれど。

 さっきの書類も、その時に父に用意させたものだ。わたくしに累が及ばないよう、その辺りはきちんとした上で身を引いてもらった。


「以上のことから、姉が出奔した件の責任問題に関しては、当家としては既に解決したものと考えているのですが……何か、異論はございますでしょうか?」

「なるほど。しかし、聖女が王国を捨てたという事実は、民衆に大きな動揺を与えております。王国にここまでの混乱をもたらしておきながら、貴殿は何も恥じることはないと?」


 あらまあ、攻め手に窮したら今度は感情論ですか。くだらない。


「その通りだ!」

「これだけ民衆に不安を抱かせておきながら、前当主に全責任を押し付けて逃げる気か!!」


 メノニカ侯爵の言葉に便乗して、何人かの貴族が野次を飛ばす。

 どれもこれもメノニカ侯爵の腰巾着。貴族派閥の貴族ですわね。まったく、品のない。

 それにしても……逃げる気か、ですって? 話の流れを聞いてたのでしょうか?


「口の利き方に気を付けなさい、ブーズロー子爵。子爵風情が侯爵家当主であるわたくしに向かってそのような態度、許されると思っているのですか?」

「なっ……!?」


 自分の子供よりも若い娘に言われたのがよっぽど気に入らなかったのか、わたくしに野次を飛ばしたブーズロー子爵は真っ赤な顔で口をパクパクさせる。

 しかし、ここで激発しないだけの理性は残っていたのか、反抗的にこちらを睨みながらも、じりじりと頭を下げた。


「……不適切な発言をしてしまいました。申し訳ありません、レーヴェン侯」

「今回は許しましょう。これからはもっと慎重に発言することです」

「……」


 ブーズロー子爵が憎悪に満ちた視線でこちらを睨んでいるのは分かったが、それ以上もう相手にせず、わたくしはメノニカ侯爵だけを見る。

 そして、心底不可解そうに首を傾げてみせた


「さて……姉が王国を捨てた、でしたか? 残念ながら、わたくしには何のことか分かりかねますわ」

「は……?」


 流石に予想外だったのか、メノニカ侯爵が呆気にとられた声を漏らす。


「まさか、ご存知ではないのですかな? セリア・レーヴェン様は、現在王国を捨て帝国にいらっしゃるとのことですが?」

「ええ、もちろん。わたくしが把握している限りですと、姉は王都を出奔した後、バルテル辺境伯領のカロントの町を害獣の群れの襲撃から守り、その後帝国南端部に出現した特別指定災害種を討伐し、大火山カグロフェナクの噴火を鎮静化したとか」


 確認の意味を込めてバルテル辺境伯の方へと視線を向けると、意を汲んだ辺境伯が立ち上がり、「間違いありません」と証言した。


「さて……これのどこが、王国を捨てたということになるのでしょうか? カロントの町を守ったことはもちろん、帝国に出現した特別指定災害種も大火山カグロフェナクの噴火も、放置すれば王国にも甚大な被害を及ぼすことは明らかでした。それを事前に防いだ姉の偉業は、王国貴族として、そして聖女として、褒められこそすれ責められることではないと思うのですが?」

「しかし……ではなぜまだ帝国に滞在されているのでしょうかな? それこそ、セリア・レーヴェン様が王国を捨てて帝国についたという証拠では?」

「さて、そこまでは分かりませんが。ですが、何か事情があるのでしょう。それとも、姉が帝国にくみして王国に害をなしたという情報でもございますか?」

「……」


 あるはずがない。実際、今のところどの一件を取っても、結果的に姉の成したことは王国に利することになっている。王国を捨てるどころか、王国を救っているのだ。これで「聖女は王国を捨てた」というのは無理がある。


「むしろ、民衆に動揺をもたらしているというなら、そのような何の根拠もない憶測を流し、不安を煽っている者にこそ、責任を追及すべきでは?」


 止めにそう言うと、メノニカ侯爵を始めとして貴族派閥の貴族達は何も言わなくなった。

 今や、この場にいる人間でわたくしを侮ったり哀れんだりしている者は1人もいない。今わたくしに向けられている感情は、警戒と感心、そして一部嫌悪。まあ、舐められるよりはずっとマシでしょう。


「ふむ、話は終わったようだな。レーヴェン侯、ご苦労だった」

「もったいないお言葉です、陛下」


 陛下に向かって優雅に一礼し、ここで意識を切り替える。


「陛下、少しよろしいでしょうか。ちょうど議題が終わったところですし、わたくしから少しお話したいことがございます」

「ほう? よかろう」

「ありがとうございます。ではこちらをご覧ください」


 ラルフに目配せをして、陛下の元に1つの壺を運ばせる。

 もっとも、この流れは事前に打ち合わせしてあるので陛下も承知の上だ。それでもあえて事前に議題として提出しておかなかったのは、貴族派閥の意表を突くためだ。


 陛下の元へ、ラルフから壺を受け取った側近が進み出る。

 そして陛下の指示を受け、側近が壺の中身を、室内にいる貴族全員に見えるよう取り出した。

 その瞬間、今までにないざわめきが起こり、室内に恐怖と驚愕が満ちる。


 取り出されたのは、防腐処理された人間の頭部。1月ほど前に、領に戻る途中のわたくしを襲撃した男の首だ。


「1カ月ほど前のことでしょうか。王都から領に戻る最中のわたくしを、4人の賊が襲ってきまして。その首は、主犯格と見られる男のものですわ。なんでも……かの真光教団(しんこうきょうだん)の幹部だとか」


 その組織名を口にした瞬間、一瞬の静寂の後、室内に更なる驚愕と動揺が広がった。


「ふむ……たしかに、この顔は手配書にもあったな。たしか、“早撃ち”のアムナールとか呼ばれる男だったか。この男は、レーヴェン侯が討ち取ったのか?」

「はい。襲撃を事前に察知しましたので、こちらから先手を打って全滅させました」

「そうか、見事だ。過去に何人もの王国貴族を殺めた真光教団の幹部を討ち取った功績は大きい。後ほど褒美を取らせよう」

「ありがとうございます」

「それにしても……そうか、ここ10年以上目立った活動はしていなかったが……奴らめ、また動き始めよったか」

「はい、皆様にも是非注意して頂こうと、この場で報告させて頂きました」

「うむ、皆の者もくれぐれも注意するように。奴らはいつどこで襲撃してくるか分からぬ。多くの貴族がこの王都に集まっている現在、この王都が狙われる可能性もある。軍部は改めて真光教団の構成員の手配書を配布し、警戒に当たるように」


 貴族達が、口々に了承する。皆一様にその表情は固いが、特に貴族派閥、神権派貴族の顔色が悪い。

 しかし、それも当然だろう。真光教団とは、はぐれ神術師。彼ら神権派が言うところの呪術師によって結成されたテロリスト集団。

 彼らの目的は、王国貴族。その中でも特に、神権派貴族の暗殺だと考えられている。

 実際、20年前にわたくしにとって母方の祖父に当たるメグチッド伯爵含む数十人の貴族が、真光教団によって惨殺されたあの事件。その一件で殺された貴族は、全員が神権派貴族だったらしい。

 この場にいる貴族派閥の貴族の中には、親戚を殺された者も何人かいる。彼らにとって、真光教団の名前は死神にも等しい。そんな真光教団の幹部が、なぜわたくしを襲撃したのか……貴族なら誰でもよかったのか、あるいは……。


(誰かにけしかけられたか、ですわね)


 しかし、今のところ背後関係は不明だ。というより、襲撃犯から情報を引き出す暇がなかったせいで、正直手詰まりといったところか。



 真光教団が活動を再開したという情報の衝撃が大きかったのか、それ以降は特に波乱もなく会議は終了した。

 結果として、この会議でわたくしは完全に貴族派閥と敵対することになってしまったが……これは予定通りだ。どのみち、王家に忠誠を誓った以上、彼らと敵対することは避けられなかった。


「お疲れ様でした、ナキア様」

「ええ、あなたもね」


 ラルフに労いの言葉を掛け、席を立つ。

 そこでふと、かつて母に言われた言葉が脳裏を過ぎった。


『どうせあなたと奴らは対立することになるもの』


『まあ、あなたは精々上手く踊りなさいな』


 屋敷の離れの壁越しに、愉快そうに告げられた予言めいた言葉。


(……これも、あなたにとっては予想通りということなのでしょうか?)


 そう思うと、自分があの母の手の上で踊っているかのような錯覚を覚え、胸中に何とも言えない不快感が湧き上がる。


(……生き抜いてみせる。わたくしは、お父様やお母さまとは違う)


 わたくしは負けない。呑まれない。

 必ず、この貴族社会で生き抜いてみせる。誇り高きレーヴェン侯爵家当主として。


 決意を新たに、わたくしは会議室を後にした。

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