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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第4章

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ナキア・レーヴェン視点⑥

(醜い……本当に、醜い……)


 各貴族家の当主が集まった王城の大会議室で、わたくしは嫌悪感を表に出さないよう全力で表情筋を制御していた。

 元々自分が、人一倍他人の感情の機微にさといことは自覚していた。それは、わたくしの並外れた神力感知能力に起因するある種の特殊能力。

 わたくしは、神術師の感情の変化によって起きる微かな内包神力の揺らぎを感知して、相手がどんな感情を抱いているか大まかに把握することが出来るのだ。保有神力量が大きければ大きいほどその揺らぎも大きくなり、より正確に感情を読み取ることが出来る。

 魔属性神術による読心とは全く異なる、わたくしだけの力。神術ではないからこそ神力を消費せず、神力を消費しないからこそ感知されず、妨害もされない。しかし一方で……自分で制御することも、出来ない。


(今回ばかりは、この力を恨みたくなりますわね……)


 会議室内に渦巻く、ドロドロとした欲望のうねり。そこに嫉妬や虚栄、欺瞞や侮蔑。ありとあらゆる負の感情が混ざり、空気が澱んでいるような錯覚すら覚える。

 先日領都で行ったパーティーでも同じような空気は感じたが、これに比べればどうということはない。この会議室が泥沼なら、先日のパーティー会場は清流だったと言ってもいい。


「続いて、各地の特別指定災害種についてですが……」


 議長である宰相殿が議題を告げると、各地の特別指定災害種の動向について、それぞれの領主から報告が行われる。

 特別指定災害種には「確実に討伐しろ」と「絶対に手を出すな」の2パターンがあるが、今回議題に上がっているのは後者。危険ではあるが縄張りがはっきりしていて、余計な手出しをしなければ周囲に被害を及ぼさない存在に関するものだ。


「我が領の“腐毒蟲”トライド・ユニシフを何者かが刺激したようでしてな。広範囲の畑に被害が出たため、わたくしが自ら出向き、森に追い返しました。領民に被害が出なかったのはひとえにわたくしの功績と言えましょう」

「“緑紋竜”リエロ・ガベオンが暴れたために、村が1つ犠牲となりました。いえ、竜自体は我が領軍が撃退しましたが」


(嘘、嘘、これも嘘……)


 さも大変だったように、いかにも悲惨だったように語っているが、感情の動きがそれと噛み合っていない。

 そもそも、放置が決定されている特別指定災害種が、そんなに頻繁に縄張りを出て活動するはずがない。1年に一度それだけの被害をもたらすなら、多少の犠牲を覚悟してでも討伐隊が編成されてしかるべきだ。

 よしんば縄張りから出たのが本当だとして、彼らに撃退が可能だとは思えない。彼らの弛み切った顔を見れば、実戦から離れて久しいことなど一目瞭然だった。


(嘆かわしい……王国の要である守護伯家がここまで堕落しているだなんて……)


 領内に特別指定災害種の縄張り、通称“禁足地”が存在する貴族家は、守護伯という特別な地位を与えられ、侯爵家に匹敵する権力と軍部に対する高い発言権を与えられている上に、領内の自治に関しても他の貴族家よりも大きな裁量権を与えられている。それらの特権と引き換えに、守護伯家は他の貴族よりも強く己を律し、腕を磨くことを求められる。そして、いつの日か領内にある禁足地の主を討伐し、王国に安定と繁栄をもたらすことを期待されているのだ。


(我がレーヴェン侯爵家も、かつてその偉業を成し遂げ、侯爵家に陞爵されたそうですけれど……)


 レーヴェン侯爵家が王国の武の名門としての地位を築けたのも、元はと言えばレーヴェン侯爵領内に生息していた特別指定災害種“閃斬虎”イゼフ=ラ・アレイエを討伐し、その棲み処であった大森林を開拓したからだ。

 それ以来、レーヴェン侯爵家は王国でも有数の戦闘系神術師の一族として、軍部に大きな影響力を持つようになった。

 なら、なぜ彼らも同じように禁足地の主を討伐しようとしないのか。

 単純に戦力が足りない? それもあるだろうが一番は……補償金だろう。


 禁足地の主によって、領地や領軍に被害が出た場合、その被害に応じて国から補償金が出るのだ。各地の守護伯が、実際にはありもしない虚偽の報告をしているのもそれが理由。つまりは横領だ。

 無論、そのようなことは本来あってはならないことだ。

 だが、王家も彼らの不正は察していながらも、追及することは出来ない。下手に調査など命じれば、「王家は守護伯である我らを信用していないのか」と反発を受けることは明白だし、その調査隊が確たる証拠を見付けられなかったり、あるいは買収されたりでもしたら、彼らが王家に反意を示す口実を与えてしまう。

 そういった事情から、王家は彼らの不正を事実上黙認し、守護伯家は、今尚薄っぺらい報告書一枚で補償金を受け取れてしまっているのが現状だ。


(この者達に比べれば……お父様は、少なくとも貴族としてはマトモだったのでしょうね)


 領政を引き継いで改めて分かったことだが、少なくとも、父は不正などは行っていなかったし、領主としてきちんと領民を守っていた。軍団長として一軍を率い、王国民を守っていた。それは貴族の務め。貴族としての誇りだ。


 だが、父はあまりにも冷酷だった。人間性を排し、人を駒として考える人間だった。

 有能な駒には好意を、無能な駒には無関心を示し、そしてどちらの駒も等しく効率的に使う(・・)

 飽くまでも合理的に、どこまでも冷徹に人を数として捉える父のやり方は、常に最大の成果と最悪の犠牲を生み出した。それは、人の上に立つ人間としては正しかったのかもしれない。でも、わたくしはそれを正しいとは認めないし、そうなりたいとは断じて思わない。

 家族すらも道具として扱ったあの人のやり方を、わたくしは決して認めない。


「最後は私ですな。実は、我が領の“白尾竜”イシェド=ラ・レグノンも5カ月ほど前に近隣の村を襲撃しまして……なんとか撃退はしたのですが、その戦いで……我が次男、ロチャードが戦死しました」


 ミディーヌ守護伯のその言葉に、室内にざわめきが起こる。

 そして、わたくしもこれには流石に反応せざるを得なかった。もっとも、わたくしの反応した理由は、他の貴族とは全く違う理由だったけれど。


(ふぅん、そう……そういうことにしてあるの……)


 周囲の貴族がミディーヌ守護伯に気遣いの言葉を投げ掛け、戦死したという嫡男の勇敢さを称える中、わたくしは冷めきった思考を巡らせる。


「貴公らの気遣いに感謝申し上げる。陛下。我が領民、愛すべき王国民のために命を投げ打った我が息子のためにも、どうか陛下からも労いの言葉を頂きたく存じます」


 そう言ってミディーヌ守護伯が、議場の最奥でこちらを向いて座する陛下に視線を向けると、陛下が守護伯達に視線を巡らせながらゆっくりと口を開く。


「皆の者、大儀であった。今日も我が王国が平穏な日々を送ることが出来ているのは、諸君の働きのおかげである。戦死したミディーヌ守護伯の次男、ロチャード殿には、その働きに報いるため、補償金とは別に見舞金を送ろう」

「おお、ありがとうございます……」


 恭しく頭を下げるミディーヌ守護伯。しかし、その内心には嘲弄が満ちているのがわたくしには分かってしまった。


(うすら寒い……)


 酷い茶番だ。

 口では労いの言葉を掛けながらも、陛下の心の中は疑心で満たされている。

 それが分かる……分かってしまうからこそ、尚更この上辺だけの会話がうすら寒かった。


(精神防御の神具も当然身に着けておられるはずの陛下の感情まで読めてしまうのですから……本当に、手に負えませんわね)


 かつて、神術師でありながらわたくしが感情を読めなかった相手はただ1人、姉だけだ。

 姉は、その保有神力量の膨大さに反して、なぜか感情による神力の揺らぎが恐ろしく小さく、まるで膜を張ってあるかのように感情が読めなかった。

 もっとも、それにも例外はあった。それは、ハロルド殿下と一緒にいた時。その時だけは、姉の感情が少しだけ読み取れたように思う。

 それと……あの時。あの時だけは……お姉様は、わたくしに……



 ギリィ



 知らず、奥歯が音を立てる。同時に、わたくしの手に隣からラルフの手がそっと添えられた。


「ナキア様……」

「大丈夫」


 小声で掛けられた気遣いの言葉に、わたくしも小声で返す。

 どうやら表情に冷たさが出てしまっていたらしい。こんなことではいけない。本番はここからなのだから。

 従者として付き添ってくれているラルフに目でお礼を伝え、わたくしは再び口元に笑みを浮かべる。

 そうしてわたくしが静かに臨戦態勢を整えたところで、宰相殿が次の議題を告げた。


「では、次の議題ですが……こちらは、メノニカ侯爵よりお伺いしましょう」


 それに合わせ、1人の貴族が立ち上がる。ひょろりと背が高く、狐のように細い目をした中年男性。

 メノニカ侯爵。貴族派閥の……そして、神権派の中心貴族だ。


「えぇ~~、この場にいる諸兄は当然ご存知のことと思うが……私がこの場で話したいのは、先日セリア・レーヴェン様が、聖女として覚醒されたという話についてだ」


 その言葉が響き渡ると同時に、会議室の中がピリつくのがはっきりと分かった。

 メノニカ侯爵もまた、空気が変わったことに満足そうに頷くと、正面の陛下を真っ直ぐに見詰めながら続ける。


「なんでも、セリア・レーヴェン様はたった1人で“神意召喚の儀”を実行され、その翌日に王都を出奔されたとか。巷では、これが……あぁ~~、王家が行ったハロルド王太子殿下との婚約破棄、並びにレーヴェン侯爵家において行われていた彼の方への……えぇ~~、冷遇が、原因とか。そのように言われている訳ですが……是非、陛下とそちらのナキアじょ……失礼、レーヴェン女侯爵の、ご意見をお伺いしたい」


 安い挑発だ。侮りを隠そうともしていない。

 そして、メノニカ侯爵の視線がこちらを向くと同時に、周囲の視線も一斉にこちらに集まる。


(侮りが半分、憐みが半分、といったところかしら)


 どちらにせよ、この場にいるほとんどの人間が、わたくしのことを無力な小娘だと思っていることは確かなようだ。

 いいでしょう。それが大きな勘違いであるということを、思い知らせて差し上げますわ。

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