ハロルド・ファルゼン視点⑤
ハロルド視点、ナキア視点があちこちに入っているので、時系列を簡単にまとめました。
今回の話は下の☆印のタイミングの話になります。
梨沙、王国を出奔
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梨沙、カロントの町を救う(第1章完)
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梨沙、ツァオレンやイェンクーと共に帝国に入る
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梨沙、ナハクベイロン討伐。カグロフェナク鎮静化(第2章完)
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梨沙の夢(Episode.0)ナキアの夢と両親との対話(ナキア視点②~⑤)、ハロルドの夢(ハロルド視点③、④)
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梨沙、ランツィオと共に大迷宮攻略開始
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↓ ハロルド、カロントの町を訪れる(ハロルド視点②)
↓ ハロルド、梨沙が帝国にいることを知る(本編未記載)
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梨沙、大迷宮攻略
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↓ ←☆今話
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梨沙とランツィオ、治療を終え、帝国各地を探索(第3章完)
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アメリと約束した再会の日
ここは王国が誇る聖地、その中心に存在する大神殿。かつて始まりの神術師達が“神意召喚の儀”を行い、神力を授かった場所。
何百年もの時を経て改修と拡張が行われ、その規模は当時とは比べるべくもないほど大きくなっているが、この大神殿が王国の神術師にとって、王城よりもなお神聖な不可侵領域であることはずっと変わらない。
今その大神殿では、一年に一度行われる王国で最も重要な儀式、“名奉じの儀”が行われていた。
壮麗なステンドグラスから差し込む柔らかな光。それを掻き消すかのように、大神殿奥の祭壇上から、青い神力光が放たれている。
その光の源にいるのは、白い貫頭衣を身に着けた妙齢の美女。切れ長の目をうっすらと開いた厳かな表情で、その手に白い杯を掲げている。
彼女は当代の聖杯公、イミオラ・ユーゼイン女公爵。七大神器の1つ《オルミニウスの杯》を管理し、毎年この大神術“名奉じの儀”を行っている当代一の神術師の1人だ。
荘厳な雰囲気が満ちる中、列席する貴族達の間を、白い簡素なドレスを着た貴族女性達が、小さな赤子を抱いて進む。どの子もまだ生後1年経っていない赤子なので、本来ならいつ泣き始めてもおかしくないはずなのだが、この大神殿ではどの子も不思議なほど穏やかにすやすやと眠り、誰一人として静寂を乱すことはなかった。
そして、貴族女性達がその位の順番に一人ひとり聖杯公の前に跪くと、我が子を捧げ持ってその名を告げる。その名を聖杯公が復唱し、その背後に控える6名の神術師がそれに続く。
その後、聖杯公がその手に持った杯から赤子の額に聖水を垂らすと、膨大な神力を宿した青い聖水は、赤子の額に吸い込まれるようにして消えた。これで儀式は完了だ。女性は聖杯公とその背後の神殿術師団に頭を下げ、祭壇から降り、次の女性が前に進み出る。
その様子を最前席で見守りながらも、私の心は全く別のところにあった。
つい先日、ずっと行方不明となっていたセリアの居場所が判明した。探しても見付からないわけだ。なんと、セリアは王国内ではなく帝国にいたのだから。
詳細は分からないが、セリアは帝国南部に出現した特別指定災害種の巨大な竜種を討伐し、その後大火山カグロフェナクの噴火を食い止めたらしい。
竜種はともかく、大火山カグロフェナクの噴火は王国にも影響を与える重大事だ。事実、王国の南部地方には少量ながら火山灰が飛来したらしい。詳しい状況を確かめるため、王国から帝国へ使者を送るのはおかしなことではない。
当初、セリア捜索の指揮を執っている私が、当然その役目を果たすものだと思っていたのだが……時期が悪かった。
この“名奉じの儀”は、王国でも最も重要な儀式。王太子である私が出席しない訳にはいかなかったし、この儀式が終われば、この場に集まっている貴族含む王国全土の貴族は王都へと移動し、社交シーズンが始まるのだ。これもまた、王太子として欠席する訳にはいかない重要行事だった。
(せめて、あと1月早ければ……いや、考えても詮無いことか)
どうしようもないことだと分かっているのに、ようやく判明したセリアの居場所に駆け付けることが出来ないこの状況に、じりじりと身を焦がされるような焦燥感を感じる。
今すぐ駆け付けなければ、セリアはこのまま私の手の届かない場所へ行ってしまうのではないか……そんな想像が脳裏を過ぎっては、全てを放り捨てて帝国に向かいたい衝動が腹の奥から湧き上がり、じっとしていられなくなる。
(落ち着け、我慢だ……帝国に向かわせた使者が、セリアに連絡を取っているはずだ)
私の代わりに帝国に向かわせた使者には、私からセリアに宛てた手紙を託してある。
帝国を特別指定災害種と天災の危機から救ったとなれば、セリアは帝都で歓待を受けているはず。今なお帝都にいるかどうかは不明だが、そうそう遠くには移動していないだろう。仮にしていたとしても、皇帝はその居場所を把握しているはずだ。交渉次第だが、そこからセリアに連絡を取ることはそう難しくないはず。
(セリア……頼む、もう一度私の話を聞いてくれ)
手紙には、一度会って話したい旨と、会う場所を伺う内容のみを簡潔に書いた。伝えたいこと、話したいことがあまりにも多過ぎて、とても文章にまとまり切らなかったのだ。
それに、私はまだセリアの旅の目的を知らない。なぜ王国を捨てたのかは分かる。彼女の境遇を思えば、王国に情を抱けないとしても無理からぬことだ。
だが、肝心の
だからこそ、会いたい。
もう一度会って、話をしたい。
セリアが何を思っているのか。その全てを聞きたい。そして、私が何を思っているのか。その全てを聞いて欲しい。
『その程度の覚悟で?』
「っ!」
不意に、脳裏にズキッと痛みが走り、何者かの声が響いた。
いや、聞き覚えがある。この声は、以前にも……
『彼女は王国を捨てる覚悟を見せた。なら、君も同等の覚悟で応えるべきじゃないのか? 王太子としての責務なんか放り捨てて、彼女の元へ駆けつけるべきだ。そうだろう?』
(勝手なことを言うな! そんなこと出来るはずがないだろう!)
私だって、出来るものならそうしたい。今すぐ神殿を飛び出し、馬に跨って、セリアを探しに行きたい。
だが、私は王太子なのだ。私的な感情で公務を放棄することなど許されない。
それに、まだセリアの詳しい居場所は判明していない。今の時点で私が帝国に向かったところで、大して意味はない。むしろ、護衛が増えたりする分動きが鈍くなるだけだろう。それよりは、使者に任せてセリアを探してもらう方が効率がいい。
そして使者に託した手紙がセリアに渡れば、セリアはきっと私に会ってくれるはずだ。だから……
『学習しないな、君は。自ら足を運ばず、手紙に全てを託した結果、どうなったのかもう忘れたのか?』
(それは……っ!?)
ズグっと胸に刃を差し込まれたような感じがした。
そうだ。その通りだ。
心は通じ合っていると、必ず私を待ってくれていると、そう信じて彼女と直接顔を合わすことなく、手紙をただ一方的に送るだけの日々。
返信がないことに疑問を感じながらも、その疑問を頭の奥に押しやって、2人のためなんだと言い訳をして……その結果、彼女は──
「──んか、殿下!」
「っ!」
「どうされましたか?」
「っ……いや、なんでもない。行こうか」
いつの間にか、もう儀式は終わっていた。
声を掛けてきた侍従に平静を装ってそう返し、席から立ち上がる。
(それでも……私は、私情に走ることは出来ない。私は……王太子なのだから)
儀式場を後にしつつ、私は自分自身にはっきりとそう告げた。
『今の君では、彼女に届かないよ』
頭の奥で、その声はどこか呆れたように、どこか憐れむように響いた。
短くてすみません。ちょっと人生初の書き掛けのデータが消えるという経験をしました。
書き掛けの小説を保存しないままパソコンをスリープ状態にしたら、その間にWindowsが更新されたらしく、再起動したら綺麗にデータが飛んでました。おまけにどうやっても消えたデータの復元が出来ず……心が折れました。ちくせう。