更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 4-①
第4章プロローグです。
「ふっ! ふん!」
鋭く息を吐く音に合わせ、戦槌が空気を切り裂く音が響く。
遺跡から出ると、外でランが素振りをしていた。どうやら退屈させてしまったようだ。
「ん……ああ、終わったのか?」
「うん」
そう答えながら、私はランの体に視線を巡らせた。
ランは、大迷宮の最奥部で両腕と体の前面の皮膚の大部分を失うという重傷を負った。その傷は私の神術でも到底治療できない深手で、あのままではランは確実に死んでいたはずだった。
その運命を覆したのは、休息の間の奥にあった最後の宝部屋。そこにあった5つの神器の1つ、《聖花シェイルレーン》だった。
すんでのところでその存在を思い出した私は、すぐさま‟空間接続“を発動。《聖花シェイルレーン》を手に入れると、最奥の宮で得た知識に従って秘薬を生成し、なんとかランの命を繋ぎ止めたのだ。
しかし、その後もランの容態は予断を許さない状態が続き、私はランを休息の間のベッドに運び込むと、傷が完全に塞がるまで付きっ切りで治療を行った。
《聖花シェイルレーン》から生成された秘薬の効果は凄まじく、死んだ細胞の再生はもちろん、失った両腕すらも再生することが出来た。
もっとも、肉体の欠損の再生には長い時間が掛かる上、肉体に掛かる負担と苦痛も尋常ではなく、結局ランは3週間もの間高熱と激痛に苦しむこととなった。
その甲斐あって、ランは無事五体満足な体を取り戻すことが出来たのだが……失われた筋肉までは完全に取り戻すことが出来ず、以来暇を見付けては筋トレに勤しんでいるのだ。
「体の調子はどう?」
「む……そうだな。やはり、持久力が落ちているな。これはまあ、ずっと寝たきりで単純に体力が落ちているのもあるが……なに、こいつを着けていれば戦闘中は問題ない」
そう言って、ランは外していたごつい腕輪を右腕にはめた。
これも《聖花シェイルレーン》と同じ場所にあった神器の1つ、《金錬環》だ。
最後の宝部屋にある神器を手にすると、最後の試練に挑む資格を失うということだったが、私が攻略した以上そんなことを気にする必要はない。大迷宮を脱出する前に、ランは残り4つの神器の中から《金錬環》を選び、持ち出したのだ。……なんかすごい葛藤してたけど。台座の間を何回も行ったり来たりしては首をひねって頭を抱え、かれこれ1時間近く迷ってたけど。
それでも《黒狼櫛》には一切目もくれていなかった辺りは流石というかなんというか……やはりランは女子力よりも女死力らしい。
「そちらはどうだ? まあその顔から察するに、あまり成果はなかったという感じか」
「まあね、あまり大したものは見付からなかったわ。それに、持ち物からしてここに住んでたのは男の人みたい。時代もまだ比較的新しいみたいだったし、ここが聖女アンヌの遺跡じゃないことは確定ね」
「そうか」
私は休息の間でランの治療を終えた後、改めて最奥の宮に戻り、そこにあった大量の書物を根こそぎ持ち出した。
ただ、そのほとんどは聖人ヴァレントの手記というか、最後の試練という名の凶悪な精神系神術を発動させるための触媒で、他の聖人が遺した史料は全体の1割もなかった。
しかし、それらを読んで、私は1つの重要な手掛かりを手に入れた。
それは何を隠そう、かつて神が言及していた「私よりも前に元の世界への帰還を試みた人物」に関する情報だ。それこそが聖女アンヌ。かつて王国で、鮮血の大粛清とも呼ばれる腐敗貴族の粛清を行い、“断罪の聖女”という二つ名を与えられた伝説的存在。
彼女と同時期に生まれた別の聖人が彼女と接触しており、その日記に書かれていたのだ。聖女アンヌが、故郷であるフランスに帰還する方法を探していたと。
そう言われてみると、かつて王国史を学んだ際に聖女アンヌのことも教師に聞いたのだが、その最後の記録は「故郷に帰る」と言い残して王都を去ったところで終わっていた気がする。しかし、その後の記録がないということは、恐らく彼女が帰ると言っていたのは今世の故郷ではなく……。
(日記には、聖女アンヌが「帰還の目途が立った」と言った上で、「あなたも一緒に還らないか?」と訊かれたと書いてあった……結局、彼はその申し出を断ったみたいだけど……)
目途が立ったと言っていた。神の言っていたことから推測するに、結果として彼女は地球への帰還を果たせなかったようだが、その方法にかなり近付いてはいたのだ。少なくとも今の私よりは。
(正直、今の段階じゃどうやれば地球まで空間を繋げられるのか見当もつかないし……まずは先人の知恵を頼るっていうのは間違ってないはず)
そう考え、帝国各地の遺跡を巡って聖女アンヌの痕跡を探っているのだが……結局、どの遺跡にもそれらしきものはなかった。まあ、聖女アンヌは王国出身だし、帝国に足を運んだという話も聞いたことがないので、そこまで期待もしていなかった。
というか、本気で聖女アンヌのことを調べるなら、もっと先に調べるところがあるのだ。場所が場所だけに、ずっと避けてきただけで……。
「ラン、さっきの話なんだけど……」
「うむ? なんの話だ?」
「その、ハロルドが帝国に来てるって……」
「ああ、その話か。いや、わたしも小耳に挟んだだけだが……王国は今ちょうど社交シーズンだろう? 王太子がそうそう王国を離れるとは思えないんだが……それに、そもそも兵士とかではなく商人が言っていたことだからな。どれだけ信用できるか……」
「その商人って、何屋さんだった?」
「え? あぁ~っと、たしか宝石商だったような……」
「そう、なら信用できるね」
「む? なぜだ?」
「商人は元々、お金が動く出来事に関する情報には敏感だから。それが貴族を主に相手する宝石商ならなおさら。他国の王族が自国を訪れるなんて情報を見逃すはずもないし、確実に裏も取ってあるはず」
「おお、そういうことか」
感心したように頷くラン。
しかし……そっか、ハロルドが帝国に来ていることは確実か。となると……う~ん、ずっと避けてたけど、これもいい機会かなぁ。
「行くしかないかぁ……王都に」