更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㊳
すみません、短いです。
神獣の喉奥に紫炎がチラついたのと、私が叫んだのはほぼ同時だった。
「サンダー! ファイア!」
敢えて前世の英語で定義した式句に反応し、神獣の首元に突き刺さった細剣が電撃を放ち、高熱を纏った。
あの《飛天剣・改》には、ナックルガードの部分に神具の宝石が埋め込まれており、私が唱える式句を合図として剣身に神術を纏うことが出来るようになっているのだ。
首元で発生した電撃と高熱に、神獣の体がビクッと硬直する。
だが、それだけ。天井から落ちることもなければ、神力の気配も揺らがない。しかし、それは私の予想通りだった。
「ラン! 伏せて!!」
私を連れて全速力でこの場を離脱しようとしているランにそう叫びつつ、私は右ポケットから目当てのものを引っ張り出した。
正直これを使う気はなかったし、出来れば使いたくなかった。
だが、この状況ではもう仕方ない。かなり分が悪い賭けだが、上から放たれる火炎放射から逃げ回るのに比べれば、多少なりとも勝率は高いはずだ……そう、信じる。
私は半ば祈るような気持ちで、右ポケットから取り出した宝石を天井に張り付いている神獣目掛けて力いっぱい投げつけた。直後、神獣の口から紫炎が放たれる。
その紫炎に宝石が呑み込まれるのを確認する余裕もなく、私は頭を抱え、隣のランに覆いかぶさるようにしてうつ伏せになった。
直後、頭上で言葉では表現できない異音が響き渡り、この空間全体が激震した。
その衝撃は結界を透過して私の背中に凄まじい痛みを生じさせながら、私とランの体を軽々と吹き飛ばした。2人でもつれ合うようにして地面に数回バウンドして、幻獣の死骸にぶつかってようやく止まる。
「がはっ! ごほっ!」
「ぐっ、なに、が……」
私が投げた宝石は、《飛天剣・改》のナックルガードに埋め込まれている宝石と同じもの。ナハク・ベイロン討伐の礼として、ルービルテ辺境侯の奥さんであるリィシャンさんにもらった付与触媒、アブリシアだ。
アブリシアは付与触媒として非常に優秀であり、また、リィシャンさんがくれたものはどれも大きく高品質で、非常に大きな容量を持っていた。いくつかは、私の超級神術を込められるほどに。
そう、先程投げた宝石に込められていた神術は、私の超級神術である“空間拡張”だ。宝石の内側に“物質変形”で小さな空洞を作り、そこを神術で拡張してある。
……最初は、ちょっとした興味本位だった。
“空間拡張”は何もない限られた大きさの、境界が明確に区切られた空間にしか使えない。なら、その境界が物理的に破壊されたらどうなるのか。具体的には、宝石の内側にある空洞を空間拡張した上で、その宝石が砕けたりしたらどうなるのか。
私はそれを、人里離れた山奥で実験した。“空間拡張”を付与した宝石を鉄板の上に置き、遠距離から土属性神術を使ってその上に巨大な岩を落とすことで、力尽くで宝石を砕いたのだ。
そしてその結果、きれいに全てが吹き飛んだ。
宝石の下に置いた鉄板も、その上に落とした巨岩も、全てが一瞬にして消滅した。
宝石があった周囲はまるで巨大なお玉で抉り取られたかのように球状に完全な空白地帯となっており、その周囲も余波で木はなぎ倒され地面はめくり上がりと、大変なことになっていた。その惨状には、やった張本人である私も背筋に寒いものを感じた。
以来、私はその現象を“空間爆発”と名付け、それを発生させる神具《次元爆弾》を最終兵器として右ポケットの奥に封じた。
本当は全て見なかったことにして忘れようとも思ったのだが、もしまたセナト=ラ・ゼディウスのような相手と遭遇した時のために、決定的な攻撃力を持たない私には奥の手が必要だろうと判断し、一応準備だけはしておいたのだ。そして、今回はそれが功を奏したと言える。半分自爆ではあったが、こうして危機的状況は脱することが出来たのだから。
全身があちこち痛い。特に衝撃をもろに食らった背中が焼けるように痛い。だが、痛みに
地面に腕をついて上体を起こし、気配のする方へと視線を向ける。
そこには、軽く抉れた地面の上で、どこか警戒した様子でじっとこちらを窺う神獣の姿。
まったく、とんでもないタフさだ。
私の上級神術を何発もその身に受け、その透明な体はところどころ黒ずみ、全身に大小様々な切り傷が数え切れないほど刻み込まれているにも拘らず、その動きには一切の衰えが見受けられない。そして、あれだけの攻撃を受けていながら、内臓には全く損傷が見当たらない。
どうやら先程の“空間爆発”は紫炎を引き散らすことは出来ても、神獣の本体にはほとんど衝撃が届かなかったらしい。あわよくば巻き添えで仕留めることが出来るんじゃないかと期待したが……それは流石に虫が良すぎたようだ。
だが、それでもあの威力は神獣にとっても脅威だったらしく、今はこちらを警戒して動かない。
正直有難い。この距離でもう一度《次元爆弾》を使えば確実に私達は巻き添えを食らって死ぬし、そもそも右ポケットから取り出す暇もない。爆発の直後に攻撃に移られていたら、私達はなすすべもなくやられていただろう。
(とりあえず、さっきので魔属性神術が有効であることは分かった。あいつがこちらを警戒している内にもう一度接近戦に持ち込んで、ランと2人で攻めればなんとか……)
そう考えながら立ち上がろうとして……私は、恐ろしいことに気付いた。
全身の血の気がざっと引き、地面についた腕が震える。
「おいリア、早く立て。もう一度さっきのように2人で速攻を掛けるぞ。お前は魔属性神術でまた奴の動きを止めてくれ」
「……ごめん、ラン」
「何がだ?」
油断なく神獣を睨みながらそう問い掛けるランに、私は震える声でその事実を告げた。
「足……動かない。たぶん、背骨が折れてる」