更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㊲
すみません、1日遅れました。
少し字数多めにしておいたので、それで勘弁してください。
元々、神力自体に色はない。
多くの一般民は、高密度の神力から放たれる神力光を見て神力は白色だと思っているが、あれは強い光に目が
しかし、例外もある。それが七大神器。
七大神器に神力を注ぎ込むと、七大神器は特徴的な神力光を放ち、そこから放たれる神術もまた、その色を反映したものとなる。
金色の雷、緑色の風、そして紫色の炎。
かつて数え切れないほどの害獣を屠り、人類の生存圏を数百倍に広げた最強の力。
まさか、この短期間で2つも目にすることになるとは……しかも、敵として。
全く嬉しくもなんともない奇縁に呆れつつも、私は警戒心を最大限に引き上げ、相手の様子を注視した。
透明な全身には微かに黒ずんだ焦げ跡があり、ランの“崩天撃”をモロに食らった頭部は少し陥没し、目玉が飛び出ているように見える。しかし、それだけだった。
一般的な害獣なら体に穴が開くだろう超高熱の光線、全身を切り刻まれ、感電死必至の局所的な嵐、そしてまともに頭部に食らえば、結界に守られている私でも即死しかねない超威力の打撃。
それらを食らっておきながら、あの神獣の負っているダメージは致命傷には程遠い。
私の神術が効いている以上、竜種ではないのだろう。だが、それにしても恐ろしい耐久力だ。
「先程わたしが殴った瞬間、どこか衝撃が吸収される感覚があった。どうやら、あいつの透明な体は打撃に対してかなり強いらしいな」
「そう……」
硬い外殻で体を守るタイプではなく、柔らかな体で衝撃を吸収するタイプらしい。それなら、ランの“崩天撃”を食らって無事なのも納得できないこともない。
「なら、これでどう?」
相手が動かないのをいいことに、私は普段ならあまり使わない高難度の神術を複数発動させた。
魔属性上級神術“失落”
魔属性上級神術“
魔属性上級神術“
魔属性最上級神術“魔女の哄笑”
相手が神力遮断能力を有する竜種でないことに付け込んだ、搦手の連発。
精神を直接攻撃し、全身の耐久力を下げ、強制的に無気力状態にし、トドメに体力と精神力を根こそぎ奪う。
普通ならこれらを全部食らえばもう何も出来ない。身動き1つ出来ずに、ただ狩られるのを待つだけとなるだろう。
「行け!!」
そして、私が完成した神術を放つと同時に、神獣がこちらに向かってガパッと口を開け、その首に埋め込まれた燭台が紫色の光を放った。
同時に、私は神獣から死角となる位置に向かって全力で飛ぶ。
この広場は円形のドーム状で、元々遮蔽物となるものは何もない。だが、今は巨大な幻獣の死骸が長大な塀のように地面に横たわっている。その陰に身を隠すように急降下しつつ、私は神獣の方を窺った。
その大きく開いた口から火炎放射器のように紫炎が放たれ、一瞬前まで私達がいた場所を焼き尽く……って、
「えっ!?」
今見た光景が信じられず、素っ頓狂な声を上げる。
危うく墜落しそうになり、慌てて体勢を入れ替えて足から着地しながらも、混乱は収まらない。
「おい! 何が起きた!?」
「分からない!!」
本当に何が起きたのか分からず、ランの言葉に怒鳴り返してしまう。
とりあえず確かなのは、私が放った魔属性神術は残らず無効化されたということだ。
いや、無効化されたというか、あれはむしろ……
ドンッ!!
頭上から聞こえた音に視線を上げると、巨大な金色の目玉と目が合った。
(しまった! 警戒が疎かになってた!!)
咄嗟にその場を離脱しつつ、攪乱のために苦し紛れの神術を発動する。
光属性中級神術“
一切の光を通さない闇の結界に閉じ込められ、神獣の姿が見えなくなる。
しかし、そのことに全く動揺した様子もなく、すぐさまその奥から紫炎が放たれた。
「うわああっ!!」
「うおおっ!?」
背後から迫る紫炎から逃れようと、遮二無二前に飛ぶ。
そうして再び幻獣の死骸の陰に飛び込むと、薙ぎ払うように放たれていた紫炎は消えた。そして、またしてもすぐに動き出す気配。
「くっ!」
気が休まる暇がない。しかも、一歩間違えればもれなく消し炭だ。
すぐさまその場から飛び立つと、ちょうど神獣がこちらに向かって跳んで来るところだった。
「食らえ!!」
神獣の着地の瞬間を狙って、再び“失落”を放つ。
しかし、やはり紫炎で迎撃され……
「っ、やっぱりか!」
やはり見間違いではなかった。
ただ無効化されたのではない。
私が放った神力が、紫炎に触れた途端紫色に変化し、そのまま燃え上がった。
俄かには信じられないが、あの炎は
なら……もう、とにかく当てられないようにするしかない。
光属性風属性複合神術“
風属性上級神術“絶音境界”
火属性中級神術“焦熱”
自分達の分身を陽動代わりにばら撒きつつ、空気を遮断する結界で音と臭いを遮断する。更に神力の気配を追われている可能性も考慮して、広範囲神術でこの空間一帯を神力で埋め尽くし、気配を追いづらくする。これで……
「リア!」
「っ!?」
ランの危機感に満ちた声に、急激に方向転換する。
直後、私達を掠めるように紫炎が迸り、熱波が肌を撫ぜた。
(ヤバイ! 今この状態で炎を横に振られたら、避けれな……)
そう思うと同時に、私に抱きかかえられているランが体を捩じった。
「ふんっ!!」
そして、その手に持っていた戦槌を振るって幻獣の死骸を器用に弾くと、なんと炎を塞ぐ盾にしてしまった。
跳ね上がられた長大な死骸は、一瞬竿立ち状態になった後、ゆっくりと神獣の方へと倒れ込む。
直後、紫炎が途切れ、倒れてくる死骸を避けるように高速で離脱する影。
「リア、あそこだ!」
「分かってる!」
幻獣の死骸の上に一時着地し、神獣の逃げた方に神術をつぶて撃ちに放つ。
威力は二の次だ。それよりも、空中にいる内に風属性神術で翻弄し、体勢を崩し続けるのが最優先。
風属性上級神術“風爆”×32
圧縮空気の砲弾が広場の一角を埋め尽くす勢いで飛び、着弾と同時に派手に炸裂すると、内包していた風の刃を周囲にばら撒く。
神獣の体が宙に跳ね上げられ、すぐまた叩き落とされ、また跳ね上げられる。
「まだまだぁ!!」
ここで手を緩める訳にはいかない。
一度着地させてしまえばすぐに離脱され、反撃される。
「あいつ……なんでこちらの位置が正確に分かるんだ?」
「さあ!? たぶん、何か特別な探知方法があるんだと思う、よ!?」
“風爆”をマシンガンのように断続的に放ちながら、ランに叫び返す。
実際、先程行った攪乱は視覚聴覚嗅覚を同時に欺き、神力探知能力すら混乱させるものだった。それにも拘らず、あの神獣は迷うことなく私達に攻撃を加えた。あの一瞬で幻影を看破し、本体を判別するなど、私でも不可能な芸当だ。
「特別な探知方法ってなんだ?」
「さあね! それこそ聖人ヴァレント、の……」
無意識にそう言ってから、口を
聖人ヴァレントは、冒険王というその称号に相応しく、索敵と探知に優れた情報系の神術師だった。それは、ランの持つ《ヴァレントの針》を見ても分かる。
今、目の前には驚異的な索敵能力を持つ神獣。いや、幻獣。
そして失念していたが、そもそも幻獣は神具を取り込んで生まれる訳ではない。神力を宿した
「まさか、聖人ヴァレントは……この神獣を生み出すために、
「いや、まさかそんな……ありえるのか?」
完全に狂気の沙汰だ。
だが相手は、自らの生涯を費やした冒険の果てに、その足跡全てを収めるためにこれだけの大迷宮を造り上げた人間だ。
その最後の番人として、自らの代わりとなる幻獣を造る? 生い先短い自分の代わりに、自分の能力を引き継いだ最強の番人を?
さっきから見ていたが、あの神獣は眼球が動かないし、ランの“崩天撃”で目玉が飛び出しても、暗闇の牢獄に閉じ込めても、なんの支障もなく動いていた。
恐らく暗闇に適応し、眼球は退化している。そのハンデを補うために、自分の探知能力を……?
「っ!?」
「むっ!?」
その瞬間、神獣からこれまでにない規模の神力と殺気が放たれた。
全身が粟立つ感覚に突き動かされるまま、攻撃を止めて死骸の上から飛び降りる。
バフォ!!
死骸の陰に身を隠した直後、頭上を斜めに紫炎が駆け抜けた。その射線上にあった岩壁が、溶岩になることすらなく焼滅する。ヤバイ。ヤバ過ぎる。
「う、ぐ……っ」
「ラン!?」
苦しげな呻き声に隣を見ると、ランの肩から上が異様に赤くなっていた。なんと、“竜殼”に守られた上でなお、余波だけで肌が焼けたらしい。
すぐさま治癒系神術で治療しようとするが……“竜殼”に阻まれて、治療が出来ない。
「構うな。このくらい問題ない」
「でも……」
「それより“石牢”の準備だ! なるべく強力なの!」
そう言い捨てるや否や、ランは素早く立ち上がり、背後の死骸に向かって戦槌を構えた
「なにを──」
「らあっ!!」
そして、その死骸を力任せに弾き飛ばした直後、その上から神獣が姿を現した。
ちょうど死骸の上に着地しようとしていたのだろう。突然目当ての足場を失い、その足が空を掻く。
その機を逃さず、ランの返す槌がその下腹部を捉えた。突然下から叩き上げられた神獣は、縦方向に回転しながら壁際に吹き飛んでいく。
「リア! 今だ!!」
「!!」
そこでようやく、私はランの狙いに気付いた。
神獣が吹っ飛んで行った場所は、幻獣の巨体が暴れて出来たらしい巨大なくぼみだった。
そのくぼみの中に積み上がった瓦礫に神獣が突っ込むと同時に、準備していた土属性中級神術“石牢”を16発撃ち込み、くぼみに幾重にも蓋をする。
そして……閉じ込めてしまえば、もうこちらのものだ。
火属性上級神術“灼熱”
火属性上級神術“
雷属性風属性複合神術“嵐帝”
土属性中級神術“石牢”
神獣を閉じ込めた閉鎖空間に、局所的な嵐と灼熱地獄を発現させる。同時に更に岩壁を追加しつつ、灼熱地獄の外側を極冷気で逆に冷やす。
体表が焦げたということは、熱攻撃は有効だということだ。なら、このまま蒸し焼きにしてやる。
脱出するためには炎を使うしかないが、そうすれば加速度的に内部の温度は急上昇する。この牢獄を脱出されるのが先か、あいつが高熱で焼け死ぬのが先か、勝負だ!
「う、わ!?」
そう思ったのも束の間、岩壁の表面が見る見る赤くなり始める。
ヤバイ、舐めてた。これは、予想以上に持たないかもしれない。
「ふぬ、ぐぐぐ……」
全精神力を振り絞り、必死に牢獄を維持する。攻撃は二の次で、岩壁の修復と冷却に力を注ぎ込む。
まだだ、これで仕留め切れずとも、出来る限りのダメージを与えておきたい。
「おい! さっきみたいに魔属性神術で妨害は出来ないのか!?」
「あれは元々遠距離用じゃないし、相手が視認すら出来てない状態じゃ無理!!」
そもそも、今はこの均衡を保つのに必死で、難易度が高い魔属性神術なんて使う余裕が無い。
「どんな感じだ?」
「押し切られそうっ、もうそんなに持たない!」
「そうか、ならあの大剣をくれ。やはり打撃では決定打にならなそうだ」
ランの要請を受けて赤い大剣を取り出すと、それをランに投げ渡す。
その数秒後、岩壁の前面が赤熱し、じわじわと溶け始めた。
「リア! ここに壁だ! 出て来たところを叩くぞ!」
「っ、了解!」
ランに言われた通り、溶け掛かっている岩壁の直線上に新たな岩壁を作り出す。
その数瞬後、溶岩と化した岩壁を強引に突っ切って、神獣が高速で飛び出してきた。
しかし、その突進は新たに作られた岩壁に遮られ、停止を余儀なくされる。そこに、私とランが左右から飛び掛かった。
「はあぁっ!!」
「おおぉっ!!」
左右から迫る銀と赤の剣に、神獣が即座に回避行動に移ろうとする。
だが、そうはさせない。この距離なら、確実に決まる!!
魔属性上級神術“失落”
至近距離から放たれた精神系神術は、今度こそその真価を発揮した。
神獣の動きが止まる。
精神を揺さぶる衝撃に、跳躍しようと力を溜めていた足が崩れる。
その首筋に、前後から挟み込むようにして2本の剣が命中した。
「ん!?」
「な、に!?」
だが、斬れない。
まるで、巨大なゴムにナイフを振り下ろしているかのような感覚。
ゼクセリアの圧倒的な切断力を以てしても、少しずつしか刃が沈み込まない。それも、刃が進めば進むほど抵抗が増していく。
(それでも……もうっ、少し!!)
もう少し。もう少しで、刃が背骨に到達する。
ここを斬ってしまえば、もうこいつは動けない。逆にこの好機を逃せば、もうこんなチャンスはそうそう訪れない。
今は、ランと2人で挟み込むようにして切っているからここまで切れているのだ。1人では、抵抗が強くてここまでは切れないだろう。
(だから、ここで決める!!)
一瞬ランと視線を交わし、それだけで意思を共有する。
「うあああぁぁ!!!」
「おおおおぉぉ!!!」
雄叫びを上げながら、全力で剣を振り抜こうとする。
(斬れ! 斬れ! あと少し、もう少し!!)
ゼクセリアの刃が、白い背骨に触れ──ググッと神獣の体が回転し、刃が逸らされた。
精神を立て直した神獣が、剣を振り切って逃げようとしている。
ダメだ。これ以上は切れない。逃げられる。
切れない。切れない、なら……
(刺すっ!!)
刹那的にそう閃いた時には、私の体はもう動いていた。
腰に差している細剣に向かって“念動”を発動し、鞘から飛び出したそれを左手で引っ掴むや、神獣の首筋に真横から刺突を加えた。
ズムッ!
重く、鈍い手応え。
だが、確かに細剣の切っ先は神獣の体に突き刺さった。
その一撃に、神獣が一瞬動きを止め……しかし次の瞬間、激しく体を捻転しながら、大きく跳躍した。
剣と剣の隙間に体をねじ込むような無茶な動き。当然無事では済まず、その体に新たな斬撃痕を刻みながらも、神獣は強引に私達の斬撃から逃れた。
そして、そのまま天井に向かって高く跳び上がり……天井ギリギリで反転すると、ビタッと天井に張り付いた。
……マズイ。これは、マズイ。
上を取られた。
隠れる場所が……ない。