更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㉟
突然2週も更新休んですみません。
コラボ企画と風邪で書く余裕がありませんでした。今回からまた週一更新再開します。
最後の試練に挑む際に出た炎の文字『あと7回』。あれは、最後の試練に挑むことが出来る回数を指していた。それは、2度目に挑んだ時に記された文字が『あと6回』になっていたことからも間違いない。
つまり、この最後の試練は7回以内に最奥部に至るルートを見付け出し、時間内に辿り着くのがクリア条件なのだろう。
そうと判明してからは、私達は変に焦ることなくマッピングを重視して探索に当たることにした。
既に通った通路に目印を付けるのは当然として、どの通路がどの部屋に繋がっていたのか簡単な地図を作り、謎解きの部屋はその攻略法もメモしておいた。……まあ、こちらはランが謎の才能を発揮して秒速で解いてしまうことが多かったので、それほど役に立たなかったが。
そうやって球状に張り巡らされた迷路を1層ずつ攻略していったのだが、“飛行”を使っている分移動速度は普通の探索者より遥かに速いはずなのに、それでもなお攻略はなかなか進まなかった。
2回目の挑戦で進めたのは3層目まで。3回目の挑戦で4層目まで辿り着いたのだが、4層目から例の白い通路が再び現れ、探索速度は落ちた。前回のように洗脳されることこそなかったがやはり精神力を削られ、そこを通り抜ける度に休憩を挟む必要があったからだ。
結果、5回目の挑戦でようやく5層目に辿り着き、運よく早々に次の層に続く通路を発見できたお陰で一気に6層目まで到達。しかしそこで、私達は軽い絶望を味わった。
なんせ、6層目は通路全てが白い通路と化していた上、最初に入った謎解きの部屋まで白い部屋になっていたのだ。
謎解き自体がかなり難解で時間が掛かるものだった上に、少しでも気を抜くと視界に黒い影がちらつき始める。なんとか精神干渉を振り切っても、その時には解き掛けの謎の内容を忘れてしまっている。そんな状況で攻略にかなり時間を取られ、その部屋を出てもまた白い通路なので気が休まることがない。
ランと2人だったから、お互いに声を掛け合ってなんとか乗り越えられたが、正直1人だったら最初の部屋の時点で音を上げていたと思う。というか、度重なる精神干渉と一向に解けない謎解きに追い詰められて、それ以上進むことも戻ることも出来ずに発狂していたかもしれない。
それからしばらく進んでなんとか白い鉱石が存在しない部屋に辿り着いたのだが、どうやら2人共そこで気が抜けて失神してしまったらしく、気付いたら入り口の前まで戻されていた。それで5回目の挑戦は終了。
その後、6回目の挑戦で死にそうな思いで6層目を探索したものの、残念ながら7層目への通路は見付けられずに時間切れになってしまった。
そして、遂にラストチャンスである7回目の挑戦。
私達は6回の挑戦で見出した最短ルートで6層目まで到達すると、7層目に続く通路があると睨んでいる部屋まで、休憩なしで全力で駆け抜けた。
「おえっ、きっつ……」
「はあ、はあ……本当に、気が滅入るな……うっぷ」
そしてその結果、2人揃って完全にグロッキーになっていた。
7回目の挑戦の前に休息はたっぷりとったのだが、それでもあのぶっ続けの白い通路は精神をやられる。もうこの部屋に辿り着く直前は、2人共重度の麻薬中毒者みたいになってしまっていた。
視界はぐらぐら揺れるし黒い影以外の妙な幻覚みたいなものまで見え出すし、自覚はなかったが、たぶんかなり危なっかしい飛び方をしていたと思う。何回か壁に激突したし。
「ちょっと、休憩しよっか……」
「そう、だな……この状態でこの先は危険だ」
私達が今いる部屋……と言っていいのかどうか分からないが、とにかくここは、酷く足場が不安定なのだ。というか、ほとんど足場がない。
今私達が立っている入り口前の地面は5m程先で途切れており、その先は円柱状の足場が点在しているだけなのだ。そして、落ちれば下は針山。私達なら落ちても死ぬことはないだろうが、足場も壁も不自然なほどに平滑なので、よじ登れるかどうかは怪しい。
そう、大前提としてまず飛ぶことは出来ない。なぜならこの部屋全体がもれなく神力遮断空間だから。
まったく、白い通路を抜けたと思ったら今度は神力遮断空間だよ。ここの難易度一体どうなってるんだ。本当に攻略させる気あるのか?
「さて……そろそろ行くか」
「もう? もう少し休憩した方が……」
「といっても、そんなに時間はないだろう? あの白い謎解き部屋でかなり手こずったからな……」
そうなのだ。
一度解いたのだから手順はある程度分かっていたのだが、やはり精神的に追い詰められ攪乱されるあの部屋にはだいぶ時間を取られ、最短ルートを通ってきたにも拘らず制限時間までそれほど余裕はない。
壁の炎は既に黄色。今までの経験から言って、残り時間は恐らく5、6時間といったところだろう。
「そうだね……じゃあ、行こうか」
「うむ」
気合いを入れ直し、私達は不安定な足場へと足を踏み出した。
この部屋の円柱状の足場には大きいものと小さいものがあり、大きいものなら直径1mほどあるが、小さいものだと20cmもない。立つどころか、片足を乗せるだけで精一杯だ。
ならば大きな足場だけ選んで進めばいいかというとそうでもなく、先に進むほど足場の数は少なくなってくるし、部屋の中央付近など足場がほとんどなくて、よく考えて進まないと離れ小島状態になってしまうのだ。そうなったら他の足場に移動できる場所まで戻るしかない。
そう、この部屋は形こそ特殊だが、立派な迷路なのだ。何も考えずに進めば行き止まりに出る。目に見えるゴールを目指して、最適なルートをきちんと見極めなければならない。
時々大きい足場で休憩しつつ、慎重に部屋の中央を目指す。
最初にこの部屋に辿り着いた時は、2人で大騒ぎしながら足をがくがく震えさせつつ足場を渡ったものだが、3回目ともなれば多少は慣れる。
私達はお互いの体に結んだロープを命綱に、互いをフォローしながら30分ほどで部屋の中央まで辿り着いた。が……
「さて、ここからだな……」
「そうだね……」
ランの言う通り、本番はここからだ。
この部屋は巨大な十字路の形をしており、このまま真っ直ぐ進めば、これまでと同じように円柱状の足場と針山が広がっている。
一方で左側は、針山の代わりに毒々しい緑色をした液体で満たされたプールが広がっており、右側は……円柱状の足場の代わりに天井から無数の鎖が垂れ下がっており、その下には底が見えない奈落が広がっている。
……うん、右側だけ難易度おかしいよね。
一応どの方向に進んでもその先に扉はあるんだけど、右側だけ明らかに危険度が高過ぎる。この神力遮断空間で、鎖から鎖へと飛び移って移動とかどうかしてる。私達はローブの右ポケットのおかげで重い装備を持たずに移動できるからいいけど、普通の人は武器やら鎧やら装備した状態でこれをやらなきゃいけないんでしょ? 身体強化の神術が使えたとしても無理じゃない?
しかし、行かなければならない。
先程ここに来るのは3回目だと言ったが、前の2回で正面と左側は行ったのだ。そしてどちらにも7層目に繋がる通路はなかった。
つまり、現状一番怪しいのは、この右側の先にある扉なのだ……。
「よし、行くぞ!」
「……っ! 了解!」
覚悟を決め、手前の鎖に掴まる。
ここもまた先に進むほど鎖の数が少なくなっているが、この辺りはまだ手を伸ばせば届く範囲に複数の鎖がある。
慎重に、それでいて可能な限り早く先に進む。と……
「う、おっ!?」
ランの声に振り返ると、なんとランが掴まった鎖が天井から外れたところだった。
「ランッ!!」
咄嗟にしっかりと鎖にしがみつき、来る衝撃に備える。
すると、直後腰にズンッと衝撃が走り、体が下へと引っ張られた。ズズッと少し体が落ちるが、なんとか耐える。
「すまん、リア。大丈夫か?」
「……なんとか」
かなり心臓には悪かったけどね。まあでも、命綱代わりにお互いの体をロープで繋いでおいてよかった。これがなかったら、ランは奈落の底に落ちていただろう。
「油断していたな……あの地底湖の手すりが外れたことを思えば、これくらい予想できたはずだったんだが」
「たしかに。ここからは鎖が外れないかも警戒しながら進まないとね……」
ロープを上ったランが隣の鎖に取り付いたのを確認してから、改めて先に進む。しかし、毎回鎖をグイッと引っ張って強度を確かめながらなので、進行速度はかなり落ちてしまった。
おまけに途中からは明らかに神具化した鎖が交じるようになり、それらを避けながら進もうと思うと、かなりルートを制限されてしまった。
そして、扉がある足場まであと少しというところで、私はあることに気付いてしまった。
「待って、ラン」
「どうした?」
「……あの足場……どう見ても届かなくない?」
「なに?」
ランも改めて扉の方を見て、そのことに気付いたらしい。
「……たしかに。一番近い鎖でも、足場までかなりの距離があるな。思いっ切り鎖を揺らせば……いや、無理そうだな」
そうなのだ。遠目には分からなかったが、近くで見たらどう見ても飛び移れる距離じゃない。
(……隠れている鎖がある? どこかの鎖を引いたら新しい鎖が出現するとか……あるいは、光属性神術で隠蔽されている? いや、あの辺りに神力の気配は……ん? いや、それなら……)
私は周囲を見回し、神具化した鎖をいくつか発見した。
「ラン、ちょっと手伝ってくれる?」
「ん? 何をだ?」
「《破天甲》を着けるの。片手だけでいいから」
「うん? うむ、分かった」
私はランに協力してもらって、一時的に外していた《破天甲》を右手だけ装備し直すと、一番近くにある神具化した鎖をガッチリと掴んだ。
瞬間、神力が揺らぐ気配がし、数秒後に鎖全体に凄まじい電撃が走った。
しかし、結界に守られている私には通用しない。素手で掴んでたらマズかったかもしれないけどね。
その後、片っ端から神具化した鎖を掴んでいったが、どれも電撃を発したり高熱を帯びたりするばかりで、目当てのものは見付からなかった。
しかし、遂に8本目。
「お?」
それは、電撃も高熱も発しなかった。ただ、鎖全体がするすると移動し始めたのだ。
「見付けた! これが当たりだ!」
「ちょっと待っ──おおい!?」
喜びの声を上げながら、慌ててその鎖に飛び移る。
ランも飛び移ろうとしたが間に合わず、やむなくまたしてもロープを頼りにぶら下がることとなった。
鎖はそのまま、扉がある足場へと真っ直ぐ移動すると、その直前で停止した。
2人で同時に足場に飛び乗り、地面があることのありがたみを実感する。
「ふああぁぁ~~怖かったぁ」
「ふふふ……もう二度とやりたくない。これでこの先が行き止まりだったとしたら、わたしは攻略を諦めるぞ……」
「いやぁ、それはない……と、思いたいけどなぁ……」
ランの言葉に不吉な予感を感じつつも、扉を開ける。
すると、そこはがらんとした四角い部屋だった。それほど大きくはなく、ぱっと見は空の倉庫か何かのようだ。
(え? まさか本当に行き止まり?)
猛烈に嫌な予感が膨れ上がる。しかし、それは杞憂だった。
天井を見上げると、そこにぽっかりと穴が開いていたからだ。
「あれが……次の通路?」
「だろうな……だが、あそこまでどうやって行く? この部屋もまだ神力遮断空間じゃないか」
「う~ん……とりあえず、中に入ってみる?」
「……それもそうだな」
中に入ると、やはり入って来た扉は自動的に閉まった。
となると、この部屋もまた謎解きの部屋なのか……?
「って、え!?」
「うわっ! なんだ!?」
突如、天井の四隅に開いた小さな穴から、ドッと水が流れ込んできたのだ。
たちまち足元は水浸しになり、更にどんどん水位が上がって来る。
「なんだこれは、水攻めか?」
「う~ん……いや、そういうことか」
「なに?」
「これであの穴まで行けるようになるんだよ。たぶん、これは時間稼ぎと……あと、体力と装備を奪うためのものじゃないかな?」
「装備? 体力は分かるが……なぜ装備?」
「この調子で水位が上がり続けたら、重い金属製の装備を身に着けてたら沈んじゃうでしょ。溺れないようにするためには、ここで重い装備は外さなきゃいけないんだよ」
「……なるほどな」
実際、本気で殺す気なら熱湯を流し込めばいいのだ。
そうしないということは、これは冷水で体力を奪い、装備を奪うためのものだと考えるべきだろう。
(しっかし……本当に性格悪いなぁ)
神術が使えず、登れそうな場所もない以上、ここは大人しく水位が上がるのを待つしかない。しかし、それはこの期に及んでかなりのタイムロスだし、さっきの体力と筋力を激しく消耗する鎖地帯を抜けて来た後では、人によってはここで溺死する可能性だってある。
「ううっ、これは……かなり寒いな」
「だね……ちょっとキツイかも」
水位は既に胸の辺りまで上がってきているのだが、現時点でもかなり寒い。神術で体温を上げることは出来るが、それでも皮膚表面の冷たさは変わらないのでやはり辛い。
しかし、やはり2人でいるというのは有利だ。私達は寄り添い合って互いを温めながら、水位が上がるのをジッと待った。
そして、ようやく水位が天井付近まで上がったところで、穴の側面に付いた手すりを上がって部屋を抜けた。
しばらく縦穴を上り、横穴に抜けたところで神力遮断空間を抜けたので、すぐに全身を乾かし、温める。
「マズいな……予想以上に体力を持っていかれたぞ」
「うん……何気にずっと立ち泳ぎしてなきゃいけなかったのがつらかったよね」
「だな……だが、休んでいる暇はなさそうだ」
もう、壁の炎は黄色みがかった赤色になっている。タイムリミットまであまり時間はない。
「……行こう。この先が7層目でしょ?」
「ああ、《ヴァレントの針》は真っ直ぐこの先を指してる」
「よし!」
2人頷き合い、お互いに装備を整え直すと、先へと駆け出す。進めば進むほど、どこか覚えがある濃密で強大な神力の気配が肌に纏わりつくように感じた。
そして、通路を出た瞬間。
ボボボボボッ!!
広々とした空間に炎が爆ぜる音が連続して響き、壁際に次々と炎が点って行った。
そうして照らし出された広場で、まず目に入ったのは巨大な影。広場の中央にその巨体を横たえる、見覚えのある怪物。
「こいつは!?」
「ここに、いたのね!!」
それは、幻獣化した巨大なギギムレディムだった。
逃げ出したっ切りずっと見かけないと思っていたが、どうやらこんなところまで逃げてきていたらしい。
だが、ちゃんと警戒はしていた。動揺はない。そして、ここは神力遮断空間ではない!
(先手必勝!!)
私はその巨体が動き出す前に、全力で神術を撃ち込もうとして──
「待て!!」
背後からランに肩を掴まれ、強制的に止められた。
「待て……様子がおかしい」
「なにが!?」
「落ち着け……あれ、死んでないか?」
「え?」
言われて改めて見ると、たしかにその巨体からは、かつてほどのプレッシャーを感じない。
というか……その身に宿っていた神力が失われかけている? つまり、死んでる? だとしたら、さっきから感じているこの異様な気配は……?
「リア……」
「なに?」
「針が、動いている」
「え?」
ランの言葉に、その手元にある《ヴァレントの針》を見下ろすと、たしかに長針が微妙に動いていた。
私達は動いていないのに。ピクリピクリと、針が動いている。
「「……」」
自然と2人、その針が差す方向に目を向ける。
すると、ちょうど横たわる幻獣の死骸の陰から、のそりと
(ああ、そう、か……)
その姿を見た瞬間、私はこの異様な気配の正体に気付いた。
どこか覚えがあるように感じたこの気配。これは、あの幻獣化したギギムレディムのものではなかった。
これは……“天征竜”セナト=ラ・ゼディウスと同じ気配だったのだ。