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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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ランツィオ・リョホーセン視点⑨

 炎の門を通過してから、どれくらいだっただろうか。

 かれこれもう10時間以上、適宜休憩を挟みつつ探索を続けているが、あの幻獣が造り出したこの迷路は予想以上に複雑かつ巨大な構造をしており、未だに最奥部に辿り着ける兆しは見えなかった。

 この迷路に強制移動があることに気付いてからは、《ヴァレントの針》で大体の目星を付け、通った通路に目印を付けながらしらみつぶしに探索するという方法を取っているのだが、行き止まりに出たり同じ部屋に戻ってしまったりで、あまり進んでいる気がしない。

 事実、《ヴァレントの針》の振れ幅が変わっていないところを見るに、最奥部には全然近付けていないのだろう。と、いうより……


「外側をぐるぐる回ってる……?」

「やはりそうか」


 リアの推測に、わたしも頷く。


「どうやら、この迷路は大きな球形をしているらしいな」

「……そう、ね。それで私達は、その一番外側をぐるぐる回っていただけで、内側には全然近付けていないって感じかな?」

「ふむ……となると、その内側に繋がる通路を見付けない限り、ずっと同じところを回り続けることになるな。だが……もうほとんどの通路は行ってしまったぞ? もし神術とかでその通路が隠されているなら、見付けるのは困難だ」

「いや、それはないと思う」


 リアの断言に、首を傾げる。


「……なぜだ? 正解の通路が壁で塞がれていたりするのは、なにも珍しいことではないと思うが」

「普通ならね。でも、忘れたの? ここは、あの幻獣が掘り進んで出来た迷路なんだよ? 加えて、私達はあの幻獣とまだ遭遇していない」

「あ……」


 それはその通りだ。

 あの巨大な幻獣がこの迷路に逃げ込んだのは確か。どこかでまた遭遇する可能性も考え、わたし達も警戒はしていたのだが、今のところそれは徒労に終わっている。

 つまり、あの幻獣はわたし達がまだ見ぬ“先”へと移動したということだ。それは、あの幻獣が通過できる通路がどこかにあるということに他ならない。


「となると……やはり、あそこが怪しいな」

「う……」


 わたしの視線で言いたいことを察したのか、リアが物凄く嫌そうな顔をした。



* * * * * * *



「……ねえ、本当に行くの?」

「当然だ。実際、この地底湖が一番怪しいだろう?」

「地底湖っていうか、通路が水没してるだけだけど……」


 リアがいつになく嫌そうな表情で見詰める先には、その言葉通り、水没した通路があった。

 ここは大迷宮の中なので“地底湖”という表現が正しいのかは分からないが、位置的にも先ほど言った球の最下部に当たる部分にあると思われるので、恐らくこの大迷宮で一番低い“地底”にあるのだと思う。

 この水没した通路には何度か行きあたっているのだが、今まで水に入るのは避けていた。というのも……


「……やっぱり、他の通路を先に探さない?」


 リアが、この水の中の探索を頑なに拒否していたからだ。


「なんでそんなに嫌がる?」

「むしろなんで平気なの!? こんな暗い中、先がどうなっているか分からない水中に飛び込むなんてどう考えても怖いでしょ!?」

「いや、まあ不安はあるが……神術で呼吸はある程度確保できるのだから、そこまで怖がらんでも……」

「途中から神力遮断空間になってたら? そのまま暗い水中で空気を求めながら溺れ死ぬことになるんだよ? 私には無理。ムリムリムリムリ」


 リアが、常にない激烈な拒絶反応を見せる。もしかしたら、水の罠に囚われて死に掛けたのがトラウマになっているのかもしれない。

 しかし、ここで足踏みしていても時間の無駄だ。こうなったら多少の強硬手段もやむなしだろう。


「ほら、いいから行くぞ!!」

「うわぁっ!?」


 猛烈に首を左右に振るリアの背中にそっと手を触れさせると、水の方に思いっ切り突き飛ばした。……わたしも随分、リアの結界の扱いが上手くなったもんだ。


「ちょっとおぉぉ!?」


 しかし、リアは勢いで数歩だけ水の中に足を踏み入れると、すぐに戻って来てしまった。


「いきなり何すんのよ!? 食べ掛けの携帯食料落としちゃったじゃん!!」


 荒々しい足取りで戻ってきたリアの言葉に水面の方を見遣ると、たしかにリアがポケットに入れていた食べ掛けの携帯食料が水面にぷかぷかと浮いていた。


「それはすまない。だが、地底湖なら水も綺麗だろうし、拾えばいいのではないか?」

「……私もさっきまではそう思ってたんだけどね」

「?」


 首を傾げるわたしに、リアはじろりとこちらを睨んでから、振り返って水際に歩み寄った。


「……ほら、この水明らかに何かおかしいでしょ。一見透明に見えるのに、全然先が見通せない」


 水際で光を翳しつつそう言うリアに、わたしもしゃがんで水中を窺う。

 たしかに、一見透明度が高く見える水だが、不思議と水底が見えなかった。


「たしかに、何かが変だな」

「変というか……これ、絶対何かが潜んでるやつだって」

「いや、こんな地底湖に生物は棲んでないだろう……」

「そんなの分かんないじゃん。巨大な魚が潜んでたらどうする? 水中に入った途端、いきなりガバッと丸呑みにされたら」

「いや、魚が棲もうにもエサが──」



 トプン



 小さな水音に、反射的にそちらを見る。

 すると、数秒前までそこに浮いていたはずの携帯食料が消えていた。あとに残されたのは水面を走る小さな波紋だけ。


「……いるじゃん」


 瞳孔の開いた目でグリンッとこちらを振り返るリアから、反射的に視線を逸らす。うん、たしかにいるな。何かが。


「……ん? ちょっと待って」

「どうした?」


 リアの疑問の声に振り返ると、リアが難しい表情で水面を睨んでいた。


「……ねえ、ラン。ここまでの大迷宮って、幻獣とかの戦闘はさておくとして、神術師でなければ絶対に突破できない状況ってほとんどなかったよね?」

「ん? ……まあ、そうかな?」


 一部の罠に関してはその限りではないが……たしかに言われてみれば、神術師でなければ絶対に進めない場所……たとえば、空を飛べなければ通れない通路や、神術を使わなければ開かない扉などは特になかった。


「たぶん、この大迷宮は神術師でない一般人や、ランみたいに一部の神術に特化した神術師でも攻略できるように設計されてる……ってことは、この通路も神術を使わずに突破できる……はず」

「ふむ……となると、水中に入っても息が続く範囲内に出口はある、と?」

「う、ん……いや、むしろ……」


 リアは曖昧に頷きながらスッと立ち上がると、スタスタと壁際に近付いた。


「お、おい。そこは罠があったんじゃないか?」

「うん。だけど私の直感が正しければ、たぶんこれが正解。……一応、近くにいて」

「お、おう」


 言われた通り近寄ると、リアが周囲に多重結界を張った。

 そして壁に向かって手を伸ばすと、一見何もないように見える壁をグッと押し込んだ。途端、



 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ



 重々しい音と共に、通路全体が激しく振動する。

 そして次の瞬間、目の前の地底湖の水位が見る見る下がり始めた。更には、天井からジャラッと鎖が落ちてくる。よく見ると、天井に通路の先に向かって手すりが出現しているのが分かった。

 その手すりは水中へと続いていたが、やがて天井が完全に見えるくらいまで水が引くと──


「おお……」

「ビンゴ」


 下に向かって緩く傾斜していた天井は途中から上方へと折れ曲がり、手すりはその向こうへと続いているようだった。恐らく、あれがこの球状に広がる迷路の内側へと繋がる通路なのだろう。


「さて、じゃあサクッと飛んで──」

「いや、せっかく手すりがあるんだからそれを伝っていくべきでしょ。なんか嫌な予感するし」

「む……そうか」


 実際に神術を使うリアにそう言われてしまえば、わたしに否やはない。鎖を伝って天井に上がると、手すりを掴んで先に進み始めた。


「大丈夫? やっぱり《崩天槌》は預かってた方が良かったんじゃない?」

「いや、このくらいなら問題ない」

「気を付けてよ? 落ちたら何があるか分からないんだから」


 そう言って、先を行くリアがチラリと下を見る。

 その視線の先には、まだ地底湖が広がっている。どうやら思ったより深いらしく、かなりの量水が引いたのにまだまだ底が見えない。


「安心しろ。このくらいで音を上げるほど、柔な鍛え方は……どうした?」


 突然ピタリと動きを止めたリアにそう問い掛けると、リアは振り返らず、何も言わない。

 そのまま数秒手すりにぶら下がっていたが、不意に無言で進み始める。その後を追って、わたしもすぐにその理由に気付いた。肌に弾ける独特の感覚と共に。


「やっぱり神力遮断空間じゃん」

「……分かった。わたしが悪かったから、その瞳孔開いた目で見るのはやめろ」


 グリンッとこちらを振り返るリアから、サッと顔を背ける。

 しかし実際、あのまま水中を進んでたら溺れ死んでいた可能性が高いし、わたしの提案通り空を飛んでいたらここで水中に落下していただろう。結果的に、リアの言う通りにして正解だったということになる。


 わたしが手すりにぶら下がったまま小さく頭を下げると、リアは小さく息を吐いた後、再び前を向いて進み──


「え──」

「なっ──」


 リアが次の手すりに進もうと、後ろ側の手を手すりから放した途端。リアの全体重を支える手すりが、突如天井から外れた。


「はっ!?」

「っ! リアッ!!」


 咄嗟に体を前に振ると、落ちゆくリアに向かって思いっ切り足を伸ばした。その足首を、辛うじてリアの右手が掴む。


「ぐっ!?」


 途端、わたしの両腕に2人分の体重が一気に圧し掛かり、私は歯を食い縛って耐えた。


「ごめん! 大丈夫!?」

「ああっ、なんとか──」



 ドプン バチャチャ



 不吉な音に、無言で視線を下ろす。

 すると、手すりが落ちた辺りに、複数の巨大な影が揺らめくのが見えた。


「うおぉ!?」

「落ちないでよ! 絶対に落ちないでよ!?」


 何かは分からないが、とにかくヤバいものが潜んでいることはよく分かった。リアもわたしの足にしがみつくので精一杯のようなので、リアをぶら下げたまま身体強化も駆使して先に進む。途中、更に2つほど外れる手すりがあったが、1つ1つ慎重に確認しながら進んだおかげでなんとか引っ掛からずに済んだ。

 そのまま緩やかに上に曲がる天井を進み、やがてほぼ垂直な縦穴へと辿り着いた。

 それまでの間にリアが「キレてる、キレてる!」とか「仕上がってるよ!」とか「この女死力お化け!」とか言ってたが、意味はよく分からなかった。たぶん、応援してくれていたのだろうとは思うが。


 なんにせよ、そこでリアを切り離し、2人で縦穴を登っていく。そして数分後には神力遮断空間を抜け、水平な通路に辿り着いた。


「ふう、ここが2階……いや、2層目ってとこかな?」

「そうなるか。時間は……」


 壁際の炎の色は、既に緑がかった青色になっていた。


「……あと半分と少しってところか。この調子だと厳しいな」

「そうだね。でも、この迷路の構造が分かったのは大きいよ。この迷路は最奥部を中心とした球形。そして、恐らく殻のように何層もの迷路が重なって出来ている。つまり、《ヴァレントの針》が真っ直ぐに指し示す通路を探し出せば、確実に先に進めるってこと」

「そうだな。なら、行けるところまで行くか!」

「うん!」


 そして、わたし達は再び探索を開始した……のだが、結果的に、わたし達は3層目までしか辿り着けなかった。


「マズイよラン! もう炎が赤くなってる!」

「分かってる!!」


 分かってはいるのだが、この謎解きが予想以上に難しい。

 39枚に分割された巨大な壁画を1枚ずつ動かして絵を完成させればいいのだが、あと一歩というところで上手くいかない。この部屋だけで、かれこれ1時間近く立ち往生してしまっている。


「あ、炎が暗く……」

「くそっ、時間切れか!?」


 そしてとうとう、炎が完全に消えた。すると次の瞬間、部屋全体を激しい振動が襲う。


「ランッ!」

「これは……また強制移動か!?」


 突然の垂直移動に思わず膝をついてしまう。そのまま2人でしばらく耐えていると、ようやく移動が終わった……と思った瞬間、地面が抜けた。


「え?」

「は?」


 不意打ちに、辛うじて受け身だけは取りながらも、下の地面に墜落する。


「いたた……いや、痛くないけど……って」

「うぐ……なんだいきな、り?」


 2人で周囲を見回し、同時に同じものに気付いて固まる。

 通路を照らす赤々とした光。それは……数十時間前に見た、最後の試練の入り口である炎の門だった。


「……あっ、『あと7回』ってそういうこと?」

「……」


 ……どうやら、そういうことらしい。

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