ランツィオ・リョホーセン視点⑧
神力の揺らぐ気配。数秒後に通路を爆炎が埋め尽くす。それを、一時的に加速することで事前に回避。熱波を振り切るようにして、一気に突破する。
と言っても、わたしが自分の足で加速しているわけではない。実際に加速しているのはリアであり、そのリアの神術で操られているわたしのコートである。情けないことに、わたしはそれに身を任せているだけだ。完全にお荷物状態である。
しかし、これは仕方がない。あの幻獣が掘り進んだ通路という時点で予想は出来ていたが、この通路は坑道とは違い、人間が進むことが前提とされていなかった。具体的に言うと、角度的にどうやっても歩けない通路があったのだ。
今わたし達が進んでいる通路も、もはや縦穴に近い角度で下に曲がっている。こうなっては、リアの神術で飛んだ方が圧倒的に速い。だから、わたしが完全にお荷物状態であっても、それは仕方がないことなのだ、うん。
そんな風に自分に言い聞かせていると、前方にまた分かれ道が見えた。しかしリアは迷わず、右の通路を選ぶ。
最初は《ヴァレントの針》に従って進もうとしたのだが、あまりにも通路が複雑に曲がりくねっていたので当てにならないと見切りをつけ、リアの判断に任せることにした。なんでも、右手法というらしい。
詳しい理屈は分からないが、右手を壁に付けて進み続ければ、必ず迷路の出口に辿り着けるそうだ。
そんな調子で進むこと数分。
電撃や石槍や毒の霧を掻い潜り、わたし達は開けた場所に辿り着いた。わたし達が通路を通り抜けてそこへ飛び込むと同時に、背後で入り口が閉じる。どうやら後戻りは出来ないらしい。
「一回下ろすよ」
「ああ」
2人揃って地面に着地しつつ、周囲を見回す。
どうやらここは人工的に造られたものらしく、四角形の広々とした部屋となっていた。背後には閉ざされた入り口。反対側の正面に、次の通路に繋がると思われる扉があった。
そして、部屋の中央に鎮座する巨大な天秤。
リアと顔を見合わせ、ゆっくりとその天秤に歩み寄ると、左右の皿に大小様々な重りが乗せられており、微妙に左側に傾いた状態で釣り合っているのが分かった。
そして、その天秤の台座に金属板がはめ込まれており、そこに文章が刻まれていた。
『重りを7回移動させ、天秤を水平に釣り合わせよ。ただし、どちらの皿も地面に着けてはいけない』
「ちょっ、ここで謎解き……!?」
隣のリアが呻くようにそう言い、すぐにしゃがむと地面に何やら書き始めた。
「えっと、まずは左側から右側に移動させるとして……いや、それより先にどのくらいの重さでどれだけ傾くかを……」
何やらぶつぶつ言いながら、猛烈な勢いで地面に図と数字を書き始めるが……いや、だがこれは……そっちがそうで……こうなって、そうするとこれが…………
「ふむ」
謎解きに没頭するリアを尻目に、わたしは天秤に近寄ると、次々に重りを移動させていった。そして……
「出来たぞ」
「へ?」
リアが顔を上げると同時に、天秤がピタリと釣り合い、重々しい音と共に前後の扉が開く。
その様子を愕然とした表情で確認し、リアは大きく見開いた目でわたしを見上げた。
「ど、どうやって……?」
「いや、なんとなく分かった」
「なにその才能!?」
いや、わたしもビックリだ。わたしは計算とかは割と苦手だったはずなのだが。なぜか感覚で解けてしまった。
しかし、正解したのは事実。リアは微妙に納得がいかない様子ながらも、再び神術を発動させて先に進んだ。
上下左右に激しく曲がりくねった通路を飛行し、曲がり角で右に曲がると、前方が白い霧で満たされていた。
「このまま突っ込む!」
「うむ!」
空気抵抗を減らすのと罠を防ぐために、わたし達の周囲には風属性と聖属性の結界が二重に張られている。その防御力を信じ、わたし達は謎の霧の中へと突っ込んだ。
次の瞬間、前後左右上下、一切の方向感覚が失われた。
「ん!?」
「むぅ!?」
狂った感覚のままあらぬ方向に飛びそうになり、慌てて静止する。
そして一旦気持ちを落ち着かせてから、リアがこちらを見た。
「ラン、《ヴァレントの針》を」
「なるほど、そうか!」
言わんとすることを察し、懐から《ヴァレントの針》を取り出すと、その針が指している方向を目印にして、ゆっくりと、しかし確実に真っ直ぐ飛ぶ。と……
「っ!?」
「むっ!?」
突然、霧の中から銀色の棍棒が振り下ろされた。しかし、その不意打ちの一撃はリアの結界に阻まれる。
「これは……っ!」
「まさか、またあの人形か!?」
そのわたしの推測を裏付けるように、今度は右方向から銀色の大剣が叩き込まれる。続けての攻撃に、リアの結界が微かに軋むのが分かった。
「っとおしい!」
白い霧のせいで敵の姿は見えないが、リアは棍棒と大剣が飛んで来た方向に当たりを付け、そちらを衝撃波で薙ぎ払った。が……
「んん!?」
「なに!?」
突如、全方位から十数本に及ぶ銀色の武器が突き出された。たちまち結界が破られ、伸びてきた槍をわたしは戦槌で、リアは蹴りで弾き返した。
そして、それらが引っ込むと同時に、リアがすばやく結界を倍の数で張り直す。
「なにこれ! どうなってんの!?」
「まさかこれは……人形ではなく、壁から腕が生えているのではないか?」
自分でそう言ってから、思わず想像してしまった。
壁や地面から、無数の銀の腕が伸びる光景を。
「キモッ!!」
「怖っ!!」
どうやらリアも同じ光景を想像したらしい。
露骨に嫌悪感を表すと、全方位に衝撃波を叩き込み、がむしゃらに飛んでその場を離脱した。しかし、すぐに壁に突き当たり、止まることになった。
「くっ!」
その壁に沿って再び飛ぶが、またしても壁に突き当たる。そして、そうこうしている間にまた霧の中から銀色の大剣が振り下ろされ、結界を軋ませた。
「っ、どうなって!」
「落ち着けリア! 方向を間違えて地面にぶつかっているのかもしれん!」
「っ! ……そうね」
リアは一度深呼吸をすると、一旦結界を解除し、後方にのみ結界を再展開した。そして、前方の壁に手を当てると、壁に神力を流し込んでいく。この大迷宮で罠の探知に使っていた、簡易的な地形把握方法だ。
数秒後、リアの目が開かれ、呆然とした声が漏れる。
「嘘でしょ……これ、完全に行き止まりだ」
「なんだと?」
「間違いないよ。だって一方向にしか通路が無いんだもん」
なんと、こんな殺意全開の罠が仕掛けられているくせに、ここはまさかの行き止まりらしい。
やむなく引き返し、なんとか霧の中から脱出する。
分かれ道まで戻り、もう1つの通路に入るが……結論から言うと、こちらも行き止まりだった。こちらは分かり易く壁に突き当たったので、まず間違いない。
……というか、先にこちらを選んだ場合、普通の人ならもう1つの通路が先に続いていると信じて、延々あの霧の中を彷徨うことになるんじゃないか? 実際には行き止まりである、あの霧の中を。……エゲツなっ。
つくづく製作者の性格の悪さを実感しつつ、例の天秤の部屋まで戻る。
再び扉が閉められるが、もう謎の答えは分かっている。手早く扉を開こうと、天秤に近付いて……
「……ん?」
「あれ? まさか、初期位置が変わってる……?」
リアが言う通り、重りの配置が変わっていた。これではまた最初から考え直さなければならないが……ふむ。
えぇっと、これがああでこうなって、それで…………
「出来たぞ」
「だからなにその才能!?」
サクッと答えを導き出し、1分足らずで扉を開ける。
そして1つ前の分かれ道まで戻ると、隣の通路に入る。が……
「また行き止まり?」
「むう、仕方ない。戻──」
その瞬間、背後の通路が壁で塞がれた。
「えっ!?」
「なに!?」
行き止まりの通路で閉じ込められるという事態に、2人揃って思わず呆然とする。しかし、その後に起きた現象は更に予想外のものだった。
「うわっ!!」
「ぬおっ!?」
突然壁が……いや、この閉鎖空間そのものが動き出し、宙に浮いていたわたし達は必然的に壁に激突してしまった。結界のおかげで無傷だったものの、今度は別方向に動き出し、再び撥ね飛ばされる。
「う、お!?」
「ラン、掴まって!」
このまま振り回されるのはマズいと判断したのか、リアが地面の一部を取っ手の形に変形させ、そこにしがみついた。わたしも同じく取っ手に掴まり、ひたすら耐える。
すると、何度かの方向転換の末に、ようやく動きが止まった。閉じた壁が再び開く、が……
「……別の場所に移動させられたな」
目の前には、赤い鉱石が点在する通路。どう見ても、さっきまでいた通路ではなかった。
「そんな……しまった」
「? どうした?」
「……右手法が破られた」
「オイィ!?」
「仕方ないじゃん! 強制移動があるとは思わなかったんだもん!」
どうやら、完全に当てが外れたらしい。しかし、こうなっては仕方がない。出口が見えずとも、進んでみるしかないのだ。
「……過ぎたことを気にしても仕方ない。とにかく進むぞ」
「うん……分かった」
頷くと、神術を掛け直して先へ進む。
すると、そこでふと、壁の炎の色が変化していることに気付いた。
「なあ、リア……」
「なに?」
「壁の炎が……青っぽくなってないか?」
「え?」
一旦滞空し、周囲を見回す。
「言われてみれば……もう少し暗い紫だったよね?」
「ああ。もしかしたら、徐々に色が変わっていたのかもしれんな」
しかし、その意味は分からない。少なくともわたしには。
だが、リアはそうではなかったらしい。
「なるほど。これが制限時間ってこと」
「? どういうことだ?」
「最初の炎の壁を思い出して。赤から黄、黄から青に変わって、紫色になって『炎が消えるまでに駆け抜けろ』って出たでしょ? つまり、この炎の色が紫色からまた赤色に戻ったら消えるってことじゃないかな?」
「ああ、そういうことか」
しかしそうなると、1つの疑問が浮かぶ。
「もし炎が消えたら……どうなるんだ?」
「さあ?」
答えは分からない。だが、なんとなく碌なことにはならない気がした。
「……行くか」
「だね」
その予感に衝き動かされるように、再び探索に戻る。
しかし、その後数時間に渡って探索するも、見付かるのは行き止まりばかりだった。
順調に選択肢を潰せていると思えば、全く進展がない訳ではないが……どうにも徒労感が拭えない。そうこうしている間に炎の色は完全に青色になってしまい、焦りばかりが募った。
「一旦下ろすよ」
「? どうした?」
何度目かの行き止まりに突き当たったところで、リアが飛行の神術を解いた。
地面に着地するとその場に座り込み、わたしにも座るよう促す。
「少し休憩にしよう。私も結構神力を消費したし、そろそろ集中力が切れてきたから」
「む……そうか」
そう言われてしまえば、基本的にお荷物状態のわたしとしては何も言えない。
それに考えてみれば、リアは数時間に渡ってほぼぶっ通しで2人分の飛行の神術に結界の神術を使い続け、時には攻撃まで行っていたのだ。むしろ、これで神力枯渇状態に陥っていない方が驚きだ。本来なら、この休憩はもっと早くにわたしが言い出すべきことだった。
自分の注意不足に反省していると、リアがポケットの中から携帯食料を取り出した。そして、何かの壺を……あれは、休息の間にあった保存食か?
「おい、まさかそれを食べる気か? 流石にとっくに腐っているだろう」
「うん、私もそう思うけど……」
そう言いながらも、リアはしっかりと閉められた蓋をこじ開けると、串を突っ込んで中身を引っ張り出した。中から出て来たのは……魚の切り身? いや、半ば以上溶けているが……。
「……」
「待て待て! 何を普通に食べようとしている!?」
「いや、何ていうか……食べなきゃいけない気がして。一種の使命感?」
「そんな使命感は捨てろ! ほら、こっちに寄こせ!!」
強引にリアの手から壺を奪うと、異様な臭気を放つそれを壁に放り投げる。
すると、割れた壺の中からドロドロになった物体と共に、凄まじい臭気が漏れ始めた。
「う……これはダメだ。ちょっと向こうに行くぞ」
リアの手を引き、その場を離れる。
「いわし……」
「だから何を言ってる!?」
青く照らされる通路内に、わたしのツッコミが虚しく響いた。
作者何をトチ狂ったのか、『いわしの聖女が家にやって来た』という短編を書いてしまいました。
それもこれも、感想欄で前回の後書きを散々いじってくださった方々のせ……おかげです。
書いた動機がアレなら内容もかなりアレですが、よかったら読んでみてください。いわし……。