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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㉞

「うおっ! なんだここは!?」


 背後からのランの声で、ハッと我を取り戻す。

 そして、私の横をすり抜けてズカズカと部屋の中へと足を踏み入れるランの後を慌てて追って……ふと、足元の床石に刻まれた文字に気付いた。屈んで見てみると、一番上に『最後の宝部屋』と書かれおり、その下に文章が書かれている。


『ここはこの大迷宮の最後の宝部屋。ここまで辿り着いた猛者に、台座の上に置かれている神器を1つ持ち帰ることを許す。ただし、どれか1つを手に取った瞬間、その者は他の神器を手に入れる権利と最後の試練に挑む権利を永久に失う』


 そこまで読んだところで、慌てて顔を上げる。すると、そこには手前の台座に手を伸ばすランの姿が──


「待てぃ!!」

「うおっ!?」


 咄嗟に手を伸ばすと、コートの裾を掴んで引っ張る。そのまま素早く立ち上がると、背後からランの腕を掴んで止めた。


「あっぶなぁ」

「な、なんだ?」

「あのねぇ、あまりにも迂闊過ぎるでしょ。せめて警告文くらい読んでから触ろうよ」

「なに? 警告文?」

「ほら、そこ」


 床を指差すと、ランがその文章を読もうと屈むのを尻目に、私は前後に3つずつ並んでいる台座の手前の左端にある台座に近付いた。


 そこにあったのは、半円型の黒いくしだった。

 小さな花の浮き彫りくらいしか装飾らしいものがない簡素なものだったが、そこに宿る強大な神力が、その簡素な櫛に異様な存在感を与えている。それに、よく見れば一般的な櫛に比べてかなり歯が細かいし、そのくせ一切歯が欠けていないのが、なんとも言えない違和感を感じさせる。


 そこで、台座の前面に金属のプレートが埋め込まれていることに気付き、腰を屈めて覗き見る。


「《黒狼櫛(こくろうしつ)》……? 聞いたことないなぁ」


 この神器の名前なのだろうが、生憎記憶にないし、こんな櫛がどんな力を宿しているのか想像もつかない。

 正直かなり興味は引かれたが、考えても分かるはずがないので次に向かう。


「これ……花? え? 生きてる?」


 一目見た時からすごく気になってはいたのだが、近くでよく見てもやっぱり花だ。それも、造花ではなく鉢植えに植えられた生きた花。見た目は白くて百合っぽい花で、プレートには、《聖花シェイルレーン》と刻まれている。


「ん? たしか、《聖花シェイルレーン》って……?」

「なんだ、知ってるのか?」


 隣に立ったランの質問に、ゆっくりと頷く。


「たしか、癒しの聖女が持っていた花……だと思う。神力を注ぐことで花につゆが溜まって、それが薬になるとか……」

「ふぅん」


 明らかに興味ないな、この皇女様。さっきから奥の台座にチラッチラ視線を向けてるし。

 しかしなんとなく順番を変更するのも嫌なので、そのまま隣に向かう。すると、ランもチラッチラしながら付いてくる。いや、別にランはランで奥の台座を見ればいいと思うんだけどね?


 前列最後の台座に乗っていたのは、無骨な腕輪だった。

 ブレスレット……って感じじゃないね。なんだろう、むしろ手枷? 筋骨隆々の大男が手首にでも着けてそうな、分厚く重たそうな腕輪だ。色も灰色だし、装飾性なんて皆無。神力を感知できない人間だったら、道端に落ちててもゴミだと思ってしまいそうなほどにお宝感がない。


「《金煉環(きんれんかん)》……」

「ふぅん……なに!?」


 分かりやすっ! まあ、無理もないけど……。


「《金煉環》というとあれか!? 帝国の失われた!?」

「あぁ~~……うん、たぶんそれ」


 《金煉環》は、かつて帝国に現れた聖人の1人が身に着けていた神器だ。私も詳しいことは知らないが、装備するだけで身体強化系の神術が複数付くらしい。それだけなら大したことはなさそうだが、特筆すべきはその際のデメリットが存在しないことだそうだ。

 身体強化系の神術は、強化の度合いに比例して使用中はすごい勢いでエネルギーを消費する。具体的には、すぐに疲れるしお腹が空く。おまけにずっと掛けっ放しにしたりすると、体の正常な成長を妨げる危険性もある。

 私が身体強化系の神術を常時発動させていないのも、そういった事情からだが……この神器だと、そういったデメリット無しに常に強化状態を維持出来るらしい。


「……」

「ラン」

「いや、うむ。分かっている」


 すごく物欲しそうな顔をしているランに声を掛けると、ランは未練を断ち切るように頭を左右に振ってから頷いた。

 それを確認してから、奥の台座に向かう。


 後列の右端の台座。そこにあったのは、巨大な戦斧だった。両刃の中央に獅子の頭が象嵌されており、その獅子の両目に赤い宝石がはめ込まれている。


「威圧感すっご……」


 ギラギラと輝くその両目に思わずそう呟きながら、台座のプレートを見る。


「《獅子吼斧(ししくふ)》……もしかして、あのおとぎ話の?」

「ほう、聖将軍の神器か」


 聖将軍というのは、かなり昔に現れた聖人のことだ。昔過ぎて私もおとぎ話でしか聞いたことがないが、王国で様々な武勇伝を残している英雄の1人だ。

 こんな神器まであるなんて……本当にすごいな、聖人ヴァレント。コレクターとしては間違いなく史上最高だね。


 続いて隣に行くと、そこにあったのは金色の片手槍。名称は《螺旋槍ヘジュプトール》。


「ラン……私、なんだか眩暈めまいがしてきたんだけど」

「奇遇だな、わたしもさっきからなぜか震えが止まらん」


 気持ちは分かる。だってこれまたすごい有名な神器なんだもん。槍型の神器の中では5本の指に入るくらい有名なんじゃないかな? たぶん。


 額に押さえながら、最後の台座に向かう。ただ、その台座には何も乗っていない。

 そう、6つの台座で、この台座だけ空座になっているのだ。近くでよく見ても、やっぱり何も乗っていない。


「……これって、誰かがここにあった神器を持ち去ったってことだよね……?」

「そういうこと、だろうな。わたしが知る限り、こんな深部まで探索した者は過去にいないはずだが……」


 私だってそうだ。

 というか、こんな部屋の存在が明かされていれば、それを知った者は残りの神器を回収しようと動くはずだ。そうなっていないということは、この神器を持ち出した者はそのことを誰にも話していない? あるいは、話す前に亡くなったのか?


 頭の中で思案を巡らせながら、私は台座のプレートに目を落とした。

 そして、そこに刻まれていた名称に首を傾げる。


「《邪剣ソラナキ》と《魔剣ツキナシ》……?」


 なんだか少し日本語っぽい名前のような?

 ソラナキ……空泣き? いや、ツキナシって語感からすると、《空無き》と《月無し》かな? ……空が無くて月が無い? なんじゃそりゃ?


「なに!? ソラナキとツキナシだと!?」

「知ってるの?」

「知ってるも何も……武王国の王祖が持っていた神器だぞ?」

「なっ……」


 それって、帝国にとっての《崩天牙戟》みたいなもの? なんでこんなところにあんの!? いや、あったの!?


「そんな神器、普通なら国宝として、武王国の王城の宝物庫に仕舞われてるはずじゃ?」

「わたしもそう聞いていたが……これを見る限り、だいぶ前に行方不明になってたらしいな」


 まあ、国宝が行方不明なんて誰にも言えないよね。国の威信に関わるし。

 しかし、となると……


「……そんなものが表に出たら、当然話題になるはずだよね?」

「まあ、そうだろうな。わたし達が一切聞いたことがないというのは妙だ」

「ということは、これを持ち出した人間は持ち帰る途中で亡くなったか……」

「あるいは、誰にも知らせぬままどこぞに持ち逃げしたか、だな。まあ、そんな可能性は低いと思うが……」


 それはそうだ。普通、そんな神器を手に入れておきながら、誰にも話さず人前でも使わずなんてことをするとは思えない。

 持っていることがバレて武王国に命を狙われることを恐れたという可能性もなくはないが、それなら最初から他の神器を持って行くだろう。使えもしない神器をわざわざ選ぶなんて、あまりにも理屈に合わない。……いや、そうか。


「……もし、武王国の人間がこっそり王城に持ち帰ったとしたら?」

「ん? ……ああ、なるほど。その可能性があるか」


 武王国の人間がここにあった国宝を回収し、初めから行方不明になどなっていなかったかのように、しれっと宝物庫に戻した可能性がある。それなら、一切噂になっていないことにも説明が付く。


「ふむ……そう言われると、そんな気がしてきたな。まあ、仮に武王国に問い合わせてもシラを切られるだろうし、真相は分からんが」

「そう、ね……」


 実際私も、持ち去った人間が迷宮を出る前に亡くなったか、あるいは武王国に回収された可能性が高いと思う。

 しかし、なぜか。その2つの剣の名前が、妙に私の印象に残った。

 気分を切り替えるように頭を左右に振ってから、ランに問い掛ける。


「それで、どうする?」

「どうする、とは?」


 本気で何を言っているのか分かっていないように目をぱちぱちとさせるランに、真正面から言い放つ。


「私は、ランがここで脱落するというならそれでも構わない」

「……なに?」

「私はここにある情報を手に入れるために来た。だから、私はなんとしても最奥部に向かう。でも、ランがここの神器を魅力的だと思うなら、止めはしない。最後の試練には私1人で挑む」


 実際、ここから先にランにとって《金煉環》以上に魅力的なお宝があるかどうかは分からない。帝国の失われた神器を持ち帰れば、ランは一躍英雄になるだろう。その機会をふいにしてまで、私に付き合わせる気はなかった。

 しかし、私の真剣な提案に、ランは……


「何を言うかと思えば……当然、最後まで付き合うに決まっているだろう?」


 肩を竦めながら、事も無げにそう言ってみせた。そのあっさりとした態度に、思わず拍子抜けしてしまう。


「……いいの? 最奥部に、《金煉環》以上のお宝があるとは限らないよ?」

「そんなことは分かってる。だが、ここから先は間違いなく今までで一番の危険地帯だろう。わたしが、そんなところにお前1人で行かせると思うか?」


 その言葉に、私は何も言えなくなってしまった。そんな私に、ランは冗談めかした笑みと共に言う。


「それに……さっきの文章を覚えているか?」

「え?」

「ほら、あれだ。『台座の上に置かれている神器を1つ持ち帰ることを許す。ただし、どれか1つを手に取った瞬間、その者は他の神器を手に入れる権利と最後の試練に挑む権利を永久に失う』と書いてあっただろう?」

「ああ……それがどうしたの?」

「つまり、逆ならいい訳だ」

「逆?」

「ああ、最奥部まで攻略した後でここに戻ってきて、改めて神器を手に入れることは構わないということだろう?」

「……」


 ランの言葉に、私は完全に意表を突かれてしまった。なるほど、たしかに字面だけ読めば、最後の試練を終えた後に神器を手に入れることに関しては特に制約が無い。


「……その発想はなかった」

「はっはっは、どうだ? これで万事解決だろう?」

「そう、ね……」

「うむ。そうと分かったら、最後の試練とやらに向かうぞ」

「その前に、せめて少し休憩しない? ちょうどその為の部屋があるわけだし」

「ふむ、それもそうだな」


 頷くランと共に、2人で出口に向かう。

 休息の間へと戻り、最後にもう一度5つの神器を視界に収めてから、ゆっくりと扉を閉める。

 そして、ランの背中へと静かに語りかけた。


「ラン」

「ん?」

「ありがとう」

「うむ」


 私のお礼に、ランは気にした様子もなく頷く。

 ……なんか、いいなぁ。こういうの。なんというか、“友達”って感じ。


 胸の中がほんわりと温かくなり、思わず頬が緩む。

 すると、ランもニカッと快活な笑みを浮かべ……


「よし、じゃあ一緒に寝──」

「それはイヤ」


 私は一瞬で真顔になると、食い気味に拒否をした。“友達”? 知らん。



* * * * * * *



「さて、では行くか」

「うん」


 数時間の休憩を挟んで、私達は炎の壁の前に戻ってきた。

 ゆっくりと深呼吸をして、炎に近付き──


「あれ?」

「どうした?」

「いや……熱くないなって」

「ふむ? ……言われてみれば」


 もう手を伸ばせば届きそうな距離まで近付いているのに、全く熱さを感じないのだ。これは一体……ん? もしかして……


「……台座の神器を手にした人間だけが、熱さを感じるとか?」

「む……なるほど。最後の試練に挑む権利を失うということは、つまりそういうことか」

「かもしれない。だとすると……」


 ゆっくりと炎の壁に手を伸ばす。

 やはり、熱くない。もしかしたら、このまま通り抜けられるんじゃ?


 そんな思いと共に、更に手を伸ばす。そして、炎に指先が触れた、その瞬間。



 ゴアッ!!



 炎が一層激しく燃え上がり、色を変え始めた。

 赤から橙。橙から黄色。そして黄色から緑、青、紫へと。


 炎が鮮やかな紫炎となると、その炎は通路の中央へと収束し、空中に文字を描き始めた。


『最奥の宮まで駆け抜けよ』


『炎が消える前に』


『あと7回』


 次々と形を変える炎が、最後に数字を描く。その意味を汲み取る前に、紫炎が破裂し、通路に紫の灯りが点灯した。

 その炎は奥へ奥へと等間隔で燃え上がり、たちまち闇を裂いて通路内を妖しく照らし出す。


「っ、行くぞっ!!」

「うんっ!!」


 ランの声に力強く頷き、私はその奥へと一気に駆け出した。

“癒しの聖女”って書こうとして、一回“いわしの聖女”って書いてしまいました。

現時点で令和イチの破壊力を持った書き間違いです。いわし……。

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