更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㉝
「ん? これは……」
「どうしたの?」
なんとか気を取り直し、先に進もうとゼクセリアの回収をしたところで、ギギムレディムが姿を消した穴の方に向かっていたランが声を上げた。
振り向くと、ランが穴の入り口付近に積もった瓦礫の下から、赤い大剣を引っ張り出すところだった。
どうやら、ギギムレディムの体に突き刺さっていたのが、穴に潜り込む際に抜けたらしい。
「ああ、それ抜けたんだ?」
「う、うむ……そうらしいな?」
頷きながらも、ランはどこか挙動不審だ。何やら落ち着かない様子で、しきりに視線を彷徨わせている。
「……いや、そんな顔しなくても、その大剣はランにあげるから」
「わ、わたしがどんな顔をしていると!?」
「『これ欲しいなぁ。でも、今のわたしは一応案内人って立場だしなぁ。やっぱりリアに渡さないとダメかなぁ』って顔」
「なっ……精神系神術か!?」
「いや、ここ神力遮断空間だから」
「ぬ、ぬぅ……」
ランは無念そうに唸って唇を噛むが……いや、そんなもの欲しそうな表情でチラッチラされたら誰でも分かるから。
「ほ、本当に……いいのか?」
「いいよ。剣ならもう十分過ぎるのがあるし」
そう言いながら手元のゼクセリアに視線を落とすと、ランは多少納得した様子を見せた……が、まだ迷っているらしい。傍から見てはっきり分かるほど葛藤してらっしゃる。
(まったく、変なところで律儀というかなんというか)
まあ、前世日本人な身としては、そんなランの態度は好ましく思えるけども。
「いや、本当に遠慮しなくていいから。私そんな大剣扱えないし。それに、少しは成果があった方が、ランだって皇帝陛下に怒られずに済むんじゃない?」
「うっ……まあ、そうだな……うん」
つい忘れそうになるが、ランは勝手に神器を持ち出した挙句、独断で私の案内役を引き受けている身だ。このまま何の手土産もなく帝都に戻れば、皇女と言えど無罪放免とはいかないでだろう。まあその時は、私だってそうキツイ罰を与えられないよう口添えするつもりだけど。
「分かった……じゃあ、もらうぞ?」
「どうぞどうぞ」
「……ありがとう」
そこでようやくランは嬉しそうに笑い、大剣をぶんぶんと振り回し始めた。
……あの大剣を軽々と扱えるのは純粋にすごいと思うけど、危ないからやめてくれないかな。
「……って、ところでラン。それ、どうやって持ち運ぶつもり?」
「あ」
私の疑問に、ランがピタリと動きを止めた。
いや、だってランは元々《崩天槌》を担いでるし。あの赤い大剣、大きさからして背負わない限りとてもじゃないけど運べなさそうだし。
「……どうしよう」
「……とりあえず、私が預かっておこうか?」
「なに?」
「いや、とりあえずここにね」
そう言いながらローブの右ポケットを叩くと、ランが怪訝そうに眉をひそめた。
「それはいいが……入らないだろう。この大きさは」
たしかにその大きさじゃあ、柄の部分がポケットの入り口を通らないだろうね。
でも、大丈夫。その問題は既に解決済みだ。
「
私の式句に合わせ、右手の前に光の輪が出現する。“空間接続”で作られた、直径1m程の門だ。その先は、私の右ポケット内の拡張空間に繋がっている。
「お、おお!?」
「ほら、そこに入れてくれればいいから……と、ごめん。その前に、最低限布だけでも巻いておこうか」
「え、あ、ああ」
“念動”で大きめの布を引っ張り出そうとして……ここが神力遮断空間であることを思い出した。
やむなく一度ギギムレディムが逃げた穴に入ると、5m程進んだところで肌に何かが弾ける感覚がし、神力遮断空間を抜けたことが分かった。
それから改めて布を取り出し、ランが持つ赤い大剣にぐるぐると巻き付ける。
一瞬、あの不可視の斬撃が発動するかと思ったが、幸いそんなことはなく、無事その剣身を覆うことに成功する。発動条件がよく分からないが、固いものに突き刺さない限りはあの全方位無差別斬撃は発動しないのだろうか?
「ほら」
「う、うむ」
右手の前に開いた門を向けると、ランが恐る恐るといった様子で赤い大剣を押し込んでいく。そんなに警戒しなくても、別に何も害はないんだけどね。
「
ランが大剣を押し込み、ついでにゼクセリアも鞘に納めて放り込んだところで、再び式句を唱えて門を閉じる。
この“空間接続”は、私がローブに追加で付与した神術だ。
いや、より正確に言えば、フードに刺された
右ポケットに大きなものを入れるために、“空間接続”を使うという発想自体は前からあった。
しかし今までは、右ポケット内の拡張空間に“空間接続”を発動させることは出来なかったのだ。“空間拡張”と“重力遮断”が付与された右ポケット内の空間が既に神力飽和状態になっており、“空間接続”を発動する余地がなかったために。
しかし、フードに刺された
「さて、それじゃあ先に進もうか」
「う、む。そうだな」
赤い大剣を回収し、私達は改めて洞窟を進み始めた。
しかし、これが正直かなり歩きにくい。まあ、壁も地面もネジ穴のようにギザギザに溝が彫られているのだから、歩きにくいのも当然だけど。
「……こうなってみると、坑道って歩きやすかったんだね」
「そうだな。気を抜くとすぐ躓いてしまいそうだ」
そんな風に話しつつゆっくりと歩き始めたのだが、20m程進んだところですぐに立ち止まることになった。
「なっ、これは……っ!」
「なんだと? ここまで来てまたこれか?」
私達の視線の先にあったもの。それは、赤々と燃え上がる炎の壁だった。炎が通路を埋め尽くすその様は、この大迷宮の入り口を彷彿とさせる。
「まさか……中間地点? ここからが本当の本番だとでも?」
「なっ……まさか、嘘だろう!?」
私だって信じたくはない。
しかし、先程の幻獣化したギギムレディムが中ボスだとすると、ここから後半戦だというのもあり得ないことではないと思えた。
「まあ、とりあえず……ん?」
「どうし……って、なんだあれは?」
炎の壁に近付こうとして、炎の手前に横穴が開いていることに気付いた。しかもその奥には、頑丈そうな金属の扉が見える。ギギムレディムの掘られたこの通路の中で、そこだけ明らかに人工物であることが、何とも言えない違和感を感じさせた。
「……罠、か?」
「どうだろう。罠にしては露骨すぎる気も……」
お互いに顔を見合わせ、とりあえず先に私がその横穴に入ってみた。
……特に何も起きることはなく、無事に扉の前に辿り着く。
「……“休息の間”?」
扉の表面に彫られている字を見て、私は戸惑った。
額面通りに受け取れば、ここは所謂セーフティーゾーンということになるのだが……この大迷宮に、そんな親切な場所があるのだろうか?
「とりあえず、入ってみるしかないのではないか?」
「うん、そうなんだけど……」
背後のランがそう言うが、私は迷っていた。
なぜなら、扉の前に立って、はっきりと感じ取ってしまったからだ。この扉の奥に存在する、とんでもない神力の気配に。
これは、先程の赤い大剣すら超えている。いや、私の持つゼクセリアですら問題にならない。この圧倒的な気配は……
「お前が開けないなら、わたしが開けるぞ」
「あ、ちょ──」
私が逡巡している間に、焦れたランがさっさと扉を開けてしまった。
一瞬焦るが、開かれた先に広がる光景を見て、言葉を失う。
それは、
綺麗に
「……どうやら、ここは本当に休息のための部屋のようだな」
「……そう、かな? いや、まだ油断は……」
そう、油断してはいけない。
ここは聖人ヴァレントの大迷宮。あの数々の悪辣な罠を仕掛けてきた、聖人ヴァレントの大迷宮なのだ。
ここで下手に気を抜いたら、一体どんな目に遭うか……
「とうっ!」
「って、何やってるかぁ!?」
いきなりベッドにダイブしよったぞこの皇女様!! 警戒心がないのか!? バカなのか!?
「うぷっ、流石にほこりっぽいが……ベッド自体は上等だな。このまま寝てしまいたい気分だ」
そんな私を気にした様子もなく、ランはベッドの上でゴロゴロし始める。
……その姿を見ていると、私も同じようにベッドダイブを決めてみたくなるが……ここは我慢だ。そう、いくら目の前のベッドがふかふかで魅力的に見えたって、ここは我慢だ。……そう、いくらここのところずっと安宿の固いベッドや布を重ねただけの即席ベッドでしか寝てないからって、ここはがま──
「とーっう!」
「って、何してくれてんだぁ!?」
いきなり背後からランに飛び付かれ、強制的に頭からベッドにダイブする。こ、こいつ、私の結界が発動しない絶妙な力加減を覚えてきてやがる!
「うぶっ!」
「うぷっ、ごほごほっ」
たちまちほこりが舞い上がり、2人で咳き込む。
「げほっ、本当に何考えてんのよ!」
「えほっ、いや、お前がっ、ごほっ、いつまでも警戒を解かんから、つい」
「当然でしょ。こんなところで油断できるはずがないし」
そう言うと、絡みついてくるランを押し退けて立ち上がり、室内を探索し始める。
しかし、いくら調べても懸念したような罠の類は見付からず、それどころかここが本当の意味で“休息の間”であるという確信が強まるばかりだった。
なにせ、奥の棚には密閉保存された保存食(前世で言うところの缶詰めのようなもの)が大量に並んでいたし、その下の戸棚からは水属性神術を付与した給水器や薬の類まで見付かったのだ。
「……本当に、休憩場所なの?」
「……ぐぅ」
「寝るな!!」
いつの間にかベッドの上で普通に寝息を立て始めたランに、手元の保存食を投げつける。が、普通にキャッチされた。どこぞの仙人か、お前は。
「……どうした? やっと
「……」
目をくしくししながら上体を起こしたランに思いっ切りジト目を向けてから、私は背後を振り返った。
そこにあるのは、またしても金属製の扉。しかし、今度は全体に精緻な彫刻が施されており、見るからにただものではない雰囲気を醸し出している。
そして何より……先程の扉の前で感じた強大な神力は、明らかにその扉の奥から流れてきていた。今度こそ罠か、それとも……
「……ふぅ」
考えても仕方がない。どうせ開けてみるしかないのだから。
私は覚悟を決めて扉を押し開け……再び絶句した。
そこにあったのは、