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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㉜

「ふっ!!」


 高速で突っ込んで来る巨大な口を横っ跳びに回避し、目の前に迫って来た牙を、上段からの一撃で半ばから断ち切る。

 直後、衝撃と共に足元が激しくグラつくので、数歩移動して安定した足場を確保する。


「ふぅーーっ」


 今ので、口の先端から生える牙はほとんど全て両断した。ネジの先端部分を形成する牙をここまで斬られては、もう地面を掘り進むことも出来ないだろう。


 だが、そんな状態になっても、この幻獣に退く様子は無かった。

 再び突っ込んで来たのを避けつつ、今度は横一閃で頭部を斬り裂く。しかし、浅い。表面の岩石部分と外殻表面しか斬れていない。


(さっきまでは牙が邪魔で近付けなかったけど……今ならもっと踏み込める。今度はもっとギリギリで避けて──)


 そこまで考えたところで、ちょうどギギムレディムが再び頭をもたげた。そして、首らしき部分をググッとたわませ──


(来るっ)


 引き絞られた弓から矢が放たれるようにして、ギギムレディムの頭部が高速で突っ込んで来る。

 しかし、速くはあれど単調で直線的なその動きにはもう慣れた。全神経を集中すれば、十分見切れる。


(まだ、まだ……もっと引き付けて……)


 極限の集中によって引き延ばされた感覚の中で、巨大な口が近付いて来るのを、目を大きく見開いて見詰める。


(ここっ!!)


 ギギムレディムの吐く息を感じられる距離まで近付いたところで、全力で横に跳ぶ。それと同時に、脚に巻きつけるようにして構えていたゼクセリアを、全力で切り上げる。


 腕を掠めるような距離を折れた牙が通過し、同時に私が振るう長剣が、ギギムレディムの口端から首までを切り開いた。


「ギュオォォ!!」


 ギギムレディムの悲鳴と共に黄緑色の体液が噴き出し、慌てて飛び退く。

 ようやく初撃に続いて有効な攻撃が入った。この調子でどんどん斬り込んでいけば、そのうち仕留められる……と思う。


(本当は、どこか急所を狙えればいいんだけど……)


 残念ながら、その急所がどこにあるのかが分からない。

 頭部というなら、真っ先に思い浮かぶのは脳だけど……あるの? 動物ならあるんだろうけど、これは果たして動物なのか……虫だとしたら、たぶん脳の代わりに胴体のどこかに神経の塊があると思うんだけど……。


 そんなことを、つらつらと考えていたのが悪かったのか。あるいは、幻獣攻略の見通しが立ったせいで油断していたのもあるかもしれない。

 足首の辺りを何かではたかれる感覚がして、私はようやくそれ(・・)に気付いた。


 視線を落とすと、足首に赤いものが巻き付いている。

 空中にピンと張ったそれは、ゆるゆると頭を持ち上げるギギムレディムの口の中へと繋がっていた。


(えっ、まさかこれって──)


 そう思った直後、足がグンッと引っ張られた。

 突然足をすくわれ、私は堪らずにひっくり返る。しかし、地面に後頭部を強打する前に、私の体が宙に浮いた。


(やっぱり舌だ! こいつ舌があったの!?)


 上下逆さまに吊り上げられながらも、私は咄嗟に剣を振るい、足首から伸びる舌を断ち切ろうとした。が……


(届、かない!?)


 角度的に、絶妙に剣の切っ先が届かない。

 そうこうしている内に、どんどんギギムレディムの口が近付いてくる。


(マズッ、食われ……こうなったら、自分の足ごとっ)


 こんな状況では、足首を拘束する舌だけを正確に斬ることは不可能だろう。だが、背に腹はかえられない。

 私が自分の足首も多少切ることを覚悟で、剣を振りかぶった……その瞬間。


「リアーーーーッ!!」


 ランの叫び声と共に視界を赤い影が横切り、空中の舌を両断した。

 再びギギムレディムの悲鳴が響き、私の体が宙に放り出される。


 なんとかゼクセリアで自分を傷付けないようにだけ気を付け、私は地面に横倒し状態で着地した。

 すぐさま起き上がり、視線を上げると、再びランの声が聞こえた。


「そいつを使え!!」


 その言葉に導かれるように、視線を赤い影が飛んで行った方に向ける。

 すると、壁際でとぐろを巻くギギムレディムの胴体の近くに、見覚えのある赤い大剣が落ちているのが見えた。


(あれは……そうか!!)


 ついこの前見た衝撃的な光景を瞬間的に思い出し、私はその大剣に向かって駆け出した。

 しかし、数歩と走らない内に頭上に影が落ち、私は頭から飛び込むようにしてそれを回避した。

 直後、背後で轟音がし、石の破片がパラパラと体に当たる。

 それも無視して走ると、私は空いている左手で赤い大剣を拾い上げた。


(うっ! 重っ!!)


 しかし、あまりの重さにたたらを踏んでしまう。

 やむなく、私はゼクセリアを一時その場に突き刺すと、両手で赤い大剣の柄を握った。

 ぐっと腹に力を入れて大剣を持ち上げると、こちらを向いたギギムレディムに向かって駆け出す。

 そして、その突進をまた紙一重で躱すと、その首に向かって全力で大剣を突き出した。


「はあっ!!」


 ゼクセリアと違って、重い手応えと共に大剣が沈み込んでいく。が……


「刺さら、ないっ!?」


 今まで使っていたゼクセリアが、いかに破格の切れ味を持っていたのかがよく分かる。

 赤い大剣は、ギギムレディムの体表を覆う岩石層を貫いたところで止まってしまった。


「くっ!」


 こうなったら、柄頭を思いっ切り殴って無理矢理押し込んでやろうか……と考えたところで、背後からランの声が響いた。


「任せろ!!」


 その声に振り向き、戦槌を腰だめに構えて駆けて来るラン、その後ろに迫るギギムレディムの尾を見て、私は迷わず駆け出した。


「任せる!!」


 すれ違いざまにランにそう告げると、私は思いっ切り地面を蹴りつけ、襲い来る巨大な尾に向かって跳躍した。


「しっ!!」


 そして、空中でその尾を全力で蹴り上げる。

 “聖域結界”による衝撃反射を食らった尻尾は、冗談のように上方に弾き飛ばされた。


「やっちゃえ! ラン!!」

「オオッ!!」


 私の声援を受け、ランの戦槌が大剣の柄頭へと叩き込まれた。



 ドガァァァァン!!



 凄まじい衝撃音が響き渡り、赤い大剣がギギムレディムの首に深々と突き刺さった。そして、その剣の表面にどす黒い波紋が浮き上がり……



 ズガガガガガッ!!!



 剣を中心として、ギギムレディムの体に無数の斬撃が刻まれ始めた。


「ギュギュオオォオォォォォ!!?」


 恐らく、体の内側からも刻まれているのだろう。

 ギギムレディムが口から黄緑色の体液を吐き出しながら、激しく悶え始めた。

 頭部を振り乱し、とぐろを巻いていた胴体を激しくよじりながら、凄まじい勢いで暴れ回る。その度に洞窟内に轟音が鳴り響き、地面が激しく揺れた。しかし、赤い大剣はそれでも抜けず、不可視の斬撃の嵐は止まらない。


 私達は、その狂乱に巻き込まれないように広場の中央へと移動し、その様子を見守った。

 やがてギギムレディムが切り刻まれる音は止まったが、その頃にはギギムレディムの頭部から胴体に掛けて、見るも無残なほどズタズタに切り裂かれていた。

 そして、ギギムレディムはなおも激しく身悶えていたかと思うと、突然壁に向かって突進し始めた。

 見ると、壁の一部がぽっかりと開いており、ちょうどギギムレディムが通れるくらいの大きさの穴が開いていた。


 ギギムレディムはその穴に頭から突っ込むと、ガリガリと壁面を削りながら体を押し込んでいく。

 そのちょうどピッタリな穴の大きさを見るに、どうやらその穴は「ちょうどギギムレディムが通れるくらいの大きさ」なのではなく、「実際にギギムレディムが掘り進んで出来た穴」のようだった。


 私がそんなことを考えている間に、ギギムレディムはその長大な体をどんどん穴に押し込み、遂にその姿を消してしまった。


「えぇっと……」

「これは……」


 ガリガリゴリゴリと洞窟を削る音が徐々に遠ざかっていく中、私とランはどちらからともなく顔を見合わせ、なんとなくお互いの言いたいことを察した。


「逃げたね」

「逃げたな」


 ……いや、なんだろう。

 まさか相手が逃げるとは思ってなかったし、その逃げ方がずいぶんとダイナミックだったこともあり、手出しをすることも出来ずに普通に見送ってしまった。

 今思えば、「逃がすかぁ!」と追いすがって追撃を加えるべきだった気も……いや、どちらにせよあんな巨体に無闇に突っ込んでも、こちらが吹き飛ばされるだけだったか。走行中の電車に突進するようなもんだし。


「まあ、その……ありがとう、助けてくれて」


 逃げたギギムレディムのことは一旦置いておいて、私はランに頭を下げた。


「なっ、いや、気にするな! そもそも、お前に危ない方を任せたのはわたしだしな。礼を言われるほどのことではない」

「そんなことないよ。事実、ランがあの大剣を投げてくれなかったら、かなり危なかったと思うし」


 もしあれがなかったら、私は自分の足ごとギギムレディムの舌を斬り、私は機動力を欠いた状態で戦い続けなければならなかっただろう。


「いや、それを言うならわたしも人形との戦いで……ああ、もうっ! お互い様ということでいいではないか! この話はこれで終わり! 終わりだ!!」


 そう叫んで分かり易く照れ隠しをするランにちょっと笑ってから、私は周囲を見回した。


「それにしても……そうか、この広場は、あの鍾乳洞と繋がってたんだね」


 道理で、地面が岩やら石やらで埋め尽くされている訳だ。

 これらは元々こうなっていた訳ではなく、赤い大剣の力で崩落した鍾乳洞の地面が、上から落ちて来たものだったのだ。

 そう気付いてから改めて見てみると、たしかに石筍の欠片らしき尖った石があちこちに……


「ん? あれ?」

「どうした?」

「いや……」


 改めて、頭上を見上げる。

 暗い闇に沈む、吹き抜けの天井を。


「……ということは、あのままこの縦穴を降りていれば、あんなおっかない通路を通らなくても済んだんじゃない?」


 そう言って視線を下ろすと、ランも曖昧な笑みを浮かべながら視線を彷徨わせた。


「いや……そう。その場合は、飛行の神術を使ったままこの神力遮断空間に突入する訳で……思いっ切り墜落してしまったのではないか?」

「……私の結界とランの“竜殻”があれば、問題なくない?」

「……」


 ……世の中、往々にして気付かない方がいいこともある。


 洞窟内に、何とも言えない気まずい沈黙が落ちた。

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