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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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ランツィオ・リョホーセン視点⑦

(来るっ!!)


 直感に従って全力で左に跳ぶと、視界の隅でリアも反対側に跳び退るのが分かった。

 その直後、わたし達の中間に巨大な口が着弾した。あと一瞬逃げるのが遅ければ、頭から丸呑みにされていただろう。

 しかし、なんとか回避した……と思った直後、右脚に焼けるような痛みが走った。


「ぐ、あっ!」


 空中で体勢を崩した上に、利き足を負傷したせいで上手く着地出来ず、回避した勢いそのままに地面に転がる。

 なんとか上体を起こしつつ、ずきずきと痛みを発する脚に視線を下ろすと、右の太腿がざっくりと裂けていることに気付いた。


(な、なぜ……)


 完全に回避したはずだ。それに、この傷は明らかに何かに切られた傷だ。一体……


 ザリザリザリッという地面を削る音に視線を上げ、その原因に気付いた。

 わたし達を襲撃した巨大なギギムレディムは、その口の先端から伸びる無数の牙を、外側に大きく開いた状態で突っ込んで来ていたのだ。

 わたしの脚を傷付けたのはあれだ。本来閉じた状態で地面を掘削するその牙が、まるで猛獣の爪のように口の周囲に展開され、先端がわたしの脚を掠めたのだ。


(ぐっ、マズ、イ……)


 頭を持ち上げたギギムレディムが、倒れたわたしをちょうどいい獲物だと見定めたのか、こちらに頭を向けた。

 これは本当にマズイ。この脚では満足に逃げることも出来ないし、なんとか丸呑みは回避出来ても、その周りの牙によってバラバラにされるだろう。


(せめて、“竜殻”だけでもっ!)


 神力遮断空間でも、体外に神力を放出しない身体強化系の神術は使える。なんとか、それで防御を……


(駄目だ、間に合わ──)


 突進して来たギギムレディムに対し、せめてもの抵抗で《崩天槌》を盾にして防ごうとして──


「せ、やぁっ!!」

「ギュギュオオォォ!?」

「リア!?」


 リアが、こちらに駆け寄りつつギギムレディムの下顎に剣を突き立てた。

 聖剣ゼクセリアは幻獣相手にもその切れ味をいかんなく発揮し、ギギムレディムの下顎を貫き、その切っ先を口の内側まで貫通させた。と思った次の瞬間、



 ボゴアッ!!



 空気が破裂する音と共に、リアの姿が炎の中に消えた。


「リ──」


 しかし、幸いリアはすぐに炎を割ってその姿を現した。

 そのままこちらに駆け寄ると、わたしを抱えて大きく跳躍する。


 この広場は大小様々な岩が瓦礫のように積み上がっており、隠れるところには困らない。

 リアは不安定な足場の上を跳ねるように駆け、大きな岩と岩の間に出来たくぼみに着地すると、わたしをその場に下ろした。


「ラン、怪我を!?」

「少し引っ掛けただけだ。痛っ」

「無理しないで。ここでは神術で治療も出来ないんだから」


 そう言いつつ、リアはポケットから取り出した布で傷口を強く縛ってくれた。

 その間も、あちこちで岩が粉砕される音が響いている。あの化け物がわたし達を探しているのだろう。


「あいつ、目が見えていないのか? というか、目があるのか?」

「ギギムレディムは元々地面の振動で獲物を感知するから、むしろ大事なのは音だと思う。目は多分退化しちゃってるんじゃないかな?」

「そうか。なら、ここに隠れてれば少しは──」


 その時、近くで粉砕音がして、岩の破片がパラパラとくぼみの中に降ってきた。


「……と思ったが、じきに見付かりそうだな」

「そうね。ランは動ける? 無理そうなら私1人で──」

「馬鹿を言うな。わたしだって戦うさ」


 そうは言ったものの、正直かなりキツイ。

 切り傷が予想以上に深かったようで、足先に力が入らない。これではろくに踏ん張ることも出来ないだろう。

 リアも薄々察しているのか、心配そうな表情でわたしの脚を見ている。その視線から逃げるように脚を動かしつつ、わたしは話題を変えた。


「ところで、さっきの爆発はなんだ? あれが幻獣としての奴の能力か?」

「……ううん、違うと思う。あれを見て」


 そう言ってリアが指差す方向を見ると、そこにはとぐろを巻いているギギムレディムの胴体が……って、ん?


「なんだ? 何か、青い……」


 ギギムレディムの灰色の体表に、何か青い欠片のようなものが付いていたのだ。わたしの目ではよく見えなかったが、リアはその正体に気付いていたらしい。


「あれね、たぶん神具。というか、この大迷宮でよく見た神術が込められている鉱石と同じやつ」

「何? まさか……」

「そう、あいつ全身に岩石を纏っている上、その中に神具が交じって……というか、埋め込まれてるんだと思う。下手に接触したら、さっきみたいに爆発したり電撃が走ったりするんじゃないかな?」

「なんだ、それは……」


 それは……つまり、あの幻獣は人工的に造られたもの。あの銀色の人形と同じ、この大迷宮を守護する番人ということだ。


「……戦わずに、先に進むことは?」

「無理だと思う。どこかの壁に先に進む通路があるんだろうけど、あの巨体がとぐろを巻いてるせいで見えないし。同じ理由で退くのも無理ね。入口塞がれちゃった」

「なんだとっ、それじゃあ……」

「あいつはここで倒さなきゃいけないってこと」



 ドガァァ!!



「っ!」

「くっ!」


 至近距離での破砕音。かなり位置が特定されてきているらしい。このままでは見付かるのも時間の問題だと思ったその時。


「ランはここで休んでいて」

「は、ちょ──」


 一言そう言うなり、リアがくぼみから飛び出して行ってしまった。たちまち激しい戦闘音が、広場に反響し始める。


「ぐっ、く……」


 すぐに後を追おうとするが、右脚に力が入らない。

 なんとか“竜殻”は発動させたものの、“竜殻”で傷は治らない。この脚では、この瓦礫の中に出来たくぼみから出ることすら困難だった。


「う、ぐくっ……」


 歯を食い縛ってなんとかくぼみから這い出るも、こんな状態では戦うどころではない。

 しかしそんなわたしを余所に、視線の先ではリアが巨大なギギムレディムを相手に激闘を繰り広げていた。


 執拗に噛みつくギギムレディムを相手に、リアはすんでのところで回避しつつ、すり抜けざまの斬撃でその体表に傷を刻み付けていく。

 しかし、相手の動きが速く、足場が不安定なせいで、最初ほど深く切り込めていないようだ。見たところ、体表の岩石と外殻を削っているばかりで、肉には届いていない。


 その時、壁際で何かがずるりと動いたと思った途端、凄まじい勢いで何かがリアに襲い掛かった。

 それが、破城槍をも超える大きさの尻尾であることに気付いたのは、リアの結界に弾かれて大きくたわむその姿を見たその時だった。その尻尾が、すぐさま今度はリアの頭上から叩きつけられる。

 それでもその一撃がリアの結界を貫くことは叶わなかったが、周囲の岩が衝撃で崩れ、リアの足元がガラガラと崩れ落ちた。そこへ、ギギムレディムの口が襲い掛かる。


「リア!!」


 しかし、リアは間一髪のところで体を投げ出すと、ギギムレディムの口を回避した。

 だが、岩場でなりふり構わず強引な回避をしたせいで、どこかに頭をぶつけたらしい。あるいは、手に持っていた聖剣で自分自身を傷付けてしまったのか。立ち上がったリアは、額から一筋の血を流していた。そこへ、容赦なくギギムレディムの追撃が襲い掛かる。


 頭よりもなお速い速度で鋭い尾が迫り、それを回避しつつリアが一撃を加えた途端、尾の根元から電撃が迸った。

 それもリアの結界に阻まれるが、面食らったのか一瞬リアの動きが止まった。その機を逃さず、ギギムレディムの口が迫る。

 これもなんとか回避……したと思ったら、リアの体が宙に浮いた。


「な……」


 よく見ると、なんとリアの剣帯にギギムレディムの牙が引っ掛かっている。

 そのままギギムレディムの動きに合わせ、リアの体が激しく振り回される。


「く、そ……」


 助けなければと思うのに、やはり右脚は満足に動かない。

 平地ならばともかく、こんな岩場では立ち上がるので精いっぱいで、歩くことすら覚束ない。


「動け、動け、よ……っ」


 焦燥が身を焦がすが、それでも脚は言うことを聞かない。それどころか、無理に力を入れたせいで傷口が開いて、再び血が流れ出始めた。

 不甲斐ない。あまりにも不甲斐ない。

 ここまでずっと人形との戦闘をリアに任せておいて、こんな肝心な場面で早々に足を引っ張っている自分があまりにも情けなくて、涙が出そうだった。


(泣くな! 泣いても何の意味もない!!)


 そう自分に言い聞かせ、右足を引きずりながらなんとか歩き出すも、すぐに蹴躓いて転んでしまった。

 その時、ギギムレディムの牙に引っ張られていたリアが、ギギムレディムが頭を振るのに合わせて高々と宙に放り出された。

 飛行の神術も使えず、無防備に宙を舞うリア。その下で、ギギムレディムが大口を開けて獲物が落ちてくるのを待ち構える。


「う、あ゛あ゛ああぁぁぁ!!!」


 わたしは遮二無二立ち上がると、脚の怪我も構わずに駆け出した。


(動け動け! 筋肉を締めて、傷口を閉じろ! 無理矢理でもなんでもいい、今はとにかく動け!!)


 右脚に意識を集中し、みしみしと筋肉を締め上げる感覚。

 こんなことをしても、元通りに脚が動くことはない。でも、それでもいい。元通りの動きが出来ずとも、この際つっかえ棒でもなんでもいい。とにかく、全力で地面を蹴れ!!


 視線の先では、放物線の頂点に達したリアが、空中でなんとか体勢を整えつつ、剣を構えようとしている。

 ギギムレディムに呑み込まれると同時に、その口の中から斬撃を見舞うつもりなのか。だが、そんな相打ち覚悟の特攻をさせる訳にはいかない。


「お、おお!!」


 わたしは棒のように固めた右脚で思いっ切り地面を蹴りつけると、戦槌を振り上げた状態でギギムレディムに向かって突っ込んだ。

 空中でギリギリと体を捻転させ、その横っ面に全力で戦槌を叩き込む。



 ゴゴグン!!



 鈍い手応え。だが、不意の一撃でギギムレディムの頭部が少し吹き飛んだ。


「せ、ああっ!!」


 そこへリアが落下しつつ、空中で長剣を一閃。

 ギギムレディムの牙を3本ほど半ばから断ち切った。


「ランっ! 大丈夫なの!?」

「ああ、なんとかな……それより、お前こそ額は大丈夫か?」

「ん……ああ、さっき岩でちょっと擦っちゃっただけだから大丈夫」

「そう、かっ!」


 言いつつ、襲い掛かって来た尾を正面から迎撃する。

 再びの鈍い手応えと共に両手にビリビリと衝撃が走るが、なんとか尾を弾き返すことに成功した。そのまま大きく踏み込み、返す槌で尾に追撃を加えながら、わたしは背後のリアに叫んだ。


「尻尾はわたしに任せろ! リアは頭を頼む!!」


 わたしの打撃攻撃では、この幻獣に致命傷を与えることは出来ない。それは先程の一撃で分かった。

 だが、この厄介な尻尾を引き付けることくらいは出来る。相手にするのが頭部だけで済むなら、リアもだいぶ楽になるはずだ。


「分かった! ランも無理しないで!!」


 どちらが危険かと言えば、頭を相手にするリアの方が明らかに危険だ。

 リアの結界は通常の物理攻撃なら弾けるが、丸呑みにされたが最後、食道で緩やかに圧迫され、圧死する可能性がある。だが、リアはそれを承知の上で、迷いなく危険な方を引き受けてくれた。ならば、相棒としてその想いに応えなければならない。


(こいつの尻尾だけは、わたしが押さえる!!)


 斜め前方からの突き。上方からの叩き付け。真横からの薙ぎ払い。


 次々と襲い掛かって来る嵐のような攻撃を、必死に弾き、逸らし、躱す。

 相変わらず右脚は思うように動かないし、足場が不安定で上手く踏ん張れない。それでも、とにかく凌ぎ続けるしかない。リアが止めを刺してくれると信じて。


「っと」


 その時、また足場が崩れてわたしは体勢を崩した。

 数歩たたらを踏むが、なんとか体勢を立て直し、尻尾による突きを弾き返した。


(くそっ、なんでこんな足場が不安定なんだ! まるで、建物が倒壊した後みたいじゃないか!!)


 思わず脳内でそんな悪態を吐き……ふと気付いた。

 周囲を見回し、頭上を見上げる。

 円形の広場。頭上は暗闇に沈み、天井は見えない。


(これは……まさか、そういうことなのか? だとしたら……)


 どこかに、あれ(・・)があるはずだ。


 わたしは尻尾の薙ぎ払いを避けると、周囲に目を凝らした。だが、目に入るのは岩ばかりで目的の物は見付からない。

 しかしわたしは諦めず、尻尾の攻撃を凌ぎながら少しずつ移動し、周囲を見回し続けた。

 そして、尻尾の攻撃を10回ほど凌いだその時だった。


「あった……!」


 わたしは遂に、大きな岩と岩の隙間に半ば以上埋もれているそれ(・・)を発見した。この状況を打開できるかもしれない切り札を。

次回梨沙視点。

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