挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
100/141

ランツィオ・リョホーセン視点⑥

突然更新休んですみません。

そして更新再開しますが、まさかのまだランツィオ視点です。

「ラン!!」


 一撃で人形共を薙ぎ払ったリアは、一転して心配そうな表情を浮かべると、わたしに向かって駆け寄ってきた。

 その手がわたしにかざされると同時に、全身を陽だまりのような温かさが包み込み、痛みが徐々に引いていく。


「ラン、ラン、ごめんなさい。ごめんなさいっ」


 わたしの傷を癒しながら、リアは今にも泣きそうなほど苦し気に表情を歪め、何度も何度も謝った。

 その表情があまりにも痛ましく、わたしは全身の痛みを堪えて笑ってみせた。


「ははっ、まあかなり苦労させられたがな……わたしも思いっ切り殴らせてもらったしな。それでお相子にしてやる」


 そう言って右の拳でリアの鳩尾を軽く突くと、リアはますます悲しそうに眉をハの字にしてしまった。


「ラン……」

「ほら、それより向こうだ。奴ら、あれくらいでは止まらんらしいぞ?」


 わたしの視線の先には、奇怪な動きで起き上がる銀色の人形共の姿があった。

 その体には傷もヘコミも特に見当たらず、その金属製の体がかなりの耐衝撃性を備えていることをはっきりと物語っていた。


「ほら、わたしは休んでいるから、奴らを片付けてくれ」


 そう促すと、リアはきゅっと唇を噛んでから、静かに頷き、立ち上がった。

 人形共に向かって歩いて行くその背中から、ゆらりと神力の波動が湧き上がる。


「ごめん」


 そして、その手がスッと掲げられ──


「これは……ただの八つ当たり」


 人形共に、凄まじい暴虐の嵐が降り注いだ。

 洞窟がビリビリと震えるほどの余波を撒き散らしながら、空気が歪んで見えるほどの威力の衝撃波が、立ち上がったばかりの人形共を滅多打ちにする。


 しかし、城壁だろうが容易く粉砕できそうな威力の攻撃を無防備に食らいながらも、人形共は壊れることもなければ動きを止める様子もなかった。

 衝撃波に打ちのめされ、激しく翻弄されながらも、じりじりとこちらに近付いてこようとしている。


「チッ、これじゃ無理か……」


 リアはそう小さく呟くと、両手を前に掲げ、何かを唱えた。

 そしてその両手がゆっくりと左右に広げられると、その右手にはどこから取り出したのか、一振りの長剣が握られていた。

 その剣が鞘から抜き放たれると、眩い銀の輝きと強大な神力の気配が迸る。


 知らず息を呑みながら見守るわたしの前で、リアは気負った様子もなくすたすたと人形共に近付いていく。

 そんなリアに対し、人形共もまたゆらゆらと体を揺らしながら、猛然と襲い掛かってきた。


 先頭の人形が、リアを一思いに叩き潰そうとその左腕を振り上げ、一気に振り下ろす。

 リアはそれに対し、歩きながら無造作に長剣を一閃した。


 鈍い銀色の棍棒と、眩い銀色の長剣が音もなくぶつかり、何事もなかったかのようにすり抜けた。

 そして、銀色の棍棒が地面を打ち据え、あっさりと跳ね返って明後日の方向に吹っ飛んで行った。

 あとに残ったのは、まるで鏡のような断面を見せる半分ほどになった前腕。


 人形はそれでも一切硬直せず、続いて右腕を振りかぶった。

 だが、左前腕を半分失ったせいでバランスが取れないのか、振りかぶった勢いのまま後ろにのけ反ってしまう。

 リアは体を傾げさせるその人形の前まで歩み寄ると、これまた無造作に一閃。その胴体を枯れ枝でも切るかのように両断した。


 ずるりと上半身を地面に落下させる先頭の人形の背後から、また2体の人形が襲い掛かって来る。

 やはり仲間がやられたことに対する動揺やリアに対する警戒など一切感じさせない動きで、それぞれ腕を振りかぶるが……そんな捻りのない攻撃では、今のリアを止めることすら出来はしない。

 一撃で胴体が両断され、崩れ落ちたところに返す剣で頭部を真っ二つに断ち切られる。

 続く3体の人形も文字通り秒殺され、全ての人形は完全に動きを止めた。どうやら体を大きく損傷すると、組み込まれている神術が効果を発揮しなくなって動かなくなるらしい。


「お見事」


 戻ってきたリアにそう声を掛けると、リアは鞘に納めた長剣を右ポケットにしまいつつ、再びわたしの傷を治療し始めた。


「リア、もういい。お前も自分の治療をしろ。その左腕、まだ完全に治っていないだろう?」


 だが、リアは頑なにわたしの治療をし続けた。

 その姿にどこか自罰的なものを感じたわたしは、軽く溜息を吐くと、リアの頬に手を当て、思いっ切りつねり上げた。


「!!? いひゃいいはいいはい!!」

「うじうじとうっとおしい!! わたしはもう気にしていないのだからお前も気にするな!!」

「ほ、ほおふぁひってもぉ」

「気・に・す・る・な!! そんな顔されてるとこっちも辛気臭い気分になるわ!!」

「いひゃいいひゃいいひゃぁぁい!」


 予想以上にぷにぷにしたほっぺたを、上下左右にこれでもかと引っ張り回す。

 そしてリアが涙目になってきたところでようやく解放すると、リアは真っ赤になった頬を押さえて呻き声を上げた。


「ふんっ……とりあえず、一旦撤退するぞ。わたしもお前も、しばらく休息が必要だろう」


 神術で骨をくっつけたからといって、すぐに無茶をすればまた骨折する可能性が高い。これからのことを考えるなら、ここは一旦町に戻ってある程度自然治癒するのを待つべきだった。


「うぅ……分かったよ……」


 リアも同じことを考えたのか、ポケットからいくつかの装飾品を取り出して地面に置くと、しばらく周囲をじっと眺めてから、神力を集中させ始めた。

 凄まじい神力が空間を埋め尽くし、光の輪を形成する。そして、次の瞬間その内側に炎の壁が映し出された。

 リアの持つ謎の超級神術。異なる空間を繋ぐ絶技だ。

 そして、わたし達は予定よりも大幅に早く、1日も経たない内に町へととんぼ返りしたのだった。



* * * * * * *



 宿へと戻ってきて、あらかじめ購入していた夕食を部屋で食べたわたしは、リアの様子を見て溜息を吐いた。

 どうやら洗脳されていた時のことをまだ気に病んでいるらしく、ふとした拍子にふさぎ込んだ様子を見せる。リア曰く、洗脳されている最中もぼんやりと意識はあったらしく、ただあの黒い影を見るのを阻止しようとしていたわたしが、絶対に排除しなければならない邪魔者として認識されていたらしい。

 つまり、わたしに対してやったこともしっかりと記憶に残っており、それがまだリアの心に棘のように刺さっているらしい。


「リア」

「う、うん? なに?」


 声を掛ければ、リアは普段と変わらない様子で振り返る。

 だがそれは空元気というか、どうにも無理に普段の自分を作っている感があった。


「はぁ……まあ、気にするなという方が無理なのかもしれんが……いつまでもその調子では、今後の探索に関わるぞ」

「う……ごめん」

「そこで、だ」


 沈んだ表情になりかけたリアに、敢えて明るく提案をする。


「仲直りのために、今日もお互いの体を洗おう」

「……え?」

「あと、今日こそは1つのベッドで寝てもらうからな」

「いや、それは話が──」

「ほう、断ると?」

「う……」

「わたしが仲直りしようというのに、リアはそれを断るわけだな。ああ、友達だと思っていたのに……そう思っていたのは、やはりわたしだけだったのか……」


 大仰にそう嘆いてみせると、リアはしばしの煩悶の後、渋々ながらも頷いた。


「よし! そうと決まれば、たらいと桶をもらってこよう!」


 それを見て小さく拳を握ったわたしは、嬉々として部屋を飛び出すのだった。



* * * * * * *



 ── 1時間後



「やり過ぎた……」


 リアが割と無抵抗なのをいいことに、少しはしゃぎ過ぎたらしい。

 湯浴みをしながら、リアの適度に筋肉が付きながらも女性らしい柔らかさ、なよやかさを失っていない体をもてあそ……ゴホン、いじりまわ……ああ~~、まあその、うん。興味深く触っていたら、いつの間にかリアの瞳孔が開いていた。

 単色になった瞳で虚空を見詰めながらぐったりとしているリアの裸体に、白濁した石鹸水が伝い落ちる様は……なんというか、大変けしからんというか、同性のわたしでもなかなかにクるものが……って、何を考えているのだわたしは。


 頭を振って雑念を払うと、リアの頭の上から綺麗なお湯をかけて、石鹸水を洗い流す。


「ほら、終わったぞ」

「……」


 返事がない。ただの屍のようだ。


 手間が掛かるが仕方ない。完全に自業自得だ。

 わたしはリアをたらいの中から引っ張り出すと、タオルにくるんでベッドの上に放り投げた。

 そして自分の体を洗っていると、しばらくしてから小さなくしゃみの後、ベッドの上でもぞもぞと動く気配がし、神術によって生み出された熱風が微かにわたしの元にも届いた。


 そしてわたしが体を洗い終わって振り返ると、ベッドの上にミノムシが出現していた。

 ……本当は1つのベッドで色々と聞きたいことがあったのだが、こうなっては仕方がない。


 毛布のくるまって小さくなっているその姿にどこか哀愁を感じたわたしは、一緒に寝るのを諦め、もう1つのベッドに移動した。

 手早く下着だけを身に付けると、リアに一応声を掛けてから、神具の照明に毛布を被せる。

 そして、失った体力を回復すべく、いつもより早めに就寝するのだった。


 ……夜闇の中、隣のベッドからくすんっと鼻をすする音が聞こえたのは、気のせいだと思いたい。



* * * * * * *



 ── 3日後



 町での休息を終えたわたし達は、探索を再開していた。


「ラン」

「分かってる!」


 左の壁から飛び出してきた虫のような害獣の出鼻を挫くように、戦槌を叩き込む。

 硬質な手応えと共に潰れたのは、特徴的なネジ状の体を持つ害獣。リア曰く、ギギムレディムとかいう名前らしい。大迷宮の入り口付近で見て以来、とんと見なくなっていたのだが、白い通路を通過して普通の通路になってからというもの、時々思い出したように地面や壁から奇襲を仕掛けてくるようになったのだ。


「ふんっ」


 戦槌の打撃面に付着した黄緑色の体液を振り落としつつ、リアの方を見ると、ちょうど銀色の人形が頭をぶった切られるところだった。

 一体これで何体目か。最初のように6体もまとめて出て来ることこそないが、あれからも何度か散発的に人形の襲撃を受けている。

 形状も少しずつ変化しており、両腕が巨大な突撃槍のようになっている個体や、中には足がない代わりに腕が6本あり、通路の真ん中に陣取って完全にとおせんぼしている個体もいた。まあ、どれもこれも例外なくリアの一撃で真っ二つにされたが。


 銀色の人形はどれも打撃攻撃に高い耐性を持っており、また、例外なく目を見た人間を恐怖で縛る能力を持っていた。なので、斬撃武器を持ち、ある程度の精神系神術は無効化できるリアにそれらの対処は任せたのだ。

 その代わり、わたしはそれ以外の害獣や罠を警戒している……のだが、現状若干の手持ち無沙汰感があるのは否めない。

 と言うのも、わたし含め多くの探索者にとっては大いに脅威であるだろう人形共が、リアにとっては片手間に倒せる程度の相手でしかなく、先程のように、わたしに頼らずとも十分他の害獣に対しても注意を割くことが出来ているのだ。正直わたしは、ほとんどリアの後をちょこちょこいて行っているだけだった。


(……なんだかなぁ)


 特に意味もなく人形の残骸を通路の端に蹴り転がしつつ、リアの後を追う。

 苦戦しないというのは悪いことではないし、手が余るくらい余裕があるというのは、むしろ喜ぶべきことなのだろうが……なんとも落ち着かない。

 リアも、あの湯浴みの一件以来どこかよそよそしいというか、なんか若干距離を感じるようになってしまったし……うん、どうだろう。ここらで一発、2人で苦難を乗り越えるような経験がしたいのだが……。


 そんなわたしの願いを、神が聞き届けたのかどうか。いや、あるいはそれは、悪霊のいたずらだったのかもしれない。


「ん? なんか開けたところに出たね」


 顔を上げると、少し前方にいつかの鍾乳洞のように開けた広場が見えた。


「ああ、たしかに──」


 その時、わたしの脳裏をかつてのリアの言葉が過ぎった。


『白い道を抜けると銀色の人達が私を待ってしましたたくさんの黒い目が私を見て恐怖を覚えましたその間を通り抜けると今度は赤い口が私を待ち構えていましたその口は私を頭から丸呑みにしました呑み込まれた私は──』


 口。頭から。


 いくつかの単語が、頭の中で次々と弾ける。

 その間にも、リアは大きく開けた広場へと足を踏み入れ、その上から──


「リア!!」


 電撃のように全身を貫いた危機感に衝き動かされるまま、わたしは全力で地面を蹴ると、リアを抱えて思いっ切り前に跳んだ。

 直後、背後で岩を抉る破砕音が響き、地面が震えた。


「っ!!」

「こいつは!?」


 振り返り、その正体を見たわたしは……愕然とした。

 その姿自体には、見覚えがある。というか、ついさっきも見た。

 螺旋状に鋭い突起が生えた灰色の甲殻。長い胴体と、その先端の鋭い牙が並ぶ円状の口。

 間違いなくギギムレディムだ。だが、今まで見た個体と大きく異なるところが2点。


 まず、デカイ。

 並の個体の数倍とかいう規模じゃない。数十倍だ。巨大過ぎて、今わたし達が通ってきた通路に入れないくらいだ。その巨体が、この広大な広場を取り巻くようにしてとぐろを巻いている。


 そして、もう1つ。恐ろしい事実があった。

 なんと、その巨大なギギムレディムからは、神力の気配がしたのだ。

 神具を身に付けているとか、そういうんじゃない。その神力は、完全にこの害獣と一体化している。つまり、こいつは……


「幻獣、だと!?」


 神力を宿した人間を食らい、突然変異を起こした害獣。その多くは特別指定災害種に指定され、発見され次第最優先で討伐が行われる危険な存在。それが、まさか大迷宮の中に……っ。


 驚愕と危機感を同時に感じながらも、わたしはすぐさま戦闘態勢に入り……そこでようやく、もう1つの恐ろしい事実に気付いた。


「ん、な……まさかっ!?」


 肌をざわつかせる、この独特の感覚。まさか、これは……


「神力、遮断空間……!!」


 リアの絞り出すような声が、わたしの最悪の予想を肯定した。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。