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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㉚

珍しく早く書き上がりました。週一更新復活です。

 トロッコから降り、滅茶苦茶に搔き乱された三半規管と、製作者(聖人ヴァレント)の煽りに乱された精神の回復のために休むことしばし。

 私達は再び探索を開始した。の、だが……


「……ねぇ、ラン」

「……なんだ?」

「すごく、嫌な予感がするのは私だけ?」

「いいや。奇遇だな、わたしもだ」


 目の前には通路を塞ぐ平滑な壁と、その隣に『開』と彫られたスイッチ。……うん、すごぉく見覚えがあった。


 それでも一縷の望みを懸けて、スイッチを押す。すると、目の前の壁が上に開き、その先には──


「……ねぇ、ラン」

「……なんだ?」

「すごく、戻って来ている気がするのは私だけ?」

「いいや。奇遇だな、わたしもだ」


 デジャヴ。いろんな意味で。


 視線の先には、広大な鍾乳洞。通路を出ると、天井には大量のコウモリ。そして壁際にはたくさんの通路。

 ……うん、もしかしなくても戻って来てるね。


「……ん?」

「どうした?」


 ふと振り返ると、今しがた出て来た通路の壁にまたしても文章が彫り込まれているのが見えた。

 近付いて見てみると、そこには『ちなみに、人間の両隣は無意味だから。お疲れ!』と書かれていた。その文章が、私が無いと思っていた真ん中の針に関するヒントであることは明白だった。そして……


「……」


 無言で振り返る。

 左手の2つ向こうの通路の手前に、巨大な石柱。そしてランが持つ《ヴァレントの針》の真ん中の針は、左隣の通路を指していた。つまり……


 今通ってきた通路は無意味だと言っているのだ。この文章は。


「「やかましいわっ!!」」


 再びの怒声と共に、私とランの拳が壁に彫られた文章に叩き込まれた。


 最後の『お疲れ!』が心底腹立つわ。なんなのこの煽り文句。最初の時点で気付かれることを一切想定してないでしょ。たしかにまんまと引っ掛かったけどさぁ!!


 私とランの怒りの鉄拳は通路を軽く振動させるほどの威力があったが、どうやら文章が彫られている壁は特別な保護がされているらしく、壁面を砕くどころか削ることも出来なかった。


「……」

「イヤイヤ待て待て」


 ランが無言で《崩天槌》を構え始めたので、流石に制止する。

 気持ちはすごくよく分かるが、これでも攻略のための重要なヒントだ。消してしまうと後の人が困るだろうし、迷宮に対する明確な破壊行為はルール違反と見なされかねない。

 そんなことはランだって分かっているはず……なのだが、どうやら立て続けの煽り文句が余程腹に据えかねたらしい。私の体を張った制止も意に介さず、無表情のまま、瞳孔をかっぴらいたまま、ただひたすらに戦槌を壁に叩き込もうとする。


 そのまま、静かに怒り狂うランを必死に宥めすかすこと数分。獣のようにフーッフーッと荒く息を吐きながらも、ようやくランは戦槌を下ろした。

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、私は改めて、他にも見逃しているメッセージがないか探し始めた。

 2人で手分けして、洞窟内をくまなく捜索する。


「う……」


 捜索開始から十数分後、私はまたしてもふらついてしまい、近くの石柱に手をついた。

 なんだろう、やっぱりこの洞窟は何か変だ。まるでさっきまでの乗り物酔いがぶり返してきたかのように、頭の奥がズグズグと痛む。


「おい、大丈夫か?」

「……なんとか」


 近くを捜索していたランにそう返しつつ、頭を振りながら立ち上がる。

 すると、ランが天井を見上げながらふと思い出したように言った。


「そう言えば……小さい頃にこいつらを見た時、ツァオ兄上が妙なことを言っていたな」

「妙なこと?」

「ああ。その時わたしは森の上空を飛び交うコウモリを見たのだが、その森は一流の狩人でも一度入ったらなかなか出て来れない、迷いの森として有名だったらしい。なんでも、気付いたら方向を見失っているとか」

「方向を、見失う……?」


 なんだ? 何かが引っ掛かる。

 その現象は、今私達を襲っている謎の頭痛と何か関係がある気がする。


(コウモリ……方向感覚を失う……? なんだっけ? 何か……)


 そこで、私は1つの仮説を思い付いた。

 半分くらい駄目元で、天井の少し手前、コウモリ達を隔離するように風属性上級神術“絶音境界”を発動させる。


「おい、どうした?」


 特に、何かが変わったという感じはしなかった。

 しかし、ランの訝しげな声を聞いて、そこで初めて自分の耳に違和感を覚えた。

 まるで誤って音楽を大音量で再生してしまった直後のように、どこか音が遠く、微かに反響しているような感覚がする。


 どうやらランも気付いたようで、両肩を上げ、何かを振り払うように首を回した。


「なんだ? 何か、耳鳴りみたいな……」

「それが頭痛の原因ね。どうやら私達は、気付かない内にコウモリの鳴き声で耳をやられてたみたい」

「なんだそれは? そんなことがあるのか?」

「たぶん……私も詳しくないけど」


 たしか、人間は超音波で平衡感覚を失うことがあるとかいう話を、どこかで聞いた覚えがある。

 ……あれ? 超音波じゃなくって低周波だっけ? う~ん……どっちか忘れた。まあ、どっちでもいいか。


 まあとにかく、頭痛とふらつきの原因はこれだろう。

 私の“聖域結界”も、一定の音量を超えるとそれ以上の音は遮断するが、音の周波数に関しては特に何も対策が取られていない。というか、そんなもの想定すらしていなかった。


「とりあえず、これで徐々に頭痛はマシになって来ると思うよ?」

「そうか……それならいいが……」


 これ以上悪化しなくなったとはいえ、一度失われた平衡感覚はそう簡単には戻らない。

 なおも頭の中に居座る違和感を振り払うように、私は“飛行”を発動した。

 恐らく何もないだろうとは思いつつも、地面から5m程の高さを移動し、石柱や壁面を調べる。


(ん? ああ、これは……)


 鍾乳洞の中央付近を捜索している最中、何かが見えたと思ったら、最初に見付けた文章だった。


『巨人の右は怖い近道。左は楽な遠回り。小人の隣はどちらもハズレ』


 なんとなくその文字列を視界の隅で追いつつ、何気なく石柱の裏側に回って──


「っ!」


 上の方に見えたものに、私は息を呑んだ。

 バッと顔を上げ、その近くまで浮上し、見間違いでないことを確認すると、私は掠れる声で地上のランを呼んだ。


「ラン」

「どうしたー?」

「ここに、スイッチがある」

「なに!?」


 そこにあったのは、壁の周囲に並ぶ通路に入ったところにあるものと同じ、『開』と彫られたスイッチだった。地上からの高さは約7m。私のように飛べない限りは決して届かない高さに、それはあった。


「……」


 ……ゲーム的な発想であることは承知の上だが、こういう特定条件を満たさない限り押せないスイッチというのは、なんとなくボーナスステージとかに入れる秘密のスイッチに思えてしまう。


(……いや、あながち間違ってもいないんじゃない? なにせここは数々のお宝が眠る大迷宮だし。今まで積極的に探してはいなかったけど、未探索区域となればまだまだ手付かずのお宝があるはずだし)


 そう考えると、俄然押したくなってしまう。お宝探しに来たのではないとは言っても、お宝が眠る迷宮の中、目の前には秘密のスイッチ。この状況には、否応なく興味が先行する。

 しかし、ランもいるということを思い出してグッと我慢する。

 そう、自分1人ならともかく、ここにはランもいるのだ。

 単なる興味本位で、罠かもしれないスイッチを押すわけには……


「おお! そんなところにか!? よし押せ! 今すぐ押せ!」

「……」


 ……と思ったけど、当のランは私以上にノリノリだった。

 石筍を縫うようにこちらに近付いて来るその目がキラキラと輝いているのが、遠目にもはっきりと分かる。

 ランのそんな無邪気な様子に苦笑しつつ、私はそっとスイッチに手を乗せた。

 深呼吸して緊張を抑えつつ、グッと手に力を込める。そして──



 カチッ



 小さな音と共に、スイッチが押し込まれた。

 しかし、何も起こら──


「リア! 避けろ!!」


 背後から届いたランの叫びに、私は咄嗟に後ろに飛んだ。

 すると、飛び退いた私の鼻先を掠めるようにして、天井から何かが落ちてきた。

 ズガッ! と鈍い音を立てて地面に突き立ったそれ(・・)は、燃えるように赤い剣身を持つ、全長2mはありそうな大剣だった。神具である証拠に、その精緻な装飾が施された大剣からは強大な神力を感じる。


 上を見上げると、スイッチの真上、天井の一部がぽっかりと開いていた。

 どうやらあそこから落ちてきたらしいが、私の“絶音境界”をあっさり貫くとは大した切れ味だ。……というか、普通の人だったらそのまま串刺しになってたよね? 避けられたからよかったものを……もっと穏便に渡せないもんかね。場合によっては、せっかく発見したお宝をまずは仲間の死体から抜く作業をしないといけないという、喜び半減どころか喜び全損のイベントが起きるところじゃないか。


 つくづく製作者の性格の悪さに呆れていると、突然下から神力が揺らぐ気配が押し寄せてきた。


 咄嗟に視線を下ろすと、気配の元は地面に突き立つ赤い大剣。

 その剣の表面に、どす黒い刃紋が浮かび上がり──



 ズガガガガガガッ!!!!



 次の瞬間、轟音と共に大剣を中心として周囲の地面に無数の斬撃痕が刻まれた。

 しかもその範囲は見る間に拡大し、まるで強力な鎌鼬が拡散するかのようにどんどん斬撃痕が増えていく。

 それは地面に止まらず、地面から石柱を這い上がるように切り刻み、細い石筍を切り飛ばし、なおも拡散していく。それを呆然と見送っていると、その先には──


「ランっ!!」

「うおっ!!」


 私が焦りに満ちた声を上げると同時に、ランが跳び上がった。

 その直後、ランの足の下を斬撃圏の先端が通り抜ける。その先端はそのまま真っ直ぐ壁に向かって伸び……壁の少し手前で止まった。


「あ、焦った……」


 縦横無尽に切り刻まれた地面の上で、ランが呆然と呟く。ジャンプしたのがよかったのかなんなのか、幸いその体には傷1つ付いていないようだった。

 その事実に、ほっと胸を撫で下ろし……ている場合ではなかった。


 ビシビシビシッ!! という、地面が軋む音。

 それと共に、地面に刻まれた斬撃痕があちこちで繋がり、巨大な亀裂と化していく。


(あ、なんかヤバ──)


 そう思った直後、地面が崩落した。

 中央付近の地面と、そこから壁際の通路に向かって伸びる14本の石橋を残して、それ以外の地面が一気に抜け落ちた。当然、飛行能力を持たないランに逃れる術はない。


「う、おっ……!?」

「ラン!!」


 地面が崩れ出した瞬間、ランは素晴らしい判断力で、すぐに亀裂が走っていない地面を目指して駆け出していた。

 しかし、無事に安全圏に辿り着くよりも早く、その足元が完全に崩れた。

 無数の瓦礫と共に、その体が地の底に吸い込まれていく。


「くっ!」


 私はすぐにそちらへと飛翔しつつ、落ちていくランを“念動”で引っ張り上げようとした。が……


「なっ……!?」


 突然、目の前を黒いものが覆い尽くした。

 それが、ずっと天井に居座っていたコウモリの群れだと気付いたのも束の間。これまでとは比較にならない頭痛と共に、ぐわっと視界が揺れた。


「う、ぐ……」


 割れそうに痛む頭に歯を食い縛りつつ、私は速度を上げて強引にコウモリの群れを突破すると、落ちていくランに再度“念動”を掛けようとした。が……


「な……」


 視界が揺れて、術の照準が定まらない。

 やむなく私は“念動”で止めるのを諦めると、最高速度でランに向かって突っ込んだ。


「ランっ!!」


 必死に呼びかけると、こちらを振り向いたランが空いている左手を私に向かって伸ばす。

 しかし、今の私にはその腕が二重にも三重にも見えていた。


「っ!!」


 ギリギリと歯を食い縛るも、焦点は定まらない。

 それでもとにかく手を伸ばし──その手を、ランがしっかりと掴んだ。

 すぐさま引き寄せると、両腕を腰に回してぐっと抱き寄せる。すると、私の背後を見たランが「あっ」と声を上げた。


「剣が……っ!」


 その声に振り返ると、この状況を引き起こした赤い大剣が、ちょうど瓦礫と共に落下していくところだった。

 だが、その姿は追いすがってきたコウモリの群れに遮られて、あっという間に見えなくなる。

 それでなくとも、今の私に大剣を回収する余裕など無かった。激しい頭痛のせいで、正直こうして飛んでいるだけでいっぱいいっぱいなのだ。


「ラン! 針!!」


 私の端的な呼びかけに、しかしランはすぐに応えた。

 懐から《ヴァレントの針》を取り出すと、それを私に見せてくる。


「よし!」


 素早く長針の指す方向を確かめ、その左隣にある通路をしっかりと視認したのと、コウモリの群れが追い付いてきたのは同時だった。

 再び、割れるような頭痛が襲い掛かってくる。私が苦鳴を漏らすと共に、腕の中でランも呻き声を上げる。集中が乱れ、ガクンと数m落下する。

 しかし、私は必死に痛みを堪えると、目指す通路に向かって全速力で飛んだ。

 コウモリの群れに自ら突っ込み、突き抜け、突き放す。


 そして、勢いそのままに通路に飛び込むや、殴りつけるように壁のスイッチを拳で叩いた。

 すぐさま通路の入り口がせり上がってきた壁によって塞がれ、追ってきたコウモリの群れをせき止める。


「はあぁ……」


 深く溜息を吐いて、その場にズルズルとへたり込む。

 そしてランの様子を見ようと、何気なくランの方を見て……


「え?」


 その手の中の《ヴァレントの針》を見て、私は固まった。

 なぜなら、その長針が左斜め前方(・・・・・)を指していたから。


「な、なん、で……」

「どうし──ん?」


 ランも、自分の手元を見て固まる。

 その瞬間、周囲で神力が揺らぐ気配がして、笑い声が響いた。



 フフフフフッ アハハハッ



 それは、小さな女の子の笑い声。

 周囲の壁から、まるで私達を嘲笑うかのように、その声が響いた瞬間。



 ズズンッ!



 強い縦揺れが、私達を襲った。


「う、わっ!」

「お、落ちて……っ!?」


 まるでエレベーターのように、通路の入り口だと思っていた空間が丸ごと下方に移動していく。その間も、私の脳内は疑問符で埋め尽くされていた。


(なんで、なんで? 私は確かに、長針の左側の通路を目指して……)


 しかし、すぐに気付いた。

 私は平衡感覚を狂わされ、視界が激しく揺れている状態だった。

 しかもコウモリの群れに何度も視線を遮られ、その上地面の大半が無くなっていたせいで目印に出来るものもほとんどなかった。

 そんな状態で、果たして本当に真っ直ぐ飛べたのか? 自問してみて、まるで自信がない自分に気付いた。


「ごめん、ラン。私──」


 みすみす危険な通路に飛び込んでしまったことを、相棒に詫びようとした、その瞬間。

 再びの縦揺れと共に、下降が止まった。そして、今度こそ目の前の壁が開いて──


 白い。


 最初に抱いた感想はそれだった。そして、それが全てだった。

 目の前に開けた通路。その壁も地面も天井も、全てが白い鉱石で出来ていた。


「し、白い通路……」


 ランの掠れた声が、妙に不吉な予感を孕んで響いた。

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