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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㉕

「フ〇ック! マジクソファ〇ク!!」

「お、落ち着けリア。何を言っているのかよく分からんが、すごく下品なことを言っているのはなんとなく分かるぞ!?」


 あの黒光りする、でもよく見ると茶色っぽい最恐の害虫の群れからなんとか逃げ切ってからというもの、私はかつてないほどに荒れていた。八つ当たりで坑道の壁を蹴り砕きながら、なぜか英語交じりで悪態を吐いてしまっていた。その結果、逆に冷静になったランに引き気味に諫められる始末だ。


(なんか今はいつになくランがお姉さんっぽいような……あっ、そう言えば肉体年齢は一応ランの方が年上なんだっけ? 普段は全然そんな感じしないけど)


 そんなかなり失礼なことを他人事気味に考えつつ、ふーっ、ふーっと深呼吸をして精神を落ち着かせる。


 あの害虫、清潔で優雅な貴族生活をしていた私は何気に今世で初めて見るが、目にした瞬間の嫌悪感と忌避感は前世と何ら変わらなかった。いや、数と大きさが……特に数が! 増していた分、鳥肌も数倍だった。

 しかも生命力も前世以上に無駄に高く、私の固有神術“殺虫”でもほとんど死ななかったので、結局、風属性神術で圧縮空気の壁を作って逃げるしかなかった。


 恐らくあの強烈な臭いに釣られて出て来ただけなので、空気を遮断してある程度距離を取ってしまえば追って来ないと思ったのだが……どうやら予想は正しかったらしい。今のところ、奴らが追ってくる気配はない。

 本当は土属性神術で通路を完全に塞ぐなり、雷属性神術で一掃するなりした方が手っ取り早くて確実だったのだろうが、それは出来なかった。と言うのも、実はこの大迷宮では、使える神術の属性が非常に限られているからだ。


 まず、通路を大きく変形させる土属性神術はダメ。

 これはやはり、ここが大迷宮。迷路(・・)だからだろう。

 その設定上、挑戦者が勝手に通路を塞いだり、壁をぶち抜いてショートカットしたりするのはルール違反という訳だ。そういったことをした瞬間、一切容赦の無い罰則(ペナルティ)が加えられるらしい。


 更に、高熱を発する火、雷、そして一部光属性もダメ。

 これはここが元鉱山だから。可燃性ガスが発生している可能性がゼロではない以上、爆発の危険性がある神術は使えない。

 まあ結界に守られている私は……そして恐らくランも、爆発程度では死なないだろうが……落盤の危険性があるし、それでなくとも爆発で急激に酸素が消費されると窒息する恐れがある。


 そういった訳で、実質ここで使えるのは水、風、あとは魔と聖の4属性になるのだ。

 あの極限状態でもそのことを忘れていなかったなんて、やるじゃん私。だいぶ周りが見えるようになってきた。これでもう、「1つのことに集中すると周りが見えない」なんて言わせないぞ? うんうん。……うん。だから、そう……そろそろ落ち着こうか。


「はあぁぁーー……」

「だ、大丈夫、か?」

「……はい、もう大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました」

「そ、そうか……とりあえず、一旦食事にするか? ちょうどそろそろ夕食時だしな?」

「そうですね。そうしましょうか」


 頷き、とりあえず点在している照明の下に移動しようと──



 ガラッ



 足元から聞こえた音に視線を落とすと、私が蹴り砕いた壁面が小山を形成していた。しかも、一部小石を通り越してほとんど砂になっている。

 ……うん、見なかったことにしよう。


 私は自然な動きで視線を上げると、光源の下に移動して食事の支度をした。と言っても、やることは右ポケットから水と携帯食料を取り出すだけだが。

 この携帯食料とは、なんかの芋と穀物と豆、それと少量の野菜を砕いて混ぜて固めた代物だ。一に保存性二に腹持ち三に栄養という感じで、味に関しては二の次を通り越して四の次ぎ五の次ぎといったところなので、決して美味しくはない。

 まあさっき言ったように火が使えない以上、食事も質素にならざるを得ない。可燃性ガスの件は置いておいても、こんな閉鎖空間で火を焚くのはナンセンスだしね。贅沢は言えない。

 ランもどうやらこれには慣れているようで、特に文句を言うこともなくあっという間に1つを平らげると、無言で2つ目に手を伸ばした。……よく食べるな。


 そんなこんなで特に会話もなく食事を終えると、少しの食休みをはさんで、私達は探索を開始することにした。


「さて、今日中に行けるところまで行くか」

「ええ、く・れ・ぐ・れ・も、安全第一で行きましょうね?」

「う……わ、分かった」

「……本当ですか? 信用しますからね? 殿下」

「うむ……うむ? ちょっと待て。なんで今距離を取った!?」

「なんのことでしょうか? 殿下」

「その呼び方のことだ! さっきまでランと呼んでいただろうが!!」

「記憶にございません」

「またそれかぁ!!」


 そんな風に言い合いながら、私達は騒々しく通路の奥へと足を踏み出した。

 少し先を歩いて、ランに(・・・)緩んだ口元を見られないようにしながら。



* * * * * * *



 探索開始から、1週間が経過した。

 当然だが、まだ到底最奥部には至っていない。それどころか、まだ探索済み区域すら抜けられていなかった。罠に関する目印はもう完全に当てにならなくなっているが、まだ照明の神具が設置されていることから、ここが探索済みであることは明らかだった。

 しかし……私は自分自身の予想よりも遥かに早く、既に限界を迎えようとしていた。


 何が限界かと言うと、この大迷宮の中にいること自体がだ。

 なんというか、暗く狭い洞窟内を彷徨い続けることが、ここまで精神的にクるとは思わなかった。

 私は特に閉所恐怖症でも暗所恐怖症でもなかったはずなのだが……この息が詰まるような閉塞感と息つく間もない緊張感の連続が、やすりのようにじわじわと精神を削ってくる。

 暗い坑道内を奥へ奥へと進んでいると、どんどん精神が病んでいく感じがする。この闇は永久に続いていて、終わりなんてないんじゃないかとすら思えてくる。

 とにかく今は空が見たい。広々とした野原で陽の光を浴びながら思いっ切り伸びがしたい。質素な食事とお世辞にも快適とは言い難い睡眠も、そういった感情に拍車を掛けていた。


「ふむ……ダメだな。また行き止まりだ」


 一方で、ランはまだまだ元気そうだ。そして、そんな彼女のいつも通りの明るさに助けられているのも、また1つの事実だった。私1人だったら、きっと既に音を上げていたことだろう。


「仕方ない。引き返すか」

「そうですね」


 何度目かの行き止まりに、思わず出そうになった溜息を呑み込む。

 そして、狭い通路を1つ前の分かれ道まで戻る。と……


「うあっ!?」

「リア!?」


 足を踏み外したと思った瞬間、ガシュン! っと音を立てて真横から数十本の槍が突き出された。

 一瞬ヒヤッとするも、それらの槍は私の体に触れた途端、軽い衝撃と共にあっさりと穂先が砕け、柄の部分がへし折れる。


「大丈夫か!?」

「……はい。すみません、大丈夫です」


 そうは言ったものの、命中しなかった槍に前後を塞がれてしまった。

 溜息を噛み殺しつつ、道を切り開こうとして……ふと、踏み外したように思われた右足を持ち上げてみた。


 すると、四角く陥没した地面が元通りになると同時に、槍も壁に開いた穴にするすると戻っていく。どうやら再利用可能なトラップらしい。


「どうしたのだ? この罠はさっき見付けていただろう?」

「すみません、うっかりしていました」


 ランにはそう言ったが、実際は単純に集中力が切れていただけだ。

 1週間に渡る探索で、段々集中が長く続かなくなってきている。


「……本当に大丈夫か? 顔色もあまり良くないようだが……」

「……光の加減でしょう。御心配には及びません」


 心配そうに尋ねてくるランに、平静を装ってそう返す。

 すると、ランも完全に納得した訳ではなさそうながらも、歩みを再開した。


 ……結論から言うと、大丈夫ではなかった。集中力が切れていることを自覚した時点で、私はきちんと休息を取るべきだったのだ。


「さて、となるとこちらの通路になるわけだが……」


 十字路の分かれ道まで戻って来たところで、ランが言葉尻を濁しつつ、最後に残された通路に視線を向けた。

 ランが微妙に歯切れが悪い理由は明白。その手に握られている《ヴァレントの針》の真ん中の針が、その通路を指しているからだ。


「……仕方ありません。行きましょう」

「ふん……そうだな。よし!」


 これまでは、《ヴァレントの針》に従ってなるべく神力の気配が薄い通路を進んで来たが、いつまでもそういう訳にはいかない。

 私達は改めて気合いを入れ直すと、残された通路に足を踏み入れた。


 しかし、私達の気合いに反して、しばらくは何もない通路が続いた。

 そして、私達の緊張感が切れかけたところで……目の前に色鮮やかな通路が現れた。


「ふむ、二色か。これは初めてだな」

「そうですね」


 目の前の通路には、赤青二色の鉱石が点在していたのだ。と言っても交ざっている訳ではなく、赤色の鉱石は赤色の鉱石で、青色の鉱石は青色の鉱石でそれぞれ列をなして並んでいるのだが。

 恐らく、ここは二種類の鉱石の鉱脈が並んでいるのだろう。その光景は、こうして眺めている分には綺麗なのだが……実際に通るとなると、そんな感慨を覚えている余裕はない。


「ま、二色だろうがやることはいつも通りだな。頼むぞ、リア」

「はい」


 ランの言葉に従い、私は自分自身に“飛行”を掛け、ランのコートに“念動”を掛けた。それと同時に、ランも“竜殻”を発動させる。


 これが、この1週間で私達が決めた色付き通路の突破方法だ。

 念のため防御は固めつつ、“飛行”と“念動”で宙を移動し、地面や壁に接触することによる罠の発動を避ける。

 しかしそれでも罠が発動してしまった場合は、神術が発現するまでの3秒弱で全速力で空中を駆け抜け、安全圏まで離脱する。

 この方法で、私達はこの1週間一度も神術を食らうことなくやって来たのだ。


 ……そう、私達は油断していた。

 この1週間での慣れ。精神的疲労による集中力の欠如。

 大迷宮は、そんな私達の隙に容赦なく牙を剥いた。


「それじゃあ、行きますよ?」

「うむ」


 隣のランに確認を取ってから、私は小走り程度の速度で通路を飛行した。

 そして、通路内の鉱脈ゾーンにもう少しで差し掛かるというところで──


「ガボボッ!!?」

「ゴボッ! ゴボボッ!?」


 私達は溺れた。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 突然息が出来なくなったと思ったら、口から鼻から水が入り込んで来て、同時に上下が分からなくなったのだ。


「ゴボッ! ボッ!?!」


 声を上げるも、口から出るのは泡ばかり。

 完全にパニック状態になってしまって、発動していた神術も切れてしまった。

 闇雲に空を掻くが、両腕が重い感触を得ると同時に、体がゆっくりと回転するだけ。

 そしてここでようやく、私は通路内に満たされた水の塊に飛び込んでしまったのだと気付いた。


(しまった! 条件発動型じゃなくて、常時発動型だったんだ!!)


 完全に私の失態だ。

 この大迷宮に仕掛けられている神術は全て条件発動型の罠だとばかり思い込んで、発動さえしなければ大丈夫だと思い込んでしまった。既に(・・)発動し(・・・)ている(・・・)という可能性を完全に失念していた。


 恐らく、青色の鉱石に仕込まれた水属性神術が通路内に水を保持し、赤色の鉱石に仕込まれた光属性神術が水の屈折率を変化させ、空気と同化させて見えなくしていたのだろう。私達はそれに気付かず、思いっ切り水の中に飛び込んでしまったという訳だ。


 ……その私の予想は、正解ではあったが満点ではなかった。

 私は、2つ以上の神術が……それも常時発動型と条件発動型が、それぞれ仕込まれている可能性もまた、失念していたのだ。

 そして、私達がパニック状態に陥っている間に……3秒弱の猶予は、既に経過してしまっていたのだった。

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