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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㉒

 炎の壁を通り抜けると、まず目に入ったのは真っ直ぐに伸びる通路。そしてその道の真ん中に4つ、四角く置かれている小さな直方体の鉱石だった。


「これは……さっきガヌノフさんが言っていた目印ですよね?」

「だな。わたしも以前来た時は、こんな入って早々に罠があることに驚いたものだ」


 60年前に探索がなされた部分に関しては、このように光属性の神具(寿命を迎えた今は、もうただの白っぽい石だが)で罠が発動する場所に目印がされている部分もあるらしい。

 まあこの60年間の間に迷宮の大転換が行われ、通路の配置や構造が所々で変わっているらしいので、全てが信用できるわけではないようだが。


 それにしても、ランツィオも言ったがとんでもない初見殺しだなこれ。

 「さあこれから探索を始めるぞ」と勇んで進み始めた途端、いきなり罠とは。全力で出鼻を挫きにきてるというか、心を折りにきてるというか……。何はともあれ、聖人ヴァレントは相当性格が悪いようだ。


「この地図によると、あそこの四角く囲われた部分に入ると、両側の壁から高威力の光線が放たれるらしい」

「きっちり属性を変えてくる辺りが更にいやらしいですね……」


 炎の壁を通り抜けるために火属性対策をしたところで、すかさず光属性神術をぶち込むとは。本当にやり方がえげつない。


「まあとりあえず、ネタが割れているなら1回引っ掛かってみましょうか」

「え、おい?」


 戸惑うランツィオに構わず、私は無造作に四角く置かれた鉱石の内側に踏み込んだ。

 1歩、2歩、3歩目を踏み出した瞬間、周囲で神力が揺らぐ気配がした。


(1、2……)


 3秒を数える前に、両側の壁に点在する赤色の鉱石から、それぞれ3本、計6本の光線が放たれた。

 空中を斜めに走った光線は、その内4本が反対側の壁の赤い鉱石に命中し、残り2本が私の右肩と背中に命中した。……いや、まあ“聖域結界”に阻まれてるんだけど。


「ふむ……」

「お、おい。大丈夫か?」

「ああ、はい。この程度なら問題ありません」


 光線が当たってる箇所がじんわりと熱い気はするけどね。


 ランツィオにそう答えつつ体を少し移動させると、私の体に命中していた光線が、やはり反対側の壁の赤い鉱石に吸い込まれた。

 なるほど、どうやら特定の鉱石同士を光線で繋いでいるらしい。

 しかし、こう見ると前世で観たスパイ映画の、赤外線が張り巡らされた廊下を思い出すな。まあ防犯目的ではなく光線自体が殺傷力を持っている分、こっちの方が遥かに物騒だけど。


 そんなことを考えながら数歩進んで鉱石で囲われている範囲から出ると、再び神力が揺らぐ気配と共に、6条の光線が消えた。


「ふぅん」


 その様子を観察していると、壁際を進んでやって来たランツィオが、眉根を寄せて口を開いた。


「おい、いきなり罠に突っ込むな。少し焦ったではないか」

「ああ、すみません。でも、この程度の威力なら私の纏う結界は破れませんから」


 そう、こういった直接攻撃の罠ならそこまで怖くはないのだ。

 むしろ怖いのは……例えば、落盤とかだろうか。流石の私も、通路ごと生き埋めにされたら結構危険だ。人間窒息したら終わりだしね。同じ理由で、水攻めとかも怖いかな。


「でもまあ、おかげで少し対策も分かりましたよ」

「ふん? 対策?」

「ええ、仕掛けられた神術が発動条件を満たして発動する際、なんとなくその気配が分かりましたし、実際に発動するまでには、3秒弱の猶予があることが分かりました」

「む……たしかに。なんだかこう、ざわざわする感じがしたな」


 ざわざわとは、これまた独特な表現だが……まあ皮膚が粟立つ感覚ということかな? それなら分からないこともない。


「ですからまあ最悪、発動の気配を察知すると同時に全力でその場を離脱すれば、なんとかなるかなと」

「なるほどな。なら試してみるか」

「え?」


 言うが早いか、ランツィオはくるりと身を翻し、なんと罠が仕掛けられている場所に向かって一気に駆け出した。


「ちょっ!?」


 止める間もなく、そのまま鉱石の間を通り抜けて危険地帯に踏み込む。

 当然神力が揺らぐ気配が起こるが、ランツィオは一切気にせずにそのまま駆け抜ける。

 そして、神術が発動する……かどうかといったギリギリのところで、無事に危険地帯を突破し、反対側まで駆け抜けた。

 再び神力が揺らぐ気配がし……結局光線が放たれることはなく、気配は沈静化した。


「ほ……」

「ふんっ」


 思わず胸を撫で下ろす私の視線の先で、ランツィオは何やらニヤリとした笑みを浮かべると……なんと、今度はこちら側に駆け戻って来た。


「何やってんっ……!?」

「フハハハハ、甘いわぁ!!」


 驚愕する私を余所に、ランツィオはなぜか高笑いをしながら再び危険地帯に飛び込むと、今度も神術が発動するギリギリで走り抜けた。


「どうだ!」

「どうだじゃなぁーーい!!」

「あうっ」


 得意げな顔をするランツィオの頭に、思わずツッコミ(平手打ち)を叩きこんでしまう。

 いや、ホント何考えてんだこの人。そしてなんで叩かれてちょっと嬉しそうなんだ。


「何を考えているんですか! さっき『いきなり罠に突っ込むな』と言ったのは貴女でしょう!! やるにしても、せめて神術で防御くらいしてくださいよ!!」

「むぅ……だが、それでは緊張感が」

「そんな緊張感はいらん!!」

「むぅ……」


 頬を膨らませるな。子供か。

 しかし、少し落ち着いた。

 まったく、こんな風に思いっ切りツッコんだのは前世以来だよ。前世では、トラブルメーカーな夏希相手によくツッコんだものだ。

 まあ夏希の場合はもっと計算ずくというか、半分以上狙ってトラブルを起こしていた感があるけど……。何も考えていない天然のトラブルメーカーと、計算ずくのトラブルメーカーは、果たしてどちらがタチが悪いのか……うん、本当に予想がつかないことをするという点においては、前者の方がタチが悪いな。


「ふぅ……失礼しました。とにかく、次からああいうことをする時は、一言声を掛けてくださいね」

「……以前から思っていたのだが、無理に敬語を使う必要はないぞ?」

「……はい?」


 何を言い出すんだこの人は。

 たしかにさっきは思いっ切り引っぱたいちゃったし、思わずタメ口使っちゃってたけど……仮にも皇女相手に堂々とタメ口使う訳にはいかんでしょ。


 しかし、そう言うとランツィオは何やら不機嫌そうに唇を尖らしてしまった。だから子供かって。


「今のわたし達は、仮にも共にこの大迷宮に挑む戦友であり、相棒だぞ? もう少し……そう、砕けた感じでもいいんじゃないのか?」

「はあ……ですが、いきなりタメ口という訳にも」

「ならば、せめて殿下呼びはやめないか?」


 まあ、たしかに敬称呼びは他人行儀過ぎるかな。


「そうですね……それでは、ランツィオ様とお呼びすれば?」

「う、む……ちなみに、わたしの家族はわたしをランと呼ぶぞ?」

「……では、ランツィオ様で」

「……ランと呼ぶぞ?」

「……そうですか、ランツィオ様」

「特別に、ランと呼んでもいいのだぞ?」

「いえ、恐れ多いことです。ランツィオ様」

「……」

「……」

「そろそろ行きましょうか。ランツィオ様」

「ランと呼べぇ!!」

「直球!!」


 なんなんだ一体。

 もしかして……私と友達にでもなろうとしているのか? この人は。

 もしそうだとしたら……残念ながらその気持ちには応えられない。


 友達? いつかこの世界を捨てると決めている私にとっては必要ない……いや、作るべきでない存在だ。それは、私とこの世界を繋ぐ縁に他ならない。

 家族を捨て、唯一の理解者であった婚約者も捨てた。なのに今更、そんな新しい絆を作ってどうするのか……。はぁ……でも、まあ……


(こんな目で見られたら、無下にも出来ない、か)


 微妙に潤んだ瞳で、むぅーっと睨んでくるランツィオを見て、内心溜息を吐く。

 ……まあ、名前くらいならいいか。呼ばないとなんかねそうだし。


「分かりましたよ……ラン」

「う、うむ……ふふふっ、家族以外でその呼び方をするのはお前が初めてだぞ? 光栄に思え」

「はいはい……」


 そんな嬉しそうに笑いながら言われてもねぇ……。


「そうだ! 代わりにわたしも、お前のことをリアと呼んでいいか?」

「……」


 何が代わりに、なのか。

 むしろさっきのはこっちが譲歩したのであって、その上で更に譲歩を求められるのはおかしいと思うのだが……まあ、言っても無駄か。


「どうぞ、お好きなように」

「うむ、ではリアと呼ぶぞ! ふふっ」


 ……ずいぶんと上機嫌だこと。

 ランツィ……ランは、他に友達いないのか? ……まあ皇女という立場では、対等な友達を作るのは難しいか。かく言う私も友達なんていないし。と言っても、私はまた事情が特殊だったけどね……。


「では、そろそろ本当に行きましょうか。ラン」

「うむ、そうするか。リア」

「……」


 なんだか一瞬ドキッとした。

 どうしてなのか考えて……すぐに理由に気付いた。


 なんてことはない。セリアから取ったのであろうリア(・・)という呼び方が、しくも梨沙(・・)と響きが似ていたせいだ。


(由来という面で言えば、更科から取ってるサラの方がまだ本名に近いんだけど……まあ、どちらにせよ偽名であることに変わりはないか)


 大丈夫。たまたま響きが似ていただけのこと。

 だから、別にそんな動揺する必要なんてない。


(偽名、ね……)


 結局、私がこの世界の人間と本当の意味で向き合うことは決してないのだろう。

 そんな酷く今更な実感が、なぜか妙に苦々しく胸に響いた。


「ん……?」


 その時、地図を片手に先を歩いていたランが急に立ち止まった。


「どうかしましたか?」


 まさか地図が読めないのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。

 ランは手元から顔を上げ、周囲をしきりに見回していた。


「いや……何か聞こえないか?」

「え?」


 そう言われて耳を澄ますと……たしかに、何か音が聞こえた。

 ザリザリ、ジャリジャリと……何かを引きずる音? いや、これは……土を掻き分けている音か? しかも、段々音が近付いてくるような……それにしても、どこから……?


 その答えに先に気が付いたのは、ランだった。


「上か!」


 その声に弾かれたように天井を見上げるのと、坑道の天井部分を突き破って何かが飛び出してくるのは同時だった。

 まるでネジのように回転しながら、うねるようにして飛び出してきたのは2本の……


「角……?」


 先細りに尖った形状から、そうだと判断したのだが……うねるように動く様子を見るに、どうやら違うらしいと分かった。


(あれは……尻尾? ……ん? あれが尻尾だとしたら、頭はどこに……?)


 その答えに先に辿り着いたのも、やはりランだった。


「いや、違う! 下か!!」


 その声に慌てて地面を見下ろした、その瞬間。


 足元の地面を突き破って、鋭い牙が私に向かって飛び出してきた。

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