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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-㉑

 入り口を潜って坑道に入ると、すぐに気付くことがあった。


「灯りが……?」


 幅約10mほどの坑道には、通路の端や壁面のくぼみに点々と、四角い光る石──光属性の神具が設置されていたのだ。

 もちろん、火気厳禁の坑道ならこれらの照明設備はあって当然だ。だが、ここはもう何百年も前に廃坑に……というより、聖人ヴァレントの手によって迷宮に改造され、鉱山としての機能を失っているのだ。


 神具には経年劣化があり、ほとんどの神具は徐々に込められた神力が霧散してその機能が失われてしまう。

 耐久性と神力保存性に優れた最高級の付与触媒を使えば話は別だが……見たところ、ここに設置されている神具は極めて安価な触媒製だ。家庭用に比べるとかなりの大型ではあるが、この大きさなら精々10年くらいで光は消え、ただの石ころになってしまうはずだ。なのに、ここの神具にはまだ光が残っている。

 その疑問に対する答えは、先を行くガヌノフさんによって返された。


「60年前の大規模攻略の時にな。わしらが設置したのよ。あの時から今までしぶとく残っておるわ」

「60年!? そんなはずは…………いや……」

「? どうした?」

「いえ。ガヌノフさん、この灯りは60年間ずっとこの明るさですか?」


 ランツィオが怪訝そうに訊いてくるのをあしらいながら、ガヌノフさんにそう尋ねると、ガヌノフさんは片眉を上げながら肩越しに答えた。


「正確には覚えとらんがの。大体同じくらいではないか?」

「なるほど。明るさではなく持続性を重視したのですか」


 そう納得していると、何やらうずうずした様子のランツィオが、再び「どういうことだ?」と尋ねてくる。どうやら全く話が読めていないらしい。


「失礼しました。つまり、元々込める神力量を少なくして、明るさを必要最低限にする代わりに寿命を長く設定したということです」

「ふぅん?」


 ……まだピンと来ていないらしい。


「えっと、このくらいの大きさの神具なら、寿命は精々10年くらいだと思います。でも、ここの神具はもう60年も機能しているとのことなので、これは最初に込める神力の量が少なかったのだろうと……」

「なぜだ? 込める神力量が減れば、光が弱くなるだけだろう?」

「いえ、それはそうですが、神具としての寿命も長くなりますよ?」

「だからなぜだ?」


(え? そこから?)


 私は思わずそう口に出してしまい掛けた。付与触媒の性質に関して、このくらいは常識だと思うのだが……。


 付与触媒はよく水を入れる器に例えられる。

 そして神具の経年劣化とは、器に入れられた水が蒸発する訳ではなく、中に入れられた神力という水の重さで徐々に器がひび割れ、水漏れを起こすイメージに近い。

 当然、いくら大きな器でも、ギリギリまで水を注ぎこめばその分重さは増し、器の劣化も早くなる。逆に、大きな器に少しだけしか水を入れなければ、かなりの期間劣化は抑えられる。


 そういった知識を語ると、ランツィオは感心したようにしきりに頷いた。


「なるほどな。付与触媒には限界まで神力を込めるものだと思っていたが、まさかそんな方法があったとは」

「基本的にはその考えは正しいと思いますよ。……ところで、皇帝家ではこういった知識は習わないのですか?」

「……わたしは、難しい話を聞いていると抗いがたい睡魔に襲われる病なのだ」

「……そうですか」


 皇帝家の教育カリキュラムの問題かと思ったら、単純に本人の……健康問題だったらしい。うん、そういうことにしておこう。


 私は軽く咳ばらいをすると、顔ごと視線を逸らしているランツィオに続けて言った。


「ちなみに、同じことはこの迷宮全体にも言えますよ。この迷宮は、元々鉱山にあった付与触媒の鉱脈を丸ごと神具化しています。この迷宮が何百年も機能し続けているのは、その鉱脈自体の大きさが途轍もなく大きく、それに対して込められている神力はかなり余裕をもった量に抑えられているからです」


 それでも全体ではとんでもない神力量になるはずだが。

 だが、仮に込められている神力量が25mプール1つ分だとしても、器が東京ドームクラスの大きさならば数百年単位でもってもおかしくない。


「なるほどな……」

「まあ、そもそもどうやって原石を鉱脈ごと神具化するなんて荒業が出来たのかっていう疑問はあるのですけど」


 鉱石系の付与触媒は、基本的に原石のままでは付与触媒としての機能を満足に果たせないはずなのだが……それを成し遂げた方法は、今は亡き聖人ヴァレントにしか分からない。

 ……いや、あるいはこの迷宮の最奥部にまで到達できれば、それも分かるのかもしれない。

 この迷宮には、各所に“冒険王”とも称された聖人ヴァレントが各地で集めた財宝が眠っている。だが、私が目指すのは最奥部。そこに集められているという、書物の類だ。


 様々な文献によると、聖人ヴァレントは各地を冒険した際、多くの聖人や聖女の遺跡を見付け、多くの神器や財宝、そして史料を手に入れたという。

 恐らく聖人ヴァレントとしては、書物などよりも分かり易い神器や財宝の方が探索意欲を沸かせられると考え、迷宮の各所にはそれらを配置し、史料は最奥部にまとめて押し込んだのだろう。だが、私の狙いはむしろそちらだ。

 自然と攻略が目標になり、難易度が跳ね上がってしまうが……まあ一カ所にまとめられてあるおかげで、「他にもあるかも」と考えて迷宮内を延々彷徨わずに済むのだから、それでいいと考えよう。


「おい、何を無駄話しとる。ほれ、これを見ろ」


 そんなことをつらつらと考えていると、先を歩いていたガヌノフさんが、斜め上の方を指差しながらこちらを振り返った。

 その指差す方向を見ると、灰色の壁面の随分と高いところに、わずかに赤いものが覗いているのが分かった。


「あれが付与触媒の原石じゃ。あのくらいの大きさなら問題ないが、あれが大きく見えているところは気を付けんといかん」


 そう言うと、ガヌノフさんは歩みを再開しながら話を続けた。


「基本的に、こういう灰色をした普通の岩肌の時は問題ない。神術による罠は滅多に出て来ん。出て来たとしても、大した威力じゃない。だが、岩肌に赤やら青やらの鉱石が交じっているところは危険じゃ。いつ火やら石礫やらが飛び出してくるか分からんからの」


 それは、ガヌノフさん自身の体験によるものなのだろう。

 その言葉は淡々としていながら、強い重みを感じさせた。


「わしの聞いた話じゃが、赤色の時は火と光。青色の時は水と雷。緑色の時は風。黄土色の時は土に関する罠が出て来やすいらしい。その中でも危険なのは、銀色の時じゃ。こいつは分からん。なんでもありだそうじゃからな」


 それは、恐らくそれぞれの付与触媒によって込めやすい属性があるからだろう。

 そして、たぶんその銀色の鉱石は聖銀じゃないだろうか? あれは一応どの属性でも込められる万能の付与触媒として有名だし。


 そう思案していると、不意にガヌノフさんの声がワントーン低くなった。


「じゃがな……本当に危険なのは、白くなった時じゃ」


 空気が変わったのを感じ、私はガヌノフさんの背中に目を遣った。

 その小さくともがっしりとした背中には……何かに対する強い恐れを感じた。


「壁が、地面が白くなった時、その時に何が起こるのか。わしは知らん。幸運にも見たことがないからな。だが、かつての大攻略の際、白くなった通路の先に行って、無事に帰って来た者は1人としておらん、噂では、100人以上の兵士が白い通路の奥に呑み込まれたらしい」


 その言葉に、隣を歩くランツィオと一緒に息を呑む。

 それと同時に、私はガヌノフさんの杖を握る手が微かに震えていることに気付いた。


「ほとんどが二度と帰って来ずに生死不明扱いとなった。そして、ほんの一握りの戻って来た者も……」


 そこで一旦言葉を切ったのは、恐らくガヌノフさんなりに覚悟を決めるためだったのだろう。

 軽く息を吐いた後、ガヌノフさんは言葉を続けた。


「正気を失っておった。言動も支離滅裂で、何があってそうなったのかはさっぱり分からん。そっち方面の専門の神術師とやらが来て治療にあたったそうじゃが、結局回復した者はおらんかったそうじゃ。……全員、数日以内に発狂死したらしい」


 ガヌノフさんが口を閉じると、坑道内に重い沈黙が落ちた。

 ガヌノフさんが言った「そっち方面の専門の神術師」とは、恐らくツァオレンのような精神系神術に特化した神術師のことだろう。

 その術師がどの程度の腕を持っていたのかは分からないが、国を挙げての大作戦に動員される術師だ。間違いなく、軍で兵士の精神治療なども担当している本当の専門家だろう。

 その精神治療のエキスパートを以てしても、治療不能だったと。

 それは一体、どのような要因によるものなのか……。


「まあ要するに、壁や地面に白い鉱石が交じっている時は危険だから、その通路を避けろという話だろう?」


 私が真剣に考えこんでいると、隣のランツィオが実に気楽そうにそう言った。

 そのあまりにもあっさりした言いように、なんだかずっこけそうになってしまう。

 まあ、確かにそれはそれで真理ではあるのだろうが……。


 ガヌノフさんも私と同じ気持ちなのか、微妙に不機嫌そうな表情でジロリとランツィオを睨んだ。

 しかし、当の本人が「何か間違っているか?」と言わんばかりの怪訝そうな表情をしているのを見て、軽く溜息を吐きつつ前に向き直った。


「……まあ、そうじゃ。白い時だけではない。銀色の時も避ける方がええ……と言うより、出来るだけこういった普通の通路を歩くのが一番じゃ」

「まあ、敢えて自分から危険地帯に足を踏み入れることもないからな」


 ランツィオがそう言うと、ガヌノフさんはまたしても不機嫌そうな表情で立ち止まり、ジロリとランツィオを睨みつけた。

 そして、鼻息を1つ鳴らすと、おもむろに通路の真ん中の方に歩き出した。


 それまではずっと壁際を歩いていたし、そうするよう指示されていたので、少しだけ戸惑う。

 しかし、私とランツィオは軽く顔を見合わせると、速足でその背中を追った。だが、すぐに手ぶりで止まるように合図される。


 ますます意味が分からずに首を傾げていると、ガヌノフさんは慎重に歩みを進め、おもむろにその手に持っていた杖で目の前の地面を強く突いた。その瞬間。



 ガウンッ!



 何か大きな仕掛けが外れるような……いや、それそのものの音を立て、地面が(・・・)ひっくり(・・・・)返った(・・・)


 そして、私が呆然と見守る先で、半回転した地面は何事もなかったかのように静かになった。


「お、落とし穴……?」


 しかも回転床式の?

 驚いたことに、分かった上で見ても岩肌などには特に違和感を感じないし、地面に継ぎ目なども見当たらなかった。


「迷宮内には、神術に頼らぬこういった物理的な罠も多く仕掛けられておる。忘れておるようじゃが、ここは程度の差こそあれどこもかしこも危険地帯じゃ。油断していると大怪我じゃ済まんぞ」


 ガヌノフさんの言葉に、ランツィオと揃って頷く。

 これ以上なく実に分かり易い注意喚起だった。


 私達2人の反応に納得したのか、ガヌノフさんはもう一度鼻を鳴らすと、また歩みを再開した。


「……ちなみに、今の落ちたらどうなるんですか?」

「さあな。深さなんぞ調べたこともないわ」

「……そうですか」


 つまり、少なくとも目視できる範囲では底無しってことですね。


「まあ足元に関しては、こうして杖を突いていれば大体は問題ない。あと、壁なども不用意に触らんことじゃの」


 なるほど。ただお年寄りだから杖を突いているのだと思っていたが、そういう意味もあったのか。


「それに関してはわたしがこいつでやろう」


 そう言って、ランツィオが背負っている《崩天槌》を指す。

 ……それでいいのか、帝国の国宝。


「言っておくが、罠だけではないぞ。ここには数は少ないが害獣も棲んでおる」

「害獣? 例えばどんな?」

「岩やら土やら、はたまた小さい虫を食って生きておる害獣がな。あとそれらを食う肉食の害獣もいくつかおるぞ」


 それから、ガヌノフさんはそれらの害獣の特徴についても教えてくれた。

 そして、そういった諸々の説明がちょうど全て終わった時、私達は目的地に着いた。


「ほれ、ここが目的地。本当の大迷宮の入り口じゃ」

「これは……なんとも分かり易いですね」


 そこは、所々に赤い鉱石が見える通路だった。

 ただし、明らかに普通じゃない部分が一点。その通路の途中を……上から下まで炎が埋め尽くしているのだ。


「炎の壁……いえ、炎の門でしょうか?」

「ふむ、そんな感じだな。実に分かり易い警告だ」


 ランツィオと2人、並んでその炎を眺める。

 すると、横に立つガヌノフさんが口を開いた。


「さて、わしの案内はここまでじゃ。あとは好きせえ」

「はい、ありがとうございました。えっと、お礼を……」

「いや、ここはわたしが出すからいいぞ? 一応国賓であるお前に金を出させる訳にはいかん」

「いえ、貴重なお話を聞かせて頂きましたし、これは気持ちですから」


 そうきっぱりと断ると、私は財布を取り出して金貨を1枚ガヌノフさんに手渡した。


「お、おい。金貨はやり過ぎだ!」

「いいえ。これでも足りないくらいです」


 そう言って財布をしまうと、ランツィオは「うぬぬぬ」と唸った後で、自分も金貨を取り出してガヌノフさんに押し付けた。


「ふんっ、こりゃまた随分と気前がいいことだ。まあもらえるんならもらっておくが」


 ガヌノフさんは手の中の金貨2枚をまじまじと見詰めた後、それをポケットに突っ込んで背を向けた。


「……まっ、精々死なんようにな。人間いつでも引き際が肝心よ」


 最後にそう言い残し、ガヌノフさんは去って行った。

 その背中を見送ってから、改めて通路に向き直る。


「では、行くか」

「はい。炎は私が……いえ、それも野暮ですね」


 通路内の炎を神術で除けようとして、考え直す。

 そして、ランツィオの手を握ると、2人を包むように火属性上級神術“断熱境界”を展開した。


「このまま行きましょうか」

「ふふふ、なるほど。それもいいな」


 そう言って笑い合うと、私達は真っ直ぐに炎の中へと足を踏み入れた。

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