更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑲
大っ変お待たせしました。週一更新再開します。
ただし、今までとは1日ずらして、月曜始まりで週一更新ということにしてください。
社会人になって本格的に平日の執筆が厳しくなったので、土日のどちらかで更新するという形にしたいと思います。
前回からだいぶ更新が開いてしまいましたが、どうかこれからもお付き合い頂けたらと思います。
ガタタンッ ゴトンッ
激しく音を立てる急造の荷車を下に見ながら、私は馬車の屋根の上に陣取ったまま、撤退戦を継続していた。
撤退戦といってもそこまで大げさなものではなく、単純に左右の林の中から散発的に襲い掛かって来る猿型の害獣を、神術で迎撃するだけの簡単なお仕事だ。もう結構な距離を移動したおかげか、襲撃の頻度もかなり下がってきた。
「見事なものだな」
背後からの声に振り向くと、ランツィオが馬車の前方から屋根に上ってきたところだった。
さっきまでホンに騎乗して、ホンに身体強化を施していたはずなのだが……。
「少し疲れた。休憩だ」
疑問が顔に出ていたのだろう。ランツィオはそう言うと、その場にどっかりと腰を下ろした。……休憩するなら、馬車の中に行った方がくつろげると思うんだけど?
「それにしても凄まじい神力量だな。これだけ連続で神術を使い続けて、全く疲労した様子がない」
ランツィオは私をまじまじと見詰めて、そんなことを言う。
その純粋な賞賛の視線に妙に気恥ずかしくなった私は、見張りを口実に視線を馬車の後方へと戻した。
しかし、ランツィオはそんなことを気にした様子もなく言葉を続ける。
「それだけの神力を宿していて、なぜ王国では劣等生扱いされていたのだ?」
その言葉には一切の悪意が無く、純粋に疑問に思っていることがはっきりと分かった。だからこそ、私も特に気にせずに当たり障りのない回答をした。
「以前の私は、中級神術すら満足に扱えませんでしたからね。侯爵家の人間としては、劣等生で間違いないですよ」
「ふむ……それが分からん。重要なのはどれだけ高位の神術が使えるか、ではなく、何回神術を使えるか、だろう?」
それは、帝国的な発想だ。
王国に比べると神術師の絶対数が少ない帝国では、1人の神術師に求められる役割が多い。だからこそ、中級神術を1回しか使えない神術師よりは、下級神術を10回使える神術師の方が重宝される。
ちょっと違うかもしれないが、大砲1発よりはライフル10発が、ライフル10発よりはピストル100発の方が使い勝手がいいという考え方なのだ。一方、王国には射手がたくさんいるので、ちまちま撃つより大威力の砲撃を撃てる方が評価される……といった感じか。
だが、そんなことを懇切丁寧に説明したところでランツィオを納得させられるとも思えなかったし、説明する必要性も感じなかった。
「帝国では、神力量が神術師の力量を測る第一の評価基準ですからね。でも、王国ではどれだけ高位の神術を使えるかが第一の評価基準なのですよ。こればっかりはお国柄なので仕方がないです。……っと」
左側の樹上から襲い掛かってきた害獣を、左手でペイッと払い除けるようにしながら、“念動”で林の奥に押し返す。
草むらに軟着陸させるだけで、風属性神術で撃ち落としたりしないのは、無駄な殺生を避けるためだ。
そもそも彼らを興奮させたのは我々人間だし、どちらかと言えばこちらが侵入者なのだ。襲われる原因は元々こちらにあるのに、襲われたからといって一方的に皆殺しにするのはどうかと思ったのだ。
「そういうものか……ん?」
「どうしました?」
「ああ……馬が戻って来たようだ」
* * * * * * *
その後、この一行が騎乗していた馬が5頭ほど戻って来たので、一旦移動を中止して編隊を組み直すことになった。害獣の襲撃も終息したし、即席で作った荷車がどこまで持つか心配だったので、ちょうどよかった。
「殿下、この度はありがとうございました」
「なに、偶然通りかかっただけだがな。まあ感謝は受け入れておこう」
「はい……そちらの方も」
そう言って、少年貴族はこちらに窺うような視線を向ける。
「ん、ああ彼女は……」
「サラ、と申します。私は殿下の手助けをしただけですので、お礼でしたらどうか殿下に」
ランツィオにはあらかじめ言っておいたのだが、私は基本的に帝国内でも偽名を使うことにしていた。
家を捨てた身で、下手に家名を名乗っても厄介事になる可能性の方が高い。それに、神術師にとって偽名を使う……自分の
「う、む……? 失礼だが、家名は……?」
「……」
……どうやら、このお坊ちゃんは察しが悪い方らしい。
(神術師ではなくとも、仮にも貴族なら家名を名乗らない時点で察してよ! その時点で“はぐれ”かお忍びの貴族でしょ! そしてランツィオの態度を見れば、後者であることは明白でしょ!!)
「坊ちゃま」
無言を貫いていると、少年貴族の後ろに控えていた執事さんがどうやら察してくれたのか、彼に耳打ちをした。
「う、ん……ゴホン、なるほど」
幸いそれ以上追求されることもなく、少年貴族はランツィオの方へと視線を戻した。
「是非何かお礼をしたいのですが、
「いや、残念だが先を急いでいるのでな。もう襲撃の心配もなさそうだし、そろそろ行かせてもらおうかと思う」
そう言ってから、ランツィオはふと荷車の方を見て、「ああそうだ」と声を上げた。
「先程私が捕まえた刺客の神術師だがな。なんならこちらで口を割らせようか? 神術師でないおぬしらに、奴の尋問は難しかろう?」
「いえ、そこまで殿下のお手を煩わせるわけには……」
「気にするな! サラに頼めばあっという間だ!」
「胸を張って言うことですか……」
そう言うと、ランツィオは少し眉を下げて小首を傾げた。
「頼めないか? お前ならそう難しいことでもないだろう? どうしてもいやだと言うなら……仕方ない。わたしが拳で吐かせるが」
「いや、それはやらないでいいです」
そんな態度で頼まれたら、渋るのも馬鹿らしくなってしまう。
仕方ない。ランツィオに任せたら、確実に尋問ではなく拷問になってしまうしね。
そんなえげつない光景を拝ませられるくらいなら、私がサクッとやってしまおう。
私は猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られている神術師の元へと歩み寄ると、魔属性中級神術“忘我”を発動した。その瞬間、こちらを射殺さんばかりに睨みつけていた男が、ぼんやりと夢見心地な表情になる。
魔属性中級神術“忘我”は、対象者を精神的に無防備にする神術だ。洗脳や思考誘導といった、より高度な精神系神術を行使する前準備にも使われるが、今回のように尋問に使うのが一般的な使い方だ。この状態なら、警戒心など無く訊かれるがままに質問に答えるからね。
「おお、流石だな」
「準備出来ました。どうぞ尋問してください。私は席を外しておきますので」
「ん? そうなのか?」
「ええ」
怪訝そうな表情をするランツィオを適当にあしらい、私は少年貴族と執事さんに場所を譲ると、その場を離れた。
いやぁ、だってねぇ? 十中八九、聞いても
帝国には、王国と違って神術師ではない貴族がいる。
そして、この非神術師の貴族と神術師の貴族は、建国以来ずっと対立を続けているのだ。
神術師の貴族から見れば、非神術師の貴族は紛い物。一方、自分の腕のみで武勲を上げて貴族となった非神術師の貴族から見れば、神術師の貴族は才能に胡坐をかいて偉そうにしているだけのいけ好かない軟弱者。これでは仲良くなれるはずもない。
そして、今回の一件は非神術師の貴族子息を狙った神術師による暗殺未遂事件。
う~ん、どろどろした陰謀の臭いがプンプンするね!
という訳で、触らぬ神に祟りなし。
敢えて首を突っ込まず、知らぬ存ぜぬを決め込んでおいた方がいいに決まってる。
そう内心で頷くと、1人木陰に座り込む。
それからしばらく、少年貴族やランツィオの方を視界の端で見るともなく見ていると、どうやら尋問が終わったらしいことが分かった。
(終わったかな? じゃあそろそろ……ん?)
腰を上げかけて、ランツィオ達の向こうの兵士達の動きに気付いて、思わず動きを止める。
何やら、捕らえた賊を引っ張って、道端に一列に並べようとしているようなのだ。
(……あ、ヤな予感)
これから何が行われるのかが、否応なく察せられてしまった。慌ててランツィオの方に駆け寄る。
「殿下、尋問は終わりましたか?」
「ん? まあな」
「では、早く行きましょう。先を急がないと」
「え……もう行ってしまうのか?」
そのがっかりしたような声にチラリと視線を向けると、少年貴族が何やら私の方をチラチラと見ていた。
「その……もう少しゆっくり休憩していっても……まだ、何もお礼が出来ておらぬし……」
何やら頬を赤く染め、手をもじもじと組み合わせながらそんなことを言っているが……私はそれどころではなかった。
だって! 今まさにその向こうで! 賊達の処刑が始まろうとしてるんだもん!!
ああいや、理屈は分かるよ? 情報を引き出した以上、もう生かしておく理由がないもんね? 貴族を襲った以上死刑は免れないし、ここで生かしておいても荷物になるだけだもんね? うん、分かる。それを止める権利が私にはないのも重々承知。でもさあ……せめて私の目の前でやるのは勘弁してくれないかなぁ!? いくら罪人とはいえ、生きてる人が首チョンパされる光景を平然と眺めていられるほど、私はメンタル強くないんですよ!!
そんな私の内心の絶叫など知らぬげに、お坊ちゃんの暢気なお誘いは続く。
「そうだ。そろそろお茶の時間だし、せめて一緒にお茶でも……」
(で・き・る・かぁ!! 血臭漂う中お茶を楽しめと!? サイコパスか! そんなあどけない顔してサイコパスなのか!?)
思わず声に出してツッコミそうになるのを、必死に堪える。ああでも、こうしてる間にもう始まりそう。ああもう、なりふり構ってられるかぁ!!
「結構です! それでは行きましょう! 殿下!!」
「あ、ああ……?」
「え、あ……」
ピシャリと言い放つと、私は半ば強引にランツィオの手を引いてホンの元へと向かった。
そして、さっさと騎乗すると、お坊ちゃんと執事の見送りもそこそこに出発する。
そして、一度走り出してしまえばそこは流石の加速力。
幸い背後から断末魔の悲鳴が聞こえるということもなく、私達はその場を後にした。
(はあ、よかった……)
嫌な光景を見ずに済んだ安堵感から、そっと息を吐く。……だが、息を吐いたのも
「ああ、そういえばさっきの賊共だがな。なんでも神権派筆頭のイジド侯爵家の刺客らしい。以前、ロガロ子爵家と金銭のやり取りで揉めたことがあったとか」
「席を外した意味!!」
結局、
……こうなったら、せめてこれが巻き込まれるフラグではないことを祈るばかりだ。