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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑱

(さて、まずは荷車の用意かな)


 私は馬車の前を塞ぐ倒木を“物質変形”で板状に変形させながら、これから取るべき行動について考えを巡らせた。


 私が先程の誘惑汗……面倒だから求愛フェロモンでいいか。あれを上空に拡散させてしまったせいで、このままだと全方位からほぼ無尽蔵に湧いてくる害獣と延々戦わなければならない。

 先程の3匹は一番近くにいた個体だろうが、あれを見る限り戦闘を回避出来るとは思えなかった。


 一応、以前狼の群れを撃退……恭順(?)させた時のように、初手で精神系神術“叫喚”を撃ち込んでみたのだが、高濃度の求愛フェロモンで軽く正気を失っているのか全く効果は見られなかった。

 それどころか、普通の害獣なら逃げ出すところを逆に戦意を滾らせてきたので、やむなく雷属性神術に切り替えたのだ。

 まあ中級神術で仕留められたのは不幸中の幸いか。


 それでも、全方位から間断なく襲撃を受け続けたら、この場の全員を守り切るのは難しい。

 特に猿型の害獣は賢い。

 中には、遠くから石を投げて獲物を仕留めたりするヤツもいる。

 まあ今のヤツらにそこまで知恵が回るかどうかは分からないが、包囲されてひたすら投擲で攻められたら非常に面倒だ。


 ならば、やはりさっさとこの場を離脱すべきだろう。

 しかし、兵士が乗っていた馬や馬車を引いていた馬は賊に襲撃された際に逃がしてしまったようで、現在進行形で兵士達が指笛を吹いて馬を呼び戻そうとしているが、何頭戻って来るかは分からない。

 仮に奇跡的に全ての馬が戻って来たとしても、捕虜にした賊達は置いていくしかないだろう。

 もちろん、私はそんなことをする気はない。その為の荷車だ。


「ちょっと待て! 何をしているのだ!?」


 つらつらと考えながら倒木を変形させ続けていると、背後からランツィオに声を掛けられた。

 手は止めずにチラリとそちらを振り返ると、信じられないというように大きく目を見開いたランツィオが私の手元を覗き込んでいた。


「ですから、撤退の準備です。全員で逃げようと思ったら、荷車が必要でしょう?」

「ああ……うむ、そうだが……」

「殿下は兵を指揮して、賊達の捕縛と回収を行って頂けますか?」

「む? ……ちょっと待て。まさか賊共も連れて行く気か!?」

「当然です。でなければ生きたまま無力化した意味がありません」


 そう伝えると、ランツィオは信じられないといった表情を浮かべた後、険しい表情になった。


「厳しいことを言うようだが……奴らに生かしておく価値があるとは思えん。それに、連れて行ったところで、衛兵に引き渡せば死刑は確実だろう。それならば、ここに捨て置いておとりに使った方がいいのではないか?」

「それはそうでしょうね」

「なら……」

「ですから、これは私の自己満足であり、わがままです。……少なくとも、私の目の届く範囲では、誰も見捨てたくない。という、ね」


 一旦手を止め、体ごとランツィオの方へと振り返る。

 そして、ランツィオの目を真っ直ぐに見詰めると、ランツィオは小さく息を呑んだ。


「……本気か?」

「ええ」

「一方的に襲われ、仲間を奪われた兵達が認めると思うか?」

「認めてもらいます。それが私が力を貸す条件です」


 本当に自己満足だ。正直に言ってしまえば、「ここで見捨てたら私が見殺しにした気がして気分が悪い」というだけの話なのだから。

 しかし、私がそうはっきり言い切ると、ランツィオは一瞬瞑目してから静かに頷いた。


「……分かった。兵達の説得はわたしがしよう。お前は撤退の準備を進めてくれ」

「はい。……お願いします」

「任せろ」


 馬車の方へと戻っていくランツィオを見送ってから、私は荷車の作成に戻った。


 板状にした木を組み合わせて大きな荷台を作ると、続いて車輪と車軸の作成に移る。


「……いや、せめて車軸は金属で作った方がいいかな」


 なんだかんだで一番負荷が掛かる部分だし、撤退中にここが折れたら目も当てられない。

 材料はどうしよう……と考えて、そこら辺に転がっている賊の剣を使うことにした。

 早速落ちている剣を手元に集めようと、“念動”を発動させようとした────その瞬間。


「二時の方向3! 九時の方向6!」


 兵士の鋭い声が上がった。

 それに、弓を引き絞る音、矢が空気を切り裂く音が続く。

 そして、害獣の苦鳴と何かが地面に落ちる音。


 チラリと背後を確認すると、馬車を囲むように陣を組んだ兵士達が、周囲の森に油断なく弓矢を構えているのが見えた。

 どうやらランツィオがきちんと指示してくれたようで、他の兵士達は賊を馬車の近くに移動させて一纏めに縛り上げていた。

 どうやら今のところ、私が手を貸す必要はなさそうだ。


 というのも、急ピッチで仕上げているのもあるが、予想以上に“物質変形”の負担が大きい。

 今の私では、荷車の作成をしながら攻撃にまで手を回している余裕はなさそうだ。


(でも、悠長にはしてられない)


 今はまだ数が少ないからいいが、恐らく時間が経つほど害獣の数は加速度的に増える。

 そうなっては、もはや脱出するどころではなくなるかもしれない。

 だから、今は戦闘は二の次で荷車の作成に集中する!


 手近な剣を引き寄せると、細長い棒状に融合、変形させる。

 それが終われば次は車輪…………は、太い木の幹を輪切りにして使えばいいか。

 完全な円でなくても、大きさが同じならそれほど問題はないだろう。


 私は左右を見渡して手頃な木に見当を付けると、駆け寄りながら風属性上級神術“断空斬だんくうざん”を発動。

 その木の根元を切断し、“念動”で道を塞がないように引き倒した。


 そして、幹の太さが一定になっているところで“断空斬”を5発同時発動。

 幹に対して垂直に、かつ等間隔に風の刃を走らせる。


 カッという軽い音に続いて、ゴロンと輪切りになった木が4つ地面に転がる。

 切断した木の断面を見てみると、幸運にも年輪が等間隔に並んでいた。

 何が幸運かと言えば、これならば円の中心が一目で分かる。つまり、車軸をどこに通せばいいのか、いちいち直径を測らずとも分かるからだ。


 嬉しい誤算に小さく笑みを零しながら、私はそれらを“念動”で持ち上げると、先程の場所まで急いで戻った。


 材料は揃った。

 私は荷台を裏返すと、まず車軸を通し、その両側に輪切りにした木を取り付けた。

 当然車輪に穴など開けていないが、そこはあらかじめ車軸の先端を針状に尖らせておいて、力尽くで車輪をぶっ刺した。


 これで一応完成だ。

 製材もしていない生木をそのまま加工したので、強度がいささか心配だが、とりあえずこの場を逃げ切るまで持てばいい。

 だが、これだけでは足りない。

 賊も全員乗せるなら、これと同じものをあともう1つ作らないとダメだ。


 そこまで考えたところで、背後から男達の悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこには私が危惧した通りの光景があった。


 周囲の木の上に陣取った数十匹の猿型の害獣が、その手に石やら固い木の実やらを持って、兵士達に投げつけていたのだ。

 木の実とは言っても、地上10m近くから投げ落とされたらその威力は馬鹿にならない。それが石ならなおさらだ。


「っ、1台出来ました! 取り付けをお願いします!!」


 そう叫びつつ、私は神力を練り上げた。

 発動すべきは広範囲殲滅攻撃。更には、これから来る敵に対する牽制にもなるような派手な神術がいい。


 私は一瞬考えてから、発動する神術を決めた。

 知識にあるだけで使うのは初めてだが、難易度的には上級神術以上、最上級神術未満。問題はないはずだ。


 練り上げた神力を解放すると、意識を集中させて二属性の神術を同時発動させる。


 たちまち馬車を中心に、空気が熱を持って渦巻き始める。

 それはどんどん熱と勢いを増し、数秒後にはボゴアッという音と共に炎の壁……いや、炎の竜巻と化した。


 火属性風属性複合神術“輪焔舞りんえんぶ


 竜巻によって投げつけられた石や何やらは巻き上げられ、狙いを外した。

 更には周囲の樹上にいた害獣が、火だるまになりながら枯葉のように吹き飛んでいく。


 延焼を防ぐために発動自体は数秒で止めたが、効果は絶大だった。

 獣としての本能で火を警戒したのか、攻撃の手も、絶え間なく聞こえていた鳴き声もピタリと止まっている。


 この機を逃さず、すぐさま馬車の周囲を除くここら一帯に魔属性中級神術“叫喚”を撃ち込む。

 先程までは興奮し切っていたために効かなかったが、炎で多少正気を取り戻している今なら効くかもしれないと思ったのだ。


 どうやら予想は当たったようで、森の奥からいくつかの音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 軽く安堵の息を吐いていると、ふと兵士達がポカンと口を開けて呆けていることに気付いた。

 中には弓を下ろしている者や、その場に尻もちをついている者までいる。


「早く取り付けてください!」


 もう一度そう叫ぶと、弾かれたように兵士達が我に返り、何人かの兵士があたふたとこちらに駆けて来た。

 それを確認してから、私は先程切り倒した木の元に向かい、2台目の荷車の作成に取り掛かった。

 手順は分かったので、今度は先程よりもかなり早く仕上がった。


 それを“念動”で引っ張りながら馬車の元に戻ると、取り付けは兵士に任せて、私は馬車の屋根の上に飛び乗った。

 下で兵士達が馬車と荷車を縄で繋いでいるのを視界の隅で認識しながら、また群がってきた害獣にもう一度“輪焔舞”を叩きこむ。


(撤退の準備は完了。あとは馬さえ戻ってくれば……って)


「あ」


 やってもーた。


 二度も炎の竜巻を生み出して、果ては先程ここら一帯に“叫喚”なんて使ってしまった。

 これでは馬が戻って来ていたとしても、驚いて逃げてしまっているだろう。


(やばいやばいやばい。ど、どうしよう)


 馬がいなければ、荷車があってもどうしようもない。

 これでは、撤退なんて出来るはずもない。


 背中にどっと冷や汗が出るのが分かる。

 周囲は炎の壁に囲まれているのに、手先からスーッと体が冷たくなってくる。


(ど、どうしよう……どうしたら……)


 こうなったら“念動”で引っ張る? いや、これだけの重量を引っ張れるか……よしんば引っ張れたとしても、速度は期待出来ないだろう。

 なら筋力強化をして自分で引っ張る? ……出来たとしても、絵面的にどうよそれ。


 焦りばかりが募って、なかなかいい考えが浮かばない。

 しかし、不意に下から響いた声によって、あっさりと問題は解決された。


「よし、ホン! 頼むぞ!」


 その声に馬車の前を見下ろすと、ランツィオが馬車とホンを繋いでいるところだった。……え? まさか……?


「殿下、まさかホンに引かせるおつもりですか!?」

「む? 当然だ。このくらいなら大丈夫だろう」


 ……マジで? この馬車自体、大きさ的に二頭で引くタイプのやつだけど?


 しかしランツィオに、そしてホンにも、まったく気にした様子はない。

 どうやら本気で馬車一台と荷車二台を一頭で引くつもりらしい。


 そのことに不安と安心を同じだけ感じていると……不意に何かが私の横をかすめた。


「……え?」


 メギャッというような何かがひしゃげる音に振り返ると、そこには炎を纏った猿型の害獣の死骸があった。

 竜巻に巻き上げられて、上から落ちてきた……のではない。

 明らかに私に向かって飛んできた。……いや、まさか……


「投げつけられた……?」


 そのことに思い至った瞬間、再びそれ(・・)は来た。


 炎の壁を突き破り、今度は馬車を囲む兵士達目掛けて害獣の死骸が飛んで来る。

 兵士達が慌てて身構え、私が“輪焔舞”を解除して防御用の神術を発動しようとする。それよりも早く、その飛来物は接近し、更にそれよりも早く、ランツィオが射線上に割り込んだ。


「だらぁっ!!!」


 気合い一閃。

 野球のバッターのように、炎を纏った死骸を戦槌で迎撃する。


 その一撃に、死骸に纏わりついていた炎は一瞬にして霧散し、一瞬の拮抗の後、黒焦げの死骸が血飛沫を上げながら森の奥へと打ち返された。


「ふんっ」


 ランツィオは戦槌を肩に担ぎながら鼻息を鳴らすと、正面を睨みながら声を上げた。


「そんな攻撃、何度やろうと無駄だ! 隠れてないで出て来い!!」


 すると、その声に応えるかのように、立ち上る黒煙の向こう、一際巨大な木の陰から大きな影がのっそりと姿を現した。


 それは先程までと同じ猿型の害獣。

 ただし大きさが倍近く、3m程もある。

 しかもその右手には棍棒……というか丸太が握られていた。


 明らかに先程までの害獣とは違う。

 そう感じたのは私だけではなかったようで、兵士達の間に緊張が走るのが分かった。

 しかし、その中でランツィオだけは獰猛に笑うと、近付いてくる大猿に向かって自らも歩きながら、楽しそうな声を上げる。


「お前が群れの長、王種か? 武器を使うとは面白いな」


 そう言うと、大猿まであと7mくらいの位置で立ち止まり、肩に担いでいた戦槌を体の正面で構える。

 すると、大猿もその双眸をギラギラと輝かせながら、右手に持った丸太を両手で握り、大きく振りかぶった。


 1人と1匹の間に、不可視のスパークが走ったかのように思われた。

 お互いの闘気が渦巻き、兵士達が息を呑む。


 そして、ランツィオが一気に踏み込むために両脚に力を込め、大猿が迎え撃つように両腕に筋肉を浮き上がらせた。

 ランツィオが獰猛に笑い、大猿もまた凶暴に牙を剥き出し────


 その眉間を、一条の光線が貫いた。


「え?」

「グ、ゴ、ア?」


 丸太を振りかぶった体勢のまま、大猿がぐらりと崩れ落ちた。

 地面を揺るがす音と共に仰向けに倒れ伏し、そのままピクリとも動かなくなる。


「「「「「……」」」」」


 戦場に何とも言えない空気が流れる。

 そして、ランツィオから私に非難がましい目が向けられた。


 ……いや、こんな状況で暢気に一騎打ちなんてしてる暇ないし。

 そもそも最初に攻撃されたのは私だし、別に手を出すなとも言われてないし。

 私、間違ったことしてないよね?


「「「「「……」」」」」


 そう思うのだが、なぜかランツィオだけでなく兵士達、果ては意識がある賊達まで、無言で私に非難がましい目を向けて来る。

 ……なぜだ。解せぬ。

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