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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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ランツィオ・リョホーセン視点①

新年一発目から遅れてすみません。

今年も出来る限りは週一更新で頑張りたいと思うので、よろしくお願いします。

 バヂィィィン!!!



 突如戦場に響き渡った破裂音に、わたしは思わずビクッとした。


 しかし今は戦闘中。

 動揺を一瞬でねじ伏せ、目の前でわたしと同じように驚いている賊に拳を叩きこみ、しっかりと沈黙させる。

 その上で先程の音の発生源にチラリと目をやると、そこには右手を振り抜いた体勢のセリア・レーヴェンと、よろよろと地面に倒れ伏す賊の男の姿があった。

 ……状況から察するに、セリア・レーヴェンが賊の男を平手打ちで撃退したということなのだろうが……今の音は……?


「──っと」


 わたしを狙って振り下ろされた剣を、軽く横に跳んで避ける。

 そして、がら空きの顎先に拳を叩きこもうとして────


(ふむ……試してみるか)


 放とうとした拳撃を、咄嗟に平手打ちに切り替える。

 とりあえず、自分なりにやってみたのだが────



 バヂィッ!!



「ぐべっ!」

「む……」


 上手くタイミングが合わず、平手打ちというよりは掌底打ちになってしまった。

 これではまだ拳撃の方が威力は出ただろう。


 追撃の左拳で敵を沈めつつ、もう一度セリア・レーヴェンの方を窺うと、ちょうどセリア・レーヴェンが再度平手打ちを放つところだった。


「むっ! なんだあれは?」


 セリア・レーヴェンの左腕が、まるで肩が外れたかのようにぶらんと脱力すると、次の瞬間霞むような速度で鞭のように振るわれた。

 その動きは、およそ人間の腕がするとは思えない不自然な動きで、まるで骨が無くなってしまったのかと思った。

 しかし、その凄まじい速度と腕のしなりから放たれた一撃は余程強力だったようで、賊の1人を錐揉み状態で吹き飛ばしてしまった。


「ほう、面白いな」


 わたしの体術は帝国軍でも習う格闘術だが、その中に平手打ちなどという技はなかった。

 というより、わたしは実戦でも訓練でも、戦闘で平手打ちを使う者など初めて見た。

 それは当然、平手打ちなどよりも拳打の方が威力が高く、技術的にも簡単だからだ。しかし、今セリア・レーヴェンはその常識を見事に打ち砕いてみせた。


「なるほど。手の平を使えば、耳を狙うことで鼓膜を破裂させることも出来るのか」


 セリア・レーヴェンに吹き飛ばされた男が耳から血を流しているのを見て、素直に感心する。

 恐らく手の平で完全に耳の穴を塞ぎ、空気圧で鼓膜を破ったのだろう。あれは拳では決して出来ない芸当だ。


「よし、やってみるか」


 チラリと周囲を見渡し、わたしは次の(獲物)に目を付けると、先程見たように右腕の力を抜いた。

 そして、大きく踏み込みつつ腕を振りかぶ────


「むっ!」


 慌てて攻撃を中止し、後方に跳んで敵から距離を取る。


「ふぅ……危ない危ない」


 神術で筋力強化を施していたせいもあって、危うく肩が抜けかけた。

 あのまま全力で腕を振るっていたら、確実に脱臼だっきゅうしていただろう。


「むぅ……なかなか難しいな。これは」


 軽く試してみただけだが、予想以上に難易度が高かった。

 そもそもわたしが習った格闘術では、戦場で腕を完全に弛緩させるなど考えられないことだ。

 恐らくセリア・レーヴェンが扱う格闘術は、帝国軍格闘術とは根本的に異なったものなのだろう。


「ふむ、後でコツを教えてもらうか」


 再現出来なかったことは残念だが、今はこの戦闘を終わらせるのが先だろう。

 わたしは気分を切り替えると、拳を握り締めて構えを取り直した。



* * * * * * *



「さて、と……大体片付いたか?」


 周囲の賊を一通り倒したところで、一息つきながら戦況を確認する。

 すると、何やら馬車の方が騒がしい。

 そちらを見ると、ちょうどこの隊の主であろう貴族子息と思われる少年が馬車から降りて来るところだった。

 そして、気のせいでなければ一瞬わたしの方を見てから、剣を抜き放ちつつ大声を上げる。


「今だ兵士達よ! 卑劣な賊共を叩き潰せぃ!!」


 そして、何やら満足げな表情。


「……何をやっているのだ? あやつは」


 あまりにも考えなしな行動に、思わず呆れてしまう。

 敵の弓兵がいなくなった保証もないのに、護衛対象が盾も持たずにノコノコ姿を晒すなど愚の骨頂だ。

 たとえ弓兵がいなかったとしても、追い詰められた賊が苦し紛れに剣を投げつけてきたりしたらどうするのか。あの細腕で対処できるとはとても思えないが……。


 そして、その懸念は最悪の形で的中した。


「むっ!?」


 道端の方で膨れ上がる神力の気配。

 この状況で、今まで身を潜めていた神術師が神術を行使するなど、その理由は1つだ。

 この神術の狙いは────


「くっ!」


 素早く身を翻すと、術者がいると思われる茂みに向かって駆け出す。

 しかし、半分も行かない内に神術が発動し、茂みの中から高速で石礫が発射された。


「っ!!」


 息を呑んで肩越しにその行方を追うと、幸いにしてわたしと同時に動き出したセリア・レーヴェンが、少年を押し倒すようにして射線から逃がしていた。


(流石だ、なっ!?)


 胸中でふっと安堵の息を吐きつつ振り返ったところで、茂みの中から今度は赤い液体が入ったビンが投擲されるのを見た。


(毒か!?)


 ビンが投擲された方向は、先程と同様に馬車の方向だ。


「くっ!」


 今から進行方向を修正すれば、なんとかビンを空中でキャッチ出来るかもしれない。

 だが、そうすれば術者を逃がしてしまう可能性がある。


 術者だけは、なんとしても確保しなければならない。

 なぜなら、神術師が余っている王国とは違い、帝国では神術師はほぼ間違いなく貴族だ。

 つまり、この襲撃は単なる賊の略奪ではなく貴族に雇われた賊による暗殺であり、術者は十中八九雇い主の身内だ。

 捕虜としての重要度は賊全員分よりも高いだろう。


「っ!!」


 逡巡は一瞬。

 わたしはセリア・レーヴェンがビンに対処してくれることを信じ、術者に向かって全力で駆けた。


 すると、茂みまでもう少しというところで、茂みの中から暗緑色の外套を被った人影が飛び出してきた。

 わたしには目もくれず、森の奥へと逃げ出して行く。


「逃がす、かっ!!」


 わたしは素早く地面から小石を拾い上げると、その背に向かって全力で投擲した。

 その石は狙い違わずその人影の背に命中し、人影は悲鳴を上げながら前のめりに倒れた。


「ふっ!!」


 わたしはすかさず駆け寄ると、そいつを蹴り転がして仰向けにし、容赦なく鳩尾に拳を叩きこんだ。


「ぐっ!!」


 小さな苦鳴と共に、男は意識を失う。


「ふぅ……」


 わたしが一息ついたその瞬間、森の奥から獰猛な獣の雄叫びが聞こえてきた。


「!? なんだ!?」


 その雄叫びは、1つではない。

 とりわけ大きなものに続き、たくさんの害獣の鳴き声があちこちから聞こえてくる。


「む、う……」


 ここにいても状況が分からない。

 わたしはひょいと男を小脇に抱えると、急いで馬車の方に向かった。

 すると、そこにはセリア・レーヴェンと貴族の少年、執事服を着た初老の男に護衛隊長と思われる男が集まっていた。


「おおっ! 殿下、ご無事ですか!?」

「問題ない。この通り術者も捕らえたぞ。それより、これはどうしたのだ?」


 男をその場に放り捨てつつそう問い掛けると、執事の男は険しい表情で絞り出すように言った。


「先程その術者が投げたビンの中身ですが……どうやらこの一帯に生息する猿型の害獣、テイゴナ種の誘惑汗だったようなのです」

「誘惑汗? なんだそれは」

「テイゴナ種のメスは、発情期になると赤い汗をかくと言われています。その汗の匂いは極少量でも広範囲のオスを惹きつけ、おびき寄せるのです」

「それが先程放たれた、と? それはつまり……」

「はい……まもなくこの場に、大量のテイゴナ種のオスが押し寄せるでしょう。興奮し、凶暴化した状態で……」


 執事はそこで一旦言葉を切ると、その場に跪いた。


「殿下。お助け頂いた身で恐縮の至りではございますが、どうか、どうかお願いします。わたくし共はどうなっても構いません。ケイナス様を連れて、この場から逃げて頂けませんか?」

「なっ!」


 その言葉に、恐らくケイナスと思われる貴族の少年が、憤慨しながら前に進み出た。


「何を言うのだじい! 私にみなを見捨てて逃げろと言うのか!!」

「そうです」

「ふざけるな! そのようなことが出来るか!!」

「お聞き分けください! もはやそうするしかないのです!!」

「っ!?」


 執事の鋭い声に、少年は息を呑む。

 その少年に強い視線を向けながら、執事は諭すように言った。


「家臣とは、主を守るためのもの。貴方様さえ生き延びてくだされば、わたくし共などどうなってもいいのです」

「み、みなで戦えば……」

「今の我々に、百を超す害獣を相手に出来るとお思いですか? それに……先程の咆哮を聞きましたか? あれは尋常な個体ではありません。恐らくは、王種に匹敵する個体のものだと思われます」

「な……」


 絶句した少年から視線を外すと、わたしに改めて頭を下げる。


「このような危地に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。ですが、どうかケイナス様だけは逃がして頂けないでしょうか? 殿下の赤飛馬であれば、子供1人くらいなら増えても問題はないかと愚考いたします。どうか、どうか!」


 そう言って、深々と頭を下げる執事の隣に、護衛隊長と思われる兵士も並んだ。

 その光景を、少年は歯を食い縛り、拳を震わせながら見詰めていたが……やがて同じように膝を屈すると、血を吐くような声で言った。


「で、んか……どうかお願いします。少しでもこの者達を哀れに思ってくださるなら……どうか、私を救って頂けないだろうかっ」


 わたしはそれを聞き、唇を噛み締めた。


 正直に言えば、わたしはこの者達を守りたい。

 主を守るために死地に留まろうというこの忠臣達を、死なせたくはない。

 だが、わたし1人ではこの者達を守ることは不可能だ。

 わたしの戦闘スタイルは、守ることには不向きだからだ。

 だが……


「……」


 執事達の背後に黙って立つセリア・レーヴェンを見る。


 彼女の助力を得られるなら、この場にいる全員を守ることも可能かもしれない。

 しかし、他国の貴族である彼女にそんなことを頼んでいいのか?

 なし崩し的にこの戦場に引っ張り込んでしまったが、これ以上付き合う義理など彼女には全くない。

 いや、そもそも彼女は国賓と言っても差し支えない存在だ。

 その彼女を意図的に危険に晒すこと自体が間違っている。

 だが、だが……っ!!


「っ……!!」


 感情と理性の板挟みになって何も言えないでいるわたしを、セリア・レーヴェンはフードの奥からじっと見詰め…………ふっと息を吐いた。


「……この状況を招いたのは、神術で煙を拡散させてしまった私にも責任の一端がありますし……最後まで協力しますよ」


 その言葉に、目を見開く。

 そして、胸の奥から抑えようもない歓喜が湧き上がってきた。


「ほ、本当か!?」

「ええ、このまま見捨てるのも気が引けますしね」

「ありがとう! 恩に着るぞ!!」

「ちょっ──!?」


 喜びのあまり思わず飛び付き、その華奢な体をがっちりと抱擁してしまう。

 セリア・レーヴェンは何やら不自然に体を硬直させていたが、わたしは構わずぎゅうぎゅうとその体を抱き締め……


「おうっ?」


 突然両腕が弾かれた。

 そのままバンザイの体勢で戸惑っていると、セリア・レーヴェンが気まずそうに言った。


「……すみません。結界が自動発動してしまったみたいです」

「うむ? ……ああ、力を入れ過ぎたか? それはすまんな」


 よく分からないが、どうやらわたしの抱擁が攻撃と見なされてしまったようだ。

 喜びのあまり力の加減を間違えたことを反省する。


 そうしていると、背後から少年の声が上がった。


「ちょ、ちょっと待って頂きたい! まさかお2人で害獣を迎撃するおつもりですか!?」


 振り返ると、少年だけでなく執事も兵士も、信じられないといった表情でわたしとセリア・レーヴェンを見ている。

 なので、わたしは胸を張ってその言葉を肯定した。


「その通りだ。彼女の助力を得られるならば、何も恐れることはない!!」

「て、敵は百を超す害獣ですよ!? いくらなんでも……」

「問題ない! だろう?」


 そう隣のセリア・レーヴェンに問い掛けると、彼女は静かに頷いた。

 その彼女に、複数の不審そうな視線が突き刺さる。

 まあ彼女の正体を知らなければ無理もないだろう。


 と、そこですぐ近くから害獣の鳴き声が聞こえてきた。

 慌てて視線を上げると、3体の猿型の害獣が木の上からこちらを見下ろしていた。

 どうやらもう第一陣が辿り着いたらしい。


「ギィッ! ギィィ!」

「ゴゴァァ!!」

「ギャア! ギャア!!」


 害獣共は口々に鳴き声を上げながら、爛々と輝く瞳でこちらを睨んでいる。


「ひっ」


 小さく引き攣ったような声にチラリと目をやると、少年が恐怖に歪んだ表情で地面に尻もちをついていた。

 しかし、その表情は一瞬にして驚きに変わった。


 わたしの隣で一瞬にして膨れ上がった神力の気配。

 それが、神術師でない少年にも感知出来たのだろう。


 先程の刺客が放った神術とは比べ物にならない速度と密度。

 周囲を圧するただならぬ気配は、瞬く間に具象化し────



 バァァァァン!!!



 耳を弄する炸裂音と眩い閃光と共に、害獣が乗っていた木が真っ二つに裂けた。

 それと同時に、3体の害獣が煙を上げながら地面に落下する。そしてそのままピクリとも動かなくなった。


「「「……」」」


 この場にいる誰もが絶句し、呆然とセリア・レーヴェンの方に視線を向けた。

 しかし、一瞬にして場の注目を集めた当人はというと、なんの感慨もなさそうに肩を竦めて小さく一言。


「とりあえず、全員で逃げられるように撤退の準備をしましょうか」


 そう呟くと、すたすたと馬車の前方を塞ぐ倒木の方に向かって行ってしまった。


(やれやれ、まったく頼もしいな)


 その背を見送りながら、わたしは苦笑気味に笑みを漏らした。

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