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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑰

すみません、少し遅れました。しかも短いです。

 その後、襲い掛かってくる賊に“ビンタ♡”を食らわせること7回。

 私は目に付く範囲の負傷者の治療を終えた。


 残念ながら既に亡くなっている人もいたが、それでも20人近くは助けられたのではないかと思う。

 賊側の人間も含めればもっといくだろうが。


 そう。私は一応、賊側の人間にも遠距離で“聖霊の慈悲”を飛ばしておいた。

 最低限の神力しか込めておらず、兵士と違って目視での診察も何もしていないので、本当に応急処置でしかないが。

 それでも、一命を取り留めることは出来るだろう。


 本来なら賊なんて助ける必要ないし、むしろ止めを刺すべきなのだろうが……私にはそんなこと出来るはずもない。

 また、目の前で死にゆく人間に、見て見ぬふりをすることも出来なかった。

 なので、「情報を聞き出すための捕虜確保」という名目で、最低限の治療だけしたのだ。

 ……まあ、貴族を襲撃した時点で、ここで生き残ったところで死刑は免れない以上、これが偽善でしかないことも分かっているが。


「さて、と」


 最後の兵士の治療を終え、一応安全圏である馬車の近くまで移動させたところで、私は改めて戦場を見渡した。


 私達が参戦したことにより、押されていた兵士側が勢いを盛り返してきていた。

 元々、練度も装備の質も兵士側の方に分がある。

 不意打ちによる優位性が失われ、数的にも拮抗してしまえば賊に勝ち目はない。

 何より……


「ふっ! ふんっ!!」

「ヴラアアァァァーーー!!」


 敵陣で獅子奮迅の働きを見せるランツィオとホンの存在が大きい。

 ランツィオは軽快な足捌き(フットワーク)と鋭い拳撃で、1人1人確実に敵を沈めていく。

 外見はさながら女子プロレスラーだが、その戦闘スタイルはむしろボクサーに近い。


 一方ホンは、その巨体を活かした突進と蹴りで敵を容赦なく吹き飛ばしていく。

 ……というかナニあの鳴き声。やっぱり絶対馬じゃないでしょ。敵さん達も完全に腰引けちゃってるじゃん。


 戦場を駆け回り、敵を文字通り蹴散らすホンは、見た目完全に凶暴な害獣だった。もはや暴れ馬とかいうレベルじゃない。

 普通の軍馬が暴れただけでも騎士が大怪我することなどざらにあるのに、ホンはその普通の軍馬の倍以上の体重と馬力を持つ怪物だ。おまけに角まで生えている。

 そんなホンが、ただ暴れているのではなく、明確に自分の意志で戦っている(・・・・・)のだ。

 正直、神術師でなければあれはもう手が付けられないだろう。


「──ん?」


 不意に1人の男が雄叫びを上げながらこちらに突っ込んできて、私は反射的に身構えた。


(あれ? この男……?)


 その顔を見て、内心首を傾げる。

 その男は、先程私が“ビンタ♡”で張り倒した男だったのだ。

 それだけなら、技が上手く決まり切ってなかったのかと思うだけだが、それだけではない。


(……なんで無手?)


 雄叫びを上げながら突っ込んできているくせに、その手には何も握られていない。

 それどころか、不思議と殺気も感じられなかった。


(まあ、いいか。一発で駄目なら、もう一発叩き込むまで!)


 先程は右手だったので、今度は左手を振りかぶる。

 そして、突っ込んでくる男にタイミングを合わせ、容赦なく左手を振り抜いた。


「ふっ!」


 2回目なので避けられる可能性も考慮し、軌道修正も視野に入れていたのだが、男は避けるそぶりを見せようともしなかった。

 鞭のように奔った左腕が、狙い違わず男の右頬に吸い込まれていく。

 そして────



 バヂィィィィン!!!



「ありがとうございますっ!!」


 ……ん?


 え? ナニ今の? 聞き間違い?


 あまりにもおかしな発言が聞こえ、思わず左手を振り抜いた体勢で固まる。

 そのまま見詰めるその先で、男は両足を揃えて倒れ込むと、なぜか恍惚とした表情でぶたれた右頬に手を這わせた。

 そして、なにやら熱っぽい息と共に一言。


「……イイ」


 ぞわぞわぞわっ!!


 一瞬にして全身に鳥肌が立った。


 やばいやばいやばい! アカン。これはアカンやつや。

 キモチワルッ! キンモチワルッ!!


「……もっと」

「ヒィッ!」


 男の熱に潤んだ瞳がこちらに向けられ、思わず喉の奥から情けない悲鳴が漏れた。

 そして、気付いたら反射的に“失落”を放っていた。


 精神に直接攻撃を加えられた男は、恍惚とした表情のまま白目を剥いて倒れる。


「……」


 うん、見なかったことにしよう。

 私は何も見てない。

 まだ鳥肌が止まらないけど、これは気のせいだ。

 手が微妙に震えてるのも、気のせいに違いない。


「さて、どうしようかな」


 さり気なく手をさすりつつ、戦場に目を戻す。


 大勢は決した。

 このまま私が何もしなくても、数分以内に兵士側の勝利でこの戦いは幕を閉じるだろう。

 敵はもう完全に逃げ腰だ。

 完全に態勢を整え直した兵士達が一斉攻勢に出る前に、なんとか逃げ出そうとしているのが伺える。


(とりあえず、逃げ出したのから順に“失落”を叩き込もうかな)


 この乱戦状態で下手に援護射撃をするより、そちらの方がいいだろう。

 別に対象に直接作用する精神系神術なら誤爆の心配もないのだが、下手に戦闘中の敵に精神系神術を掛けて、そのせいで兵士の攻撃を防げずに切り殺されたとかいう展開になったら、私の精神衛生上よろしくない。

 これが害獣なら遠慮なく援護射撃するんだけどね。


 そんなことを考えつつ、神術の発動準備をしていると、すぐ近くにある馬車の中がなにやら騒がしい。

 そちらを見ると、なんと馬車の扉が開いて誰かが降りてくるではないか。


「お待ちください、坊ちゃま! 外はまだ危険です!!」

「ええい! ロガロ子爵家の嫡男ともあろう者が、馬車の中でみっともなく縮こまってなどいられるか!!」


 そう言いながら、まだ12、3歳くらいの貴族服を着た子供が、執事と思われる初老の男性の制止を無視して馬車から降りてくる。


(いやいや、護衛対象が戦場に出て来てどうすんのよ。というか、この子神術師ですらないじゃん。貴族の誇りだか何だか知らないけど、戦闘の役に立たないならただの足手まといじゃない)


 そんな私の内心など露知らず、少年はその腰に差していた剣を抜き放つと、兵士を大声で鼓舞した。


「今だ兵士達よ! 卑劣な賊共を叩き潰せぃ!!」


 そして、その言葉が放たれると同時に。


 街道脇の茂みの中で、殺気と神力の気配が膨れ上がった。


「っ!!」


 考えるよりも先に、体が動いた。


 全力で駆け出すと、横から少年に向かって突進する。


「何を──」


 私にいち早く気付いた執事服の男性が、咄嗟に私と少年の間に割り込もうとするが、突進の勢いそのままに力尽くで地面に引き倒す。

 そうしてから上げた視界の先で、ようやく私に気付いたらしい少年が慌てて身構えようとする。


(馬鹿! こっちじゃないでしょ!!)


 内心でそう毒づきながら、私はそのまま少年に飛び付き、地面に押し倒した。

 その直後、少年の頭があった位置を拳大の石礫いしつぶてが通過した。

 高速で飛来した石礫は、そのまま馬車の壁面に直撃して大きな破砕音を立てる。

 恐らく神術の発動速度からして精々下級神術だろうが、その威力は決して馬鹿には出来ない。もし私が庇わなければ、下手したら少年は即死だったかもしれない。


「無事!?」


 押し倒した体勢のまま鋭くそう問い掛けると、少年貴族はその目を大きく見開いて私を見上げながら、「あ、ああ」と若干挙動不審気味に頷いた。

 たった今危うく死に掛けたという事実に、まだ少し混乱しているのかもしれない。


 私はもうそちらを気にせず、いきなり狙撃してきた神術師にお返しとして風属性神術を撃ち込んでやろうと振り返って────こちらに飛来する何やら赤い液体が入ったビンを見て、咄嗟にそちらに狙いを変更した。


 風の弾丸に撃ち抜かれ、空中でビンが砕け散る。

 それに伴い、中に入っていた赤い液体が地面に飛び散り────たちまち気化し始めた。


「んっ!?」


 一瞬にして、ビンの破片を中心に赤い煙がモクモクと広がっていく。


(まさか……毒!?)


 稲妻のように脳裏に閃いたその直感に従い、私は風属性神術で上昇気流を発生させると、その赤い煙を上空へと吹き飛ばした。

 赤い煙はあっという間に木の上まで巻き上げられると、上空でより広範囲へと拡散していく。


「あ、あれはまさか……いけません!」

「え……?」


 焦りに満ちた声にそちらに視線を向けると、執事服の男性が上空の煙を見上げつつ、強張った表情をしていた。


「何が……」


 その私の疑問を遮るかのように、



 ゴオオオァァァァァーーーー!!!



 遠くで、獰猛な獣の雄叫びが迸った。

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