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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑮

「あの、行くにしても足はどうするんですか?」


 引っ張られるまま大通りの方へと歩きつつ、私はそう尋ねた。


 帝国各地を回り、2カ月以内には帝都に帰還する予定なのだ。

 調査にかかる時間を考えると、徒歩は論外。馬車も厳しいだろう。

 私が“飛行”で飛びつつ、“念動”でランツィオを運んでもいいが、ランツィオに風や寒さ対策の結界が張れるとも思えないから、それも私がやるとなるとキャパシティ的にかなり厳しい。

 万全の状態の私ならともかく、今の私では出来たとしてもまともに速度が出ないだろう。


 しかし、そんな私の危惧に反してランツィオはなんでもなさそうな顔で上を見上げた。


「問題ないぞ? 連れて来ている」

「え?」

「ホン」


 つられて上を見上げると、ランツィオの声に合わせて屋根の上から巨大な影が飛び降りてきた。



 ドガガガッ!!



 土を蹴立てる音と共に、私達が先程までいた路地に着地したのは、1頭の赤飛馬(?)だった。

 (?)を付けたのは、その赤飛馬が普通の赤飛馬とは明らかに違ったからだ。


「こいつはホン。わたしの相棒であり、由緒正しき血統を受け継ぐ赤飛馬の王種だ!」

「……へぇ」


 王種、ね……。

 王種って一般的には害獣の群れの長となる存在であり、種によっては他の個体とは違った特徴を持って特別指定災害種に認定されることもあるんだけど……。


 ああうん、たしかにこの馬(?)は王種だろうね。

 だって、ただでさえ大きい赤飛馬の更に一回りは大きいし、何より……


「角、生えてるやん……」

「うむ! あの雄々しくそびえる一角こそが王種である何よりの証だ! どうだ、カッコイイだろう!?」

「……そっすね」

「そうだろうそうだろう。ハッハッハ!」


 そう上機嫌に笑いながら、ランツィオは私の首を解放すると、ホンというらしい赤飛馬に近寄ってその首元をポンポンと叩く。

 すると、ホンも甘えるようにランツィオの頬に顔を擦り付ける。

 その姿を見る分には、なんてことはない馬と主人のようにも見えるが……。


(いや、これはダメでしょ)


 どう見ても馬じゃない。

 六本足の時点で何を今更とも思うが、角て!

 明らかに攻撃用じゃん。そこら辺の害獣なんかよりよっぽど強そうなんですけど?


「ホンは赤飛馬の中でも特に速い。それに体力もあるから、わたし達が相乗りしても問題ないぞ」

「……それなら安心ですネ」


 え? 乗るの? ……これに?

 チラリとホンの方を見る。

 目が合う。

 なんか草食動物とは思えないほどギラギラした目で見返される。

 こうして真っ向から向き合うと、なんかその巨体から王者としての風格のようなものが漂っている気がする。


 そのたてがみは全身から湧き上がる熱気によってゆらゆらと揺らめき、その大きな口からは今にもバハァっと白い吐息が噴出されそう。

 ……これ、本当に草食動物なんだよね?


 馬とは思えない凄まじい迫力に思わず身構えかけるも、ぐっと堪える。

 馬は賢い。第一印象で舐められたら終わりだ。

 これ(・・)が馬かどうかはさておき、その背に乗せてもらう(予定)以上、ここは余裕を持ってグッと見返す!


 そう考え、自分なりに迫力があると思う顔で、キッとホンの目を見返した。

 すると、ホンは首をぐっと伸ばして私を見下ろし――――


「ブルルッ」

「あ」


 ランツィオが焦ったような声を上げるが、もう遅かった。

 ホンの鼻嵐に合わせて飛び散った液体が、避ける間もなく私の顔にかかった。


「……」

「だ、大丈夫、か?」


 ハンカチを取り出すと、ランツィオの問い掛けには答えず無言で顔を拭う。

 “浄化結界”がある以上、別に汚くはない。

 汚くはないが……そういう問題ではない。


 歯を剥き出して鼻を鳴らす。

 馬がこの仕草をした時、その意味するところは明らかだ。


 相手をバカにしている。


 つまり、完全に舐められたということだ。


 ハハハ、これは参ったね。まさか馬に“馬”鹿にされるとは。

 あっはっは、おもしろ~い。赤鬼さんに座布団1枚!

 あっはっは。あーっはっはっはっは…………


「あ゛?」


 用を終えたハンカチを握り潰しつつ、高いところから見下ろしてくる馬畜生の目をギヌロッと睨み返す。

 すると、畜生がビクンッと体を震わせた。


 なにやらその横で飼い主まで一緒に肩を跳ねさせていたが、そんなことはどうでもいい。

 今はこの畜生に身の程というものを教えてやるのが鮮血……いや、先決だ。


 足をズッと前へ踏み出すと、畜生がググッと首を反らせた。

 構わず足を進めると、ドタドタと後退りしようとするので……一気に距離を詰めてその鬣をガッと掴んだ。


「いつまで見下ろしてるのかな?」


 そのままぐいっと引っ張ると、私の頭と同じ高さまで無理矢理頭を下げさせる。


「おすわり」


 同じ高さで真っ直ぐ目を合わせ、静かにそう言う。

 その大きな黒目からは先程までのギラギラした輝きが消え失せ、気のせいでなければどこかうるうるとしていた。


「お・す・わ・り」


 再度、今度は少し語気を強めてそう言うが、畜生は困惑気味にキョロキョロと目を動かすだけで膝を折ろうとしない。

 もしかしたら「おすわり」が何なのか分からないのかもしれない。

 まっ、そんなこと関係ないけど。


「お! す! わ! り!!」


 王種とか呼ばれてんだろ? 賢いんだろ? だったらこのくらい分かれよあ゛あん?


 そんな意思を両目に込めると、畜生はぶるぶる体を震わせながらようやく膝を屈した。

 六本の足を折り畳み、その場に伏せる。


 ……まあ、いいだろう。

 おすわりじゃなく伏せになっているけど、馬の体の構造上、後ろ足だけ折り畳むのは難しいのかもしれない。六本も足があればなおさら。


 許しの意味を込めて手を離すと、畜生はそのまま首を下ろし、頭を垂れた。


 うむ、やっぱり人間様が畜生に舐められちゃいけないね。

 「鳴かぬなら 哭かせてやんよ ホトトギス」「馬の耳を念入りにつ」お母さんもそう言ってた。

 やっぱり母の教えは偉大だね。


 満足気に頷きながら顔を上げて――――ランツィオと目が合った。


「……」

「……」

「……か」

「……?」

「賢い、馬ですね?」

「う、うむ……」

「と、とりあえず帝都を出ましょうか?」

「う、む……そうだな」

「ほら、あなたももう立っていいから」


 伏せの体勢を取るホンにそう声を掛けるも、ホンは頑なに伏せの体勢を解こうとしない。

 それどころかますます頭を下げ、顎が地面に着いてしまっていた。


 その姿には、先程までの王者としての風格など微塵も残っておらず、自分がやったことながらなんだか微妙な気分になってしまった。

 まるで、調子に乗ってたところを容赦なく鼻っ柱を叩き折られた三下みたいだ。

 「へへ、あっしごときが旦那を前に頭を上げるなんてとんでもないことでさぁ。へへへ」みたいな声が聞こえてきそうだ。

 心なしかその額の角も小さくなっている気がする。いや、これは完全に気のせいだろうけど。


「いや、もう立っていいって」

「ブルッ」

「立て」

「ヒヒッ!」


 ちょっと語気を強めるとすぐに立ち上がった。

 「はい! ただいまぁ!」という声が聞こえてきそうだ。

 ……王種?


「……よし、では行くか」


 そう言ってランツィオが手綱を引くも、ホンは動かない。

 それどころか私の方を見てじっと指示待ちの体勢でいる。


「お、おい? どうしたのだ?」


(……どっちに従った方がいいのか……いや、どっちが逆らった時によりヤバそうなのかを本能で理解したんじゃない?)


 あるいは、私達2人の女死力の差を感じ取ったか。


 そんな風に考えたが、声には出さなかった。

 流石に愛馬の指揮権を初対面の相手に奪われたとあっては、彼女の面目が立たないと思ったのだ。


「……行きましょう」


 歩き出しながら促すようにホンの首を叩くと、ようやくホンも歩き始めた。

 2人と1頭で大通りへと出る。


「そう言えば、最初はどこに行くつもりなのだ? やはりヴァレントの大迷宮か?」

「いえ、たしかに位置的には大迷宮が一番近いですが、大迷宮には万全の状態で挑みたいので、後回しにしようかと」

「そうなのか? だが、大迷宮はもう一月とちょっとでしばらく閉山されてしまうぞ?」

「え?」


 予想外の言葉に思わず立ち止まると、ランツィオが意外そうな顔をした。


「なんだ、知らなかったのか?」

「はい……というか、大迷宮に閉山とかあるんですか?」


 ヴァレントの大迷宮。

 “冒険王”などとも称される聖人ヴァレントが、鉱物系の触媒を大量に産出していた鉱山1つを丸ごと迷宮化した巨大遺跡だ。

 鉱物系の触媒を鉱脈ごと利用するという、大陸一贅沢な触媒の使い方をしており、もはや鉱山1つが巨大な神具と化している。


 元鉱山だけあって、その内部は坑道が大小複雑に入り組んでおり、それ自体が完全に迷路だ。

 しかも、神術によるもの神術によらないもの両方含めて様々な(トラップ)が設置されている上、坑道内には危険な害獣も棲み付いているらしい。

 “冒険王”ヴァレントは生前様々な遺跡を発見し、そこで手に入れた貴重な宝物や神具、史料等を大迷宮内に隠したとされているが……そんな危険地帯故、未だに最深部まで辿り着けた者はいない。


 ここまでは、私でなくとも神術師なら誰でも知っていることだろう。

 私はそれに加えて、この帝都にある国立図書館で大迷宮に関する様々な情報を得たが、閉山などという話は初耳だった。


「あの大迷宮が数年に一度、定期的に大転換を行うのは知っているか?」

「はい、自動的に大迷宮の構造が大きく変わるんでしたか。……まさかそれが?」

「そうだ。そろそろその大転換が起きる時期でな。大転換中は迷宮内に入ってはいけないことになっているし、大転換が完了したらそれまでの地図は無駄になる。今この機会を逃したら、大迷宮の攻略難度は跳ね上がると思うぞ?」

「うぅ~~ん……」


 たしかに、それは避けたい。

 でも、万全の状態でないのに大迷宮に挑むのは……。


「加えて言うなら、大転換に掛かる時間は、長い時だと1年近くなる場合もある。今を逃せば次は相当待たなければならないだろうな」


 そう言われて、私も決心を固めた。

 まあ幸い神術の出力が落ちているだけなのだ。

 坑道内でそんな何十発も派手に神術をぶっ放すことなんてことはそもそも出来ないだろうし、考えてみればそこまで問題はないかもしれない。


「分かりました。では大迷宮から行きましょう」

「よし! なら西門に行くぞ!」


 その言葉に従い、大通りを西に向かって歩く。

 そして、帝都を囲む外壁に辿り着くと、ランツィオが門番に声を掛けられた。


「これは皇女殿下。公務ですか?」

「うむ、まあそんなところだ」

「左様ですか。どうぞお気を付けて」


 どうやら本当に顔パスらしい。

 仮にも皇女がろくに供も付けずに外に出ようとしているのに、誰も何も言わない。

 普段から害獣討伐や野盗退治を行っているというのは事実のようだ。


「では行くぞ。お前は後ろに乗れ」


 門を潜ると、ランツィオは手に持っていた戦槌を鞍に括り付け、ひらりとホンの背に跨った。

 そして、私にも乗るよう促してくるが……あぶみはランツィオの分しかないので、乗ろうにも足掛かりがない。


「……(じーー)」

「……(ビクッ)」


 無言でホンの目を見詰めていると、ホンは一度大きく体を震わせてから、おずおずと伏せの体勢になった。

 よく調教されているようで何より。


「乗りました」

「うむ……それにしても、こうまで見事にホンに言うことを聞かせるとは。驚いたぞ」

「ハハハ」


 笑って誤魔化す。それ以外にどうしろと?


「よし、お前はわたしのお腹に手を回すといい」


 まあ手綱も鐙もない以上、そうするしかないだろう。

 会ったばかりの相手に抱き着く形になるのは正直かなり気が進まないが、そうも言ってられない。


「失礼します」


 一言掛けながら、その腰に手を回す。

 うわーお、なんて逞しい腹筋。


「もっとしっかり掴まれ。振り落とされるぞ」

「はい……ん?」


 不意に背後が騒がしくなり、振り返ると、門番の兵士達が何やら慌てた様子でこちらに向かってくる。


「あの、何か――」

「よし、行くぞ! ハイアッ!!」

「え、ちょ――」


 声を掛けようとしたところで、ランツィオがホンの腹を蹴りつけた。

 それと共に、ホンが凄まじい勢いで駆け始める。

 それはもはや、馬のものとは思えない暴力的な加速度で。


「――――――!!?」


 私はそれ以上何を言うことも出来ず、ただ必死にランツィオの体にしがみついているしかなかった。

 こうして、私の帝国での新たな旅は、予期せぬ出会いと共に実に慌ただしく始まったのだった。

ことわざ解説


「鳴かぬなら 哭かせてやんよ ホトトギス」:鳴かないなら泣き叫ばせればいいじゃない。


「馬の耳を念入りに打つ」:馬に念仏聞かせても無意味だけど、物理打撃は問題なく有効だよね。


要するに両方とも、「動物に言うこと聞かせようとするなら、言葉を尽くすのではなく暴力に訴えるべきだ」という、動物愛護団体が聞いたら激怒しそうな圧倒的更科ism(サラシニズム)

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