更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑭
すみません、遅れました。
せんついをもった 少女に からまれた!
たたかう
しんじゅつ
▶にげる
「む? おい、無視をするな」
しかし まわりこまれてしまった!
たたかう
しんじゅつ
▶にげる
「おい、逃げるな」
しかし まわりこまれて――
▶にげる
「おい、だから――」
しかし まわり――
▶にげる
「お――」
しかし――
▶にげる
…………
……………………
………………………………
「おい! いつまでやるつもりだ!!」
ごめん、途中からちょっと面白くなってた。
だって私が振り返るたびに、その先に回り込んでくるんだもん。
なんかバスケの試合で、ブロックしようとする相手選手を翻弄しているみたいな気分だった。
しかしまあ、進路に割り込むだけで、直接私を捕獲しに来なかったのは正直意外かな。
見たところ既に神術で身体強化を行っているようだし、いちいち進路妨害をするくらいなら直接私を捕まえた方が早いだろうに。
問答無用で“崩天撃”ぶちかましてきたどこかの皇子とは違って、そこら辺は律儀なのかもしれない。
そんなことを考えながら、改めて目の前の少女を観察する。
年の頃は私と同じか少し上くらい。
身長は、同年代の女子の中ではかなり高い方である私よりも更に高い。
髪は長い黒髪をポニーテールにしていて、瞳は鳶色。肌は褐色。
少々眼光が強過ぎるし、その口元に浮かぶ笑みが獰猛に過ぎるが、容姿自体はかなりの美少女だ。
今世ではお目に掛かったことのないワイルド系美少女って感じだろうか? ……まあ、王国の貴族令嬢の中にこんな……はっきり言うと不良っぽい令嬢がいたら大問題だが。
しかし、その容姿以上に目を引くのは、やはりその身に宿す膨大な神力だろう。
目算だが、その神力量はあの皇子兄弟にも引けを取らない。
間違いなくこの帝国でトップクラスの保有神力量だ。
だがしかし!
しかしである。
今の私は、その神力量以上に別のことに意識を奪われ、戦慄を覚えていた。
これほどの戦慄を覚えたのは、あるいは今世で初めてのことかもしれない。
それほどまでに、私にとって
(凄まじい……まさか、これほどの……なんて、なんて……)
自然と口元が引き攣り、額にじわりと汗がにじむ。
しかし、それも仕方のないことだろう。
なぜなら、目の前の少女は今世で出会った中では間違いなく最強の――――
(なんて……圧倒的女死力!!)
女死力の持ち主だったのだから。
これほどの女死力の持ち主は、前世の身内を除けば過去に1人――お母さんの弟子だった
だが、目の前の少女が楓花や桃華をも上回る女死力の持ち主であることを、私は直感した。
……というか、見るからにそんな感じはした。
というのも、目の前の少女は上に黒いコートを羽織ってはいるが、その下は胸当てと短パンしか身に着けていないのだ。
自然、大きく開いたコートの前部分から、そのお腹が完全に露出しているのだが……これがまあ見事にバッキバキに割れているのだ。見るからに女死力高めだ。思わず「ナイスシックスパァック!!」って叫びたくなるくらい綺麗な割れ方だ。
まあ、筋力=女死力というわけではないが。
これはアカン。
その神力といい、女死力といい、相手はかなりの手練れだ。
というか、さっきから“目の前の少女”とか遠回しな言い方をしているが、彼女が何者かくらい既に察しが付いている。
その推測通りなら(まあ十中八九当たっているだろうが)、彼女は間違いなく帝国でも最強クラスの神術師だ。
神術を駆使すれば逃げられないことはないと思うが、神術を発動させようとした途端殴りかかられる気しかしない。
彼女に戦闘態勢を整えた状態でここまで接近された時点で、穏便に逃げることなど不可能だろう。
そんな風に思考を巡らせていると、当の彼女が段々と不安そうな顔をし始めた。
キリリッと吊り上がっていた眉がハの字に垂れ、ビシッと突き出されていた人差し指がへにゃっと折れ曲がる。
「……なぜ、何も言わない? ま、まさか人違いか?」
……人違いって言ったら逃げられるのかな?
そんな風に考えたが、向こうに《ヴァレントの針》がある以上バレるのは時間の問題だろう。
そして、嘘を吐いてそれがバレたら余計面倒なことになる気がした。
私は小さく溜息を吐くと、覚悟を決めてその場で軽く一礼した。
「いえ、間違いございません。お初にお目に掛かります。私はファルゼン王国レーヴェン侯爵家が長女、セリア・レーヴェンと申します。貴女様はリョホーセン帝国第四皇女、ランツィオ・リョホーセン様とお見受けしますがいかがでしょう?」
「む、なんだ。ずっと黙っているから人違いかと思ったではないか! うむ、たしかにわたしはランツィオ・リョホーセンで間違いないぞ!」
私の肯定に対し、ランツィオ・リョホーセンはほっとしたように快活に笑った。
「……それで? 皇女様が私に何の御用でしょう?」
「知れたこと! 兄上達を負かした噂の聖女に手合わせしてもらおうと思ったのだ!」
「……それはまたなぜ?」
「なぜ? 武人たるもの、強者との闘いを欲するのは当然のことだろう?」
まるで変なことを聞いたと言わんばかりのキョトン顔でそう言われるが……私は武人ではないのでその感覚は分からない。
(さて、どうやって断ろうかな)
そう考えを巡らせていると、ふとランツィオの視線が私の右手。正確には右手に握られた串焼き肉に向けられた。
「……もしかして食事中だったか?」
「え? ああ、まあ……」
「そうか……それは悪かった。食事の邪魔をされるとイライラするからな」
そう言うと、ランツィオはあっさりと戦闘態勢を解いて、向かい側の壁の方へとすたすたと歩み寄った。
あまりにもあっさりと戦闘態勢を解いたことに一瞬呆然とし、次の瞬間に罠の可能性を勘繰る。
しかし、そんな私の警戒を嘲笑うかのように、ランツィオはその手に持っていた戦槌を壁に立て掛け、 《ヴァレントの針》を懐にしまうと、両腕を組んで向かいの壁に背をもたれさせた。
……これは、食事を続けてもいいということなのだろうか?
恐る恐る串焼き肉を口に運ぶも、ランツィオは何も言わない。
ただ向かいの壁にもたれかかったまま、じっとこちらを見ている。
「……あの、そんなに見詰められていると食べづらいのですが……」
「む……そうか、そうだな」
そう言うと、ランツィオはどこか困ったように視線を彷徨わせ、最終的に大通りの方へと顔を向けた。
ランツィオが言われた通りに視線を外したことに、自分がやらせたことながらビックリする。
普通、攻撃される可能性がある相手から、そう簡単に視線を外したりはしないと思うのだが……。
どうやらこの皇女様は、予想以上に素直(?)な性格のようだ。
いや、当然私は不意打ちを仕掛けたりはしないが。
一瞬この隙に逃げようかとは思ったが、逃げ切れる気がしなかったのでそれもやめておいた。
結局、私は素直に串焼き肉を食べることにした。
このままでは折角の焼き立てが冷めてしまいそうだし、食べている間に何か打開策を考えればいいかと思ったのだ。
「ん……っ!」
そんな訳でようやく串焼き肉をかじると、途端に口の中にスパイシーな味が広がった。
流石に露店だけあって肉質自体は決して上等とは言えなかったが、かかっているたれの味がそれを補って余りあるおいしさだった。
舌を刺すような刺激的な味わいだが、決して肉自体の味は損なっていない。
これは……帝国特産の香辛料が使われているのだろうか? あまり王国では食べたことのない味だ。
「……旨そうだな」
夢中になって串焼き肉を頬張っていると、向かいからそんな声が掛けられた。
視線を上げると、ランツィオが顔は大通りの方に向けたまま、チラチラと視線をこちらに飛ばしていた。
「……どこの店の肉だ? それは」
「……っ。ええっと、そこを出て向かって右側にある露店のものですけど……」
「そうか……わたしも買ってこようかな……」
「……ぇ」
思わぬ発言に思わず耳を疑う。
しかし、私が呆然と見詰めるその先で、その言葉通り、ランツィオはいそいそと大通りの方へと歩いて行ってしまった。……その場に戦槌を置いたまま。
(……いやいや。え? あの戦槌、私の想像通りなら帝国の国宝のはずだけど? いくら近くにいるからって、そんなポンと置きっ放しにしていいの? いや、ダメでしょ)
このまま私が戦槌を持って逃げたらどうなるのか。
そんな考えが一瞬脳裏を過ぎるが、間違いなく普通に国際問題になるだけなので実行には移さない。
そうこうする内に、ランツィオが戻ってきた。
……その右手に持った串焼き肉を、堂々と歩き食いしながら。
「うむ、この串焼き肉はなかなか旨いな! もっと買ってもよかったかもしれん!」
そう言うランツィオの左手には、同じ串焼き肉が4本も握られていて…………なんなのこの皇女様。ちょっと自由過ぎない?
そしてなぜかそのまま、2人で向かい合って串焼き肉を食べることになってしまった。
……本当になんなの? この状況。
私がまじまじと見詰める間にも、ランツィオは物凄い勢いで肉を消化していく。
串に刺さっている肉を一口で三分の一近く口に入れ、僅か数秒で次の一口に取り掛かる。
……ちゃんと噛んでるのか?
そんなこんなで、私がゆっくりと食べていたのもあるが、最終的に食べ終わったのはほぼ同時だった。
食べ終わった串はどうしようかと考えていると、ランツィオがその手に持っていた串を地面に放り捨てた。
思わず「ポイ捨てかよ」と眉をひそめてしまったが、恐らく帝国ではこれが普通のことなのだろう。
地面を見下ろせば、そこら辺に小さなゴミが落ちている。
量自体は大したことないので、恐らく清掃業者が定期的にゴミ回収はしているのだろうが……前世日本人としては、流石にポイ捨てには抵抗がある。かと言って、ゴミ箱なんかがあるとも思えない。
迷った末、私は焼却処分を選択した。
串を4つに折って右手の中に握ると、火属性神術で燃やす。
「おおっ!?」
ボンッという音と共に手の中で小爆発が起き、目の前のランツィオがビックリしたように体をのけ反らせた。
「なんだ? どうした!?」
「失礼しました。ゴミを処分しただけです」
いきなり神術を発動させたのは迂闊だったかもしれない。
そう反省しながら、敵意がないことを示すために右手を開き、手の中の灰を落とした。
それを見て、ランツィオは心底不思議そうな顔をした。
「なぜそんなことをする? ゴミなどそこら辺に捨てておけばいいだろう」
その言葉で、やはり帝国ではゴミのポイ捨てが常識なのだと確信する。
……まあ花の都パリでも、昔は路地裏がゴミだらけだったって話だし、特別おかしな話ではないのかもしれない。
(ハイヒールは地面に落ちているゴミが足に触れないようにするために開発されたんだっけ? ……あれ? 王国でもハイヒール自体はあったけど……あれはどこから生まれたんだろう?)
もしかしたら私と同じ前世持ちが広めたのかもしれない。
そんな益体もないことを考えながら、私は少し迷った末、無難な答えを返した。
「……王国ではそういった習慣はなかったもので。どうにもゴミをそこら辺に捨てることには抵抗があるのです」
「そうなのか? では、王国ではどうしていたのだ?」
「町の各所にゴミ捨て場がありましたので……そこに捨てていましたね」
「ふむ……」
すると、ランツィオは何やら考え深げな顔をし始めた。
「たしかに。そうした方がゴミの回収は楽になるかもしれんな」
「捨てる側の手間は増えますが、回収する側としてはそちらの方が楽でしょうね」
「しかし、その手間で町の景観と衛生環境が保たれるなら悪くはない。……今度父上に具申してみるか……」
そう言って、今しがた捨てた串を拾い直すと、少し困ったような顔をする。
そして、なにやらバツが悪そうな顔で串と私を交互に見始める。
「……帝国には帝国の習慣があるのでしょうし、気になさらずともよいと思いますよ?」
「……そうか」
そう言うと、やはりバツが悪そうな顔で串を地面に置いた。
……どうやら、私の言葉に何か思うことがあったらしい。
その発想の柔軟さと、異なる考えを素直に受け入れる度量の大きさは、人の上に立つ者としての重要な資質……と言えるのかもしれない。
少なくとも、どこぞの皇太子よりは遥かに好感が持てることは確かだ。
(というか、むしろ彼女の方が皇帝に相応しいんじゃない?)
思わずそんな考えが浮かんでしまうが、彼女が女性である以上それはほぼ不可能だろう。
理由は単純。女皇帝では生める子供の数に限りがあるからだ。
「神術師は産めよ増やせよ」という原則がある以上、いくら実力主義とはいえ、神術師の家系で女性が当主を継ぐ可能性はほぼゼロだ。皇帝家ともなればなおさら。
実際、ランツィオは現在の皇子と皇女の中で、イェンクー以外で唯一〈“崩天牙戟”を使って最大威力の“崩天撃”を発動出来る者〉らしいが、帝位継承権は12位。
早々に帝位継承権を放棄したツァオレンを除く11人の皇子に次ぐ順位だ。
(まあ、素直過ぎる皇帝というのもそれはそれで問題があるしね)
そんなことを考えていると、考え深げに串を眺めていたランツィオがパッと顔を上げ、戦槌をその手に握ると大きく振り回した。
「よし! 食べ終わったな! ではやるぞ!」
そう言って、一気に闘気を発散させ始める。
それに対して、私は冷めた目で一言。
「……食べたばかりですけど、すぐですか?」
「む……」
すると、ランツィオはピクッと眉を上げ、またしてもゆるゆると戦闘態勢を解いた。
「……そうだな。腹に物を入れてすぐに運動すると、
そう言って、肩から戦槌を下ろしてしまった。素直かよ。
「そもそもですね。私は今、万全の状態ではないのですよ」
「む、そうなのか?」
「ええ。ご存知かもしれませんが、巨大な竜種と戦ったり、大火山の噴火を止めたりと、かなり無茶したものですから。まだ神力が回復し切っていないのですよ」
本当は、神力の出力が落ちているんだけどね。
万全じゃないどころか、はっきり言って不調だけどね。
でも、そこまで正直に言う気はない。
皇帝家に弱みを見せていいことがあるとも思えないし。
「そうか……万全じゃない相手と立ち会うのはわたしも本意ではないな……」
そう言って、ランツィオは悄然と肩を落としてしまった。
そんな姿は、なんか犬……いや、狼みたいだ。
思わずペタンと垂れた耳と力なくしおれた尻尾を幻視してしまう。
「では! いつになったら調子が戻るのだ?」
あっ、耳が立った。いや、幻覚だけど。
「そうですね……私はこの後、帝国各地の遺跡を巡って、2カ月後くらいに帝都に戻ってくる予定ですので……その時でしたら」
是非その2カ月の間に忘れてもらえるとありがたい。
「2カ月!? そんなには待てんぞ!」
尻尾を逆立てるな尻尾を。いや、幻覚だけど!
「そうは言われましても……その予定で案内人を付けてもらえるよう、既に皇帝陛下にお願いしてしまっておりますので」
「むう……」
勝ったな。
眉間にしわを寄せて黙り込むランツィオを見て、私はそう確信した。
しかし、それは甘かった。
次の瞬間、ランツィオは全く思いがけないことを言い出したのだ。
「よし! ではわたしがその案内人を引き受けよう! それなら問題あるまい?」
「……はい?」
思わず「何言ってんだこいつ」という顔をしてしまったが、ランツィオには冗談を言っているといった様子は全くなかった。
「いやいや、問題大アリでしょう」
「む? 何がだ?」
「何がって……皇女様がほいほい外を出歩くこと自体が問題では?」
「それは問題ない。わたしはこれでも騎士爵を持っているからな。普段から野盗退治や害獣討伐で各地に出向いているし、帝国内であればどこに行こうとわたしの自由だ」
「だとしても……皇帝陛下の許可もなく、そんなことを独断で決めては大問題になるでしょう!」
「ふむ……そこはお前がわたしに依頼したということにすれば問題ないのではないか?」
まさかの責任転嫁。
思わず全力でツッコミそうになり、寸前で呑み込む。
流石に皇女相手に「責任転嫁かよ!」と叫ぶわけにはいかない。
「それに実際、わたし以上の適任はなかなかいないと思うぞ? 聖人の遺跡は過去に全て行ったことがあるし、戦闘力も申し分ない」
「それは……そうかもしれませんが」
「それにお前だって、下手に父上の息が掛かった者に側にいられるのは落ち着かないのではないか?」
「……」
こ、ここでまさかの図星を突かれるとは。
今までの振る舞いからしてそんな交渉が出来る人物だとは思っていなかったので、思わず言葉に詰まってしまった。
そして、そんな私の沈黙を肯定と受け取ったのか、ランツィオはニカッと快活に笑った。
「よし、決まりだな! そうと決まれば早速行くぞ!」
「え? ちょ――」
そして私の肩にガッと腕を回すと、そのまま大通りの方へ向かう。
ちょっ、やめて!? リア充がやりがちなこの距離感、人見知りの私にはつらいのよ!?
しかし、腕を振り払えるかと問われればそれは否だ。だって人見知りだもん。
こうなったらもう、私には大人しく付いて行くしか選択肢はない。
気分はさながら、狼に首根っこを噛んで吊り上げられた子犬の気分だ。
「いやぁ遠出は久しぶりだ! 特に大迷宮は3年ぶりくらいか? 楽しみだな!」
(……結局自分が行きたいだけか~い)
そう思うが、当然口にすることなど出来ず。
私は大人しく拉致られるしかないのだった。
やっぱり皇帝家は暴君の血筋だったよ。
※ハイヒールの起源には諸説あります。中世のゴミ対策というのはハイヒールが広まった理由の1つではありますが、起源かと言われると怪しいところですね。